ラスボスはゲームマスター
その時、凄まじい魔力を誰よりも感じたアビシャグは、その場で片膝を付いてしまう。鋭敏な者にとっては、見えない圧力に潰されて、気を失いそうになってしまうレベルである。
「皆さん、気を付けて下さい! 何かが……ここに来ます!」
石材でできた床からキノコのような白い塊がスルスル伸びてきたかと思うと、人の背丈ぐらいにまで成長した。それは玩具のブロックを組んで作られた人形のように思えたが、どうやら生きているようだ。
画素数が上昇するにつれ、徐々に詳細がはっきりしてきたが、最終的には真っ白なスーツに身を包んだ青年の姿となったのだ。
「ヤマナン……」
ディアブルーンのラスボスにして、その運営会社である電気ブランのCEO……白い悪魔は茶髪のオールバックを撫で付けながら、不機嫌そうな青白い顔を上げた。彫りの深い高貴な顔立ちは、邪悪さや豪気とは無縁だったが、薔薇色の死刑台のような死の魅力を感染させる、危うい月光の瞳を備えていた。
「……困るな、古河君。私は、お友達を呼んでいい、と言った覚えはないのだが……」
狼狽えた穴金は、人ならざる者に向かって出せる限りの大声で訴える。
「ち、違う! 信じてくれ! こいつらが、ここにいるのは何かの間違いだ。俺にとってはマジで想定外なんだ! こんな所に連れて来る訳がない!」
するとヤマナンの背後の影から、更に深い闇の塊がボディガードように現れた。ローブを被った文字通り小悪魔のような女性……生きて動くネクロマンサー・ヘカテが、チューブトップブラにタイトスカートの出で立ちで、悪魔と共に並び立つ。
そのメリハリのあるシルエットは、正に人を狂わせるような黒ずくめの美しさだ。
「……ヤマナン様、たかがプレイヤーごときと交渉するのは時間の無駄というもの……。取るに足らない連中に付き合わされる事はありませぬ」
「スペクター、お前はそう思うのか」
「……その名は使わないで頂きたい。今はネクロマンサーの姿を甘んじて受け入れているが故に……ヘカテとお呼び願いまする」
「ではヘカテ、早速だが……」
ネクロマンサー・ヘカテの濡れた唇が僅かに振動し、死せる戦士を召喚する呪文が詠唱される。
――と同時に白骨がカタカタと鳴る音、金属の楯の擦れ合う耳障りな音、錆び付いた鉄剣を引き摺る音が渾然一体となってきた。今いる部屋の外だろうか、集結してくる亡者の合唱が、誰の耳にも感じ取られたのだ。
恐れる事なく、のべ太が放った矢は窓ガラスを貫き通し、スケルトン戦士の頭蓋骨を三体分、団子状の串刺しにして兜を転がせた。
そしてカゲマルは、狭いドアから侵入してくるスケルトンを片っ端から人間シュレッダーに放り込んで、ガリガリと粉微塵にしてゆく。
続けてアビシャグが指を鳴らした瞬間、ひしめき合う鎧姿の白骨軍団の先頭部隊が一気に燃え上がり、鉄の剣と盾を残して灰となるのが見えたのだ。
「うわ~! アスカロン、これはヤバいで! このままやと変なガイコツに包囲されるで!」
ダケヤマの焦る言葉が、蝋人形のような白い悪魔の表情に珍しく変化をもたらせた。
「…………そうか、君か。久しぶり……だな西田秋水君……」




