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魔王オレ、只今異世界で奮闘中!  作者: 秤 猿鬼
第一部 異世界で魔王
23/24

23話 ロアン砦攻略2

 いざ魔導甲冑との戦闘に突入しようと立ち上がったが、自分よりも先に動いていた者達がいた。


 シグル族長と彼の率いる牙族の戦士達だ。


 族長の無言の指示に従って、皆が一斉に腰に差した大振りの曲刀を抜き放ち、狼特有の俊足で巨大な魔導甲冑へと次々と駆ける。

 魔導甲冑を操る貴族の男が吠え、巨人の騎士が手に持った鉄槌を振り上げた。


「この場で一掃してくれるわ!!」


 空を殴るような不気味な音を響かせながら、巨人の鉄槌が振り下ろされ、地面を大きく抉る。

 しかし威力はあれども、その動きは牙族の戦士の俊敏さを捉えられる程でもなかった。


 魔導甲冑の一撃を躱した戦士達が手に持った曲刀を振るうが、その一撃は堅固な鎧に阻まれて鈍い金属音を響かせるに留まり、中の者には何の痛痒も与えていない。


「ハハハッ! そんな剣の一撃など痛くも痒くもないわ!!」


 男の嘲笑するような声が魔導甲冑の中から響き、再び振り上げられた鉄槌を見て戦士達が一斉に引くと、そこに風圧を伴った鉄槌が轟音と共に通り過ぎる。


 そうして魔導甲冑が振り回す鉄槌が戦士達の近くの地面に叩きつけられた。

その一撃によって大きく抉られるようにして砕けた地面の一部がその勢いのまま戦士達を襲う。


「くそっ、なんて力と固さだ! 鱗族の戦士以上だぞ!」


 そんな魔導甲冑の一撃の威力に、戦士の一人が悪態を吐く。

 屈強な森族の戦士達が自身の操る魔導甲冑を警戒する様に気分を良くしたのか、男の愉悦に満ちた笑いが辺りに響き、皆の耳に届く。 


「クハハハッ! 魔導甲冑の試作機と聞いていたが、こちらの方が力が圧倒的ではないか! 魔族の百や二百、今の私の敵ではないわ!! ハハハッ!」


 男のそんな声が戦士達の矜持を刺激したのか、戦士達の瞳に剣呑な色が滲む。

 しかし、そんな中でもシグル族長はあまり表に感情を笑わす事なく眉間に皺を寄せるだけに止め、指を三本立てて腕を振る動作を見せる。


 するとその指示に従ってか、戦士達が一斉に散開して三つの隊が結成された。


 そしれそれら三つの隊がそれぞれ別方向から魔導甲冑を狙うように動き出すと、その動きを警戒してか魔導甲冑が獲物の鉄槌を振り回しながら後方の砦へと下がっていく。


 そんな魔導甲冑を追って一つの部隊が鉄槌の軌道を警戒しつつ攻撃を加えに掛かる。

 相手の視線がそちらへと向かうその隙を突き、もう一方の部隊が死角へと回り込む。


 しかし、そんな動きも事前に予測していたのだろう。


「やれ! 魔族共を殲滅しろ!!」


 魔導甲冑の男のそんな号令に従って、城壁の上に展開していた兵士らが次々に矢や魔法を頭上から雨のように放ち、魔導甲冑に取りつこうとしていた戦士達を襲う。


 本来なら砦側がこのような攻撃を実行すれば、味方である筈の魔導甲冑も巻き込む事になる。

 だが、あの魔導甲冑は砦兵の攻撃すら弾き返すので、被害を被るのは森族側だけだ。


 矢や魔法の攻撃が雨のように降り注ぐ中、味方の誤射を気にする事無く縦横無尽に動き回る魔導甲冑は、その力も相まってかなりの強敵と化していた。


 さしもの屈強なる牙族の戦士達も、この攻撃にはかなりの苦戦を強いられている。


 城壁上から降り注ぐ攻撃に注意を払えば、襲い来る魔導甲冑の鉄槌の猛威を避けきれず、防御した曲刀を砕かれる者や、避けられずに遥か後方に吹き飛ばされる者など。

 目に見えて劣勢の展開を強いられていた。


 どうやら魔導甲冑を操る貴族の男は最初に見せた時の印象と違い、魔導甲冑の力を過信して単独で突出するような迂闊な性格ではないようだ。


 戦士達を焚き付けて上手く砦側に引き込み、城壁内の兵士と連携して動いている。

 それを感じ取ったのか、シグル族長も戦士達に一旦後ろへと下がるように指示を出す。


 しかし今度は距離が離れると、魔導甲冑は砦城壁の傍にあらかじめ用意していたのであろう投擲用の岩石の山から小岩を持ち上げ、それを森側へと引いた戦士達に向かって投げつけてきた。


 轟音が響き、森側の地面が大きく抉れ、辺りに土砂の雨が降り注ぐ。

 そんな中でこちらに向かって投擲された岩石の一つが目の前に迫り、それを拳の一撃で粉砕する。


 “王の器”によって周囲の外氣を取り込み、強化した拳ならばこの程度は造作もない。


 だが粉砕した岩石の破片が周囲に散り、近くに居たルーテシアとコテツが驚きの悲鳴を上げた。


「きゃぁ!」「ニャヴ!」


「もっと下がった方がいいな。あれをまともに食らえばタダじゃ済まねぇぞ」


 自分はそう言いつつ彼女達を背中で庇うようにして、飛来する岩石を迎撃する。

 こうして飛んで来る岩石を迎撃するだけならば造作もないが、この場でこうしていても攻め手に欠けている現状、牙族の彼らだけで砦を落とすには長期戦にならざるを得ない。


 だが、人間側の援軍が駆け付ける可能性を考慮すれば、あまり長い攻城戦を仕掛けていれば、背後から付かれて挟撃される可能性もある。


 あの魔導甲冑に駆動時間などの制約があれば、それを狙うのも一つの手なのだろうが、この異世界の未知の技術で作られた代物にあちらの常識などが果たして通用するのか疑問だ。


 そして何よりも面白そうな玩具を前にして腕が鳴らない訳がない。


「くそっ、以前に戦った鉄鎧兵よりよっぽど厄介だな!」


 そうこうしている内に、シグル族長が配下の戦士達と共に森の縁まで下がってそんな愚痴を零す。

 自分はそんな彼に笑い掛けて自らの拳を叩いた。


「だったら、ここからは選手交代といくか」


 そう言って自分はルーテシアとコテツをシグル族長へと託して、砦前で暴れる魔導甲冑へと向かって独り駆ける。


「ハハハッ、とうとう血迷ったか! 今の私に単身で挑むなど、愚かな!!」


 魔導甲冑の男が高笑いをしながらそう言うと、持っていた小岩をこちらに向けて投擲してきた。


【龍氣道・龍翠氣鱗】


 全身の氣を巡らし技が発動すると、身体全体の肌が変色していき人の色を失っていく。

 その光景を上から見ていた砦の兵達から一瞬の騒めきが起こるが、それらを無視して自分は飛んできた岩石を左の拳で叩き砕き、さらに加速して魔導甲冑との間合いを詰める。


「!? なんだ、こいつは!?」


 目の前で素手で岩石を砕いて見せた事に驚いたのか、魔導甲冑の男が僅かに後ろへと下がる。

 それを追いかけるように、自分はさらに間合いを詰め為に前へと出た。


 そんなこちらの追撃を振り切ろうとするかのように、魔導甲冑は持っていた鉄槌をこちらへと向けて振り下ろし、間合いを詰めさせないように素早く動く。


 対人での感も悪くない所を見ると、やはり戦いが身近にある世界の人間だという事を実感する。

 それでも魔導甲冑の大振りの一撃は避けるのは苦もない。


 人の身長を優に超える金属の塊である鉄槌の猛攻を掻い潜り、相手の間合いをさらに詰める。

 と、そこへ砦城壁の上から一斉に矢や魔法の攻撃が降り注いだ。


「悪いが、その程度の攻撃なら避けるまでもねぇ」


 それらの攻撃は視線の軌道にある攻撃のみを払い、他は硬質に変化した身体が全ての攻撃を無効化してくれるので無視をし、降り注ぐ攻撃の中をそのまま前へと踏み込んでいく。


 その光景に砦の兵士や魔導甲冑の男から驚愕の声が漏れた。


「!? 化け物めっ!?」


「矢玉が効かないのはお互い様だろ!」


 砦の兵士達の援護が効かず、予想外の突進に慌てたのか、魔導甲冑の動きが先程よりも雑になっていく中、自分はさらに間合いを詰めて相手の懐へと飛び込んでいく。


 柄の長い鉄槌は近距離での取り回しはしづらいのか、相手の攻撃を躱すのに然程の苦労はない。

 空ぶった攻撃の隙を突き、魔導甲冑に氣を乗せた拳の一撃を叩き込むと、甲冑が僅かに凹み、その巨体が大きく後ろへと下がる。


「……!? 何者だ、貴様!?」


 自慢の魔導甲冑が生身の拳によって怯まされた事に驚きを隠せないのか、中の男が僅かに震えるような声でそんな問いを発する。


 援護射撃を行っていた砦の兵士達も魔導甲冑の男と同じく動揺したように騒めき、そんな彼らの姿に仮面の下の口元が大きく歪む。


「なんだ、先の砦から敗走した者達から聞いていなかったのか?」


 自分のそんな問い返しの答えに、魔導甲冑の中の男から先程より大きな動揺した気配が漏れる。

 この感じは既に自分の事を敗走兵から聞いて知っていた風だ。


 敗走した兵士達が自分をどのように彼に語ったのかは知らない。


 たった一人で砦を陥落した者がいると聞いたのだろうか──それを聞いて彼は兵達の言葉を信じただろうか、否、普通ならばそんな世迷言を信じはしないだろう。

 もし信じたのならば、ここで魔族を迎え討つという選択肢は選ばなかったのではないか。


 先程見せた彼の動揺は、砦を一人で陥落させ得る力を持つ者が本当に目の前に存在している事を知り、己の勝利を確信していた自身の選択が誤りだったのではという疑心によるものだろう。


 今まで高く保っていた砦兵達の士気を砕くにはここが押しどころか。

 魔導甲冑の懐へと潜り込み、さらに強烈な一撃を加えて砦側へと追い詰める。


 砦の城壁上から魔導甲冑への援護射撃の矢の雨が降ってくるが、それを躱す事無く敢えて受け、全て弾き返して尊大に笑って見せた。


「ハハハ! どうやら選択を誤ったようだな、人間共!」


 その自分の声に気圧されたのか城壁上からの攻撃から統率力が失われ、途切れがちになる。

 それは絶好の攻め時でもあった。


 先程の攻撃でややふらふらとしている魔導甲冑の懐に潜り込みように間合いを詰め、右の拳に氣を乗せて大振りの一撃を放つ。


【龍氣道・崩山点衝】


 【龍翠氣鱗】を発動させた状態でのさらに大掛かりな氣力操作は難しい為、一瞬の錬氣による氣力と腕力、そこに体重を乗せた一撃を魔導甲冑の胴体部へと叩き込んだ。


 まるで乗用車が正面衝突した時に発するような轟音が響き、大きく胴体部を凹ませた魔導甲冑はその衝撃をまともに受けて砦の正面にある鉄格子状の門扉まで吹き飛び、ぶつかる。


 そして三メートル近くあるその鉄甲冑の騎士はその場で無言のまま膝を突くと、砦の正面門によりかかるような姿でピクリとも動く事無く沈黙した。


 魔導甲冑の中の構造は分からないが、胴体部の凹み具合を見れば中の者は無事で済まないだろう。


 そんな魔導甲冑を前に、先程まで騒乱の音が辺りを占めていた場が、しんと静まり返る。


 次いで背中側からわっと森族の戦士達からの喚起が湧くと、自分は徐に右拳を空へと掲げた。

 自分のその姿に今回の戦いの趨勢が決した事を悟ったのか、砦の兵士らの士気が明らかに落ちる気配を感じ取れた。


「今だ! 三方向から城壁に取りつき、砦を陥落させるぞ!」


 シグル族長もそれを敏感に感じ取ったのか、そんな号令と共に先程まで後ろへと後退していた牙族の戦士達を率いて一斉に砦へと駆け出した。


 それからは一方的な展開となった。

 元々高い身体能力を誇る森族の中でも脚力と持久力に秀でた牙族の戦士達は、空堀を易々と飛び越えると城壁の石垣の隙間に足を掛け、まるで壁面を駆けるように登っていく。


「まずい! 応戦しろ! 魔族に取りつかれたら終わりだぞ!」


 兵士の中からそんな声が上がるが既に砦内で統率する人間がいないのか、応戦に出ようとする兵士と武器を放り投げて逃げ出そうとする兵士とで騒然となっていた。


 そんな砦の城壁の上に牙族の戦士達が到達すると、応戦にかかった兵士達を薙ぎ倒していき、やがて正面門の鉄格子が中から解放され、残っていた戦士達が砦に侵入した事で決着が着いた。


 砦の兵士達の多くは戦意を失くした為に武器を捨て投降し、今は広場の真ん中に集められて牙族の戦士達の監視下にある。


 砦制圧時に何人かが混乱する砦を抜けて森へと逃走したが、それは敢えて追わずに放置した。

 魔獣の跋扈する森に碌な装備も持たずに逃げたとしても、彼らの末路は目に見えていたからだ。


「人間共を生かしたまま捕らえはしたが、本当に必要な措置なのかこれは?」


 そんな中でシグル族長が他の戦士達を代表して、彼らの代弁だろう問いを投げ掛けてくる。


「生きていれば人質なり、情報を引き出すなりに利用できるが、死んでいては燃やす事以外に選択肢がない。今は少しでも多くの選択肢を残しておいた方がいいだろ」


 自分はそう答えを返し、囚われた兵士達の顔を見回す。

 先の砦から逃走した兵士の顔がないかを見ているのだが、どうやらこの中にはいないようだ。


 今の砦攻略の戦闘で逃走した、もしくは戦死した中にいたのだろうか。

 一応、砦内の施設などをひと通り探索して、残っている者がいないかを確認しなければならない。


 そんな今後の事を考えていると、城壁に登って見張りについていた戦士の一人から声が上がった。


「シグル族長様! アルドの森からシルディア族長様初めとした方々がお見えになっています!!」


 その声に砦内にいた牙族の戦士達から軽いどよめきが起こる。


「好都合だ、砦のアルド側の門を解放しろ! 彼女との話し合いの場を設ける!」


 シグル族長のその指示に、何人かの戦士達が砦の門の解放に向かう。

 そんな彼らの背中を見やりながら、自分は傍に居たルーテシアに耳打ちするように会話に出てきた人物の事を尋ねる。


「シルディア族長というのは誰なんだ?」


「シルディア様はこの砦の先に広がるアルドの森に暮らす、爪族の族長様です。シンと同じく“王の器”の継承者で、森族の中では唯一の方です」


「成る程……」


 どうやら合流しようとしていたアルドの森側の代表が早々に姿を現したようだ。

 砦攻略からたいして時間の経っていない状況で姿を見せたという事から考えて、普段からこの砦を監視していたのかも知れない。


 そんな事を推測していると、砦の反対──死者の谷側に設けられた出入り口の跳ね橋が下ろされ、そこを通って一人の女性が複数の屈強な戦士を引き連れて姿を現した。


「見張りの者から砦での騒動を聞きつけて戦士達を招集して来てみれば、まさかこの短時間で砦を落とすなんてね。まぁ、この砦に来るまでに随分と長い時間は掛かったようだけど……」


 跳ね橋を渡ってやって来た集団の先頭に立つ女性──彼女が爪族のシルディア族長だろう。


 身長は百八十センチ程、引き締まった体躯だが、その線は女性特有の丸みもある。

 金と黒のショートヘアに猫のように立った耳とゆらゆらと揺れる長い尻尾。


 背中には彼女の身長程もある大きな長方形型のタワーシールドのような大盾を背負い、だが悠々と歩く姿はその重さを感じていないように見えた。

 “王の器”は武具の形を象ると聞くので、あれが彼女の“王の器”なのだろうか。


 少しきつめの瞳は紫色。整った顔立ちはルーテシアと同じく忌み子の特徴である人間の顔のそれだが、彼女を守るようにして周囲に立つ戦士の顔は、いずれも豹や虎のような姿形をしていた。


 豹人とでも呼べばいいのだろうか、あれが森族の中で爪族と呼ばれている者達なのだろう。


そんな爪族のシルディア族長は砦内の様子をつぶさに観察するように見回しながら、そのまま砦内の広場へと足を進め、中央に立っていたシグル族長へと視線を向けた。


 そしてその彼女の視線がシグル族長から、こちらへと向けられるとやや驚きの表情をとった。


「ルーテシア、久しぶりだね。ところで隣のその怪しい恰好のは誰だい?」


 シルディア族長の瞳の光彩が窄まり、こちらの全身を値踏みするように動かされる。

 そんな彼女の様子を見返しながら、自分はこれまでに会った二人の族長の姿を思い起こす。


 これまでも森族の戦士達を束ねる族長は、良くも悪くも力を標榜する気があったので、今回も一戦交える可能性が高い。


 しかし相手も自分と同じく“王の器”を持つ者としては、その力を見てみたくはある。

 そんな思いが顔に現れたのか、仮面の下から覗く口元が自然と笑みへと変わっていた。


 ──見知らぬ世界と来てしまったが、退屈せずに済むというのは自分にとっては何よりだ。


誤字、脱字などありましたら、感想欄までご報告頂ければ幸いです。

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