薄氷のステージ
無頼庵は、更に二人を追い詰める魂胆だ。意地の悪そうな笑顔で卓上のコンビを焚きつける。
「一体いつまでご遠慮しておられるのかな? お二人共、準備が整い次第、いつでも自慢の芸を披露されてもよいのだぞ?」
トムヤム君もニヤつきながら、大声で挑発を続けた。
「どうした、どうした? ゼノビア姫は玉座で退屈しておられるぞ!」
一方ダイナゴンは、わくわくしながら、ありがた迷惑な発破をかける。
「いよっ! お二人さん! 期待してるよ。存分に笑わせてネ!」
いよいよ緊張してきたカヤタニが、固唾を飲んで遥か壇上におわす姫君を見上げると、一筋の光明が見えてきた。今まで周囲に全く無関心であった王女が、自ずとスカンピンの方に注視し始めたのだ。どうも後ろで準備体操している、アホのダケヤマに興味を示しているように思えた。
「やった、今がチャンスやで。一番恐れていたのが、完全無視や。なんぼ面白い漫才やコントを披露しても、視て聴いてもらえへんかったら意味ないし、笑わす事なんて絶対無理や」
「そうやなあ。でも、お姫様はさておき、テーブル周りのむっつり騎士達を笑わす事の方が難しいような気がするで。距離も近すぎるし、こんなアウェー感満点な空気じゃ、やりにくいでホンマに~」
業を煮やした魔法使いアビシャグは、二人を鼓舞するように洒落た魔法をかけた。手に持つ杖をクルリと1回転させると、短い呪文を詠唱する。
すると天井の左右に設置されたボーリングの球のような水晶から淡い光が伸びてきて、騎士の円卓上をほのかに照らし出したのだ。
「うげっ! 俺達スポットライトを浴びてるで!?」
「もう、やるしかないわ!」
のべ太とアスカロンが胸の前で音のない拍手を捧げると、椅子に座ったままのダイナゴンが瞳を輝かせる。同時に穴金が鼻から溜め息をついて腕組みすると、トムヤム君が同じように卓上の芸人を見上げた。更に無頼庵とルンバ・ラルは眉間に皺寄せながら、深々と椅子の背もたれに寄り掛かったのだ。
最後にカヤタニはゼノビア姫の様子を見定めた。ぽかんとはしているが、どうにかこっちを見ているようだ。そして肘で背後のダケヤマを小突いて気合いを促した。タイミングを合わせ、一世一代の舞台を実現させるため。
「どうも~! スカンピンのダケヤマです~!」
「同じくカヤタニです~! 拍手、拍手~!」
しんとした大ホールに二人の拍手がこだますると、握っていた手の汗が一瞬にして雲散霧消するのを感じた。
「……大丈夫かな?……」
とんがり帽子を被り直したアビシャグは、拍手の援護を送りながらも思わず小声で呟いたのだ。