嵐の前の静けさ?~其の二~
一方。みゆりの部屋にいた綾子はかなりうんざりしていた。
「何湿気た面してんだよ。言っとくけどなぁ、てめぇの友情ごっこに付き合わされて気分わりぃのはこっちなんだぜ」
この、人の肩の上であぐらをかき、偉そうにほざいているヴァイスの二重人格っぷりにである。
彼は頭の中で響いていた声そのものだった。攻撃的だし口が悪い。しかも自分と顔が似ている分嫌悪感がわく。
結婚式の後実家に戻り、二人きりになって彼が初めに言った言葉は
「ったく、なんで俺様の宿主が女なんだよ。しかも女のガキ。マジあり得ねーし」
それはこっちのセリフだっつーの!」
「………なんだかクロウよりラスボスっぽいですわね」
ヴァイスの本性を初めて見たみゆりは、怖々とそんなことを言った。
「は? 何ワケわかんないこと言ってんの、あんた。もしかしてバカ?」
「なっ…! 誰がバカですの?!」
ヴァイスの毒舌にやられてみゆりがキレる。少し言われたみゆりでさえ頭に来るのだ、毎日一緒の綾子は飛んだ迷惑だ。彼に比べたら、リーナのわがままが可愛く思えてくる。
「クロウは俺の持つ闇の力から生まれた思念体だぜ? つまり俺が作ったも同然なの。俺の方が強いに決まってんだろ。あんな雑魚相手に苦戦しやがって、聖戦士ってのは名前だけみたいだな」
「だったら! なぜ宝玉の中に身を隠す必要があったんですの?! それこそ負け惜しみなんじゃありません?」
みゆりの反撃に、ヴァイスは怒るどころかせせら笑った。
「は、これだからガキは。あの場でクロウを抑えても、またもっと強力な暗闇の存在が現れるおそれがあるだろうが。それも何十、何百かもわかんねーんだぜ。そうなったら世界の秩序が崩れるって、なんでわかんねーかな?」
一々腹の立つ物言いのヴァイスに、リーナもイラついていた。
「じゃあ、あんたがクロウを抑えてから闇天使を人間にすれば良かったじゃん」
「けっ。俺だって、ノエルの頼みじゃなかったらそうしてたさ。なんでこの俺が、おまえらの命を守るために協力してやらなきゃなんねーんだよ!」
リーナが矛盾を指摘すると、ヴァイスはやっと怒りだし、予想外の言葉を口にした。
「ノエルの頼みだって?」
綾子は思わず聞き返した。ヴァイスがクロウを倒さずに、宝玉に魂を封印することはノエルの指示だったというのか。なぜ、彼はそんなことを……?
「ホント、何も知らねーのな。天界には地上の秩序を司る地水火風、雷、雪の地球天使の他に、宇宙の秩序を司る宇宙天使がいんだよ。俺達闇と光、星月太陽、時空天使の六天使がな」
「えっ、それ私も初耳だよ。闇と光は知ってたけど」
天使のリーナが目を丸くする。同じ天使でも知らないとなるとかなり重大な事実のようだ。
「宇宙天使は地球天使と対極の存在だ。だから天界でも奥地に住んでる。俺達は別に地球を守るために創られたワケじゃない。運命を管理するために創られたんだ。だから、本来なら地球がどうなろうが知ったこっちゃねーんだよ。それをアイツが……」
「ちょっと待って、運命を管理するって何?」
ヴァイスの話はイマイチ要領を得なかったので、リーナは途中で彼が話すのを止めた。
ヴァイスは一息ついてから話し出した。
「俺らは宇宙の理を守ってるってことだ、アホ。月や太陽や星がなかったら、地球自体が存在してない。宇宙天使は例えば月や太陽や星の動きだったり、時空を一定にするとか、そういう秩序を保ってる。地球という惑星を守ってるだけで、地上で戦乱が起こって世界の秩序が崩壊しようが、公害や天変地異で人類が滅亡さしようが、カンケーないわけ。俺ら宇宙天使は地球天使と違って、全てを変えるほどの力を持ってる。特に時空天使なんか時空を行き来出来んだからな。簡単に過去や未来を変えれる。俺にしたって闇の中に全てを呑み込ませたり、太陽天使は少し黒点を高くすれば、気温を大幅に変えられる。そうやって、魔物や人間さえも消すことが出来る。だからどんな形であれ、強すぎる力を持つ俺達が地球の争いに参加することを、最高神ラファエルは禁忌とした。だから、地球天使と俺らは存在が違うんだ。それぞれの属性の力を保つってのは同じだが、地球天使は魔物から地球を守るための存在、俺ら宇宙天使は運命を管理し見守る存在。地球の一部といってもいいな。地上や天界の生命が危機に瀕してもただ見守るだけ、そして万一地上や天界が滅亡する時は、一緒に俺達も滅亡する」
彼は平静に答えたが、自らを地球の一部と言うその心が本当にそうなのかはわからなかった。
リーナは宇宙天使という存在が哀れでならなかった。自分の生きている星で何が起きようと、彼らは何も出来ないのだ。ただ、生命が滅亡するその時まで、待っているだけ。あがくことも出来ずに。
「まぁ、闇や光天使は早いとこ人間になれて良かったんだろうぜ。俺はどっちでもいいし、ノエルに協力するのも面倒だったんだけどな。要らんときに先読みの力が出やがった」
ヴァイスは苦々しげに吐き捨てた。
「先読みの力?」
「宇宙天使はみんな未来を予知できんだよ。だから俺たちには解ってたワケ。千年後、神々と同等の力を持つ、強大にして禍々しい存在が現れるってな。そいつに対抗するためにはそれ相応の力が必要だってことも。だが、普通に考えて生まれ変わったばかりの聖戦士や、地上にいる準天使が神の力に対抗出来るとは思えない。だからノエルはクロウが現れたことを好機とみなし、ラファエルにクロウをなんとか封印させて、神の力を持つ敵と戦う前の練習台にしようって腹だったんだよ。その為に俺に魂を隠すように言った。そうすればラファエルやシェルは精神的に不安定になって、本来の力を出せずにクロウを倒し損ねて封印することになるだろうってな」
ヴァイスから聞かされた衝撃の事実に、三人はしばらく何も言えなかった。
「………それって、ラファエル様やシェルは次の戦いのために利用されたってこと!?封印に力を使わなきゃ、ラファエル様が死ぬことはなかったのよ!?それに、シェルだって魂を封じなくても良かった!人間として生きられた!」
「シェルが人間になってたら、あの女は光魔法を使えなかった。俺が宝玉に魂を隠したままにしてたのも、次の戦いで綾子の身体を借りて闇魔法を使うためだったしな。俺らも身体があった時程の力はないし、違う身体を使ってる分には宇宙天使の魔法も許容範囲なんだよ。大体、それを禁忌としたのはラファエルで、ノエルは場合によっちゃあ俺らが力を使うことを容認してたしな」
ヴァイスは今回の戦いの隠された真実を物語った。誰もが予想もしていなかった事実だった。
「神様の中でも意見の対立があったんですの?!」
「そんなことも知らねーのか?有名な話だろ、双子神とノエルが仲悪いの。つーかラファエルが一方的に嫌ってたんだけどな。ノエル側に付いたスルーフを目の敵にしてたし、今でも生まれ変わりの望月を信用してない」
肩をコキコキ鳴らしながらヴァイスは言った。
なんだかこいつらに一々説明してるのがめんどくさくなってきた。そもそも、なんで柄にもなくベラベラ喋ってんだ、俺は。あーもう知るか!くそ!
そう思っていたとき、扉をノックする音が聞こえた。
「天野です、入りますよ?」
扉を開け到とルシフェルが入ってきた。
(ノエルの……今はルーファウスの弟か)
ヴァイスはルシフェルを気に入らなかった。だから、フン、と鼻を鳴らし、彼に侮蔑の目を向けそれきりだんまりを決め込んだ。
「………?な、なんだよ」
ルシフェルが問うもヴァイスにシカトされてしまった。普段なら文句の一つも言ってやる性格のルシフェルも、さすがにヴァイスは長だっただけあって、迫力負けしてしまった。
「何か面白い話でもしてました?」
「あー、なんかもう一度強敵が現れるとかで、そんときの戦いの練習台にするために、ノエルがラファエルにクロウを封印させるように仕向けたとか何とか……。あとラファエルとノエルが仲悪かったって話をヴァイスから聞いてたんだよ」
綾子がかいつまんで言うと、到は目を丸くした。
「えっ、二人は仲が悪かったんですか?!」
「そうだって言ってんだろ。スルーフはノエルに、マリクはラファエル側についてたんだよ」
ヴァイスはこの上なくイライラしながら言った。
「じゃああの時望月くんが言ってたのは……」
彼は到があっち側の人間だから、他の聖戦士と遺跡調査に行けなかったと言った。それはつまりラファエル側の人間だから、ラファエルについて行動することになったという事なのだろう。思えば友美に初めて会ったときも、以前どこかで会ったような気がしていたし。
「史書をマリクが残せなかったのもラファエル側の人間だったからだ。ラファエルが最高神なんて言っても、天界の参謀はノエルだったからな。ノエルは双子神の知らないことを沢山知ってる。その知識と知恵を残せたのはノエル側のスルーフだけだった」
「………そうだったんですね。でも、彼は残せたとしても残したくないとも言ってましたが……」
「その理由はあんたが自分で考えるんだな。そんなことより、こんなにぞろぞろ集まりやがって、一体何の用だよ。いい加減だりぃし、早く帰らせろよ」
ヴァイスが悪態をつく。テーブルに座っていたリーナが、空に浮いているルシフェルと顔を見合せ、照れくさそうにはにかんだ。
「用っていうか……実は…」
そういいかけたところで、タイミング悪く?一本の電話が鳴った。