二十二話 それを巷では多くの場合デートと呼ぶ ①
前半に全力疾走して後半上位グループにも残れないタイプの人なのかもしれないと思っちゃう程攻め手に欠けている回
すみません、割ってます。
前回のあらすじ——
ブッチン
ブチ切れちゃって右ストレートを叩き込んじゃったけど、なんか元気になってくれた良かった! のか?
と、思ったら、わ、笑った?
なんでなんで? 今はっきり笑ったよね? 気のせい?
何事もなく授業再開しだしたから、こっちも切り替えて魔法の手掛かり探すけど、灰も詳しくないらしい。使えねぇ学者センセだなぁ、まったくよぅ
やっぱ足で稼ぐしかないか、と思ったら先生もついて来てくれるって?
な、なんで? それってそれって……アレみたいじゃない?
しかも、それ、笑ってる……よね?
アンナは自室で長椅子に身体を投げ出してぼーっとしていた。こんな風に無駄に浪費する程時間は残されていないが、身体に力が入らないし頭も回転しない。回らないなりに昨日の出来事を思い返してみるが、同じ所で思考が止まってまたぼーっとしてしまっていた。
(昨日のアレは……完全にアレよね)
頭の中にはエドゥアルドが浮かぶ。優しい色合いの藍色がアンナを映し、口角がほんの少しだけ持ち上がる、微かだが確かな微笑み。
(アレは笑ってた。私に向かって。しかもあのレベルの笑みは既に親愛度5割台。夜会に行かなきゃ進展しないあいつの親愛度がお姉様と接触してないのにいつ上がったのよ。謎すぎる。けど……)
アンナは崩れそうになる表情を隠す為にクッションを掴んで顔に押し当てた。
「……笑顔連発はズルい……。流石にあの距離で、笑わない男の不意打ちの微笑み……幻覚でも来るものがあるわよ」
ぎゅぅっとクッションを握りしめて、アンナは頬の紅潮を抑えて平静を取り戻そうとする。
「でも落ち着いて。これは全て謎の魔法による幻覚。今まで見た全てはお姉様の為の物。どういうシステムか知らないけど、初見で絶望したボムと同じく攻略は可能な筈。ラブ・バーストのマニアとして必ず攻略して全ての異常を正常に戻す。全てはお姉様の為に」
落ち着きを取り戻したアンナはようやく長椅子から身を起こすと、立ち上がりドアに向かう。
「やるべき事をやるのよ——本当は昨日やるべきだったけどぼーっとしちゃって——もう既に全員と会ったんだから決めていただかなくちゃ。そして何とか説得して土曜日のパーティーと日曜日の夜会にお一人でも……」
日曜日、の一言に昨日の約束を思い出して、アンナはドアの前でバタッと蹲み込んで床に手を突く。
(なんで……なんでエドゥアルドと2人で図書館に行くの? それじゃまるで、まるで……)
丁度その時コンコンとドアがノックされたがアンナは気付かない。
(で、でぇとみたいじゃない。これも幻覚? どういう原理? 待て待て、笑った様に見えたのが幻覚なら、一緒に行こうって言われたのも幻聴って事じゃない? あいつは実際にはずっと冷たい目をしてて、不真面目な教え子に切れてスパルタ課外授業をする気でいるのよ、そうに決まってる。笑ったのがあり得ないんだからデートだなんてもっとありえな——)
そう思って顔をあげた丁度のタイミングで、ガツンッと額に開いたドアがぶち当たってアンナは仰向けに倒れてもんどり打った。
「あぎゃぁああぁっ! 急に現実的な痛みがぁっ!」
「やだ! アンナごめんなさい! 大丈夫⁈ どうしてそんな所に」
ドアを開けて入って来たリーナが慌ててアンナに駆け寄って来た。体感で言うと数日にして3回も強打している額を押さえて、アンナはヨロヨロと起き上がる。
「あぁ、お姉様……丁度良かった。額は気にしないで、ぶつけ過ぎて寧ろこの痛みがスタンダードになりかけてるから。目も覚めるってもんだし。それより……あれ? 何処か行かれるの?」
外出着に身を包んだ姉を見てアンナは疑問を口にした。リーナはアンナの額の心配をしながら答えた。
「あ、あぁ……そうなの、その為に来たのよ。ほらジェーンの結婚が決まったじゃない? それで式に向けて色々揃えたりする物があるから手伝って欲しいって連絡があって。結婚したら遠方になるから気軽に会えなくなるし行って来ようと思うの」
ジェーンと言うのは原作には登場しないが父方の従姉妹にあたり、リーナの3つほど年上の女性で2人は昔から親友と言って良いほど仲が良かった。余談だがこの従姉妹の結婚話が纏まった頃から、父はリーナの婿選びを急かし出した印象がある。
「そうなんだ。分かったわ、いってらっしゃい」
嫌に急だな、と思いながらもこれまで一切一人で外出しなかった姉が動き出したので、これは夜会にも出向くかも知れないとアンナは期待を持った。
「急でごめんねアンナ。今日は取り敢えず必要な物の洗い出しに行くだけだから、夕方には帰ってくるわ。もしかしたらアンナにも手伝ってもらう事があるかも」
「もちろん、その時は喜んで手伝うわ。今日は2人でたっぷりおしゃべりして来て」
「ありがとう。行って来るわね! あまり一人でフラフラしちゃダメよ、気を付けてね?」
気を付けて、は見送る側の台詞だろうと思いながら、アンナは玄関まで出向き馬車に乗ったリーナを見送った。
「お姉様行っちゃった。先に誰を狙うか聞いとけば良かったかしら。そうしたら予定も立てられたのに……ま、夕方には帰って来るし、いっか」
遠ざかる馬車の背を庭から眺めながらアンナは考える。
「しかし……攻略も大事だけど先に魔法よ。これを解明しない限り上手く行く物も行きやしない。ボムは出会わなければ何も起こらないけど、魔法の発動条件は何なの? チュートリアルの夜会ですら発動してるって、いつそんな条件満たしたっていうの? ボムもそうだけど追加コンテンツの難易度高すぎじゃない? これだから一部のにわかに糞ゲーって叩かれるのよ。自ら価値を貶めに行くなんてハードM——」
「誰と喋っているんだお前は、仲間の妖精でも見えてるのか」
突然この場に居る筈のない聞き覚えのある低い声がして、アンナはピタッと止まって辺りを見渡した。見える範囲の庭には当然その声の主は見当たらない。
「……やだ幻聴? 早めに何とかしなきゃマジで魔法ヤバイ……」
「何処見てるんだ、外だ外」
幻聴に外と言われて生垣と柵の隙間から街路の方を見ると、そこにはクロードが立っていた。
「本物⁈ なんで……」
なんで、というのは半分正しくない。正規のシナリオであれば一回目のイベントで主人公を助けたクロードはその場はすぐに立ち去るが、後日礼をしろとばかりに家まで直接やって来てデートの約束を取り付ける——その強引さにキュンと来るらしい——だから家に現れる事自体は正しい。
ただ、それはあのルレザン邸でイベントが成否に関わらずとも成立していればだ。それなので、リーナを助けるどころかそのイベント自体起こっておらず、あまつリーナの心が完全にクロードから離れている状態で現れるとは疑問だし、現れた所で何になるのか、とアンナは訝しむ。
(ルレザン邸で遭遇したって事がイベントこなした内に入ってるのかしら。だとしても色々と手遅れよね、お姉様は今日出掛けちゃってるし)
アンナは一応の礼儀として挨拶を述べる。
「あら、こんにちはクロード卿。盗み聞きやら盗み見やらが本当にお得意なのね、呆れちゃう」
生垣と柵越しに半分以上隠れたクロードの表情ははっきりと窺えないが、少し笑んでいるようだった。
「身に覚えのない言い掛かりだな。呆れてるのはこっちの方だ。その口の悪さと生意気さにな」
クロードの攻略に敗北した悔しさから挑発したつもりだったが、年上の余裕か軽くいなされてしまって、アンナはチッと舌打ちする。
「……で、何してるのよ。わざわざ話しかけてきて。この辺うちの敷地しかないのに、観光?」
「そのお前の家に用が有るんだ」
何故かニヤッと笑ったクロードに、アンナは、ははーんと笑って、前回のイベントが成立したと判定され、リーナとデートの約束を取り付ける為に現れたのだと合点する。
「残念ね、お姉様なら居ないわよ。今し方お出掛けになられたの」
「そうか、別にお前の姉に用はない」
意地悪く微笑んで言ったアンナは、またもサラッと躱されて肩すかしを食らうが、それよりも驚きの方が強くて面食らう。
「は? じゃぁ……なんで……」
嫌な予感がして来る。また得体の知れない魔法のせいで、シナリオが変化しているのではないかと。
「なんでだろうな?」
先刻と入れ替わって意地悪く笑って見せるクロードにアンナが眉根を寄せた時、
「私が招いたのだよ」
後方の玄関口から父の声がした。振り向くアンナに、父はいつもの気弱そうで穏やかな表情ではなく、険しくも見える厳しい目をした真顔を向けていた。その目が、全て知っているぞと言っているように見えてアンナは身震いする。
「……お父様」
「少し彼と話がしたくてね。聞かなければいけない事がある。入って頂きなさい」
父はそう言うと先に屋敷に戻っていき、クロードは軽く礼をして庭へと至る門扉に向かった。その二人を見比べて、アンナはオタつく。
父は今でこそお腹の出た気弱で優しいおじさんだが、長い膠着状態が続いた終戦直前だったとは言え戦場に立った男だ。見た目はほわんとした小男だが案外と肝は座っている。と母が良く惚気ているのを聞き流していたが、先程の鋭い眼光にその片鱗を見て、初日の夜に凶行を知りサーベルを持ち出した事を思い出す。
アンナは勿論父に今日までのあらゆる事を話していないが、リーナがどうかは分からない。漏れ聞こえた事もあるかも知れない。何を何処まで知っているかは分からないが、もしクロードがドレスや諸々に絡んでいる事を知っているとしたら、あの目なら本当に叩き斬りかねない。
「ひぇっ……」
屋敷が血の海になる想像をして背筋が凍ったアンナは、玄関へと向かう石畳みを歩いて来たクロードに慌てて駆け寄る。
「ちょっと、帰った方がいいわよ。お父様本気かも……殺されるって」
「殺される……物騒だな。だが何の心配をしているか知らんが、そんな事にはならない」
クロードは歩みを止めない。
「何の……って、貴方がドレス切った事がお父様にバレてるっぽいの。すっごい怒ってたんだから絶対ただでは帰れないわよ」
「話を聞きたいと言われて推参したまでで、俺は何も悪い事はしていない。何か誤解があるなら、閣下に包み隠さず全てをご説明申し上げるだけだ。それでご理解頂ける」
忠告を無視してスタスタ屋敷に歩いて行ってしまうクロードの前にアンナは立ち塞がる。
「分かってないわね! 貴方の言う事信じないかも知れないじゃない! そうなったら——」
「なんだ、そんなに俺の身を案じているのか」
やっと立ち止まってアンナを見下ろしたクロードのすかした態度にアンナは声を荒げる。
「あ、案じてないわよ! お父様を犯罪者にしたくないの! 私が関わったことで人死にを出したくないの!」
「素直じゃないな妖精」
鼻で笑ってアンナの横をすり抜けて歩き出したクロードに、置いていかれまいとアンナも身を翻す。
「ねぇ! 本当に! あの目は本当にヤバイと思うの、見た事ないもの! 絶対行かない方が——」
「分かっていないのはお前の方だな」
クロードは突然立ち止まってクルッと振り返ると、小走りに追いかけて来て止まれずにぶつかったアンナの両腕を掴んでグイッと引き寄せた。
「他人の身を案じるより自分の身を心配したらどうだ? 俺は今から閣下に全てを説明しに行くんだ。具体的に何をお知りになりたいかは知らないが、俺は聞かれたら全て話す。いいか? 全てだぞ」
「そ、それが、なに?」
身体が触れる程引き寄せられ、顔を至近距離まで近付けられたアンナは動揺する。射抜く様な紫の瞳がアンナの薄緑を正面で捉えている。その強い眼差しに晒されて顔が赤くなって来るのを感じるが、目を逸らそうにも逸らせない。
「例えばお前との関わりを聞かれたら、初めて会った夜会でのドカ食いから、情けない痴態で助けを呼んでいたことまで隠し立てなく忠実に話す」
「ち、痴態って……あれは」
「もちろん、ルレザン侯主催の試飲会で酒に手を伸ばした不良振りもな」
「!」
それはまずい。と気付いてアンナは焦る。お酒を飲もうとした事はリーナも父には伏せてくれているので、父はその事実を知らない。ただ、もし仮にその事が露見したとて、普段であれば叱責されても反省しているフリを見せればお咎めもそこそこで済むと、正直に言って父を舐めていた。だが事今日に至ってはまずいと本能が告げる。あんな目をした父が生易しいお咎めで済ます筈がない。
「あ……それは……あの……」
「……なんだ、その話をさせない為に俺を必死で止めていたんじゃないのか。だとしたら……本気で心配して?」
「して、ないって、言ってるでしょ? 貴方の事なんて」
赤くなったままの顔を顰めて反論するアンナに、クロードはニッと口の端を持ち上げて見下すようにして言う。
「妖精らしく可愛くお願いしてみせれば黙っておいてやっても良かったが……そう高圧的に喚かれるとな……残念だ」
そして拘束した手をパッと離すと、よろけて尻餅を突いたアンナを見向きもせずスタスタと屋敷に入って行ってしまった。
「ちょっと、待って待ってまって!」
アンナは慌てて呼び止めるが時すでに遅く、クロードの背中すら屋敷に飲み込まれた後だった。呼び止めようとクロードに向かって伸ばした手が震えて来る。
「……こ、殺されるの……私かも……」
正直もう少し攻めれると思ってたけど脳が痒くて限界だったのかも
お読みいただきありがとうございました。




