背水の陣
カヤタニの表情の変化に目ざとく気付いた団長は、自らの椅子を引くと彼女を見上げながら畳み掛けるように言い放った。
「言っておくが、姫様を笑わせる事は並大抵の事ではないぞ」
ようやくダケヤマが、カヤタニを庇うように答えた。
「そりゃあ、一体どういう事やねん?」
「フッ……、それは御自身の目で確かめられてはどうかね?」
団長の無頼庵の視線の先には、玉座のゼノビア王女が座ったまま、つまらなそうな表情で、ピクリとも動かなかった。反応に乏しく、ここまで頑なに心を閉ざしているとは、かなりの重傷である。
別に追い討ちをかける意図はないのであろうが、魔法使いアビシャグが芸人コンビに事実を伝えた。
「今までゼノビア姫を笑わせるために、国中の道化師が動員されました。ある者は大道芸で、ある者は動物を操り、またある者は自慢の弾き語りで、何とか姫を笑顔にさせようと努力しましたが、そのどれもが失敗に終わりました……」
続けて、まるで他人事のように無頼庵は、カヤタニとダケヤマに対して言うのだ。
「可哀想に! 姫を笑わせる事ができなかった、それらの道化師達は、その後どうなったと思う?」
同じく他人事のようにダケヤマは、後頭部を撫でながら、おどけた表情で答えた。
「さあ、どうなったんやろうねェ……、知らんけど」
ここで話に割り込んできたのが、ダイナゴンと名乗った紅一点の女騎士であった。
「ふふふ、失敗した道化師達は、その場で斬り捨てられた……! じゃなくって、問答無用で召し捕られた挙げ句、地下牢に放り込まれたのよ。今も閉じ込められたままじゃないのかな~? 生きてるのか死んでるのかホント、私も知らないのよ」
ダイナゴンの無慈悲な言葉を聞いて、カヤタニは更に震え上がったのは言うまでもない。
「おい! えらいこっちゃ、ダケヤマぁ! もし、お姫様を笑わせられへんかったら、私ら大変な事になるで! 帰れんようになったら、どないすんねんホンマに~! 聞いてんのかコラ!」
動揺を隠しきれないカヤタニに対してダケヤマは、あくまで楽観的だった。
「落ち着け、アホ! 俺らは、お笑いのプロやで。箸が転んでも可笑しい年頃の女の子を、笑わせられんでどうする!? ついに新人お笑いコンビ、『スカンピン』の実力を発揮する時が来たんやがな。つまり、デビュー戦や! ここが俺らの初ステージやないかい~!?」