二十一話 何もかも魔法のせい ②
便利だけど厄介な回の続き
前回のあらすじ——
一日経って頭冷やして考えてみたけど
やっぱおかしいあり得ない
だってそれじゃこのゲームの設定がそもそもの根底から覆っちゃうもの
何か仕掛けがあるんだわ、この私すら知らない隠された何かが……
はっ! 魔法じゃない? 魔法だよ!
女神、騎士ときたら魔法で役満! ふぁんたじぃフラッシュかましてフィニッシュブローよ!
ね! そうでしょ先生! そうって言って
え、ある? ほらねほらね! 思ったとお……
やべぇ、しくった、今までの授業の諸々クソうるせぇ虫の羽音と思って聞いてなかった事がバレたわ
キレてくれたら謝りようもあったのにイジけだしちゃった
どうしよ、フォローももう限界(イライラ的意味で)
急に発せられた大声に、エドゥアルドがビクッと身体を震わせた。
「そうね、はっきり言うわ! その通り、あんたの話はつまらない! ご自分で自覚してらっしゃるように、だらだらボソボソぶつぶつ単調で抑揚も無く小さな声で淡々と読み上げるだけで、そんなんならテキスト作って自習させた方がマシよ!」
エドゥアルドは長い前髪の間から藍色の瞳を驚いたように見開いてアンナを見ている。
「伝えるのが下手ですって? そりゃそうよ、あんた伝える気無いんだから。生徒が目の前にいるってのにこっちの様子を見もしないで、壁にでも向かって報告書か何か読んでるわけ?
ただ読み聞かせてれば頭に入っちゃうような秀才だったら端から教師なんて要らないわよ!
一方的に並べるだけでそれがどこまで理解されてるか確認もしないで、つまんないから分かってもらえないんだなんて嘆いて腐ってんじゃ無いわよ!」
アンナはそこまで一息に言って肩で息をする。発奮していつの間にか立ち上がっていた事に気付いて、少し冷静になるとストンと椅子に座った。エドゥアルドは目を見開いたまま黙っている。
「……貴方の話し方はつまんない。難しいし、盛り上がりもなくて眠くなる。でも、貴方が勉強熱心で、歴史の事になると物凄く熱を持って饒舌に語り出すのを知ってる。
その知識量と情熱は尊敬するし、それだけ情熱傾けてるのに、アホみたいな素人考えで物を言っても馬鹿にしないで取り合ってくれて、否定せずにあれこれ考察までしてくれる。
今日だってどうでもいい疑問に答えてくれようと、こんなに一杯資料を探して持って来てくれてる。そういう真摯に向き合ってくれてる部分はちゃんと伝わってるから。
だから、貴方自身や内容がつまらないってわけじゃなくて、要は教え方の問題であって。そんなのはいくらでも変えられるんだから、そんなに落ち込んでないでよ。こっちまで暗い気持ちになっちゃう」
アンナはそう言って、一拍置いてからずっと同じ状態で動かないエドゥアルドをチラッと見て言った。
「……この前の王様達の考察は面白かったわよ。色々話し合って、あれは、頭に入ってきたし。ちゃんと聞いてなかった私が言うのも変だけど、貴方はつまんなくなんてないから、もっと自信持ちなさいよ」
勢いに任せて言い過ぎたかとバツの悪い顔をしたアンナに、エドゥアルドが漸く口を開いた。
「……そうですね。私はただ事実を正しくなぞっていれば伝わると、それが教えている事になると思っていました。何処に興味を持ったか、何か疑問に思った所や気になる所はないか、そういう部分を掬い上げて深めて行くことが面白いと思っているのに、ただ順番に熟して詰め込む事に一生懸命で表面しか見ていなかったんでしょうね。
目の前の伝えるべき相手が理解したかどうかなど見ていませんでした。つまらないはずですよね、どこが面白いかを提示もせず省略して、ただただなぞらせていただけなんですから」
アンナに向けられるエドゥアルドの藍色が揺れて、浮かべられていた表情が和らいだ。
「……ありがとうございますメレディアーナ嬢。はっきり仰って下さったから、何故つまらないのか分かった気がします。もっと人に向き合わなければいけなかったんですね」
角の取れた表情に、やっぱり笑顔を見せている気がして、アンナは否定する要素を探すようにエドゥアルドを見る。
「もっと目の前にいる方が、何を見て考えて、どう思っているかをよく見なければいけなかった」
向けられ続ける藍色の眼差しが優しい。こんな優しさを容易く他人に見せるキャラじゃない、とアンナは焦りにも似た気持ちで気のせいだと否定する。
「伝えたいと思っていても、それが正しく届いているか確認もしないのは、私が考えている事や思っていることを受け取って当然と言った態度で傲慢でしたね」
この前と同じ、気のせい。湧き上がって来る確信めいた疑念を、そこに押し留めておく為にアンナは必死になっていく。
「理解して頂いて初めて伝わったと言えるのに。伝えたい物があるなら、もっと相手に分かるように表現しなければいけなかった。知識も教えも、私の想いも」
エドゥアルドは一瞬目を伏せて、改めてアンナを見つめた。その眼差しはアンナの必死に否定する気持ちを簡単に砕くものだった。
「貴女といると色々な事に気づかされる。私の初めての教え子が貴女で良かった。ありがとう、導きの妖精」
そう言って、エドゥアルドは控えめながらはっきりと笑った。
(なん……で?)
アンナは目眩を覚えて、机に手を付いた。その拍子に机上に広げられていた絵本や資料がバサバサと音を立てて床に落ちた。
(なんで、こいつは私に笑いかけるの? こいつだけは今の所順調だった筈じゃない。なんでこいつまで……? その笑顔はお姉様の為のものでしょ? 私なんかに安売りしてどうすんのよ)
動揺して足に力が入らず椅子から立ち上がれないアンナに代わって、エドゥアルドが落ちた本や紙束を拾い集め、照れたようにも見える和らげた表情のままで言った。
「……すみません、大分脱線しましたね。何の話でしたか……あぁ魔法使い、でしたね」
アンナは魔法使いの言葉に、飛ばしかけた意識をハッと引き戻した。
(そうよ魔法使い! そいつがこのおかしさ全ての元凶よ! そいつさえ、そいつさえ倒せば私の知ってるラブ・バーストに戻せるのよ! 早く私を元の世界に戻らせて!)
アンナは藁にもすがる思いで、拾いあげた本の一つを開いて何かを探しながら話し始めたエドゥアルドに向き直った。
「……前回も少し触れましたが、三大国の祖先を辿ると実は一つの民族に辿り着くんです。今は寧静の地としてどの国にも属さない不可侵地帯になっている、三国に囲まれた中央の山岳地帯。この地に住む民族が山を降りて各所に集落を作り、やがては国となる前身を形作って行ったと考えられています」
ページを捲る手を止めて、エドゥアルドは大陸地図を示す。そこには3つの大きな国に囲まれた小さく歪な三角形が何色にも塗られずに描かれていた。
「三国の争いと膠着はこの小さな土地を巡って起こりました。これは説明しましたが……」
チラッとエドゥアルドがアンナを見た。
「……ごめんなさい」
エドゥアルドはやっと読み取れるくらいに口の端で薄ーく笑って続けた。
「何故この小さく、有用とも思えない山岳地帯を巡って争う事になったのかと言うと、この地こそ女神が降り立ち、人と交わり暮らした神秘の地とされているからなんです。
それぞれの国の元首は、女神から血を分けられたり神託を受けた先導者と言われています。元を辿ればこの地に住まう者だった訳ですから、どの国においてもこう言った主張に一応の筋は通る。女神信仰の厚いこの大陸にあって、この地はどの国から見ても神聖な場所だったのです」
「それを、争うの?」
「女神に選ばれた存在が幾つも居ては困る国もあるんです。
大国パロッツェーリは女神の子を託され王として迎えた、とされる逸話を持つ国です。つまり、現国王は女神の子孫であり神に等しいのです。この大陸を統べる女神の子孫を頂く国が、他の国に女神の名の下にのさばられては都合が悪いのです」
「なるほどね、威張ってたのに同じくらいの地位の奴がいっぱい居たら価値が下がるもんね」
「そこでこの神秘の地を国土に組み込み、名実ともに女神に一番近い存在になろうとパロッツェーリが侵攻したのがこの地を巡る争いの始まりです。残り二国の参戦や膠着までの経緯は……前回お話したばかりですし、おさらいはまた今度にしましょう」
チクリと釘を刺すような言い方にアンナは苦笑いで誤魔化す。
「さてパロッツェーリの侵攻ですが、端的に言うと失敗しました」
「……二国に阻止されたから?」
「いいえ、その前にです。神秘の地には今なお住まう者達がごく少数ですがいるのです。この大陸中の数ある民族の多くが元を辿れば連なっている黎明の民。険しい山脈の地形も手伝って、その者達によりパロッツェーリは退けられたのです」
「パロ……って大国なんでしょ? それを少数民族が退けるって……どんな戦闘民族なの」
アンナは第4形態くらいまである上に合体までして修行に明け暮れキンキラに光る戦闘民族を想像する。
「武力抵抗は何も、と記録があります。パロッツェーリは何度侵攻しても山を彷徨い進めず、さらには同士討ちを始めて瓦解しました」
「何それ……なんで」
「それこそが魔法使いと呼ばれる黎明の民の攻撃だったのです。交流のある今でも詳しくは明かされていないようですが、一説によると特殊な植物から抽出した香料を使って、対象者に幻覚を見せて惑わすそうです。まさに魔法の様ですね。その攻撃によってパロッツェーリの軍隊は退かざるを得なくなりました」
「魔法使い……幻覚……」
それだ! とアンナは確信した。
(その魔法使いが、幻覚が、正常なシナリオを阻害してるんだわ! ジェレミア達はきっと幻覚を見せられてる。いや、私が見せられてるのか? そしたらエドゥアルドが笑ったのも納得いくもの。きっとそうだ、思えば白の勘違いも幻覚のせいで起こったのよ。何もかも魔法のせい、それならこれを解けばノープロブレムよ)
「先生、魔法使いには会えたりするの? どこに行けばいい? 魔法ってどうしたら解ける?」
アンナは身を乗り出して詰め寄った。エドゥアルドは急に食いついてきたアンナにたじろぎながらも答えた。
「……すみません、黎明の民にはあまり詳しくなくて……各国王家は凪の時代に入ってから賓客として招いた記録があったと思いましたが、他は……そうですね、調べてみるのは如何ですか? 王都の図書館であれば、黎明の民や魔法と呼ばれる技法についても資料が見つかるかも知れません」
「図書館……そうね、まずは敵を調べなくちゃ」
アンナは頭のカレンダーの攻略予定と魔女探しの日程を推算して見比べる。ただでさえギリギリなのに余計なタスクが増えてしまって、ギリっと唇を噛む。
「でしたら、日曜日の午前中は如何ですか?」
「へ?」
頭の中のスケジュールを読み取られたのかと思って、アンナは裏返った声を出した。その日は夜会があるが、確かに日中なら空いているのだ。
「まあ、そうね、明日も空いてるけどお姉様に確認して攻略予定立てなきゃだし……うん、日曜日の午前中がいいかも」
「では、午前中に迎えに来ますね」
「は?」
アンナは予想外の言葉に意表を突かれて、自分の想定よりも大分大きい声を出してエドゥアルドの方を向いた。
「王立図書館の蔵書は相当な数ですから、お一人で探すのは骨が折れると思いますしご一緒しましょう。私の話に興味を持って頂けてとても……嬉しい……ので」
あんなに無感情で冷たく見えた藍色の瞳が、今はとても優しい色をしてアンナを見つめている。
「迎えに来ます。だから、待っていて下さい、メレディアーナ」
例え溺れても心地良いと感じさせるだろう湖の瞳が、ほんの少し細められて口角が柔らかく持ち上げられた。
作りなれていない控えめな優しい笑顔を自分にだけ向けるエドゥアルドを前に、これは幻覚だと言い聞かせながらも煩く鳴り始めた鼓動に邪魔されて、アンナは湖を見つめ返してたった一言しか呟けなかった。
「…………はい」
予定よりも設定を盛りに盛った上で掘り下げてしまったので使い切れるか不安。使ったとて果たして面白いのかも疑問。でも絶対最後まで書く!
お読みいただきありがとうございました。




