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魔王オレ、只今異世界で奮闘中!  作者: 秤 猿鬼
第一部 異世界で魔王
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3話 最強の祖父

「慎──、あれほど儂が普段から言ってるにも拘わらず、また喧嘩か?」


 そう言ってこちらを睨み据えるのは、自分よりも体格が上の巨躯の老人だ。


 否、老人という括りに()を入れるのは、老人側が迷惑するだろう。

 身長は二百二十五センチ、体重は百八十以上、白髪だが長い髪にまるで仙人のような髭、作務衣の様な着物の下に収まる肉体は鋼を通り越して、かつて人々の恐れの対象であった鬼のようだ。


 眉間に皺を寄せてこちらを睨む姿は、さながら悪鬼羅刹(あっきらせつ)の如く──。

 そこに立っていたのは自分の祖父であり、育ての親。


 龍道寺宗衛門。


 近くに古くから在る龍道寺の住職──という事に表向きにはなっているが、こんな地方の古寺でありながら、この(ジジイ)の下には時折、政界のお偉いさんなどが姿を見せるなど、謎の多い爺だ。


 そしてその見た目からも分かるように、ただの住職でない事は一目瞭然で──「龍氣道」という特殊な武術を編み出した開祖にして、自分の師でもある。


 「龍氣道」は爺が大陸に多く伝承される気功武術を源流とし、それらを自らの才覚によって昇華させた独自のモノで、それを極めれば銃火器を相手に素手でやり合う事も可能とする必殺の武術だ。


 実際、爺はその自らが編み出した武術と、鍛え上げた肉体だけで世界各地の多くの戦場を渡り歩いたという話を大昔に聞いた事を覚えている。

 その話をした事を今は後悔しているかも知れないが、そんな事は自分の知った事ではない。


 爺が放つ氣は濃密で、氣を読む事ができない素人であっても、奴の周囲が陽炎のように揺らめいている事に気付く事ができる程だ。


 その発する威圧を前にして啖呵を切れる者などそうはいない。

 先程まで怯えながらも留まっていた連中は蜘蛛の子を散らすようにして逃げ、中心人物だった男も腰を抜かした格好のまま四つん這いの姿で逃げていく。


 そんな中で、こちらの事の顛末を眺めていたのであろうコンビニの店員が店内に駆け戻ってレジカウンターの中に飛び込むや、コンビニの外に設置されている赤色灯ランプが点灯し、警報音と共に店舗を取り囲むように分厚い隔壁が二重に地面からせり上がってくる。


 この辺りのコンビニでは標準装備のこの緊急用隔壁は、他の地域では見られない代物だ。

 それもその筈で、これらは元々こういった事態で店舗を守る為に用意された物──その事態が今こうして起こっているなら、それを使用するのは自明だ。


「喧嘩じゃねぇよ、絡まれてる女子を助けてただけだ」


 とりあえず目の前で物騒な気配を放っている祖父に対して弁解の言葉を述べるが、相手の片眉が僅かに反応しただけで特に物騒な気配が静まる事はなかった。


「ふん、何処にもそんな女子(おなご)の姿などないぞ?」


「とっくに逃げてるよ、当たり前だろっ!?」


 (ジジイ)が漏らしたその一言に自分は思わず反応して突っ込みをいれるが、相手の視線が細まるのを見て、それが挑発の軽口だった事に気付いて思わず舌打ちをする。


「お主は何故それ程に自身の力を振るいたがる? あの程度の連中など手を出す事無く収めるなど、お主なら造作もない筈であろう?」


 重々しく発せられるその言葉に、無意識に喉の奥が鳴る。

 ここでオレ(・・)が「相手に出したのは頭だけで手は出していない」などと宣えば、間違いなく拳が飛んで来るのは分かっている為、ぐっと喉から出そうになった軽口を飲み込む。


 それに爺が本当に指摘しているのは、先程の事ではない事も分かっている。


「言っとくが、海外に出て傭兵やるって話は変えるつもりはないぜ! それに前にも言ったと思うけどな、オレは爺さんから教わったこの力を無暗に振るってるつもりはねぇよ!」


 そこまで言って目の前の祖父に拳を突き出し、全身の氣を練り上げながら力を籠める。

 担いでいた鞄を放り出し、構えをとる際に勢いよく足を踏み込むと足元のアスファルトが砕けた。


「オレは爺さんの横に並び、そして超える! それに必要なのは戦場の経験──命と命のやりとりだ。こんな生温い場所では到底、爺──あんたの高みまで登る事はできねぇからな!」


 自分のその宣言に、目の前の爺の眉尻が僅かに下がりこちらに憐れむような視線を向けてくるが、すぐにそれは眉間に皺が深く刻まれる事によって掻き消された。


「高みを目指すと言うが、お主の言ってるそれは力の一面でしかないわ。戦場で得られるものなど、まして命のやり取りで得られるものになど、大した意味はない──これも散々言ってきた事だが」


そこで一旦言葉を区切ると、小さな溜め息を吐いて見せた。


「年寄りが何を言っても、己の眼で見る事以外に聞く耳は持たぬのはお主も同じか……」


 そう言って祖父──宗衛門はやれやれという風に自分と同じく構えの姿勢をとる。


 濃密に練り上げられていく氣力は自分の比ではない。

 それもその筈で、練り上げる氣を自身の内氣だけで賄っている訳ではなく、外氣を取り込んで使うことのできるその力が開祖である宗衛門の強さの理由の一つでもあるからだ。


「今更何を言ってもオレの決意は変わる事はねぇぜ!」


「……ならばこれ以上の言葉は無用。せめて儂からの餞別を持って行くがいい」


 自分と爺の間に氣力が満ちて、両者の間にまるで嵐のような氣の鬩ぎ合いが起こる。

 爺の体内を巡る氣が一際大きく膨れ上がり、こちらもそれに合わせて呼吸を合わせるようにして踏み込み、渾身の一撃を右の拳に乗せて放つ。


【龍氣道・崩山点衝】


 両者が放った技と間は同時。


 お互いが正面に向かって繰り出した正拳突きには、先程まで練り上げた大量の氣がのり、それが衝撃波となって放たれ、それらが正面衝突してその場の空気が爆音と共に消し飛んだ。

 衝撃の余波で近くの電柱が電線ごと大きく揺れ、正面のアスファルトは捲れ上がって土の地面が剥き出しになっていた。


 威力は互角。


 しかし、それは相手が手加減をしてこちらの力量に合わせて放たれた事を意味する。

 いつもの事ではあるが、それでも自分が相手にまだまだ及ばない、未熟者である事を突き付けられて、自然と噛み締める奥歯に力が入る。


「上等だ、(ジジイ)!!」


【龍氣道・瞬虚歩】


 吼えるようなそんな言葉と共に自分は踏み込んだ足に氣を溜めると、それを一気に爆発させて地面を蹴り、相手との間合いを瞬時に詰めた。

 足元の地面が爆ぜ、空気の層の隙間を縫うように身体が前へと出る。


 さらには瞬発的な体重移動をのせた大振りの初撃。

 素人が傍から目から見れば、自分が瞬間移動したかのようにも見えるこの移動技からの攻撃だが、相手は正真正銘の化け物──不意を突けるとは思っていない。


 普通はこんな一撃が通用する訳もないが、相手はその予想に反して真正面から受けてきた。

 互いの拳が衝突し、打ち合わされた衝撃で空気が爆発、辺り一帯の空間が震撼する。


 それを切っ掛けにして、二撃、三撃と続くように攻防が交わされ、その度に何の変哲もない住宅街で連続的な爆発音が鳴り響き、周囲の空気が響く。


 その際の衝撃でやや開いた間合いから、今度は足技である蹴りを放つ。

 しかし、それはいとも簡単に受け流されて蹴りが空振りし、その際に生じた衝撃が後方にあった人様の家のブロック塀を吹き飛ばす。


 こちらのそんな隙に爺の踏み込みがこちらの間合いに入り込み、添えるような掌底が胸元に置かれる──瞬間、巨大な氣が間近で爆発して身体が後方に吹き飛ばされる。

 自分はコンビニが四方に展開する隔壁に背中を打ち付けられて、隔壁が大きく凹んだ。


「ぐはっ!」


 咄嗟に練氣で防御を高めたが、それでも衝撃で肺の中の空気が口から漏れる。


 しかし、ぼやぼやしている暇など無い。

 さらに追撃を仕掛けてきた爺の一撃をなんとか紙一重で躱すが、その衝撃を完全に防ぐ事はできずに横に吹き飛ばされ、慌てて体勢を整える。


 だが予想していたような次の攻撃は無く、そちらの様子を見やると、相手は先程の一撃を放った姿のままこちらに視線を向けて、口元に微かな笑みを浮かべて立っていた。


「どうした、もう来んのか?」


 爺は余裕たっぷりという風に笑みを湛えたまま、突き刺さった自らの腕を隔壁から抜く。


 挑発だ。ゆっくりとした動作で側面を晒しているからといって隙がある訳ではない。

 あれ程の図体でありながら、その動きはこちらよりも圧倒的に上なのだ。


 それに加えて先程の爺の一撃は、二重の分厚い隔壁に穴を開けており、その威力をまざまざと見せつけている。

 練氣での技によるものではなく、ただ単に氣力を乗せただけの拳であの威力だ。


 本気で技を使うならば、最初の一撃の時に勝負は付いている。


 確かに、絶対的な強者である者とこうして戦える事は得難い環境である事は認める。

 世界へ出たからと言って、これ程の強者がゴロゴロとしているとは思っていない。

 しかしその何をしても勝てない絶対的な壁を前にしていると、今現在の自分の立ち位置や、自身の成長を実感する事ができないでいるのも確かだ。


 この周辺で自分の相手をできるのは爺だけだろうが、それでも自分と同格か、それ以上の相手と闘い、自身が今立っている場所を明確にしたい──。


 ──オレは強くなれているのか?


 祖父と拳を交える度に思っていた事を、ここであらためて実感する事になった。


「抜かせ、(ジジイ)!」


 そう言うや否や、再び相手の間合いに踏み込んで攻撃を繰り出す。

 こちらが拳を振るう度、蹴りを放つ度にその場の空間に衝撃が走り、爆発するような音が辺りに鳴り響くが、相手は全ての攻撃を受け切っており、見た目の派手さに反して大した効果はない。


 それどころか、こちらの攻撃の合間を縫って返される反撃を躱しきれずに、どんどんとダメージが蓄積しているのはこちらの方だ。

 内氣を高めての瞬間的な防御は上げて対処しているが、それでも外氣から氣力を取り込める相手と違い、こちらは自前のものである内氣しか使えない。


 となれば、時間が経てば経つ程、こちらが不利になっていく。

 それでも懸命に相手についていこうと拳を振るう。


 その中でこちらが放った蹴りを相手が軽く跳んで躱したのを見て、焦りからだろうか──その明確な隙に、身体が反射的に間合いを詰めてしまっていた。


 普通、跳躍した者は滞空の頂点で僅かな時間静止する──それはどんな達人であっても同様で、足場のない空中では跳んだ際の慣性が軌道を決定する。


 稀に体重移動と手足の遠心力で軌道を変えてのける者もいるが、それでも地に足をつけている状態よりも遥かに動きは読み易い。


 滞空時の静止など僅かな隙でしかないが、それでも自分には十分な時だ。

 しかし、それは相手が龍道寺宗衛門でない限りという但し書きが付く──。


 こちらが間合いへ入ろうと飛び込んだ出かかり──その瞬間、爺が跳んだ先で蹴りを放つと、そこに見えない壁があるかのように爺の巨躯が横にすっ跳ぶように軌道が変化し、さらにその跳んだ先で再び宙を蹴って、瞬き一つの間にこちらの側面に回り込まれていた。


「天翔歩!? くっそ──!?」


 自身の迂闊さを呪う言葉が口から漏れるが、それは次に襲ってきた衝撃によって止まる。

 相手の体当たりと肘鉄の同時攻撃をもろに受けて、自分の身体はまるで玩具のように吹き飛び、再びコンビニの隔壁に叩き付けれられてしまった。

 一撃目の時と違い、完全に不意を突かれた為に防御をする暇がなかった。


「ゴホッ、ゴホッ! はぁ、はぁ」


 体内を突き抜けた衝撃で身体が言う事を聞かず、内氣を高めて何とか先程のダメージの緩和と応急を図るが、相手は既に決着は付いたという風に自身の乱れた服装を直すようにしていた。


 まだ闘えると──地面に膝を突いた格好のまま、そんな祖父、宗衛門を見上げ睨む。


「ふむ。世界を見て、気が済んだなら帰って来い。何を得られるかは知らんが、お主が決めた事だ。ただし、あまりあの母親に心配を掛けるなよ……」


 しかし祖父の口から母親について言及されると、自分はただ黙って頭を垂れて息を吐き出した。


 父親は自分が小さい頃に他界して、今は母親と祖父の三人暮らし。

 母親は少し心配症の気がある為に、自分の今回の海外渡航にも終始反対の立場だったが、それでもパスポートを取得する際の同意にはサインを書いてくれたのだ。


 言われるまでもなく心配を掛けるつもりはない──が、そう言えば何故反対だった母親があのようなサインを書いてくれたのか。

 最悪の場合、海外への渡航は「法廷代理人署名」を必要としない二十歳まで我慢する事も視野にいれていたのだが──爺が口添えでもしてくれたのだろうか?


 そう思って既にこちらに背を向けて家路へ立ち去る祖父の背中を見やる。


 否、あれ(・・)がそこまで気を回してくれるような事は無いなと、独りごちるように(かぶり)を振る。

 そうしてゆっくりと立ち上がり、ややふらつく足を引き摺りつつも辺りを見回す。


 今回も随分と暴れて、周辺は台風が過ぎ去った後のような光景だが、これもいつもの光景だ。

 この景色も暫くは見納めかと感慨に耽っていると、爺が現れる前に手に持っていた自分の荷物の事を思い出して、あらためて周囲を見回した。


「くそっ、せっかく贅沢プリンを買ったってのに、どこいった?」


 そんな独り言をぼやきながら周囲を探り、ようやく隅に転がっていた荷物を拾い上げて中身の無事を確認すると、大きな溜め息が口を突いて出た。


 そうこうしていると、不意に足元から眩い程の光が漏れ出し、その光が足元の地面に奇妙な紋様を描き始め、驚きに目を見開く。

 幾つもの光の筋が地面に描き出す紋様は複雑に絡み合い円状へと広がっていき、やがてそれは一つの大きな魔法陣を彷彿とさせる形となる。


 そんな理解を超えた現象を目の当たりにして呆気に取られていると、次の瞬間、頭の中に知らない女性の声が響いていた。


『見つけました、王の器の主──』


「っ!?」


 頭の中に声が響くという不可思議な事態に驚き辺りを反射的に見回す──その一瞬、足元から漏れていた光が辺りを覆いつくし、目の前が真っ白に染まった。


 すると突然、足元にあった地面の感触が消えて、まるで穴の底へと落ちるような感覚に襲われる。


 何かを掴もうとする手は空を掻き、足元にも未だに地面の感触は戻らず、自身はまるで光の中に溶け込んでしまったかのような感覚で、真っ白に染まる空間を今は下へと落ちているのか、上へと昇っているのかすら判然としない。


 周囲を流れるのは力の奔流のような気配──それはまるで氣脈の流れに呑まれ流されているかのような感覚だが、実際に氣脈に落ちた事などないので、そのような感覚としか言いようがない。


 やがて光の奔流に溶け込んでいた自身の身体感覚が徐々に戻り始めた感触を感じて、直感的にこの巨大な流れの出口がもうすぐだという上手く口では説明できない感覚を覚える。


 周囲の光が徐々に弱まり、足元に堅い地面の感触が戻って来ると、目の前の景色が徐々に姿を現し始めて、その見た事もないような景色に思わず独り言が口を突いて出た。


「──っ、なんだ? 何処だ、ここは!?」


誤字、脱字などありましたら、感想欄までご報告頂ければ幸いです。

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[気になる点] 正直祖父が仲裁というかしかりに来た流れや演出が雑というか理不尽すぎると思う。 主人公はやんちゃしたバカ止めただけでそれを「喧嘩」の一括りで相手が何をしたかもロクに話を聞かずに主人公を鉄…
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