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魔王オレ、只今異世界で奮闘中!  作者: 秤 猿鬼
第一部 異世界で魔王
9/24

9話 ドルムント族長

 翌日の早朝。

 少し硬くなった身体を解すように伸びをしながらベッドから身を起こす。


 部屋にはガラス窓のような物が無く、閉じられた窓は日光を通さないので室内は随分と薄暗い。

 それでも窓の外からは、朝を迎えた鳥達の賑やかな囀りが聞こえてくる。


 昨夜、ルーテシアらに連れられて過ごした家屋の二階にある一室を寝室として使わせて貰い、自分の知らない世界での初めての夜を過ごした。


 ベッドは以前の世界の物とは比べるべくもないが、それでも寝る上で支障がある程ではなかった。


 人間を疎ましく思う者が多い森族の集落での一夜──夜中に何かあるかもと少し構えてはいたのだが、昨晩の長老とシグル族長のやりとりで異を唱える者は一応の沈黙を保ったのかも知れない。


 自分はベッドから出ると、閉じられていた窓を開けて室内に朝日を取り込んだ。

 眩しい朝の日の光にはまだ温かさはないが、昨夜見た黒々とした闇の水底のようだった森は、すっかりと目に鮮やかな緑が映える、穏やかな森へとその姿を変えていた。


 この世界で暮らす人間達は、この美しい森を“瘴気の森”と呼んでいるらしい。


 昨夜はルーテシアから色々とこの集落の事や、彼女ら森族や人間との関係、加えてこの辺り周辺の地形などを地図を交えて見せて貰う事ができた。

 それでも一晩で理解できる事など知れてはいるが、何も知らないよりはマシだ。


 敵側である人間に情報を開示するというのはかなり抵抗があっただろうが、それでもある程度の事を把握できるぐらいの情報を貰えたからには、彼女らの役に立つ事で報いるのが道理だろう。


 自分は窓辺から眺められる森の景色から離れて、ベッドの脇に置かれた小さなサイドテーブルの上、そこに綺麗に畳まれて置かれたモノを引っ張り上げて広げた。


 それはこちらの集落の森族達が着ているという衣服だ。

 自分が元々着ていた学生服はこちらではかなり浮いた格好なので、ルーテシアに頼んで用意して貰った物で、大柄な者が多い森族の服は問題なく着られそうだった。


 昨夜見かけた彼ら森族の格好は多くが武装した姿か儀式用の服で、こちらの普段着る服は少々形が異なっている。


 上着はやや長めで裾が膝上ぐらいまでの長さがあり、動き易いようにか横にはスリットが開いており、その形はどこかインドと中華の民族衣装を掛け合わせたような印象を受けた。


 意外と裾や縁取りに凝った意匠の刺繍が施されており、その辺りはなかなかどうして技術の高さを窺わせる。ズボンは暗めの色調に染められており、上着に比べると特に飾り気も無い地味な物だ。


 それらの服に着替えると、気分は外国に観光しに来て浮かれた旅行者のような気分になる。


 まぁ着慣れない物を着ているのである程度は仕方がないだろう。


 階下へと降りると既にシグル族長は起床しており、食卓でルーテシアが用意したのだろう朝食を摂っている場面だった。

 彼はこちらをちらりと横目で見やるが、すぐに視線を前へと戻して朝食を摂る事に集中する。


 そんな彼の態度に小さな溜め息を吐いたルーテシアが、奥の棚から淡く光る小さな玉を取り出すと、それを持ってこちらに手渡してきた。


「シン、これを」


 そう言って彼女が手渡してきた物は、昨夜、摩訶不思議な現象で以て手甲の形へと変化した“王の器”と森族が呼ぶ彼らの秘宝だ。

今は以前の宝玉の姿に戻っており、あの見事な手甲の形はどこにも無い。


 昨晩は寝る前にシグル族長から“王の器”を一旦預かると聞かされて、彼女に預けていたのだ。


 三長老が決断を下したとは言え、ぽっと出の人間に彼らの秘宝を持ち逃げされては目も当てられないだろうから、その対応も理解できる。

自分も特に含むものは無いので彼の意見に素直に従ったまでだ。


 ルーテシアから“王の器”を受け取ると、宝玉はすぐに放つ光の量が増え、昨晩見た光景がまた目の前で再現される。

 すぐに両の手に収まった手甲の姿となった“王の器”を見たルーテシアは、小さく笑みを零してから背を向けると、暖炉に掛けてあった鍋へと足を向けた。


 そんな彼女の背中を視線で追い掛けながら、自分は食卓に並べられていた椅子の一つに腰を掛けると、間も無くルーテシアが朝食を目の前に並べてくれた。


 朝食は昨晩も貰ったナンのようなパンと肉とキノコと野菜らしきものが一緒に炊かれたスープに、プチトマトのような赤い小さな実が幾つか。

 それを前にして自分は手を合わせて小さく「いただきます」と呟き、ナンに噛り付く。


 若干ぱさつく口の中に、スープを啜ってその渇きを潤す。

 良く言えば素朴な味だが、悪く言えば拡がりに欠ける単調な味だ。


 肉やキノコの出汁はしっかりと出てはいるが、味付けが薄めの塩味だけでは現代の日本社会で育った身としては物足りなさを実感する。


「コンソメキューブを足したいな……」


 そんな独り言を思わず口を突いて出るが、わざわざ朝食を用意してくれたであろうルーテシアに対して随分と失礼な物言いだったと気付き、慌ててその口を噤んだ。


 食材はそれ程不足してはいないようだが、調味料の類が全般的に乏しいのかも知れない。


 こちらにしばらくの間滞在するからには、その辺りを少し改善できればいいのだが、この分では美味いスイーツなど望めるべくもない事は確かだ。


 そんな少し憂鬱な事を考えながら朝食を摂っていると、不意に家の前に一人の気配が近寄ってくるのを感じて自然とそちらに視線が向かう。

それはシグル族長も同様で気配が扉の前で止まったのを見計らって外に声を掛けた。


「入れ」


 その言葉に倣って一礼して入って来たのは、武装した姿の牙族──狼人の男だった。


「族長、鱗族のドルムント族長が先程戻られました。昨夜、神殿内に侵入した人間達は帰還中だったドルムント族長の部隊と鉢合わせとなり交戦となったそうですが、その際に一人だけ逃したとの報告でした。それと──」


 牙族の戦士がそこまで報告を上げた後、一度その視線をこちらにちらりと向けて言い淀むが、シグル族長は黙ったまま先を促がすように顎をしゃくる。


「──“王の器”の件で話があると」


 牙族の戦士の続けた言葉にシグル族長は小さく溜め息を零して頷いた。


「まぁ、彼なら真っ先に異議を唱えるだろうとは思っていたさ」


 そう言ってシグル族長の視線がこちらに向けられる。


「彼を口で説得できるとは思っていない。納得させるには人間──いや、シンが自らの力を示し、納得させる他はないだろうな。その点に関して言えば特に心配はしていないが」


 彼はそこまで言うと、その狼の口元を小さくニヤリと曲げて見せる。

 昨夜、三長老の前で同じように声を上げたシグル族長や、先程話に出てきたドルムント族長以外にもこの決定に不満や疑義を抱いている者は数多くいるのだろう。


 彼のこの言いようだと、相手のドルムント族長という人物は理屈ではなく行動で示す事を是とするか、力こそ正義を標榜とするような性格の持ち主と見える。


 対立は避けられないが、示す事ができる力さえあればどうにかなる相手だとも言えた。


 むしろ一番厄介そうなのは今、目の前に居るこのややシスコンっぽいシグル族長の方だろう。

 表向きは三長老の意向を汲んで自分を受け入れる体裁を保ってはいるが、その気配には些かの油断も無い事が見てとれる。


 まぁ戦う事になったとしても、それはそれで楽しそうではあるなと考えるのは悪い癖だろうか。

 そんな自身の考えに、自分もシグル族長同様に口元が歪む。


「それで? オレはそのドルムント族長に“王の器”の所持者に相応しいという証明をするにあたってどの程度の披露をすればいいんだ?」


 自分のその返しにシグル族長は小さく(かぶり)を振って肩を竦める。


「昨晩、我々の置かれている状況はある程度話した通りです。あまりこちらの戦力を減退させるような真似をしないでくれると有難い。貴殿はその言動の割には浅慮という訳でもなさそうなので、今更の話ではあるだろうがね。まぁ、それもドルムント族長次第ではあるか」


 彼はそう言うと椅子から立ち上がり、扉の前に控えていた狼人の戦士に目を向けた。


「ドルムント族長は今何処に?」


「はっ、神殿前の広場に戻られた部隊と一緒です。長老方も既にそちらに向かわれているかと」


 シグル族長の問いに狼人の戦士が背筋を伸ばして応答すると、彼はそれに頷いてからこちらに視線を向けて無言で付いて来るように促して、扉から外へと出て行く。


 そんな彼を追いかけて狼人の戦士が後に続き、自分も残っていたスープを一気に飲み干すと「ごちそうさま」の言葉と同時に席を立って部屋を後にしたシグル族長を追って外に出た。


 そこにさらに自分の背中を追って来た者が一人。


「私もご一緒します」


 その言葉に自分は思わず振り向き、その彼女──ルーテシアの吸い込まれそうな蒼い瞳を見返す。

 しかしすぐにシグル族長から先を急かす声を掛けられて、自分は再び前へと視線を戻した。


 昼間の森族の暮らす集落は、本当に辺境の農村を思わせる、そんな風景が広がっていた。


 かつての古代都市の基礎の上に建てられたという集落は、その整然とした科学文明を彷彿とさせる計画的に整備された街路や排水溝、等間隔に区切られた区画を基礎として、どこか手作り感に溢れた田舎の農村建築がのっかているという不思議な光景を生み出している。


 そんな集落の風景の中を歩くのは、人のように二本の足で歩く半獣半人の人々の姿だ。

 彼らは人間である自分の姿を目敏く見つけると、無言の敵意のようなものが向けられるが、先頭を行くシグル族長や背後に付いて来るルーテシアの姿を認めるとそれ以上の態度を示す者はいない。


 集落で見かける彼ら森族は全部で四種族。


 狼のような姿を持つ人々はシグル族長やルーテシアと同じ牙族だったか。身長や体格などは人間に比べて比較的大柄な部類に入り、百八十センチから二メートルを超える者も多い。


 そして体格で言えば人間に近いのは角族と呼ばれる山羊姿の者たちだろう。だが、その頭部に張り出した大きな角は大きく人間とは掛け離れた要素が備わってもいる。


 彼ら両種族より大柄なのが鱗族と呼ばれる蜥蜴のような竜のような、全身に鱗の肌と馬の鬣を思わせる髪、そして頑強そうな長い尻尾を持つ人々だ。


 その身長は二メートル五十センチから三メートル近い者までいるらしく、普通の人間から見ればちょっとした巨人族とも言えた。

その見た目だけで言えば、人間から魔族と呼ばれるのも致し方が無いだろう。


 そんな三種族がこの集落の中の人口を構成する主な者達だが、それらに交じって数は少ないが小柄な種族の姿もあった。

 身長は百三十センチから百六十センチぐらいで、視界の端からちらちらとこちらの様子を窺う者。

 特徴的なのは頭部に備わった長い耳──それは兎の姿を持つ耳族と呼ばれる種族だ。


 それだけを見ると何処かイギリスのとある絵本の中の光景を想起させる。

 自分としては近寄ってそのふさふさな耳に触り、頭を撫で回したい衝動に駆られるが、他の獣人らよりも一層警戒感の強そうな彼らと打ち解けるにはまだ相応の時間が必要そうだ。


 そもそもここに居る獣姿の人々は格好こそは動物のそれに近いが、皆はそれぞれに言葉と意思をしっかりと持った人間(・・)である事を考えれば気軽に撫で回したりはできない。


 今も目の前で揺れているシグル族長の柔らかそうな白銀の尻尾がそれはそれは手触りの良さそうな雰囲気ではあるが、もしそれに手を出せば解釈的には男の尻を撫でる事と変わらないのだ。


 そんな事を思考していると、こちらの不穏な思考の気配を読み取ったのか、前を歩いていたシグル族長が早足でこちらを置いて離れて行く。

 感の良さは動物に由来するそれなのか、それとも彼特有のものか。


 そうこうしている内に、一行は牙族の戦士が話していた神殿前の広場へと来ていた。

 日の光の中で見る巨大なピラミッド状の建造物は、夜に見た時とは趣を異にする迫力がある。


 見渡す限り森の木々が犇めく緑の海の中で、唯一大きく開けたこの地はまるで孤島のようでもあり、そこに燦然と聳えるその様は、かつての古代都市の繁栄を今に示すと共に、ここが未だ彼らの領域である事を物語る(しるべ)のようでもあった。


 そんな威容を誇る選定の神殿の前、そこに広がる大きな広場には既に人だかりができていた。


 大柄な森族の者達が集まる中、その中心に立っている者は周囲の者達よりも一際大きく目立つ。

 その身長は優に三メートルはある。


 全身が赤褐色の鱗に覆われ、爬虫類独特の形状の瞳は金色。身に纏った使い込まれた革と金属の鎧は彼が歴戦の戦士である事の証左だろう。

 手に持っているのは自身の身長と同じ長さの柄を持つ、頑強そうな斧槍だ。


 森族の中で鱗族と呼ばれる種族のその者は、周囲に居る他の鱗族の戦士達とは明らかに雰囲気からして別物で、彼が被る兜も動物の毛をあしらった目立つ物を装備している。


 それは彼があそこに集まる鱗族の戦士達を束ねる者である印であり、恐らくあの者が先程シグル族長の話にあったドルムント族長なのだろうという事は察せられた。


 そんな彼も広場に向かうこちらの姿を見つけ、その視線に威圧的な気配が滲んだ。


「聞いたぞ、シグル! “王の器”の後継者に人間が選ばれたと!」


 そう言った鱗族の巨躯の男は、その声音からシグル族長よりも年上である事が分かる。

 周囲の同族である鱗族の戦士達を掻き分けながらシグル族長の前に姿を現した男は、背後に自分の姿を認めると、その視線に一層の凄みが増す。


 人離れした顔立ちで人のように細かな感情を読み取り難い鱗族だが、彼らの纏う雰囲気は誰が見ても自分を歓迎しているものでない事だけは一目瞭然だ。


「そいつか、選定の神殿で召喚されたという〝王の器“の後継者というのは?」


 爬虫類のような独特の形状をした光彩が窄まり、こちらの全身を爪先から頭の先まで睨み据えるように動かすと、その雰囲気に一層の険悪さを浮かべた。


「それで、“王の器”はこの人間に何を授けたんだ? 武器を持っているようには見えんが?」


 ジロリとこちらに視線を落としていた鱗族の男は、そう言ってシグル族長に視線を向ける。

 それを受けてシグル族長が小さく肩を竦め、こちらの両手にある手甲を指して答えた。


「よく見て下さい、ドルムント族長。“王の器”なら既に彼の両手にありますよ」


 その彼の返答にドルムント族長と呼ばれた巨躯の男が目を剥いてこちらの手甲に視線を合わせると、信じられないというような驚愕の表情と共に、広場に集まった者達の耳に届くような大音声で声を荒げる様子を見せた。


「馬鹿な!?」


誤字、脱字などありましたら、感想欄までご報告頂ければ幸いです。

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