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十七話 気のせいね ②

馬鹿!馬鹿!だから言ったのに馬鹿!っていう気持ちが詰まりまくった回の続き


前回のあらすじ——


思えばずっとおかしいのよ

この攻略の鬼の私が初回から失敗するなんて

あっちもこっちもずっとおかしい

明確に何がってわからないけどとにかくなんだかずっとおかしい……

何よ、さっきから? ボソボソムニャムニャうるさいのよ、新種の蚊か何か?

ってそうだった家庭教師頼んだんだった!

もちろん聞いてたよセンセ! なんか王様すっげぇかっけぇさいこぉっ! って事でしょ? 

ふぅ、なんとか誤魔化せたかな?

何か納得してくれたみたいだし

それにしても馬鹿にされるかと思ったけどすんなり受け入れてくれて、なんか、意外

「はい?」


 ポツリとうっかり口から零れた言葉は、しっかりとエドゥアルドの耳に届いてしまった。


「……意外……とは?」

「あー……なんて言うか、寛容なんだなって」

「寛容?」


 先日クロードに馬鹿正直と評価されたのは強ち間違いでもなく、前世の記憶が戻ってからというものそれまで抑圧されていたもののタガでも外れたのか、素直に思った事が口から出てしまう。


「ほら貴方って衒学者って言うか、間違った事とか的外れな事を言ったら物凄い勢いで糾弾してきそうじゃない? だから、さっきのふざけた答えをすんなり受け止めてくれるなんて、ちょっと、かなり意外で……」


「……そのように……見えますか」

 変わらない表情が心なしか曇った気がして、アンナは言い過ぎたと焦る。


「や、貴方がどうこうって言うか、一般的によ? 固い仕事に就いて歴史に詳しい専門家が、何にも知らない素人からアホみたいな事言われたら、呆れるか馬鹿にするかどっちかかなって思ったの。でも貴方はどっちでもなかったから、すごく、驚いちゃって。もっと冷たくバッサリ切り捨てる人だと思ってたから……」


「冷たく切り捨てる……」

 フォローしたつもりがどうしてもつい本音が出てしまう。


「そ、そう見えるってだけで、いえ、見えてないわ、見えてないけどイメージって言うか、ね、学者さんって近寄り難いじゃない、頭固そうで、話合わない奴のことは馬鹿にしてきそうだし、何考えてるか分かんないし、暗いし単調でボソボソ喋るし……違うの、そうじゃなくて」


 口から常々エドゥアルドに対して思っていた事がポンポン出てきて止められなくなり、アンナは焦ってフォローの言葉を必死に探すが、陰キャ以外の言葉が浮かんでこなくなってプチパニックになる。


 そんなわたわたと慌てているアンナを前に、エドゥアルドが手にしていた本に急に顔を埋めた。


「?」


 なんだと思って見ると、プルプルとエドゥアルドの肩が震えていた。


「……ど、どうしたの?」


 その問いには答えず少しの間そのまま肩を震わせてから、コホンと咳払いをしてエドゥアルドはいつもと同じ表情で顔を上げた。


「……随分と簡明直截な物言いをなさる妖精ですね」


(あれ、やばい、怒ってる?)


 エドゥアルドは感情の読めない顔のまま、パタンと持っていた歴史書を閉じた。


「そう思われても、仕方がないですね。ひけらかすつもりは無いのですが、つい専門的な話をしてしまいますし、事実誤認をしているのであれば訂正したくなる性分ですので……。ですがそれ以外の部分、特に当事者の心情などについては色々な解釈があった方が面白いと思っています」


(怒ってはないのかな?)


「先程の三竦みも三国による講和条約の締結に至ったのは、戦力の伯仲した長い戦争で疲弊していた各国が、これ以上は無益と和平交渉を模索し始めた状況下で、停戦の為にいち早く行動したのがアルディス皇帝だったというのがまず事実であり、各国が情勢を推し量っている中で身一つで敵陣に乗り込み和平を申し入れる、その勇敢さと判断の速さ、行動力を讃えられて偉業と言われているのが定説です。けれどその時当事者達がどう考えていたか、は歴史書にはないんです。そこを想像するのが面白いのです」


「ふぅ……ん?」

 急に雄弁に語り出したエドゥアルドに軽く驚きながらアンナは大人しく話を聞く。


「例えばですが、三大国の長の中で当時一番若輩だったのは今も唯一在位しているアルディス皇帝なんです。当時は即位して数年の若い王で、戦争中とはいえ各国の王族は少なからず繋がりを持っていますので、実は水面下で既に和平交渉を進めていて、対外的に強国である帝国から停戦を申し入れた方が穏便に幕を引ける、と他の二国の年長者の王から働きかけがあったのかもしれませんね」


「年功序列みたいな? あるかしら。幾ら若くても仮にも他国の皇帝でしょ? 従うもの?」


「そうですね、上層部でやり取りがあったと記録されているだけで、その内容を裏付ける資料はありませんしこれは想像です。

 あと考えられるものは、アルディス皇帝は今でこそ60歳を越えていらっしゃいますが、停戦協定を結んだ時分は30代後半でした。勇猛なる騎士王として名高い方でしたから、丸腰でもあまりに堂々と現れたその姿に、二国は恐れ慄いたのかもしれませんね。恐ろしく強かったと言われている御人ですから、武器が無くとも制圧するくらいの事をやってのけるのでは、と」


「そっちの方が物語としては面白いわね。討ち取る好機と思えず、逆にビビっちゃって条件を飲んじゃったの」


「これも資料や記録がありませんから完全な想像です。ですがこうだったかもしれないと考えて、事実の裏にある何故の部分を想像して読み解くのが面白いのです」


「事実の裏にある何故……」


 アンナの座る位置から少しだけ下がった場所に椅子を置いて浅く腰掛けているエドゥアルドが、深い藍色の瞳でじっとアンナを見ている。


「ですから先程の貴女の、三国の王は皆、騎士として同じ矜持を持っていたから和平が実現した、という見方を面白いと思ったのです。私には思い付きませんでしたから。貴女が率直に自由に意見して下さったから生まれた解釈です。仮定の部分は自由ですから、それを否定する事はしません……そうは、見えないのでしょうけど……私は頭が固くペダンチックで、嫌味で陰険でつまらない根暗な——」


「そ、そこまでは言って無いでしょ!」


 流石にそこまで酷い中傷はしていないとアンナが立ち上がって抗議すると


「あぁ、事実誤認でしたか」


 どこか冷たさを感じさせた藍色の瞳が暖かみを帯びて、エドゥアルドがほんの少しだけ表情を和らげた。


(え? いま、笑っ……た?)


——コンコン


 アンナがそう思ったと同時にドアがノックされて、リーナがお茶を運んできた。


「アンナどうかしら、勉強は進んでる? 休憩しては如何?」

「姉様……」

「……お気遣いをありがとうございます」


 エドゥアルドは立ち上がってリーナに礼をした。リーナは座るように促して、机の空いた所にお茶を置いて行く。アンナはリーナの動きを目で追いながらも、頭の中では胸の内に広がった小さな違和感に意識を向けていた。


(今、エドゥアルドが笑った気がした。気のせいかもしれないけど……こいつは他人に笑顔なんて見せない無感情キャラ。だけどお姉様と交流していく内に心を開いて笑顔を見せる、そういうベタなシナリオ。笑顔を向けるのは唯一お姉様にだけ。なのに……私に笑いかけた……? 


 まさかね、歴史の話をたっぷり出来てちょっと機嫌が良くてそう見えただけよね。気のせい……よね)


 アンナはチラッとエドゥアルドを見る。それが標準である何も読み取れない無表情でリーナと言葉を交わしている。


「メレディアーナ嬢は自由な視点で史実を捉えていらっしゃって此方が勉強に——」

「急に歴史を学びたいだなんて言うからどうしたのかと思っていたのですが、歴史にお詳しいエドゥアルド卿が——」


(なかなかナチュラルに出会えたわ。これが本来の形なのに珍しいと思っちゃうなんて……特にいつものような不測の事態も無さそうだし、さっきのは気のせいね。灰の攻略は至って順調よ)


 アンナは何も書いていないノートに目を落としてニヤついた。やっと、本領を発揮できるベースを整えた、と。


「ねぇ、どうしてなの? アンナ」


 意識の外から急に話しかけられて、アンナはハッとして聞き返す。


「あ、ごめんなさい、何が?」

「急に歴史に興味持つなんてどうして? って聞いたのよ」


 もちろん貴女の幸せの為だ、とは答えられないのでアンナは適当に理由を探して、またコルを思い出す。


「あぁ、友達がね、騎士の時代が終わるとかそんな歴史関係の話をしてて、その時はよく分かってあげられなかったから、ちょっと勉強しておきたいなって思って。今度はちゃんと聞いてあげたいから」


 リーナはそれを聞いてふふっと笑った。


「そのお友達に良い影響を与えてもらってるのね。益々会ってみたい」


「いつかね。あの人神出鬼没でいつ会えるか分からなくて……あ、そうだ、エドゥアルド……先生。その友達グリニドラスって言うんだけど、どこかの地域名? 王都周辺に来るのほぼ初めてって言うの、何処の人なんだろうと思って」


 問われて、エドゥアルドは少し考えるように顎に手を当てて答えた。


「いえ……そういった地名はエバーラインにはありません。周辺国でも聞いたことはありませんが……貴族の方ですか?」


「子爵を名乗ってるから、そうだと……」


 何処かの領主の子供という訳ではないのかとアンナは思う。


「友達って、男性……なの?」

「うん、そうよ」

 リーナが一瞬だけ眉根を寄せたがアンナは気づかなかった。それよりまだ何か考えている風なエドゥアルドが気になった。


「先生心当たりが?」

「……地名や名士の名前では無いんですが、聞き覚えがありまして。はっきり言えませんが確か童話の登場人物に名前があったような……」

「どんな童話?」

「女神信仰に関する訓話です。女神の愛と自由の教えに背き、権力拡大の為に娘息子に政略結婚を強いた愚かな城主が、女神の祝福を失い没落する話です」


「……へぇ」

 童話というからほわほわした可愛らしい話を想像していたアンナは、昼ドラのような展開の話を子どもに読ませるのかと軽く引く。エドゥアルドは気に留めず続けた。


「この手の女神信仰譚は設定や人物を変えて昔から様々あるのですが、その中の一つが事実を織り交ぜて当時の王政を風刺していたのではと言われていたんです。名前こそ創作ですが暗にかつて存在した国の王とそっくりだと。表だって批判できないことを童話に落とし込んだのでしょうね。その登場人物の名がグリニドラス。女神の加護に背き祝福を失う城主の名です」

切りどころを見失って終わりに含みを持たせすぎて重たくなりすぎていますが、そんなに深すぎる意味はないんです(と今から弁解しておく)


お読みいただきありがとうございました。


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