ダケヤマの夢再び
……思えば俺の人生は、あの頃からすでに常軌を逸していたのかもしれない。
忘れもしない、Fランクの大学生だった俺は30社近い就職活動に疲れ果て、ようやく決まった外車ディーラーの営業マンの仕事も最終的に辞退してしまった。
お笑い芸人として大成する夢が忘れられず、根拠のない自信に満ち溢れ、将来に何の疑いも持たなかったのだ。
それからはフリーターとなって何とか食いつなぎ、お笑いの修行を重ね続ける生活が始まる。
いつも肉体的にも精神的にも飢えていたが、夢を食い続けながら、それで何とか腹を満たしていたのだろう。だが向上したのは芸能やしゃべくりではなく、工場のバイトで培ったフォークリフトの操作技術だったのかもしれない。
相方のカヤタニは、同じ大学のお笑いサークル時代からコンビを組んでいる腐れ縁。彼女も本気でお笑い芸人を目指す浮世離れした人間の一人ではあるが、俺よりかは幾分まともで現実的だろう。
何と大学卒業後に医療系の専門学校に入り直して、視能訓練士の国家資格を取得したのだ。今は病院の眼科で非常勤の検査技師を続けながら、俺と一緒に夢を追い続けている唯一無二の戦友だ。
スカンピンというコンビ名も大学時代から使い続けている一種のコダワリだ。相方と出会った時に、色々と話し合って決めたはず。あの時が一番楽しかったなあ。
……確か俺が適当に思い付いたコンビ名であるが、珍しくネタ担当のカヤタニがすんなり認めたモノだ。
そしてお笑い芸人コンビ【スカンピン】は何年もくすぶり続けた末に、ようやく事務所との仮契約に漕ぎ着けたのだ。だが、それからも本格デビューには届かず、鳴かず飛ばずの前座を続けながら今に至っている。
今日も工場のハードな仕事を終えて、原付で帰宅途中にいつものコンビニに立ち寄った。正直、あまりに疲れ切っており、帰ったら風呂にも入らずに寝てしまいたいほどだ。
変だな……誰もいない電気の消えたアパートの一室からは、人がいた気配とカレーの匂いが漂っていた。
合い鍵を渡しているカヤタニが勝手に上がり込んで、新しいネタの原稿を置いてくついでに、カレーのおすそ分けをキッチンに残していったのだろう。
連絡ぐらいしてくれればいいのに……って携帯にそのメッセージが残されていた。
ネタ原稿も携帯に送ればって思ったが、そこは相方が気を遣ってくれたのかもしれない。
もうコンビニ弁当を買ったばかりなので、カレーは明日にでもいただこう。
狭いソファーの上に寝っ転がると急激に眠くなってきた。
――ヤバい……意識が遠のいてくる。
まだ風呂にも入っていないというのに……。
明かりが付いたままだというのに……。




