十三話 高校球児みたいな関係
英数字と漢数字との表記揺れがあって読みにくかもしれません。ご指摘頂きましたら直しますので一先ずこのまま失礼します。
前回のあらすじ——
狩ってやるぜクロードぉぉっ!
って思ったけど冷静になったら出会ってないし無理かも……
やっぱ無理か、はぁ残念残念。このルートは諦める
でも明日朝起きたら悔しさのあまり歯軋り凄すぎて歯がなくなってるかもしれないから、この悔しさを癒して帰らねば
なんてI•I•WA•KE
お酒飲みたいだけでしたぁ! だって実質三十路だから、飲んでもいいんだ、いただきまぁす!
……ん? 口に入ってこない……あ? クロード!
はぁ⁈ いまさら出てくるなんて
でもまだ間に合うから早くねぇねに……って今度はねぇねが何処⁈
嘘じゃねぇし、いたし、マジずっと見てたし、つかオメェが遅いせぇだし
って喧嘩してたらねぇねが登場! キレてる!
なんでかって? 知ってたんだってナイフ男がクロードだってこと
ぴゃぁっ!
無理だ、完全に終わった。さようなら黒。君は超えるには高すぎたハードルだった……
狂乱の試飲会から一夜明け、アンナは難しい顔でカレンダーを睨んでいた。日付を指差してはブツブツと独り言を呟いている。
「白のイベントが一昨日、次のイベントの招待状が数日中に来て、休日のガーデンパーティーに誘われるからこれには一応行くでしょ。黒は終わったから無視して、残りのショタ、おっさん、陰キャだけど……陰キャは昨日の内にお父様に掛け合ってあるから多分明日にでも会えるとして、んー日にちがなぁ……」
アンナは一人自室で今後の攻略計画を立てていたのだが、半ばと言うかほぼ完全に、リーナが白黒のどちらかを選ぶと思っていたので、残り日数的に今から他の三人+保険の白を攻略するのは中々シビアで頭を抱えていた。
それというのもラブ・バーストが、ゲーム内時間にして1週が7日✖️4週の28日間でシナリオが進み、その翌日に強制的に求婚イベントに移って終了となってしまうからで、最初の1週間を無駄に引き籠もって過ごしてしまった為、4人並行で進めるとなると日時でパズルでもしているような感覚になってくる。
さらにこれが現実なのだから、ゲームと違って移動や準備に時間もかかるし疲労も溜まる、いざ攻略となっても選択肢は当然出ないから返答や行動に気を遣い頭は常にフル回転で気が休まる暇がない。アンナは先を思って憂鬱になってくる。
「あぁ……疲れる……。なんでこんな事に——私のせいね、私のせい、分かってる分かってる。でも想定外が多すぎると思うわ。初日にキャラに出会わない、個別イベントの成否に関わらず結局お姉様は白も黒もお気に召さない、そしてメレディアーナの存在がイレギュラーを引き起こしてるっぽい。この状況で良くやってる方だと思うわよ私」
アンナはソファに身を投げた。1日も、もっと言えば数分たりとも無駄には出来ないが、それでも少し休みたい気分だった。それだけ昨日の負けが響いている。
「……黒はダメ元だったし、半分以上捨ててたから、別にいいのよ。お姉様の気持ちを確認も出来たし。だから別に……」
アンナは自分に言い聞かせるようにそこまで言って、天井を睨みつけて唇を噛む。それでも耐えられなくなってガバッと起き上がった。
「く や し い っ !」
アンナは立ち上がり部屋を出て、そのまま屋敷も出ていこうと玄関へ向かう。昨日の黒の攻略の失敗に対して、頭で仕方がないと思っても、悔しいと思う気持ちは消えていかない。
「お嬢様、どちらへ? 一人では行かすなとフェアリーナ様が——」
「ちょっとそこを歩いてくるだけ!」
アンナは止めようとした侍女を振り切り、外へ出て商業区の方へ歩いて向かった。
アンナが着いた時分でもまだ午前中だった為、商業区の広場に開かれた市場には活気のある声が響いて様々な物が売り買いされていた。サーヴィニー領は運河はあれど内陸のため海の幸とは無縁そうだが、モチーフの世界観とは別に冷凍、輸送技術が発達しているのか鮮魚も多く取り扱われていた。手ぶらで飛び出て来た為、見るだけしか出来ないアンナは市場の中をゆっくり歩いて、頭からイライラと憂鬱を追い出す事に努める。
(こんなことしてる場合じゃないんだけどね……でもちょっとだけ。一息ついたら策を練るから、今だけ忘れよう)
横目で並べられた品をぼんやり見ながら歩いて、なるべく頭を空にしようとするが、酒の入ったボトルや黒い品物が目に触れると、昨日の事がチラついて脳内に一気に悔しさと無力さが押し寄せてくる。
(——ダメだ、思考が昨日に引き戻される。忘れようと思っても、失敗した事実が私を絡めとる。無敵無双で攻略する為にこの世界に来たのに、負けてどうする! これじゃ何の意味もない)
大声をあげてしまいそうな自分を抑える様に拳を握り、昨日の失態を思い起こさせる物を目にしないよう下を向いて歩いていると、ドムンっと大きな物にぶつかって跳ね飛ばされた。
「いたっ!」
「これは失礼した、レディ大丈夫だろうか」
大きな物体がそう言って、レンガ敷の地面に尻餅を付いたアンナに、すかさずぷにぷにした手を差し出した。
「あ」
「アンナだったか。すまなかった、大丈夫か」
大きな物体と思った物は、ストームボムことコルドレインだった。コルは、小柄なアンナよりも数㌢小さい小男にしては強い力でアンナを引き起こした。
「ありがとう。こっちこそ前見てなかったから、ごめんね」
「怪我が無いなら何よりだ」
「本当神出鬼没ね貴方って。こんなとこで何してるの? 買い物?」
スカートを叩きながらアンナはコルに尋ねた。ゲーム内のボムは、攻略対象が現れる場所にのみランダムで現れる仕様だった為、誰とも出会う事の無い市場に何故彼が現れたのか正直に疑問だった。
「ああ、こちらに来るのは初めてなもの故、折角なので……覗いてみました。色々あって賑やかですね。アンナこそ買い物ですか?」
「ううん、私も見に来ただけ。ちょっと部屋にいると頭がぐるぐるしちゃって、気分転換に散歩……」
バッとアンナは険しい顔でコルを見た。
「今、質問したわよね⁈」
「あ、すみません。ついうっかり、撤回しましょう。あの協定を守るのは中々難しいですね」
油断ならないと思ってから、アンナはふと考え直す。この場は攻略対象が現れない、ゲームのシナリオには関係のないいわばインターバル。嵐が起こる可能性も無いのではないか、と。
「……いいわ。今日はややこしいのはやめましょう。私今は休憩中だし、だからそっちもボムを休んで」
ボムが何だか分からず微笑みながら首を傾げたコルだったが、アンナの沈んだ様子に気付いて早速尋ねる。
「何かあったんですか? 今日はいつもの貴女とは違う気がします。元気がないような」
アンナは足元に視線を落として、溜息混じりに応えた。
「……ちょっとね。存在意義が分からなくなっちゃって」
「存在意義」
「そ」
アンナは喋りながらゆっくり歩き出す。コルもそれに続いて、並んで歩調を合わせた。
「私はお姉様を幸せにする為に在るのに、私が居ると何故か歯車を狂わせちゃって上手くいかないの。歯痒いったらないわ。私の全てはお姉様の為の物のはずなのに、誰あろう私の存在がそれを邪魔するんだから」
「……すごい考え方ですねアンナ。姉君の事を余程慕っている」
「当たり前よ、自慢の姉だもの。優しくて美しくて気高くて、頭も良くて淑やかで嫋やかで。それでいて芯の強さも持ち合わせていて、何より私を愛してくれる最高の姉よ。大好きだわ」
アンナの熱量に圧されて、コルは軽く引き気味になった。
「そう、なんですね。貴女がとっても姉君を好きで尊敬している事がよく伝わりました。でも、私は兄弟がいないので詳しくないですが、姉が妹を愛すのは普通では?」
アンナは顔を顰めてコルを横目で睨んだ。
「コルは分かってないわ。世の中には妹を虐げる姉なんてゴロゴロ居るんだから」
睨まれてコルは苦笑する。いつの間にか市場を抜けてしまい、どちらからともなく運河沿いの船曳道まで石階段を降りている。
「経験してきた様に言うんですね。別にもうお一方姉君がいらっしゃるんですか?」
「あー……友達の、話よ。すっごく近い関係だから、つい自分の事の様に思っちゃう、分身みたいな、友達の話。その子には、双子の姉が居るの。それが酷い姉達でね、外見は天使のようで外面も物凄く良いんだけど、妹には罵詈雑言の嵐を浴びせて手も足も出すし、あちこち連れ回してパシリにするのよ」
「そういう姉妹関係もあるんですね……。ではそのお友達はさぞお辛いでしょうね」
「辛いなんてもんじゃないわ、地獄よ。助けてもらおうにもあいつら外見も外面もいいのよ、本当に。だから誰も気付かないし信じてくれないの。美しい天使が本当は悪魔で悪い事するなんて夢にも思わないでしょ? 日陰にいる雑草が日向の花に何かを言っても、ただの僻みから来る誹りや妄言だとしか思われないのよ。誰も本当の事は見ちゃいないわ」
「……雑草」
「そ、双子が光輝く鉢植えの花で、私はジメジメした路地裏の雑草。卑下でも卑屈でもなく事実。双子は悪いのは性格だけで、容姿は抜群だし、成績も行動もやることなす事何もかも頭一つ抜けて輝いてた。そんな姉を持つ妹は、どうしたってその光の陰になっちゃうのよ」
アンナは立ち止まって流れる運河に目を移した。同じ速度で並んで歩いていたコルが、2、3歩追い抜いてしまって立ち止まり振り返った。アンナは天頂に近付いた太陽に照らされて、キラキラと輝く水面を見て言った。
「ずっと、比べられてきたわ。なまじ似てる分、違うところを探されてそして言われるのよ、お姉ちゃんの方が、って。双子とは違う生き物のはずなのに、在るべき私の正解は双子なんだ、って。ずっとそうやって比較されて、自分で在る事を否定されて、何をしても無駄なんだって思い続けてきた」
ふぅっと溜息を吐いて黙ったアンナの隣まで戻ってきたコルは、同じ様に運河の水面を見つめてから、アンナの方を向いて言った。
「自分の在り方を否定されるのは辛いですね。私も似たような思いをしていたので少しは分かります。だから、そのご友人はきっとアンナの存在に助けられているでしょうね」
「え?」
アンナはコルの方へ顔を向けた。肉に埋れ気味で判りづらいが、コルは晴れ渡った空の様に、澄んだ綺麗な淡青の瞳をしていた。
「貴方は貴方だからと、貴方のままで貴方のやり方で良いと、アンナは私に言ってくれたではないですか。私はその言葉に救われたんですよ。きっとご友人にもそう言って差し上げたのでしょう?」
アンナは無垢さを感じさせる青い瞳にどこか気まずくなって、また運河に視線を戻した。
「……どう、かな……そう言ってきたつもりだったけど、そう思い切れなくて、かと言って双子になることも出来なくて……結局諦めて逃げちゃったから。自分の興味も憧れも何もかも投げて、姉の影に徹する事にしちゃったの。もう比較対象にならない、似ても似つかない出で立ちで、存在にすら気付かれない様に振る舞って、気配を殺して影になって逃げたの。コルみたいには、戦えなかった」
見つめる先の水面はずっとキラキラと光っていて、痛くなる程の眩しさに目を背けたくなる。強過ぎる輝きはそれへの憧れを抱かせるよりも、眩しさを許容出来ない自分の矮小さを思い知らせる気がした。アンナが下を向きかけた時、コルが口を開いた。
「逃げる事もまた一つの手だと思います。逃げる事も悪いことではないと……なんて、騎士が敵前逃亡を許す事を言っては叱責されるかもしれませんが」
苦笑しながらコルは言った。アンナは口の端をふくふくとした頬に埋めて笑う彼の方にまた顔を向ける。
「逃げたからと言って諦めた訳ではないですよ。自分の在り方を守る為にご友人は戦い方を変えたのでしょう。戦法が正しいか正しくないかは……私には判りませんが、姉君達の光の陰から出る為に、別の道を探しているんではないでしょうか。一見諦めて逃げている様に見えても戦い続けているんだと思いますよ。自分らしくあれる場所を探して」
思いがけない言葉に驚いたような眼差しを向けるアンナに、コルはにっこりと微笑んだ。
「そういう戦い方を選んだのもまた、自分らしくあろうとした結果ということじゃないかな、と思いますよ」
「自分、らしく」
誰の言葉にも屈さない程貫ける何かが自分には無かった。何度折れても支え続けていられる程の心の強さが自分には無かった。だからもう誰からも気に留められないように、姉に劣ると分かっているのだから比較されないように、輝く二人と正反対に気配を殺して影のように生きる事を選んだ。姉の存在と戦うことからは確かに逃げた。だが言われるがまま姉になろうとはしなかった。その愚かしく踠いてみせた小さな抵抗自体が、何もかも諦めたと思っていた自分のらしさなのだろうか。
「……それって無駄にプライドだけ高いみたいで、なんか、カッコ悪」
「カッコ悪くなんて。誇りがなくては生きていけませんよ。生きていれば少なからず何かと戦っているんですから、ね? どんなに小さな事でも、信じ、誇れる自分があれば、例え逃げてもいずれ自分の戦い方を見つけられるものですよ。誇りを持つことは大事です」
何処かで吐いた覚えのある台詞でコルはそう言って笑った。艶々してハリのある風船の様な頬が、水面の煌めきを反射してキラキラしていた。
「それにね、知っていますか? 雑草にだって素晴らしい力があるんですよ。花や他の植物を守ったり成長を助けたり、土壌を豊かにもするんです。美しい花は確かに分かりやすく愛でられるでしょう、ですが雑草だって必要な存在なんですよ。きちんと分かってくれる人も場所もきっと現れますよ」
正確に言えばアンナの架空の友人をだが、アンナはコルが一生懸命に励ましてくれているのだと気付いていた。まともに友達も居なかった杏奈は、こんな風に悩みを吐露することも励ましてもらう事もほぼ未経験だった。その為どう反応していいかが分からないのだが、雑草には変わりないのか、と思って可笑しくなってアンナに笑顔が戻った。
「ありがと。励ましてくれて。コルみたいに言ってくれる友達が居たら良かったなって思う……あの子にも」
「友の友はもう友だと聞いたことがありますよ。お会いしたことはありませんが、もう友人だと私は思っていますよ」
「友達の友達?」
「利害関係のない同盟はただの友人ではないかと思って」
コルはそう言って照れたような顔をした。アンナもつられて友と言う言葉に照れてしまう。
「……ライバルだって言ってるでしょ。……でも、まぁ、ライバル関係で友達っていうのも無くはないし、高校球児みたいな関係ってことかしら」
「……アンナは博識なんですね、たまに全く意味の見当もつかない単語が飛び出てきます」
吹き出すように笑い合った二人の間を、対岸から運河を掠めて吹いてきた風が通り抜け、アンナの肩甲骨の下辺りまであるふわふわした癖毛の髪を巻き上げて揺らした。ゴーンと風の向かって行った先で鐘の鳴る音が響き正午を知らせた。
「行かなくては、迎えを待たせて居るんです。今日もありがとう、とても楽しかった」
「こちらこそ、今日はずっと話を聞いてもらったから……友達の話だけど」
コルはニコッと笑った。
「我々の同盟の主目的は、気兼ねなく悩みや考えを話すことにあるのですから、礼など。友、ですしね」
「……そっか、友達ってそういうものか」
アンナもコルと同じように微笑んだ。
「それでは、また何処かで偶然に」
「うん、またね」
去って行くコルの背を見送り、アンナは市場に来た時とは違った、晴れやかな空の様な気持ちで運河の輝きを一瞥した。
「ここまで逃げて、やっと私として生きられる場所に辿り着いたのよ。ちょっと負けたくらいで落ち込んでられないわ。残り日数も少ないんだから、私は私のやり方でこのモブ人生を生きるのよ」
アンナはくるっと運河の煌めきに背を向けて、姉の待つ屋敷へと駆け戻って行った。
ここが割と重要な回だったので、完成まであっちこっち弄り回したい身としては今後話が破綻するんじゃないかと投稿する事が怖い。連載できる人ってホントすごい。鼻出る。
お読みいただきありがとうございました。
※こっそり色を修正




