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魔王オレ、只今異世界で奮闘中!  作者: 秤 猿鬼
第一部 異世界で魔王
7/24

7話 王の器の選定

「それではお主には“王の器”の選定を受けて貰おう」


 白狼人のオルク長老がそう言って一歩前に出ると、こちらを神殿内の中央にある一段高くなった舞台上へと促すようにしてきたので、自分はそれに素直に従おうとする。


 しかしそこに今まで黙していたシグル族長が異を唱えて、前へと進み出てきた。


「長老様方、お考え直し下さい! 人間のその者の言葉を信用するなど、ましてや先代である我が父が所有していた“王の器”の後継者に仇である人間を選ぶなど承服しかねます!」


 覇氣と怒気の籠った声には有無を言わせないような迫力が備わり、それが奇妙な説得力となって周りの者達へと伝播し、長老達の意見に異を唱える者達がちらほらと声を上げ出す。


 だが、そんな声をオルク長老の持つ杖が床石を一度大きく叩いた音によって制された。

 そしてオルク長老の蒼い双眸に、シグル族長をもたじろがせる程の覇氣が宿る。


「では聞こう、牙の族長シグルよ。“王の器”の後継者がいない今、メルトアの森へと侵略の魔の手を伸ばす人間達を押し返す力が我らにあるのか? 見よ! この現状を!」


 そう言ってオルク長老が神殿内の様子を周囲の者達に見せるようにその腕を振る。


 その彼の動作に導かれるように、現在の神殿内の様子をぐるりと見回す。

 冷たい神殿内の床石の上、多くの者達が血を流した姿で倒れ伏しており、その中には既に息が無い者や、怪我を負って呻き声を上げている者などの姿が目に入る。


 倒れているのはここに攻め入って来た人間達ばかりではない。

 この地に住むという森族の者達も先の騒動で多くの犠牲が出ていた。

 そんな光景をあらためて見て、皆が沈痛な面持ちで顔を伏せる。


「既に人間達はこのメルトアの森の中心である聖地まで入り込んで来ておる……。今一度聞こう、牙の族長シグルよ。“王の器”の力無しに、この現状を変えられるのか、否か!?」


 オルク長老の額に深い皺が刻まれ、真っ直ぐにシグル族長へと注がれる。

 そんな視線を受けてシグル族長は拳を握り締めたまま、その尖った狼の獣耳と尻尾を項垂れさせて、力無くその視線を神殿の床石に倒れた同胞の者へと落とした。


 先程から話に出てくる“王の器”だが、現状の彼らの劣勢を挽回し得るような代物なのだろうか。

 ぱっと思いつくのは、物語やゲームでいう所の伝説の武器やそれに類する物などだが、実際にそのような物が存在するのだろうか。


 しかし彼らが語っていた話を繋ぎ合わせると、その“王の器”を所持していた先代が同じ“王の器”を持つ人間の手によって倒れたとの事から、それなりの脅威となる代物ではあるのだろう。


 だが、それを所有する人間側が未だに所有者の定まっていない“王の器”を持つ彼ら森族を殲滅しきれていないのは、結局はそこまで圧倒的な代物でないとも言えた。


 せいぜいが局地的な戦闘で優勢を生み出す事ができるような戦術級の武器程度か。


 それにしても“王の器”の所有者をその“王の器”自身が選定するというのは、本来の武器としての用途を考えると、汎用性に欠ける分、それに一縷の望みを託すのは少々危険な行為にも思える。


 まぁ戦局が劣勢な時に、強い武器が使えればそれに越した事はないのだろうが。


 そんな事を思考している自分を余所に、シグル族長が無言で頭を下げて後ろへと下がる。

 彼のその様子に、先程までオルク長老の額に刻まれていた皺が消えて、それと同時に睨み付けるような視線が和らいだ。


「お主の先代である父への思い、そして仇である人間への恨みは分かる。あれは我が孫でもあったのだからな。我らも苦渋の決断である事を承知して貰いたい……。それに、このシンという男が本当に“王の器”の選定によって後継者と選ばれるかは分からぬのだ」


 そう言ってオルク長老が再びこちらに視線を向けて、自身について来るように促してきた。


 異世界の戦場へと出る事は自身が決めた事なので良いのだが、こうも周りから信用されていない中でこれからの時を過ごす事になるのは少々先が思いやられる。

 そんな暗澹たる思いから、思わず大きく肩を竦めて溜め息を吐く。


 しかし、彼らの気持ちも理解はできる。

 自身で呼び出したとはいえ、突如現れた敵と同じ容姿の者をそう簡単に信用できる筈もない。

 これは何か戦果なり、功績なりを上げ、彼らの信用を勝ち得る事から始めないといけないようだ。


 そんなこれからの事に思考を巡らせ、オルク長老の後ろを付いて行くと、不意に目の前の背中が振り返ってこちらに声を掛けてきた。


「“王の器”を手に取るがいい、シンよ。選定されねば、お主の処遇もまたあらたに考えねばならんが。それは覚悟しておいて貰うぞ?」


 随分と上からの物言いだが、こういった物言いはうちの(ジジイ)と似たようなものだ。

 歳を取ると例外なくそうなるのかは知らないが、自分にとっては慣れたものと言える。


 オルク長老に促されるまま舞台の中央付近、そこに置かれた祭壇のような場所に目を向けた。

 祭壇は特徴的な紋様の施された小さな台座で、台座の上には二つの物が飾られている。


 一つは仮面。

 祭事用に使う為の物なのか、かなり独特の代物だ。


 開いた両眼に加え、額にはもう一つの眼が刻まれており、四本の角。下顎の部分はないが上顎からは綺麗に並んだ牙が生えており、その容貌は悪魔か鬼のそれのようでもある。


 そしてもう一つが淡い光を放つ宝玉だ。

 台座に置かれたその宝玉は、近くに寄ると中に複雑な魔法陣のようなモノが中に閉じ込められているのが見え、その中心には自分にとっては見慣れた文字が一字、刻まれていた。


「“辰”? 漢字か、これは?」


 見知らぬ地であるこの世界で、見慣れたその漢字を見た自分は思わずそんな呟きを漏らした。


 宝玉の中に閉じ込められている魔法陣を構成しているのは見た事もない紋様や象形文字の類だが、その中心にあるのはどう見ても漢字の「辰」の字だ。


 さて、とりあえずの疑問は置いておくとして、台座に置かれているこの二つの内、彼らが言う“王の器”というのはどちらの事だろうか。

 仮面は「器」という雰囲気ではないから、もう一方の方だろうかと手を伸ばす。


 宝玉の大きさはおおよそピンポン玉ぐらいだろう。

 淡い光を宿してはいるが特に熱は無く、感触は硬質な玉石のようだ。


 その不可思議な宝玉を手の平で転がしながら、この先どうすればいいのかをオルク長老に問おうとして視線を上げようとすると、手に持っていた宝玉の淡い光が急に明るく輝き始めた。


「な、なんだ?」


 自分は思わずその輝きが増していく宝玉を掲げ持ったまま、どうすればいいのか分からずに周囲の者達に尋ねようとするが、皆の視線はその宝玉に集まり感嘆のような声を上げていた。


「お、おぉ! 王の器が反応した……!」


 オルク長老も擦れたような声でそんな呟きと共に、その瞳を目一杯に開けてこちらの様子を呆然と眺めており、他の二人の長老達も同様の反応を示していた。


 どうやら“王の器”の選定とやらには問題はないようだ。


 視線を再び自身の手の先に転がる宝玉に目向けると、その発する光量は先程よりも強くなってきており、その眩しさに目を細めてその様子を見守る。


 すると、先程まで球状だった“王の器”が徐々にその形を崩し始め、やがてそれは何もない宙空から極小の金属片を生み出し、それらを吸収するようにして形を変えていく。


 それはさながらSF映画で見かけるナノマシンが一つの集合体を作り上げるような光景で、それが自身の両手に絡み付くような形を目の前で見ていると、思わず感嘆の声を上げてしまう。


「おぉ、なんだコレ!?」


 そんなこちらの光景を、舞台の周囲に並んでいた森族の者達が固唾を飲んで見守っている様子が、その緊張した気配からも分かる。

 やがて眩い光が徐々に収まってくると、変容した“王の器”の形が衆目に晒された。


 それを見た周囲の者達から、どよめきのような歓声が上がる。


 先程までの宝玉としての形はほぼ失っていた。

 今自身の目の前──というよりも、両手にあるのは金属製の手甲だ。


 両手の甲には宝玉に似たようなモノが嵌め込まれており、片方には間違いなく先程見た宝玉内の魔法陣と中心に「辰」と刻み込まれた紋様が浮かび上がっていた。


 手首まで覆うような鈍色に光る金属製の手甲は、見た目は武骨で所々に禍々しい感じの牙だか、爪だかの意匠が施されているが、手の動きをまるで阻害しない滑らかな可動は驚嘆に値する。


 拳を握り込み、再び開く動作を何度か試すが、そこにはまるで金属製特有の固い感触がない。

 例えるなら少し分厚い革手袋を装備しているような感触だ。

 重さもこの全甲が金属でできている事を考えると、かなり軽い事が分かる。


「これがアンタらが言っていた“王の器”の選定か? すげーな、どうなってんだ、コレ?」


 そんな誰ともなしに問い掛ける言葉を零しながら、自分は軽く握り込んだ拳で前に軽くパンチを放つ動作をしてから、今度は素早く右左交互に拳を振り抜く。


 その際に軽く込めた氣が自身の腕の周りに渦を巻くような感触に驚き、目を見開いてあらためて手甲となった“王の器”に視線を落とした。


 先程まで長老達がこの“王の器”なしでは現状の劣勢を覆し得ないと語っていた事に少々の疑問を抱いていたが、成程、これはそれを成し得るだけの代物であると、説明されなくとも分かる。


 これを自在に扱えるのならば、劣勢の戦場の一つや二つ、簡単に覆す事も可能だろう。


 そこまで思考してある可能性に気付く。

 この“王の器”を所持していた先代が、別の“王の器”を持つ人間に倒されたという事は、つまりはその者は確実にここにいる者達よりも強い──という可能性が出てくる。


 この異世界での楽しみが一つ増える事に加え、この“王の器”を使いこなす事が出来れば、それは確実に(ジジイ)を倒す成長の大きな一歩となる筈だ。


 その事を考えると、今から口元のニヤケを抑えるのが難しい。

 しかし目の端に止まったルーテシアの姿に、自身の感情が少々不謹慎であった事に気付いて一度(かぶり)を振ると、思考を“王の器”の選定へと戻した。


 自分は変形し手甲となった“王の器”を嵌めた両手を掲げ、オルク長老達へと振り返る。


「これで選定とやらは終わりか? それで、オレは合格なのか?」


 そう言って辺りの者に視線を向けるが、皆は何やら訝しげな表情で互いに顔を見合わせるなどして何事かを囁き合っている。

 その様子は困惑を絵に描いたような光景で、どうも彼らが期待していた結果と違うようだった。


 視線をオルク長老へと向けると、彼はこちらの両腕に嵌まった手甲をまじまじと見つめ、その眉間に深い皺を刻んで、考え込むような仕草で自身の顎を撫でる。


「元より“王の器”は選ばれし者によってその形状は様々……。剣であった者や、槍であった者、はたまた鎧であった者などは伝え聞くが、今回のこれはどう評価すれば良いか──」


 オルク長老のそんな呟きに、他の二人の長老達も互いに何やら意見を交わし合っている。


 どうやらこの“王の器”という代物は持ち主によってその形状を変えるという不思議仕様らしいが、確かにこの形は自分にとってはおあつらえ向きの形だと言えた。


 他の者達にとっては今までにない形状に戸惑っているようだが、この“王の器”の真価はそんな形状に左右されるようなモノではない筈だ──。

 ならば考えられるのは、この“王の器”が示す権威としての形状に戸惑っているのだろうか。


 確かに古来より力の象徴として用いられるのは剣や槍、直接的な力を表す物が常だった事を考えると、この手甲はそういう点では見栄えがしないというのは頷ける。


 だがここに来て“王の器”の外見を気にしていられるような状況ではないようにも思うが、権威の象徴と言うのは自分が考えているよりも重要視されるものなのだろうか。

 そんな事を考えていると、シグル族長が畏まった顔をして再び三人の長老達に進言してきた。


「失礼ながら長老様方。やはりこの人間に“王の器”を託すには値しないという事ではないのですか? 先代族長が所持していた時はそれは見事な一振りの剣でした。しかし奴のあれは──」


 シグル族長のその言葉に三長老も黙った耳を傾けていたが、そこに意外な人物が割って入った。


「兄様、どんな形であれ“王の器”の後継者は今この場にいる彼しかいないのですよ?」


 そう言ってシグル族長に詰め寄ったのは、彼の妹──ルーテシアだ。

 彼女のそんな気迫に呑まれたのか、シグル族長が喉を鳴らし反論しようとしてか、口を開きかけるがルーテシアがその機先を制してさらに言葉を継いだ。


「それと兄様、覚えていらっしゃいませんか? 先代の父様が所持していた“王の器”は確かに剣でしたが、先々代は身の丈にも届く程の大刀だったと聞きます。父様が先々代から“王の器”を引き継いだ時、周りの者からは落胆の声が上がったと聞きました。でもそれからの父様の武勲は決して先々代に引けをとるものではなかった筈です」


 ルーテシアがそう言って周囲の者達を見回すと、彼女の話にかつての事を知るだろう者達がそれを肯定するように頷き合い、こちらに目を向けてくる。


 その中にはオルク長老を始めとした三人の長老達も含まれていた。


「……そうであったな。先代デルタ族長も“王の器”を受け継いですぐの頃は何かと苦労しておった。シグル族長、そこなるシンという男は、素手でお主と渡り合える程の者。その力はこの森の戦士達にも引けは取らぬ。ならば後は信用できるか、否か。それは今後の戦果で応えて貰おうではないか。それで良いだろう、シンとやら?」


 オルク長老の言葉に傍に居た他の二人の長老も同意するように頷き、それを受けてシグル族長は黙したまま、ただ静かに一礼して後ろへと下がった。

 長老達の視線がこちらの答えを待つように向けられ、自分はそれに小さく肩を竦めて答える。


「分かったよ。つまりはあんたらの敵である人間と戦う事が、オレの仕事という訳だな?」


 とりあえずこの異世界での衣食住を面倒してくれるのだろうから、それに見合った働きはするつもりではいる。そこで強者と相まみえる事ができるのならば願ったりだ。

 内容的にも元々想定していた傭兵業務と変わらない。


 自分のその返事に一応満足したのか、オルク長老は一度頷き返すと周囲の者達を見回してから、その手に持っていた杖で床石を何度か叩き、皆の注目を集めた。


「シンは今より我ら一族の客人となった。その旨を皆に伝えるように。そして、今日の襲撃にて傷ついた者達には早急の治療と、倒れ亡くなった者達については明日、ドルトムント族長らが戻り次第、大いなる魂源(マナ)へと還す儀を執り行う。以上だ」


 オルク長老のその言葉に、神殿内の皆が一斉に礼をして各々が役割をもって動き出す。

 それを見計らってから、オルク長老がこちらとルーテシアに視線を向けてきた。


「ルーテシア、シンをお前達の家の一室に案内するように。それと、彼にはこの地の事を知って貰う必要があるだろう。食事を共にし、少しこちらの事情を彼に話してあげなさい。それと、シグル族長。お主は彼女の護衛だ。文句はあるまい?」


 シグル族長と巫女ルーテシアが彼の言葉に従うように揃って頭を下げ、次いでこちらに視線を向けてきたルーテシアが神殿の外へと促すようにする。


「シン様、こちらへ」


 そう言って神殿の外へと先導しようとする彼女に、自分は押し留めるように手を挙げた。


「慎でいい、そのシン様というのは背中が痒くなる。それとちょっと待っててくれ」


 こちらの言葉に訝しそうに首を傾げるルーテシア達を置いて、自分は最初にこの地にやって来た場所──舞台の上の魔法陣へと戻って周辺に視線を配る。

 そんなこちらの様子を見て、後ろからルーテシアが声を掛けてきた。


「何かお探しなのですか?」


「いや、確かにここへと来る途中までは荷物を持ってたんだが……」


 彼女の質問に答えながら周囲を隈なく探して見るが、コンビニで買った高級プリンも鞄も見当たらず、自分は思わず後ろ頭を掻いて溜め息を漏らした。


 楽しみにしていたのだが、何処を見ても荷物は見つからない。

 それに伴って新たな懸念が生まれる事になった。

 この世界では美味いスイーツがあるのだろうか……それだけが気掛かりだ。


誤字、脱字などありましたら、感想欄までご報告頂ければ幸いです。

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