十四話 何かおかしい ①
ちょっと長い気がするので2つに割っております。
前回のあらすじ——
はぁー負けた負けた、切り替えて残りの攻略に全力を尽くすゾォ!
って無理じゃいっ! 悔しすぎてこのままじゃ目から口から血ぃ出るわ!
ちょっとそれは乙女としてどうかと思うから走って紛らわせてくる!
って前見てなかったら跳ね飛ばされたわ。この国の壁はバランスボールか何かで出来てるわけ?
と思ったらバランスボールことボムが!
やだ、ちょっと、偶然ー! 今日はお互い休戦しましょ 意訳)もし嵐起こしたらぶっころだゾ!
なんか分かり合える部分があるからかな、この人には前世の色々も話せちゃう不思議
友達ってこんな感じか、なんかちょっとくすぐったい
今日はありがとう、逃げてここまでやってきて
やっと辿り着いたこの場所で、私ねぇねの影として全力でやっていくわ!
コルを見送ったその日の午後、アンナとリーナはお決まりの馬車に揺られて王都の華やかな広場を目指していた。
観光地にもなっている大きな噴水のある広場に繋がる街路はパレット通りと呼ばれ、各地の流行の品がいち早く並んだり、若い女性に人気のアクセサリーやスイーツ店が立ち並ぶ若者の聖地となっていた。そんな、急に醸される現代感を纏う聖地に向かう二人のお目当ては、出来たばかりの新食感アイスだ。
「情報が早いのねアンナ、私全然知らなかったわ」
「まぁね、メレディアーナは情報通で有名なのよ」
得意げにそう言って笑ってみせると、リーナの顔にいつもの柔らかい笑顔が戻った。少し前まで困っているような怒っているような泣きそうなような複雑な顔をしていたので、アンナも笑顔を見てホッとする。
コルと別れたあの後、アンナが屋敷に戻るとリーナがそんな複雑な顔をして待っていた。
——
「アンナ、何処行ってたの。一人で行動しないでとあれほど……」
「ごめんなさいお姉様。昨日一昨日の事は反省してるわ。その事でちょっと色々考えちゃって……外の風に当たって来たの、勝手に外に出てごめんなさい」
「アンナ……」
リーナは溜息を吐いてアンナを抱きしめた。小柄なアンナは平均身長よりやや高めなリーナの肩口に顔が埋まる。
「貴女を縛りたいわけじゃないの。自由にして欲しいと思ってる。でも心配なのよ、昨日や一昨日みたいに、まだ子供の貴女に近付こうとする人達が居るんじゃないかって。私が側にいれば守れると思っていたけど……目の届かない一瞬に良からぬ事があるんだって思い知ってしまったから、一人にさせるのが怖くて……」
「姉様……ごめんなさい、本当に」
「貴女のせいじゃないのは分かってるの、私が守ってあげられてないから……閉じ込めてばかりで窮屈な思いをしてるわよね、ごめんねアンナ。心配性の姉を許して」
ぎゅっと強く抱きしめてそう言ったリーナの背中を、アンナは優しく摩った。
「もちろんよ、許すも何も不満になんて思ってないわ。むしろ心配してくれてありがとう」
ぎゅぅっとアンナも姉を抱きしめて、しばし姉妹でそうしてから、アンナが徐に言った。
「ね、お姉様、お互いこれで謝るのは終わりにして気分を変えません? 私過去を引きずる事はやめたの。前を向いて進まなきゃチャンスが逃げて行くわ」
「そうね、終わりにしましょう。引きずらないのは良いことね。だけど、ちゃんと反省はして頂戴? お酒の件お父様に知れたら大事よ?」
「……もうしないわ」
バレるようなヘマは。
「約束よ? お腹空いてる? 昼食にしましょう。それで午後は……」
「お姉様、お昼終わったら私行きたいところがあるの!」
「……最近行きたい所ややりたい事が多いのね、今日は何処なの?」
「パレット通りのアイスクリーム屋さん」
——
「ねぇ、何処で仕入れた情報なの? 情報通さん」
リーナが馬車に揺られながら無邪気な笑顔で聞いてきた。仲睦まじい姉妹の何気ない会話の筈だがアンナはドキッとする。
「え、あ、あぁー……市場であった友達が教えてくれたのよ。新作が出るって。お姉様甘い物お好きでしょ? だから食後のデザートに丁度いいなって」
前世です、とは言えず、咄嗟に先程まで一緒にいたコルの事が思い浮かんで嘘を吐いた。前世など持ち出しては中々クレイジーな奴だと取られかねない。まして相手が姉では恐ろしい程心配されることが目に見えていた為、最善を模索した結果出た嘘だった。
「まぁ、お友達! アンナの口からお友達の事を聞くのは初めてね。どんな方なの?」
「とっても優しい、良い子よ。堅いけど、丸くて柔らかくて、小さいけどデカい」
「……良く分からないけど、いつか会わせてね」
「ええ、もち……」
そこまで言った時チクンっと刺さった何かが痛んだ。数少ない友達の記憶が痛みと共に蘇る。杏奈に友達が出来ると、双子は必ずと言って良い程会いたがった。そして天使の笑顔に触れた杏奈の友達は、その後杏奈を通して双子と会いたがるようになる。「またお姉ちゃん達も一緒に遊ぶ?」と。いつの間にか杏奈は「友達」から双子へ繋がるための橋になっている、そんな経験を何度もした。その記憶の棘にリーナの言葉が掠った。
「……?」
急に黙ったアンナを心配してリーナが顔を覗き込んだ。双子そっくりの顔だが、薄緑の唯一の相違点が心配そうな色を浮かべているのに気付いて、アンナは記憶を隅に追いやり笑顔を作った。
「……もちろんよ! 今度きちんと紹介するわ」
(過去は引きずらない。私は今メレディアーナなんだから、全力でモブ、全力で雑草よ。集中してライオット攻略の足掛かりを作るわよ)
姉の幸せの為に生きるアンナがパレット通りを目指したのは、新作スイーツの為ではない。それは甘いもの好きのリーナをつる口実で、真の目的はもちろん3人目の攻略相手、橙色のライオットと出会う為である。
白黒とは(本来なら)自動的に出会え、夜会に行けば常時会話可能だが、残り三人はまず先に個別イベントを発生させ出会っておかなければ夜会にも現れないため、早めに出会わないと必然会話が減るのでトゥルーを目指すことが難しくなる。
(既に第2週目に突入してるから、ここから先は中々シビアよ。今日必ずオレンジと出会って、明日はグレー、翌日には緑、これで3日。夜会は週に2〜3回、1回につき1人に絞って親愛度を調整するか、全員と会話してある程度均しておくか……その前に夜会に行かせてもらえないかも。その対策もしなきゃいけないのね。そしてそれぞれ個別イベントがあるから……あぁ頭痛い)
目的地に着いた馬車から降りて、アンナは久しぶりでウキウキしているリーナを尻目にこめかみを押さえて歩いた。頭の中のカレンダーに書き込みをしては消しを繰り返し、攻略の予定を立てていく。
すれ違うパレット通りを行く人々は、流行り物を手にして皆楽しそうな顔をしている中で、華やかな通りにおいて難しい顔をしているのはアンナくらいのものだろう。
隣を歩くリーナもそうだ。通り過ぎる店に人に目をやってはニコニコしている。若者向けのアイテムや流行り物が立ち並ぶこの通りが楽しくて仕方ないのだろう。当然の反応だ、とアンナは思いながらその横顔を見て双子の姿を思い出す。
正確に何故かは分からないが、恐らくは良い姉アピールの為に、双子は出かける時にはほぼ必ず杏奈を連れて行った。繁華街に行ってはあちこち見て回りあれこれと買い、時に杏奈も買わされる。双子はとても楽しそうだったが、杏奈はというと何にも興味がないのに連れ回されて、買いたくもない物を買わされるのだから楽しいと思う事は無かった。
加えて双子はそこそこの有名人故に、気付かれれば杏奈の存在も気取られかねない。比べられない為に正反対に地味に徹しているのに、双子が敢えて眩しく照らすように連れ歩くものだから、杏奈はずっと街中では下を向き、より気配を消すことに集中して付いていくだけで、3人での外出を楽しめたことは無かった。
「あ、見てアンナ! あのお店の棚の上! 可愛いと思わない? 貴女に似合いそう、帰りに見ていきましょう」
だが今は違う、と振り返って笑いかける姉の顔を見てアンナは思った。リーナの放つ光は優しく暖かい。リーナが主役であるという世界の構造上かもしれないが、必死にならずとも自然と影になりモブであれる、姉の隣が心地良かった。
「ええ、約束ね」
「約束よ。あ、並んでる……あれかしら? スライムアイスって」
リーナが指差した先では小さな行列が出来ていた。ふわふわ可愛いパステルカラーのそのお店こそ、アンナの目的地の新食感アイスクリーム店であり、橙との出会いの舞台であった。
(着いたわ。クソ不味そうなアイスだけど、ここに居ればライオットが声をかけてくる。あいつはおっさんで酒好きだけど大の甘党って設定なのよね)
今回出会いを画策しているライオットは、最年長の36歳、侯爵家出のおっさん騎士として攻略キャラの中で唯一、王国騎士団に所属している。
歳の差とおっさん的ビジュアルに目を瞑れば、攻略対象の中では中々安定した生活基盤を既に手にしていて、一般的に言えば優良物件ではある。
が、酒好きと豪快さが、玉に瑕をいくつもビシビシと叩き込んでくるキャラだ。
バッドエンドともなると酒乱で暴れて手が付けられず、翌日ケロっと忘れて一応の謝罪をしてはその夜また暴れる……をループする地獄になり、ノーマルエンドですら毎日のように同僚を家に連れて来ては飲み騒ぐことになる。一応ノーマルなので主人公もそんな夫を微笑ましく見つめて終わるのだが……。
(無理ね。そんなの連日続けられるとか、たまったもんじゃないわ。トゥルーだって酒を断つわけじゃきっとないんだし、おっさんだし、こいつはない。……でも、念の為ね、まだ可能性はあるから)
アンナはリーナを見てにっこり笑った。
「そうよ! 並びましょお姉様」
急な現代感は想像力と語彙力の限界
お読みいただきありがとうございました。




