嵐の前の静けさ? ~其の九~
「直人さんって饅頭が好きなのか?」
ルシフェルが不思議そうな顔で彼を見た。実際身体の線が細くて間食なんてしなさそうな顔をしているのに、全く意外だった。
「あー……。散歩してたら必ず誰か彼かくれる……。けど食べきれなくて困る……」
「さすが王子……。でも普通、差し入れって言ったらケーキかクッキー辺りだろ?なんで饅頭……」
もしかしたらおばあちゃんまで虜にしているのだろうか、彼は。なんだかそれもすごい光景だけど。
「いや……。和菓子と洋菓子どっちが好きかって前に聞かれて、和菓子って言ったらそればっかくれるようになった……」
「そういえば、戸田動物病院のお茶菓子は、全部直人さんからの差し入れだって戸田さん言ってた!それでも消費しきれないから、千慧ちゃんも時々もらってるみたい。千慧ちゃんはちゃっかりしてるから、もらってくるとき一番上等そうなお菓子貰ってくるよ」
スィフトがああ、と思い出して言った。
「はー。可哀想になぁ、ファンの子も。直兄に食べてもらおうと思って、手間暇或いは金かけて用意したお菓子を、ぜーんぶ悪徳教授二人に食べられるんだから」
博がファンの子に同情すると
「悪徳教授?」
彼女達と面識のない真由美や綾子、リーナ、ルシフェルが目を丸くした。確かその教授二人って、幸広と到の大学時代の?
「先生方も捨てられるよりいいと思って貰って帰られるんですよ。博さんは先生方とお知り合いのようですけど、あんな素晴らしい方達をどうして悪く言えるんです?」
到は全く理解できない、と首を傾げた。きっと彼は宮川千慧を祖とした新興宗教にハマっている口だろう、と博は溜め息をついた。
「まぁそういう考え方もあるけどさ。よりにもよって一番上等なやつ持って帰るってのはさー」
「俺は持ってってくれるならどれでもいいけど」
直人も別段図々しいとかそういう事は思ってないらしい。
「直兄って何でも他人事ってかどうでもよさそうだよなー」
「あんたもでしょ」
真由美は頭痛がしてきた。なんだかあのしっかり者の幸広が恋しい。何故彼はここにいないんだ。
「ところでさー、久保君と博君て仲いいんでしょ?博君の子どもの頃ってどんなだったの?」
リーナが興味津々で尋ねた。すると直人はしばらく黙考してから
「…………………くそガキ?」
と答えた。これにはみんなぶっと吹き出し、特に喜怒哀楽の激しい真由美はしばらくむせたままだった。
「……………そ、想像できすぎて怖いんだけど」
「森上博という男を見事に表した一言だな」
「いや……私が聞きたいのはそういうことじゃなくてね?」
「なんだよみんなしてー。俺そんなひでぇイメージなわけ?」
「そうですよ!子どもはみんなくそガキですよ!」
「え」
しまいにスィフトの毒舌が飛ぶ。
「ふ……。そんなに俺の武勇伝が聞きたいか。だったら話してやろうじゃねーか」
「武勇伝って……、お兄ちゃんまたお笑いハマってるの?」
なんでだろ~♪よりは近くなってきたけど、やっぱり古い気がする。
「それ言うなら思い出話だろ?」
直人もどうでもよさそうにフルーツ牛乳を口に運ぶ。
「まぁまぁ。細かいことは気にすんな?えーっと。確かあれは俺が十歳で直兄が十五歳のときだったな。俺達は一階の大部屋に入院しててさ。ある夜中、俺は外に出たくなったんだが、玄関からはナースがいるから外に出られないし、窓からは特殊な鍵がかかっている。俺は何とかして外に出られないものかと考えた。そして考え抜いた末に、目からビームを出して窓ガラスを割ろうとし………」
「出来るかー!!」
すぐさま真由美の突っ込みが入る。
「人間やれば出来る!」
力説する博。スィフトが直人に
「本当にビーム出してたの?」
と問うが、
「さぁ……そん時寝てたから」
と真相は闇の中。
「そして俺は外に出た。すると草むらに一匹の大蛇が!!」
「えええっ!?」
「すぐに俺は毒蛇だったら困ると思って、それを倒そうとした!しかし!それがまさかの白蛇だった!月夜の晩にそんなのがとぐろ巻いてんだぜ?気味悪いだろ?しかも白蛇殺したら呪われるって言うじゃん。とりあえず殺すのは辞めたんだけど、直兄動物好きだったし、ちょっとふざけて直兄が寝てるベッドの上に、蛇をポイって、投げてみた」
「えええええええっ!?」
ちょっとそれはないんじゃないか、と誰もが思った。どうやら彼は子どもの頃からそのまんま、何も変わっていないらしい。直人がくそガキと言うのも全く頷ける。
「毒蛇だったら困るって言ったの、どこの誰よ!!」
「その時はもう忘れてたんだよ」
みゆりが恐ろしさと驚きのあまり口をぱくぱくさせながら、
「そ、それで大丈夫だったんですの、直人さんは!」
「あん時寝てたら急に体が重くなって起きたんだけど、そしたら蛇が乗っててびっくりした。……で、とりあえず投げ返した」
「おいおいおいっ!!」
さすがに類友(?)直人も中々いい性格をしている。
「そーそー、それで結局蛇投げ合戦になったんだよなー」
はっはっはっ、と博がさも面白げに笑い出す。
「はっはっはっ、じゃねー!!蛇殺す前に呪われるわ!!」
真由美のツッコミも無視し、博はベラベラと続けた。
「いや、それでさぁ、そのあと夜間徘徊のナースが部屋に来て」
「巡回でしょ!?徘徊ってゾンビか!!」
「まぁまぁ、細かいことは気にするな?」
全然細かくない。
「直兄が入り口側のベッドだったんだけど、その時俺の投げた蛇が、様子を見に入ってきたナースの顔面をべちゃっと直撃!そのナース気絶しちゃったんだよなー」
「そりゃするだろ」
綾子がその状況を想像して、美しい顔を歪ませた。担当医とかいう幸広の兄と担当ナースが哀れでならない。
「して直兄、ナースコール押そうとすんだもんなー。蛇投げしてたことがバレるって言ったら、お前が悪いんだろってさー。自分だって大人げなく蛇投げしてたくせによー」
「このくそガキ」
どっちもどっちだ、とその場にいた全員が思った。
「それで?」
「とりあえずナースがに布団かけて、蛇を窓の外に捨てた」
捨てるって、物じゃないんだから。と真由美は思ったが、もはやこの二人につっこむこと自体が疲れてきた。
「捨てる前に腹減ったから蛇鍋しようって言い出したよな、お前」
「鍋がなかったから止めたけどなー」
「あったらやってたんですか……」
到が力なく呟く。彼らは何かがオカシイというレベルじゃない。むしろ全てがオカシイ。
「かもな~。けど、結局ナースコール押す前にそのナース目ぇ覚ましちゃってさー。直兄がおっそろしくへったくそな演技で『疲れてるみたいだったから布団かけたんですけどー』って誤魔化したら信じちゃってさ。『やだ、私ったら、いくら仕事がキツイからって、蛇が飛んで来る幻覚みるなんて相当重症だわ!恥ずかしいからこの事は他の人には黙っててね』って」
おっそろしくへったくそな演技と言われても、直人は全く気にする風でもない。自分ならぶちギレているだろうな、と真由美は感心した。
「まぁ他にも色々やったけど、なんだかんだで楽しかったよなー。瑚湖やあっきーやゆっきーと五人で」
「あー………。まぁ退屈はしなかったな」
直人はふっと思いだし笑いをした。それがあまりに美しかったので、もう少し長く微笑んでいたら、みゆりはカメラのシャッターを切るところだった。
「へー。お兄ちゃん友達に恵まれて良かったね」
真由美は特に幼馴染みがいなかったので、なんだか羨ましく思った。