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二十三話 それを巷では多くの場合デートと呼ぶ ②

前半の切りどころが難しくて分量のバランスが悪くなってますが続きです。


前回のあらすじ——


灰と2人でお出掛けってさぁ、それってそれってアレだよね? 

きゃぁーっ! 

待って待って落ち着いて、これは全部魔法による幻覚だから、ねぇねのものである事に変わりはないから

ね、ねぇね。え? 出かける? いったっしゃい

ねぇねが一人で出掛けるなんて珍しいけど、シナリオ進められそうないい傾向?

よっしゃぁ! 気合い入れ直すぞぉぉっ!

って思ったら黒の声が聞こえた、幻聴⁈ さっさと魔法なんとかしなきゃマジヤバい。

と思ったら本人登場、なんでや? ねぇねおらんぞ?

ぱっぱに用がある? ってなんか不穏な雰囲気

帰った方がいいって止めてやったのに止まりやがらねぇ、おい家ん中お前の血で海にするとか勘弁してくれよ

と思ってたら、血を流すのはわたしの方かも知れない


お願いします! 今すぐお帰り下さい! お帰りください! お願いします! お願いぃぃぃいぃぃっ!

 笑い始めた膝で何とか立ち上がって急いで部屋にヨタヨタと駆け戻ると、アンナはクローゼットの中から大きめの鞄を引っ張り出して適当に服やお菓子を詰めていく。


「と、と、取り敢えず身を隠さなきゃ……せめてお姉様(味方)が帰って来るまで……出来たらお父様が修羅モードを解いて安全が確保できるまで何処かに……」


 逃げ場所を頭の中で検索しながらグイグイと鞄に荷物を押し込んでいると、その中の黒い一着に見覚えがなくアンナは一旦思考を止める。


「何これ……こんな服——」


 確認しようと取り出すと、キラッと細かな細工が彫り込まれたボタンが光った。


「あっ! これ、クロードのあの時の」


 見慣れない黒い服は初日の夜会でクロードが置いて行った上着だった。丁度いいから返しておこう、そう思って持ち上げた時、畳まれていた部分がバサッと広がってアンナは驚愕する。



「ひゃぁっ! なにコレェッ!」



 クロードの上着は胸の辺りから裾までをズタズタに切り裂かれていた。


「こ、こんな、ホラーなこと、ラブ・バーストにあるなんて聞いてない……だ、誰がやったのぉ……また魔法のせい⁈ いいえ、待って洗濯ミスの可能性は?」


 洗濯でこんなに酷い仕上がりになる筈がないと否定しつつも、アンナはその望みにかけて話を聞こうとメイドを探して廊下に出た。一目見て刃物で裂かれていると本当は分かっているが、洗濯のせいでなければ誰かがやったことになる。


 アンナの他の服が無事な事からも、犯人は明確にクロードの服と分かって狙ってやっている。つまり、クロードに対して相当の悪感情を持っている人物=修羅モードの父+刃物=死。


 この方程式が頭に浮かび続けるので、アンナは本当に死人が出るかも知れないし、巡りめぐってそれが自分になるかも知れないと、震える手で上着を持ったまま、否定してくれる、もとい事情の分かるメイドを探して廊下を走った。


 ——キィッ

 その時、間近なドアが開いて笑い声と共に父とクロードが出て来た。アンナは終わったと思って身を竦めるが、すぐに異変に気付く。


「……え? 笑ってる?」


 二人は、特に父が、にこやかに声を上げて笑っている。予想と全く違うほのぼのした空気に、狐につままれた気分になって、アンナは隠れる事もせずに廊下の真ん中で立ち尽くしてしまった。当然二人に気付かれる。


「おぉ、アンナ。そんな所で何をしているんだ」


 いつもの人の良いおじさんに戻った父の様子に、アンナは呆けてしまう。


「お、お父様こそどうしたの……すごくご機嫌で、二人で……私てっきり凄惨な事が起こってると……」

「凄惨? 何を言ってるんだ私の娘は。彼にはお前の例のドレスの件で少し話を聞いただけだ。いやぁ、しかし若いのに中々、堂々として話の出来る男じゃないか」


 先程の玄関口での様子からは考えられないほど、父は陽気で甚くクロードを気に入っている様だった。アンナが父のあまりの変わり様に訝しんでクロードを見ると、普段よりもにこやかな表情で父の話に相槌を打っていた彼が、チラッとアンナを見て一瞬ニヤッと笑った。


(……やるわね、修羅に堕ちたお父様を引き戻すとは。覇道を行くタイプの男としては意外だったけど、素直に賞賛すべき社交術だわ)


 父の機嫌が完全に直って、これで恐ろしい事態が起こる心配が無くなった、と最後の緊張の糸が切れたアンナはホッと息を吐いた。


「あー、良かった。ドレスの件も無事解決して。そりゃそうよね、ちょっと助け方がワイルドだっただけで、私も何もされてないし、この人だって何もしてないんだもん。お酒の件だって、そりゃぁ私は飲もうとしたけど、結局未遂だったわけだから何の問題も無——」


「お酒の件とはなんだ」


 父の鋭く厳しい声音にアンナはビクッと肩を震わす。


「……え? あれ……?」


 全てを包み隠さず話す、とのクロードの言葉に、てっきりお酒の件も伝えているものと思っていたアンナは、背筋に冷たい物が伝うのを感じてクロードを見た。


 クロードはアンナと目が合うと、溜息を吐くフリをして首をふるふると横に振った。その動作にクロードが飲酒未遂を伏せてくれた事に気付いてアンナはサーっと青ざめる。自ら悪行を父に告白してしまい完全に墓穴を掘った。


 弁解と誤魔化しの言葉も思い浮かばず、エアの足りない水槽の魚の様にパクパクしていると、それを見たクロードがパッと口許を押さえて、声を殺してはいるが肩を震わせて笑いだしたのが分かった。


「飲もうとしたとはなんだ、アンナ?」


 低く厳しい声を響かせる父の方へ恐怖で視線を戻せず、アンナは布を握りしめたままの手を顔の前に掲げて、突き刺さってくる糾弾の視線を遮り観念して謝罪した。


「ご……ごめんなさいぃ。怒んないでぇ、ほんの出来心……」

「なんだそれは⁈」


 父のあげた驚きの声に、アンナも驚いて父の視線を辿ると、自身が持っていたビリビリに破られた上着に注がれていた。


「アンナ、どうしたんだそれは!」

「え⁈ お父様がやったんじゃないの? 私てっきり……じゃ本当に洗濯に失敗したのかしら」


 アンナは布の裂け方をまじまじと眺めて、刃物以外でこんな破れ方をするものかと考える。


「私が何故そんな事をするんだ。それはクロード卿からお借りした物だろう? これは、どうしたものか……すまないね」


 父はクロードを振り仰ぎ謝罪した。


「いいえ、構いません。また誂えれば良い事ですので。しかし見事にズタズタだ」


 笑いを噛み殺して涼しい顔を作ったクロードも、ちらりとアンナの手の中の無残に破かれた上着を見た。ノアル伯の紋章が刻まれた銀ボタンがキラッと光る。


「事の次第は不明だが我が屋敷で起こった事だ、当然ながら弁償しよう。すぐに仕立て屋を呼んで……」

「いえ、閣下。お気持ちは嬉しいのですが」


「断らんでくれ。犯人も見つけなければいけないが先ずは弁償だ。誰か! すぐに仕立て屋に……」

「ありがとうございます閣下、仕立てのお話は僭越ながら有難く受け取らせて頂きます。しかし誠に勝手ではありますが懇意にしている仕立て屋がおりまして、そちらへ頼もうと思っております」


「そうか、それは逸ってしまってすまなかった。私はどうもそう言う所があってね、妻にも良く言われるんだ。ちゃんと話を聞き終えてから行動する様にと。では、後日請求書を私の所へ送ってくれ。それとは別に不快な思いをさせた詫びをしたいのだが……確か良い酒が……」


「その様なお気遣いは……ですが、もし宜しければ」


 クロードはそこで言葉を切ってアンナの方へ目線をやった。布の裂け目を隈なく見ていたアンナは、視線を感じてその主の方へ顔を向けた。


「なんだね、言いたまえ」

 父に促されて、クロードが口の端にだけ笑みを浮かべ、アンナを手で示して言った。


「メレディアーナ嬢をお借りしてもよろしいでしょうか? 仕立ての際に女性の意見も参考にしたいので是非お付き合い頂きたい。なにせ社交パーティー用の上着だったもので」


 アンナは名を呼ばれた事とクロードが発した言葉の意味を捉えかねて数瞬固まる。そして意味を理解して大声を出した。


「——はぁっ⁈」


 仕立てに付き合うとは、つまりは二人で出掛けると言うことだ。それを巷では多くの場合デートと呼ぶのではなかろうか。


「それは構わんが……それで良いのかね」

「ちょ、お父様! 勝手に了承しな——」


「アンナ、元を正せばお前がハメを外してはしゃぐからこんな事になっているんだ。卿へあらぬ誤解まで抱かせて……非礼の詫びには到底足りるとは思えんが、それで良いと言ってくれているんだ。助けて頂いたお礼も兼ねて同行しなさい」


 元を……と言われてしまえば心当たりがあり過ぎるので、アンナは言葉に詰まって小さく唸るしか出来なくなってしまった。


「では先方への連絡もありますので、日程は後日追ってご連絡いたしますよメレディアーナ嬢。それまでお身体にどうぞ気を付けて」


 クロードは嫌に恭しくそう言って、唇を噛むだけで断わる事の出来ないアンナに意地悪く笑いかけた。

攻めきれなかった事を今さらながら悔やんでる。

もうプラス10話分位作っちゃったからもう手遅れだ、すまないワイルド


お読みいただきありがとうございました。

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