嵐の前の静けさ? ~其の五~
「そりゃーもう。だって黙借りだもん」
「……………パクったー!?」
「もしくはガメた」
真由美とシェルが即座に言い換えるも、博は鼻歌混じりに
「ちょっと借りただけだって、人聞きの悪い。一回こういうの、運転してみたかったんだよなー♪」
などと上機嫌で言った。
「どうやって盗んだんですか……」
シェルが呆れながら問うと、
「ふっ、なめんなよ?俺は忍だぜ?人の家に忍び込んで車の鍵盗むなんて造作もない。俺を呼ぶなら平成のドラえもんと呼んでくれ!!」
はっはっはっ、と彼の笑い声が木霊する。
「言ってることワケわかんないんだけど!何がちょっと借りただけよ、思いっきし盗んでんじゃない!」
再び真由美のツッコミが炸裂する。
「大体、何で車パクろうなんて考えたのよ!?」
タイヤがキキキッと擦れる音を聞きながら、真由美は兄を横目で睨み聞いた。
「いや~、さすがに無免じゃ貸してくれないと思ってサ~」
「え?」
真由美とシェルが同時に声を発した。
「今なんて………?」
もしかしたら私の聞き間違いかも~。そうよね、普通無免でこんなスピード出して、おまけに隣に実の妹乗せて山道運転なんかしないわよね~。
などと思い込もうとしたのも無駄な努力で。
「あれ、おまえ知らなかったんだっけ。母さんがさ、俺が心臓悪いからって、免許取らせてくんねーんだよ。免許持ってたらちゃんと借りにいけたんだけど。だけど、母さんも心配しすぎなんだよ。俺だって車運転してみてーし……。それに、事故っても民家に突っ込まないように、ちゃんと山の方で乗ってるし。シートベルトもしてるだろ?」
「………今すぐ降ろせーー!!」
真由美の堪忍袋の緒が切れた。
「…………まぁ、私は魂だけで体はないからいいんだけど」
シェルは私には関係ないと言わんばかりだった。彼女と一緒に暮らすようになって解ったことは、意外と自分の事以外はどうでもいいと思っていること。案外冷たいのかもしれない。
「この薄情者ー!!」
「真由美、大丈夫だ。今まで俺達は魔物と戦いながら旅を続けてきた。しかし!俺達に今までに一度だってピンチが訪れたか?!自分の強すぎて気味悪いぐらいの悪運を信じろ!!」
真由美が叫ぶ横で博がフッと笑い、いつもの軽口を炸裂させる。
「強すぎて気味悪い悪運は余計だー!!」
「でも当たってますよね」
「それにほら、バカは死なないって言うし~」
「だーれーが、バカですってぇ?!バカはあんたでしょ、バカ兄貴ー!」
「……………なんだか言ってる事がものすごーく次元が低い気がするのは気のせいかしら」
シェルはなんだかんだで似た兄妹だなぁと溜め息をついた。
「だーいじょうぶ大丈夫。ほら、もう五大都市見えてきたから」
「スピード落としてよー!!」
「わあってるよ」
キキキキキキッ、ガクンッ
真由美は怖くて思わず目をつぶったが、音と衝撃で車が止まったのが解った。ほっとして目を開けたとき、予想外の周囲の状況に息を飲んだ。
「ほーら、安全に街まで着いただろ?」
と言う兄の横で何故か物凄い人だかり。ざわざわと集まる見物人に目を丸くしていると、
「…………………何やってんの?」
紺色の上着を着た美青年が声をかけてきた。色白、茶髪、長身に加え、まつげは長いは鼻筋は通っているわで、ものすごいイケメンだ。
「やぁ、久保くん久しぶりー」
兄はそのやたら美形の青年を見てにこっと笑った。どうやら彼が兄に車を貸してくれたお人好しらしい。
「あー」
彼はどうでも良さそうに投げやりな返事をした。幼馴染みというわりにはリアクションが薄い。なんだかぼけっとしてる人だなぁ、と真由美は間が抜けた。
「あーって」
「つか直兄それこっちの台詞だからー。こんなとこまでお出迎え?俺への愛を感じるねー」
博は自分が今、五大都市の北方、学術都市の入り口付近に居ることを確認して言った。直人の家は学術都市のど真ん中辺りにあるので、ここからはかなり歩くはずなのだ。
「キモい」
いつもの博のおふざけも、直人にかかればたった三文字で切り捨てられる。誰もが羨む秀麗な顔立ちをしていて世間さまから王子と呼ばれている彼だが、千慧同様外見とは裏腹に結構毒舌だった。
「じゃあなんでいんだよー」
博がぶうたれると、横からひょっこりスィフトが顔をのぞかせた。
「散歩してたんですよ。ね?」
「あー。…………まぁ」
またも博がぼけっとした返事をした時
「あー!!見つけましたわよ、直人さん!!今日という今日は逃がしませんわ!」
という聞き覚えのある声がした。この『いかにも』なお嬢言葉は。真由美はすぐにピンときた。
「みゆり!?なんであんたまで?!」
「…………その声は、真由美さん?!博さんも?!」
お互いに驚いていると、どうしてかギャラリーが増え出した。
「はっ、こうしてはいられませんわ!とにかく!皆さん私の家に来て下さいな!」
みゆりの指示で真由美、博、直人、スィフトは、だんだん増えていくギャラリーに追いかけられながら、何がなんだかわからぬままみゆり家に行くことになったのだった。