十九話 明らかにおかしい ②
割りどころが分からなくてバランスが悪いかも知れませんが続きです。
前回のあらすじ——
コルってば随分と不吉な名前背負わされちゃってかーわいそ、でもガンバ!
そうこうしてたら着いたわ最後の攻略相手、緑のジェレミア
従兄弟のあんたとの出会いは確実だから、ついに攻略を始める舞台が整うわ、うっへっへ
と思ってたら何か不自然な展開に……
え、嘘でしょ嘘でしょ、あんたも出会わないとかないよね? やめてよやめてよ
ドックン、ドックン
やぁだ、焦らさないでさっさと登場しなさいよ相変わらずの美少年!
やれやれ一安心、ねぇね早く戻って来ないかな
アンナが宙で止めたままの手を見つめていると、その下に空のカップがスッと差し出された。
「お茶ぁ」
「……はぁぁあ? あんたねぇ、自分で注ぎなさいよ。それでも伯父様の息子なの?」
「お前の方が近いだろ? ……ねぇ、いいでしょ? お茶入れてよアンナ姉」
(くっ、こいつ……)
ジェレミアは下から覗き込むような上目遣いでアンナを見つめると、先程までの素っ気なさとはうって変わって甘えた声音でアンナに懇願した。
そう、この男は生意気な年下が故のツンとデレと媚びを絶妙に使い分けて主人公を籠絡するのだ。もっともリーナに対しては、ツンと言うよりも大人に見られたくて背伸びした態度と言った方が正確だろう。
(こいつ、私にもその技を使って来るわけ? 油断してたじゃない)
若年アイドルグループにいたらセンターを張れるだろう猫目の美少年に、至近距離から上目遣いでお願いされたら流石のアンナの心も乱されるというものだ。更に実質三十路なアンナは、杏奈当時は然程分からなかった年下の良さが今の一瞬で何となく分かってしまい、より動揺する。
「……分かったわよ」
「さんきゅー」
ジェレミアはすぐにいつもと同じ態度に戻り、チョコレートを口に放り込む。それを横目にアンナはお茶を注ぎながら双子の事を思い出した。
(確かに、分からなくはないわ。双子が応援してた可愛い系若年アイドルがゴリムキに成長しちゃって、永遠にイメージを崩さないこいつに癒しを求めたその理由。年下特有のナチュラルに甘えて来るあの感じ。確かに可愛いし、年下フィルターで色々生意気でも許せちゃう。
リアル16の当時じゃぁ13歳のジェレミアは歳が近すぎて可愛く感じなかったし、恋愛対象と見るにはガキすぎた。でも今の通算年齢三十路の私には13歳の甘えたは可愛すぎるわ。なるほどね、分かるようになっちゃった、歳取るってこういう事ね)
アンナはきゅんとしかけた自分を戒めながらジェレミアにお茶をサーブする。
「……はい」
「お前、あの変な眼鏡やめたんだな。あれ掛けてると何でかお前を見失うんだよ」
「眼鏡? あー、そうだった、取りに行かなきゃ忘れてた。なまじ見えるし会館が遠いからついつい……」
アンナも自分の分のお茶を注いで飲みながら、眼鏡をまだ受け取りに行っていない事を思い出した。あの美しい薔薇と星の庭に、敗北した悔しさの代わりに置いてきてしまった杏奈の足掻きの象徴を。
「そっちの方がいい。それなら貰ってやる」
ボソッとジェレミアが呟いたので、アンナは良く聞き取れずに聞き返す。
「……は? 何ていったの? 聞こえなかった」
ジェレミアは無視してお茶を飲み干すと、身体をアンナに向けた。
「アンナ、オレは今年13になった」
「知ってるわよ、何急に」
「もう騎士の端くれとして訓練も始めてる。今度父さんと一緒に社交会にも行くんだ」
来た、とアンナは口の中で小さく呟く。この、夜会に参加する宣言を聞く為にこのイベントはあるのだ。この宣言後から夜会にジェレミアが登場する様になり交流が深められる。だがそれを主人公ではなくモブが聞いたところで、果たしてイベントを達成した事になるのか甚だ疑問だった。
「……それリーナ姉様に言ってくれない? 私関係ないから、条件満たさないかもしれないじゃない」
「なんだよ条件って? お前だって社交会に行ってるんだから関係あるだろ」
「ないわよ。私が社交会に行く事に何の関係があるのよ?」
「……馬鹿だなアンナ」
馬鹿と言われたアンナはカチンと来てジェレミアを睨み付ける。ジェレミアは大仰に溜息を吐いて見せてから、心無しかほんのり頬を赤らめて言った。
「いいか、社交会って言うのは、そ、そういう場所だ。そこに俺は行くし、お前だって行く。大人の場に居るんだからもう大人と同じだ」
アンナはジェレミアの奥歯に物の挟まったような言い方に少し苛つく。
「何言ってんの。私もあんたも何処だろうと区分としては子供でしょ。場に慣れる為に大人に付いていってるだけで」
「本当に馬鹿だな。大人じゃないことくらい分かってる。俺が言ってるのは、大人のそういう場に行くんだから、俺達だって大人と同じ事するって言ってるんだ」
(……ぼやかして言うからいかがわしく聞こえるけど、要は婚活するって事でしょ。何照れてんのよ思春期か。元より私はこいつとお姉様にそうあって欲しいからここに来てるわけで、願ったり叶ったりよ)
「そうね、大いに楽しむと良いんじゃない? 大人のやり取りってやつを。私には関係ないけど」
アンナは軽くあしらってお茶を啜った。角砂糖を3つも溶かした赤茶の液体は余韻まで甘い。
「アンナ身長はいくつだ」
「152くらいだったかな……それが何?」
「俺はもうお前を抜いたぞ。156ある」
「へー」
「……俺は13でお前は16だ」
「知ってるしさっきも聞いたけど」
「5年したら成人するし結婚だって出来る。5年もあったら俺は背だって今よりずっと伸びるし、訓練を積んで立派な騎士になってる。当然今以上にカッコいいぞ」
「そうね、知ってる」
両親から長身を受け継いで、ジェレミアが180㌢を優に超える立派な体格の美青年になる事を、彼が主人公と結ばれるエンドで何度も見てきた杏奈は知っている。
「そうなったらきっと、周りのご令嬢は俺を放って置かないだろうな。侯爵位を約束されている上にカッコいいとなったら俺はモテモテだぞ。両手両足背中にまで花状態だろうな」
(そこまでの優良物件でもないと思うけどね。外観は最高だけどイザベラという不可避の付帯物によって事故物件寄りになってるから)
アンナはもう一度カップに口をつけると残ったお茶を飲み干した。そしてコクンと甘やかな液体を飲み下した時、もう一つ彼について知っている事を思い出した。
「だから今の内だぞ」
ジェレミアは、主人公と従兄弟であるので他のキャラクターとは違い初めから距離が近い。そして年下の子供であるが故に大人の様な秘めた野心や駆け引き、本音と建前を使い分けたりは出来ない。無垢に真っ直ぐに感情をぶつけて来る、少年のフォルムにぼかされがちだがこのゲーム唯一告白から始める直球特攻キャラなのだ、と。
「俺の手が空いているうちに、ちゃんと捕まえられておけ妖精。ふらふらと他の男の回りを飛んだりするなよ」
ガチャンッ
と、アンナの手から空になったティーカップがソーサーの上に滑り落ちて音を立てた。割れこそしなかったが、飲み干し切れずに底に残った水滴がテーブルに飛び散った。
時が止まったような感覚がして瞬きすら忘れる。ドクンとゆっくり、しかし段々速くなる自分の鼓動だけが頭を占めて、世界の音が遠くなる。今、隣に座るこの少年は何と言った? そしてそれはどういう意味だ?
(……今なんて? え、私に言ったの? ちょっと待って、意味が良く分かんないけど、明らかにおかしい事言ったわよね)
アンナは時が止まって固まった身体を無理矢理動かして、顔をゆっくりとジェレミアの方へ向けた。ジェレミアは気のせいじゃ済ませられない程顔を赤くして、あらぬ方へ目をやり、口をへの字に曲げてもう一度言った。
「お前が飛んで良いのは俺の傍だけだ。そういう所に行っても他の男にうつつを抜かしたりするなよ。お前は俺の物になるんだからな、俺から離れるな」
目の前がチカチカするくらいの衝撃を伴って頭の中がドクンと鳴った。息が吸えない。経験の乏しいアンナでも分かる。そう、これは、姉に向けられるべきアレだ。
「……はぁっ⁈ なに、言っちゃって、んのぉ?」
肺に残った空気を使ってやっと言葉を絞り出した時、ギィッと扉が開いて席を外していた面々が戻ってきた。
「リーナ姉はこっちよー!」
「あら、ジェレミアここにいたの」
その声にアンナとジェレミアの間に流れていた空気がパチンと弾けた様な気がして、鼓動は速いままだがアンナの世界に普段通りの音と時間が戻って来る。
ジェレミアも同じ様子で、頬こそ赤みが残るが普段通りの素っ気ない表情に戻って立ち上がると、リーナの側へ駆け寄って行った。
甘える様な態度でリーナに話しかけるジェレミアの姿は原作通りで、つい数十秒前に起こった出来事は夢なのではと錯覚しそうになる。だがアンナのカップは転がっているし、テーブルに散らばった水滴もそのままだ。アンナは未だ速いままの心臓を押さえてカップを直す。
(なになになに? 今の何だったの? アレってアレ、よね? 幾ら経験無くてもそれくらいは分かるわよ、乙女ゲームやり込んでるんだから。今のって、告白、された、よね?)
事象をはっきり言葉として認識してしまったことで、鼓動が治まるどころかより大きくなってアンナは益々混乱する。
(え⁈ どういう事⁈ なんで私に告白するの? お姉様に伝えて欲しいって事? いや、そんな流れじゃ全然無かった。なら何? からかってるの? そうじゃないなら、なんなの何で私にそんなことするの⁈)
楽しそうな声の響き出した客間で、アンナは表情こそ平静だが、混乱の嵐のただ中で答えを見つけようと必死に考える。そこへ伯父が帰ってきた。
「アンナ持ってきたぞ。ついでにアインも捕まえて来た」
「あら、どこにいたのアイン。探してたのよ?」
「お花摘んできたよ。リーナ姉とアンナ姉にあげる」
「わざわざブーケにしてくれたのね、ありがとうアイン」
(……アンナ姉、ですって?)
積極的に聞かずとも耳に飛び込んできた会話に、アンナは強烈な違和感を感じて一同を見た。
アインはモブキャラの為、成人している長男坊以上の情報はない。正確な年齢が分からない為、19歳のリーナの方が年上ということも無くはない。しかし、まだ16のアンナより年下な事はあり得ない。
加えて成人男性の声と喋り方にしては幼すぎる。そう思って見たその先に居たのは、ジェレミアよりは幼く、幼児のエイミーよりは年上の知らない男の子だった。
「————誰っ⁈」
アンナは驚いて椅子から立ち上がった。急に大声を出したアンナに一同はキョトンとする。
「どうしたのアンナ?」
「ど、どうしたはこっちの台詞よ……そ、その子……」
「アインがどうかしたのか?」
「あ、あいん?」
「やだ、久しぶりだからって忘れちゃったなんて言わないでちょうだい? 寂しいわよねアイン」
「待ってよ……その子がアインって……」
アンナはジェレミアと同じブルネットの髪に深緑の瞳をした気弱そうな男の子を見る。知るはずもないその少年が、記憶の中でぼんやりとした輪郭しか持たなかったアインに重なって、上書きされた様に鮮明になった瞬間、メレディアーナとしてのアインとのこれまでの記憶を悟る様に思い出す。
「あ……アインだ……」
名前だけのモブとして登場していた伯父やエイミーと同様に、会った瞬間にくっきり鮮明になった記憶の中のアインは、紛れもなくこの場でポカンと此方を見返す少年だった。
「そうよ? どうしちゃったのアンナ」
「アンナ変」
くすくすと笑う一同を前に、アンナの混迷はいよいよ極まる。この少年が、明らかにジェレミアよりも幼いこの少年が、アインだと言うのならば……。
「……アインって、長男……よね?」
そう口にしておきながら、それが明確に違う事を自分が一番良く分かっている。この目で見るからに、記憶を辿る限り、それどころか、それを強く証明する言葉をアンナは先程ジェレミアの口から聞いていた。あまりにも自然に紡がれたので違和感すら湧かなかったが、彼ははっきりと言ったのだ。
『侯爵位を約束されている』
この世界において爵位を継げるのは特措法の適用以外では直系の嫡男のみ。つまりジェレミアの言葉が意味する事は……
「何言ってんだよアンナ、ヴェール家の長男はこの俺だ。お前眼鏡と一緒に脳味噌も何処かにやっちゃったのかよ」
呆れた顔をして、ジェレミアがぶっきらぼうに言った。
(…………どうなってるの)
アンナは言葉を失い、笑い合ってお茶の支度を始めた一同を見て突っ立ったままでいた。そんなアンナをよそに、子供達は席に着くと真っ先にお菓子に手を伸ばし窘められ、笑い声とカチャカチャと茶器の音がして淹れ直された紅茶のいい香りが漂い始める。
目の前で起こっている事なのに、何処か遠くの世界の様に感じる光景の中、それぞれのカップに注がれていく紅茶の香りに、先程飲み干した角砂糖をたっぷり溶かした紅茶の味が、前後の出来事と共に想起される。
角砂糖が混ざり切らずに底に淀んでいたあの最後の一口が口の中に広がって、急速に現実感が薄まっていく自分だけが切り離されている様な世界の中で、その異様な甘さの記憶だけが妙にリアルだった。
ルビが上手く入れられなくて苦戦中。出来る様になったら直します。
投稿し始めてからスマホをチョコチョコ弄る時間が増えた為、家族にマッチングアプリをやってるんじゃないかとあらぬ疑いをかけられ(!)やり辛くなっている今日この頃。そろそろ書きためたもののお尻が見えてきたこともあり更新の頻度が落ちるかも知れません。
読んでくださっている方がいらっしゃったら申し訳ないです。
お読みいただきありがとうございました。




