十一話 ハードルは高ければ高い程攻略のしがいがある
(この回も…正直…ブリッジで…す)
前回のあらすじ——
ひぇっ! マティアス!
またも何故ここに⁈ ねぇねは⁈
え? リボン拾ったからここに来た?
ポエミー過ぎて何言ってっかわっかんないわよ
と思ったら、ねぇね! 白と出会ってたのね!
おっしゃ見たか! 賭けに勝ったど!
さぁ、誘え。ねぇねをデートに誘うのだ
ん?
あや? 私が誘われた? なんでやなんでや? あろろろろ?
あぁ! ハイハイなるほどね!
私をダシにねぇねを誘うのね、やるぅー! それって何てナンパテク?
ねぇねもベストな回答をして見せて拍手喝采雨あられ!
こりゃぁ、この男のトゥルーはいただきね
屋敷に戻ってからのアンナは甚く上機嫌だった。負けたと思った勝負に大勝利したからだ。
(あぁ、なんて爽快な気分なの。終わったと思ってからの大逆転。最高の気分だわ。これだからラブ・バーストをやめられない。白はこれならトゥルーに持ち込める。次のイベント用の招待状が来るまで一先ず休戦ね。良くやったわアンナ、諦めずに正しい選択肢を選んだわね。自分で自分を褒めてあげたい)
部屋のカーテンに包まって、ダンスでもするように鼻歌混じりでクルクルと回っているアンナの側で、対照的な表情をしてリーナは食後のお茶を飲みながらその様子を見ていた。
「随分楽しそうねアンナ」
「んー、そうね、なかなかね。ピクニック楽しかったなぁって思って」
「大半の時間あなた居なかったじゃない。それともその後の事を言ってるの?」
その後、とはマティアスとの出会いの事だろう。
「それ含めて全部よ。とっても有意義だったわ。そう思わない? 姉様」
「……そうね」
あまりに沈んだ様子のリーナを訝しんで、アンナはカーテンから出て姉の横にぴょんと腰掛けた。
「……楽しくなかった?」
リーナはカップをソーサーに戻して取っ手を指で弄りながらポツリと喋る。
「楽しかったわよ、貴方とピクニックなんて久しぶりだったから。だけど……」
「……マティアス卿の事?」
言い淀んだリーナの言葉の続きをアンナが継いだ。リーナは頷きはしなかったが目を伏せた。アンナはその様子を益々訝しむ。
(んん? この時点のフェアリーナの感情としては「いきなりデートに誘うだなんて慣れ過ぎじゃなぁい? でもカッコ優しいし気になっちゃうぅ」ってなってると思ったんだけど……現実のお姉様は違うのかしら)
アンナはリーナに身を寄せて悟られないよう心内を探る。
「ねぇ、お姉様。マティアス卿がどうかしたの? お姉様を助けて下さった柔和で優しい方だったじゃない」
「そうね、お噂通り優しい方ね」
「でしょ? 背も高くて細身のイケメ……顔立ちの整った方で、騎士としてもそこそこ腕が立つし、女性に親切で常に笑顔を絶やさない素敵な殿方よ」
「……随分詳しいのねアンナ。もしかしてマティアス卿の事気になってて、お誘いを勝手に断ってしまったけど……行きたかった?」
「ううん、全然、私は関係ないし。お姉様のあの判断はこれ以上ない最良の一手だったわ。あの場で拍手したいくらいだったもの」
「大袈裟な物言いね。でも、そう、ならいいの」
リーナは紅茶のカップをまた口に運ぶ。多くを語らない姉の様子にごうを煮やして、アンナははっきりと心の内を尋ねた。
「ねぇ、お姉様はマティアス卿の事どう思ってらっしゃるの?」
「どうって?」
「ほら、だから、カッコいいなとか、素敵だなぁっとか」
「確かにお優しくて、柔和な笑顔の素敵な方だと思うわよ。だけどね……」
リーナは再びカップを置き溜息を一つ吐いてアンナを見やった。
「貴女は知らないだろうけど、あの方は誰にでもお優しいのよ。特に女性にはね。そういったお話はあちこちで耳に入って来るものなの」
(もちろん、私は良く知ってるわ。でも本来だったらお姉様はメレディアーナに相談に来て、マティアスの女たらしな噂を耳打ちされて初めて知る予定なのに……なんでもう知ってるのかしら。事実は小説より奇なりってやつ?)
無言で眉根を寄せたアンナを見て、リーナは何と解釈したのか慰める様な口調で続けた。
「私だって、ただの噂だと思ってたわ。優しくておモテになるから、心無い中傷も流されるんだと。だけど、今日のあの方のお振舞いを見たでしょ? まだ十六の貴女にまであんな風に誘いをかけるだなんて……軽薄にも程があるわ」
珍しく言葉に苛立ちを滲ませる姉の姿に、アンナの疑念が膨らむ。
(……あれぇ? 展開としては間違ってないのよ? 白のルートは、女たらしって聞いてショックを受けるフェアリーナだけど、気になっちゃって交流するうちに、向こうもいつの間にかお姉様一筋になって……て展開になるわけだから。でも、目の前のお姉様の口ぶりと態度……気になってるって言うか……それよりも……)
「ねぇ、お姉様、マティアス卿のこと……嫌い?」
確信的にそう尋ねられたリーナは、カップに残った紅い水面を一瞥してから、アンナに向き直って言った。
「そうは言いませんけど、少なくとも貴女には近付かないでもらいたいと思ってます」
あえて敬語で言うあたりに、込められた強い想いを感じて、アンナは浮かれた気持ちが一気に冷めた。
(誤算! お姉様が白を気に入らないとは! 完全に良い感じだと思って浮かれてた分、まさかの事態に突き落とされた気分よ……どうしたらいいの。取り敢えず気が変わるかも知れないから——大丈夫、良くある事だったからそんなのは慣れてる、白のルートはこのまま攻略を進めるとして……問題は目下捨てたつもりでいた黒ルートを開拓せざるを得ない事に移るわけで……)
チラッとリーナを見ると、何とも冷たい目をして残ったお茶を飲み干していた。アンナはその様子に顔を強張らせる。
(ちょっと私がダシとしてデートに誘われただけでこれよ? ドレス切ったのが黒だって気付かれたら、お父様じゃないけどその場で叩き斬るんじゃないかしら……リスキーな上に望み薄よ……黒ルートを狙う必要あるかしら……あぁ、でも、ダメね、どうしよう。白の大逆転の余韻が忘れられない、私なら出来るって思っちゃう)
アンナはリーナから顔を背けて、無意識に持ち上がってしまう口の両端を押さえる。
(ハードルは高ければ高い程攻略のしがいがあるのよ。初手の失態を劇的な勝利に変えてやるわ。これこそこのゲームの醍醐味じゃない⁈)
攻略マニアのツボを刺激されて、欲求を抑えられなくなったアンナはバッと急に立ち上がって、驚いて見上げる姉を見下ろして言った。
「お姉様、任せて。今日のような勝利を必ず捧げてみせるわ」
「勝利? な、何のこと? あ、ちょっとどこ行くの? アンナ」
引き留めるリーナを振り返ることなく廊下に出て、アンナは迷わず目的の部屋へ向かう。到着するとすぐに、ノックもそこそこにバァンッと勢い良くドアを開いた。
「なんだなんだどうした!」
部屋の中で寛ぎながらお酒を楽しんでいた父は、アンナの急襲に跳び上がって驚いた。アンナはそんな父に詫びることもなく、自らの用件のみを端的に伝える。
「お父様、私明日のルレザン邸の試飲会に行きたいの! お姉様と一緒に連れてって!」
翌日、サーヴィニー親子は三人揃って馬車に乗り込んでいた。昨夜のアンナの弾丸の様な嘆願に父が勢いに押されて応じ、ルレザン侯爵邸で開かれる葡萄酒の試飲会に向かうところだった。
「ねぇ、アンナ、どうして急に試飲会になんて付いて行くの? 貴女まだお酒は飲めないじゃない」
馬車に揺られながらリーナが不思議そうにアンナに尋ねた。
「急に初夏葡萄のジュースが飲みたくなったの。今の季節だけだし、作りたてをその場で飲めるなんて中々無いもの。お姉様は十八過ぎてるんだからお酒も飲めるしいいじゃない。お父様ともたまには外出したいし、何もかも丁度いいわ」
無理を勢いで押し切らせた父に媚びながら、アンナはにんまり微笑む。父も娘にそんなことを言われて嬉しそうに微笑む。リーナだけが少し不安そうな表情を浮かべた。
「飲める年齢なだけで、私お酒はあんまり……それに大人の集まりにアンナを連れて行くのは……」
「まあ、良いじゃないかリーナ。少し付き合う程度でお前もジュースに切り替えれば良いんだ。アンナの事だって、心配する気持ちは分かるが今回は招待された大人の社交会だ。この前の様な何処ぞの不届き者がフラフラと立ち入れる場所ではないんだから、安心してお前も場を楽しみなさい」
父の言葉にアンナはドキッとする。その不届き者が試飲会会場に現れるから、無理矢理に姉を連れて来ているのである。
(昨日はテンションが上がってて冷静に判断できてなかったけど、黒がナイフ男だってバレたら本当にまずいと思うわ。ゲーム的な意味でも人命的な意味でも。私と黒の接触は絶対にNGね。神経を研ぎ澄まして気配を消さなくては)
アンナは深呼吸して気合いを入れ直し、リーナの美しい横顔を見る。
(今回も離れなきゃいけないからサポートは出来そうにないけど、取り敢えず無事出会えればそれでいいわ。白とはラッキーな事に出会ってたけど、黒とは完全に初対面だろうから、まずは面識を作るところから。まだ間に合うもの、焦らないわ)
アンナが一人コクっと頷くと、馬車がガタンと揺れて目的地に着いたようだった。
ルレザン領はその大半が耕作地となっていて、専ら果実酒用の作物を作っている地だ。主な収穫物は葡萄で、初夏から秋の終わりにかけて様々な種類の葡萄を育てている。その実から作られる果実酒は、醸造される度に頻繁に試飲会と称して各地から酒好きが招待されてプチパーティーが開かれている。
もちろん婚活としての側面もあるので、招待制とはいえ子息であるとか親戚の子であるとかが連れて来られたり代理で参加したりは珍しいことではなかった。
アンナ達の父とルレザン侯は酒好き仲間として古くからの友人であり、アンナ達も面識こそあるが、純粋に酒を楽しみに行く父は招待されては毎度の様にベロベロで帰って来るのがお決まりだったので、ルレザン邸へ娘達を連れて行くのは珍しい事だった。
「いやあ! 随分と久しぶりだねお嬢さん方。これまた二人とも美しくおなりだ」
大仰な動きのルレザン侯が、アンナ達サーヴィニー一家が到着すると待ち構えていた様に入り口で出迎えてくれた。声の大きい明るい男だ。
「ご無沙汰しております、ルレザン卿。急な事でしたのに私達までご一緒させて頂いてありがとうございます」
リーナがスカートを摘んで謝辞を述べたのでアンナも倣って礼をする。
「こんなに美しい華達ならいつでも喜んで歓迎するよ。さあ! 中へ入って美味しいお酒とお喋りを楽しんでおいで。おぉっとメレディアーナ、ジュースは奥のテーブルだ。お父上の手前無礼講とはいかないだろうからね。ハッハッハッ!」
ルレザン侯は既にお酒が入っているのか酷く陽気で、アンナにウインクしてから父の背中をグイグイ押して、今年の葡萄の出来を相槌を挟ませる間も与えず、身ぶり手振りで大袈裟に滔々と語り続けながら姉妹よりも先に屋敷に入っていった。
「相変わらずのご陽気ね。いつお会いしても愉快なおじ様」
「あれ……素面なのね?」
姉妹は思わず顔を見あわせてクスクスと笑い、侯に遅れて屋敷に入った。
(さあ、来なさいクロード。ここから仕切り直しよ)
ただ弾丸の様な嘆願だけ気に入ってる、純情なあれみたいで
お読みいただきありがとうございました。




