二話 我、一度死して天命を知るなり
前回のあらすじ——
美人双子として有名な正に主役の眩しすぎるねぇねの
影として自分を殺して生きてきたモブ眼鏡少女杏奈。
天使な見た目と裏腹に、中身悪魔のねぇねの所業に
振り回され従わされる毎日。
今日も3人揃ってどハマりしている乙女ゲーム
「ラブ・バースト」の極厚ファンブックを買いに来たけど、金は出させるくせに勝手に読むな⁈
ふざっけんな!
と日頃の不満爆発火山な杏奈は手にした本を振り回し
うっかりスポンッとぶん投げてしまったからさぁ大変!
飛んで行った極厚本は、街灯にゴーン!
からのアンナに向かって速球リターン!
んでもって額バッカーンの鮮血ビューッ!
クラッときて後ろにバッターン!
そうなったらお約束のコンクリにガッツーン!
あぁ、嘘でしょ、こんな情けない死に方
神様、もしいるなら次は私らしく生きさせて
願い虚しく杏奈は絶命した事を、たった今アンナは思い出したのだった。
「そうだ、転生したんだったわ」
アンナはハンカチを握りしめて仰向けに地面に倒れている。目に映る空は広く高く青く、一目で都会のそれとは違うと分かる。耳に届く音も木立に止まる小鳥のさえずりと、夏草の上を撫でるように吹き抜けてゆく風の音だけだ。喧騒とは程遠い長閑な空気に包まれている。
「そう私は転生した。夢じゃなかった」
アンナは空を仰いだまま思い返す。死んだあの瞬間別の場所に飛ばされてすっとぼけた女神様に祝福を受けたのだ。
「おめでとぉございまぁす」
額がパックリ割れて後頭部からも大量に出血している状態でそんなことを言われて呆ける杏奈だが、ファンタジーものアニメなどに出てくるいかにも女神っぽい出で立ちの女性は気にせず続ける。
「えっとぉ、貴方はおめでとうなことにぃ、95742831人目の情けなぁい死に方をした人なのでここに表彰しまぁす」
女神はそう言って表彰状を渡してくるが杏奈は何から聞くべきか迷っていた。
「随分キリが悪いんですね。その上めでたくもなんとも無いんですけど、死んでるんすよ、私」
「あのカチカチにね、飽きちゃったんですよぉ。ほらあの数かぞえるカチカチ」
数取器のことを言っているのだろう女神は右手の親指をカチカチ動かしてみせる。
「だから次で数え止めにしよって思ってた所にぃ、貴方が来たからおめでとぉなんですよぉ」
「いやめでたくないから。死んでっからね。それとも天国連れてってくれるとかそういうことなの?」
「いえいえ、おめでとぉなので貴方の願いを叶えて転生させてあげようと思って。何でしたっけ? らしくいこうぜ?」
「てんせい?」
「そうですそうです。記憶や能力を引き継いで強くてニューゲームなあれです。次の世界ではチートしまくり無敵無双で楽しめると良いですね。じゃ、いってらっしゃぁい!」
「え、いま? 待って、私、何も持ってない! 何も出来ない! 全然チートとかじゃ——」
杏奈の言葉を聞き届ける事なく女神が両手を掲げると、天から祝福するように光が降り注いで杏奈を飲み込んだ。
「あ、因みに、私この後貴方に関わったりしませんので。転生させるのに出て来ただけですからぁ。ほらぁ転生って女神が付き物って聞くじゃないですかぁ!」
光の向こうに遠のいていく世界で女神の声がこだまして、杏奈はメタ的な話すんなと突っ込もうとして意識まで光に飲み込まれた。
「それで、こうよ」
杏奈はこの長閑な空気の流れる暖かな世界にメレディアーナとして新たに生を受けた。中世ヨーロッパを思わせる服装や生活様式の国の貴族の令嬢に生まれ、前世を思い出す今の今まで裕福に不自由なく暮らしてきた。自分が生まれ落ちた世界に何を思うこともなく幸せに生きてきたが、杏奈であったことを思い出した今は違う。そうここは
「この世界は……」
「アンナ!」
自身の事を愛称で呼ばれて、アンナは声のした方に首を上向ける。寝転んだままなので目に映る世界は上下が反転していて、芝生の空を可憐な女性がスカートをはためかせて駆けて来た。
「アンナ! 大丈夫⁈」
女性はアンナに駆け寄って頭側にしゃがみ込むと、心配そうに眉根を寄せてアンナの顔を覗き込んだ。白く美しい肌に豊かな金髪が映える。花の蕾のような愛らしいピンクの唇が心配そうにアンナを呼んで、艶々とした薄緑の瞳がアンナを写して少し潤んでいる。いつか会った女神よりもよっぽど女神らしい。この美しい女性を、杏奈もアンナもよく知っている。
「ええ、大丈夫よ。心配なさらないでフェアリーナお姉様」
「あぁ、良かった。心臓が止まるかと思ったわ。無茶しないで私の可愛いアンナ」
そう優しく言って天使の笑顔を見せた女性は、双子と杏奈がどハマりしていた乙女ゲームの主人公、サーヴィニー公爵令嬢フェアリーナだった。
(そう、ここはラブ・バーストの世界リーベルビューネの中の大国の一つエバーライン王国。私はその王家の血縁者サーヴィニー公爵令嬢メレディアーナ。そして血を同じくするフェアリーナの妹。私は乙女ゲームの世界に転生したんだ)
現状を把握したアンナは起き上がろうと身体を起こすがすぐに姉に止められる。
「アンナ待って、すぐに動かない方がいいわ。壁に顔からぶつかって凄い音がしたのよ。眼鏡だってヒビが入っているし、頭だって……もう少し休んで」
フェアリーナはそう言って自身の膝にアンナの頭をそっと乗せて労るように撫でた。
「額が赤くなってる。気持ち悪くはない? 無茶しないで、飛んで行ったハンカチなんてどうでもいいのよ。貴方に怪我して欲しくないわ」
頭を優しく撫でる手と柔らかい声に癒されて、記憶が戻ったあたりから実はズキンズキンしていた額の痛みが引いていくようだった。
「大丈夫よ。額も割れてないし、リーナ姉様が撫でて下さったら痛みが飛んで行ったもの。ハンカチだってほら、ちゃんと捕まえたから何の問題もないわ」
アンナは握りしめたハンカチをリーナに見せて微笑んだ。リーナはまぁ、と微笑み返す。
「ありがとうアンナ。私のせいで痛い思いをさせてごめんなさいね」
「悪いのはハンカチを攫った風だわ。それにお姉様の役に立てて私嬉しいんだもの、このくらい何ともないの。私お姉様の為だったらきっと何でも出来る」
「そんなこと言ってくれるなんて嬉しいわ。でも自分を大事にするのを忘れないでね。可愛い私のアンナ」
リーナはそう言って赤くなった額にそっとキスした。アンナは幸せな気持ちで満たされる。前世の記憶が戻った今、姉という存在の天使と悪魔の両バージョンを知ってしまい、こうも違うものかと驚いている。
(姉って文字には最低最悪鬼悪魔って読み仮名が付くと思ってたけど、本当は妖精天使光女神って読むんだったのね)
「アンナ、大丈夫そうなら手当てをしに戻りましょうか。腫れるといけないわ」
「心配してくれてありがとうリーナ姉様、大丈夫よ。丁度お茶の時間だし戻りましょう」
そう言って立ち上がると姉妹は手を取り合って仲良く歩き出した。アンナは幸せを噛み締める。前世では姉の輝きの前に影に生きるしかなかった割に、転生しても美しすぎる姉がいる同じ状況にアンナは何ら不満が無かった。
(あぁ、なんて幸せな世界なの。元々私は双子の美しい外見は大大大好きだったのよ。その妖精天使な見た目に瓜二つなうえ中身まで釣り合ったこんなに心優しいお姉様がいるなんて……女神ありがとう。頭弱そうなんて思ってごめん)
美しく優しい姉に誰しもそうであるように、アンナもまた骨抜きになっていた。
(杏奈が辛かったのは、一挙手一投足を姉達に比べられていたからよ。悪魔のくせに天使の見た目な姉が衆目を集めるが故に側に居た私まで同じような目に晒されて、姉と違うところを見つけられては否定され続けてきた人生だった。
それが辛かったから、姉の側に居てもなるべく注目されないように、比べるべくもない影になるように地味に生きてきたのよ。でもここではもう、そんなことしなくていいんだ)
何故ならとアンナは一人ニヤッと笑ってしまう。
(この世界の主役はフェアリーナ。側に誰が居ようと居まいと誰も見ちゃあいないのよ。皆がお姉様だけ見てる世界。私が影に努めなくても端からモブキャラでいられる世界! 待ち望んでた私の存在が誰にも見つからないほど希薄な世界! 理想のお姉様までいる最高の世界よ!)
天を仰いで声なく笑うアンナの様子にリーナは恐怖する。
「アンナ……やっぱり頭が……」
「ああ、ごめんなさい。何でもないの幸せすぎただけ」
アンナはパッと顔を戻した。
(本当幸せ。優しいお姉様の側でモブ令嬢としてゆるく自由に生きていけるなんて。双子の妹の時は苦肉の策に近い諦観で影に徹していたけど、大好きなお姉様の為なら喜んで小間使いでも黒子でも何でもなるわ)
そう思ってハッと気付く。女神に言われた言葉が頭に響いた。
『記憶や能力を引き継いで強くてニューゲームなあれです。次の世界ではチートしまくり無敵無双で楽しめると良いですね』
そうか、とアンナは一人合点する。
(ここは乙女ゲーム、ラブ・バーストの世界。フェアリーナはこれから幸せな結婚の為に、迫り来る数多の殿方の中から真実の愛を捧げ合えるたった一人の相手を見つけ出さなければいけない。ゲーム内のメレディアーナは立ち絵すらないモブキャラだけど、姉の良き相談相手で親愛度なんかも教えてくれるとても優秀なアドバイザーだったわ。そして今のアンナは幾星霜このゲームを攻略し尽くしてきた杏奈よ)
「我、一度死して天命を知るなり」
アンナは低く口の中で呟いて笑った。
(私がここに転生した理由がわかったわ。幸せな世界をありがとう女神、あんたが選んだのか私が望んだのか知らないけど。この幸せを守る為に私は私の能力を使って全力でお姉様をサポートするわ)
アンナは隣を歩くリーナの綺麗な横顔を見つめる。視線に気付いたリーナがアンナに向き、にこっと微笑んだ。
「どうかした?」
「ううん、何でもないの」
アンナも微笑み返して応えた。
(私が唯一備えているもの、それはこのゲームの攻略術。この能力で来たるべきお姉様争奪戦に参戦するキャラ達から、お望みの者を完璧に攻略してみせます。安心してお姉様、誰を選んでも必ずトゥルーエンドに持ち込んで差し上げますからね)
「大好きよ、お姉様」
アンナはリーナに力強く頷いてみせた。
お目汚し失礼致しました。
お姉ちゃんの台詞がなんでか舞台っぽくなっちゃう病
お読みいただきありがとうございました。