魔法使いティケ
かつての威勢を失い、身構えるネクロマンサー・ヘカテだが、自分と全く同じ顔と姿を持つ魔法少女ティケを前にすると、戦うどころか固まってしまった。正に蛇に睨まれた蛙状態である。
その場から撤退してゆくダケヤマには、双子の姉妹の喧嘩のようにも思えた。
「あいつらは……?」
絶好調のティケは、ヘカテのヘアスタイルから足元まで……ボディラインを強調する際どいコスチュームをも含め、さらっと観察した後、こんな言葉を投げかける。
「ふ〜ン、なかなか上手に私をマネしてるじゃないの。でも……やっぱりニセモノだね!」
「……何だと?!」
ネクロマンサー・ヘカテは、怒りと恐怖に任せて両掌から黒い稲妻を発する球電を発生させた。対するティケは、軽やかな詩吟のように古代語の呪文を詠じ始めたのだ。
「私はね…………! もっとカワイイもん! 極大爆裂魔法…………Царь-бомба!!」
「何ィィィ!? いきなり呪禁系……だと?」
攻撃に転じていたヘカテの結界は間に合わない。
閃光と振動が全てを包み込み、ティケ中心にスローモーションのようにあらゆる物が吸い込まれてゆく……かと思えば、一気に膨張して吹き飛ばされてゆく。
その凄まじいエネルギーの解放に、ディアブルーン・ワールドを構成するVR空間の処理速度が追い付かず、見えている世界の所々が白黒反転を繰り返す。
――ダケヤマは両腕の隙間から確かに見た。
……研究施設の人間3Dプリンターを擁するプラントが、次々とひしゃげて重なるようにスクラップと化してゆく所を。
……ひび割れたカプセルが破裂し、中にいたヘカテ・クローンの全てが、魂を得ないまま……燃え上がった瞬間、キラキラと砂金のように煌めきながら分解してゆく悲劇を。
……部屋を覆い尽くした死せる白骨軍団が、叫ぶ事もままならず虚しく灰燼に帰す結末を。それは重装備のスケルトン、斧と盾だけの古代戦士、チェーンメイルに槍の元勇者……戦いに明け暮れた日々の残滓が、荼毘に付されてゆく。
「ヤマナン……さ……ま…………」
ネクロマンサー・ヘカテの一部であった黒手袋をした腕が、親を捜す子供のように光の中をかき分けて進んだ。だが……思う人の所へ、もう少しで辿り着く前に消え失せてしまった。
そんな中、ダケヤマと同じ結界防御魔法陣の中にいたアスカロンは、徐々に蒸発して粒子化する白い悪魔ヤマナンと目が合った。爆音の中で肉声は届かなかったが、水を打ったように静かになった心に直接響いてきたのだ。
「――最後となるが……君らに教えておきたい事がある。……行きすぎたモラルと正義の実現は、人類を緩やかな衰退と滅亡に導くだろう……!」
「ぬかせ! 悪魔め」
「……なぜならば、人間の本質は……“獣”なのだから……」
「戯れ言を……!」
……世界が浄化されたように白一色となった。
デスモスチルス城は周囲を巻き込むほどの大爆発を引き起こすと、石造りの城壁は木っ端微塵に崩れ去り、跡には月面のような巨大クレーターだけが残されたのだ……。