22話 ロアン砦攻略1
「信じられないな……」
そんな小さな呟きを漏らしたのはシグル族長だ。
彼のその視線の先に映るのは一匹の猫型ロボット……ではなく猫型魔獣の姿。
「ニャヴ~」
自分の背後の足元をつかず、離れずの距離でついて来ている。
白と黒の二本の尻尾を振りながら、小さな歩幅が忙しなく動く様子は何とも微笑ましい。
「コテツ、ついて来るならオレが運んでやるぞ? どうだ?」
「ニャ~ン」
自分はそんな猫魔獣に振り返ってその場でしゃがみ両手を差し出してみるが、相手はこちらが足を止めると同時にその歩みを止め、お座りの姿勢をとって金色のつぶらな瞳で見上げ、鳴く。
餌付けには成功したが、まだ心を許す程までには到っていないようだ。
先程の鳴き声は「まだ信用したわけじゃない」という意味だったのだろうか。
「コテツって……名前を付けたのですか、シン?」
そんなこちらのやりとり見ていたルーテシアが、少し驚きの視線を向けてきた。
自分はそんな彼女に頷き返しながら、指先をコテツの前でひらひらと泳がせてこちらに誘うが、コテツはじっとこちらを見つめ返した後に、徐に後ろ足で顎下を掻いて欠伸をして見せる。
まだ馴れるところまでいくには時間がかかりそうだが、こうして逃げずに後ろを付いて来るという事は後々の期待をしても良さそうだ。
「今のところ特に害もないから、構わないだろ?」
「私は構いませんが……」
自分がそう言ってルーテシアに振ると、彼女は曖昧に頷き返しながらも周囲の他の牙族の戦士達の様子に目を向ける。
彼女の視線の先には、やや信じられない様子を見るような目を向ける牙族の戦士達の姿があった。
彼らにとって魔獣というのは生息圏を脅かす存在であると共に、昨晩のような大蜘蛛のように食糧的獲物という視点が根強いのだろう。
しかし、そんな彼らとは別にコテツに熱い視線を向ける者が一人いた。
牙族の特有の狼の尻尾を左右に振りながら、遠くからじっと見つめる視線の主は、意外にもシグル族長、その人だ。
そんな熱い視線を向けていたシグル族長の様子を観察していると、ようやくこちらの視線に気付いたのか、何でもない風を装ってコツテから視線を外した。
どうやら森族の中にも同志がいたようだ。
「そろそろ出発するぞ。アルドの森との境はもうすぐだ」
シグル族長がこちらからの視線を誤魔化すようにそう言うと、周囲の牙の戦士達、総勢百名程が各々の荷物や装備を担いで立ち上がる。
今現在いる場所は、落とした砦を出て北上したギルミの森の中だ。
森の中には人間が行き来する為に拓いたであろう道が続いており、まっすぐアルドの森へと向かっている事から、先の砦と同様の物がこの先に築かれているだろう事が窺える。
道には恐らく馬車のものと思われる二本の轍もある事から、それなりの規模の砦だろう。
森族がこの森で暮らしていた時にはこういった道が無かったらしいが、おかげで彼らの足でこのまま進めば半日もせずに着くだろうとの事だ。
「ニャヴ~」
しばらく巨木の森の中の道を進んで行くと、背後から付いて来ていたコテツが小さく鳴く。
コテツはしきりに周囲の様子を窺うように鼻をひくつかせ、その二本の尻尾を立てる。
その落ち着きのない行動の原因は、森の先から漂う微かな人の気配のせいだろう。
周囲の牙族の戦士達の足取りも先程までとは打って変わって慎重なものとなっている。
どうやらアルドの森の入り口付近まで来たのだろう。
だが真っ直ぐに伸びる道には人間の兵などの姿は見えない。
やがて森が切り拓かれた場所が目の前に広がり、その奥に木材と石材で築かれた砦が姿を現す。
高さ五メートル程の石垣の上に同じく高さ五メートル程の木造の壁が視界を遮っている。
城壁の周囲には深さ二メートル程の空堀が掘られており、思った以上に堅牢な造りだ。
その砦の城壁の中央部にはやや窪んだ形の大きな鉄格子状の門扉が見えるが、今は固く閉じられ、
門扉の両脇に聳える見張り櫓の上に人間の兵士の姿が見えた。
そして見張りの兵士達も森から姿を見せた森族の戦士達を見つけると、近くに吊るしてあった金属板を木槌で叩き、けたたましい音を砦の内外に響かせた。
「敵襲―!! 敵襲――!!」
先程まで静かだった森の中に人間の兵士達の声が響き渡り、俄かに砦の中の気配が慌ただしくなる様子がここからでも伝わってくる。
そうしていると次々と城壁の上に弓などを持った兵士達が姿を見せた。
「どうやらこちらを待ち構えていたようだな」
城壁の上に姿を見せた兵士達を睨みながら、シグル族長がそんな言葉を発する。
地理的な事を考慮すれば、先の砦陥落を逃亡兵から知らせを受けた時点でここを放棄して撤退する目もあった筈だが、どうやらここの砦の司令官は籠城戦を選択したようだった。
魔獣が蠢くこの森の中を追撃を警戒しながら逃亡する事の困難さを想像すれば、あながち間違った選択とも言えないので、予想された展開と言えなくもない。
「城壁へ至るまでの道で飛んで来る矢を躱すのは造作もないが、城壁に取りついてからは足が止まるので狙い撃ちされるな。ドルムント族長率いる鱗族の戦士達なら、多少の矢程度、躱さずとも問題はないが……さて、どうやって落とすべきか」
シグル族長はそう独り呟くようにして、聳える人間の砦の様子を窺うように視線を彷徨わせる。
今回は前回とは違い、谷の手前に砦がある為に空堀を避ければ地続きで攻め易くはあるが、正面の門扉が鉄格子となっているので、さがに一撃で破壊する事は難しそうだ。
王の器での溜めを用いて、【崩山点衝】を二、三度打ち込む必要がありそうだ。
しかし門の前で悠長に氣を練っている時間は貰えないだろうし、かといって矢を弾く為に【龍翠氣鱗】で防御を固めると、今度は鉄格子を破壊する為の攻撃ができなくなる。
解決策としては矢の射程範囲外で氣を練った後に、門への一撃を加えて離脱、再び敵の射程外で氣を練り直してという随分と格好悪い事になるが今の実力でできる事をやるしかないだろう。
そう考えをまとめると、シグル族長らに先陣を切る事を告げようとしてその言葉を飲み込む。
どうやら先に動いたのは砦側のようだった。
砦の正面門の奥に何やら動きがあり、徐に重そうな鉄格子が音を立てて持ち上がっていく。
そんな人間側の砦の予想外の動きに牙族の戦士達が騒めく。
「? なんだ、降伏か?」
首を傾げ、疑問の言葉を口に上らせる戦士達だったが、開門された砦の奥から姿を現したそれに皆が息を飲む気配が伝わってきた。
彼らの視線の先に居たのは身長三メートル近くある全身鎧の騎士だ。
ゆっくりとした動作で砦の開かれた門を潜り、大地を踏みしめる度に鎧の摩擦音が鳴る。
身長だけで言えば鱗族のドルムント族長と同等だろうか。
だが、金属の鎧を纏ったその身幅は彼よりも随分と大きく見える。
人間側にこれ程の巨体を誇る者がいるのかと、自分も驚きの目でその鎧騎士に目を奪われた。
しかし、確かに金属製の全身鎧のその奥から人の気配が感じ取れている事から、ロボットの類でない事は間違いないだろう。
片方の手には破城槌のような大振りの金属製の鈍器を肩に担ぎ、もう一方の手には人の頭の倍程もある大きな岩塊が握られていた。
次の瞬間、鎧兵士が手に持っていた岩塊を軽々と振り被り、こちらに目掛けて投擲してきた。
不気味な風切り音を鳴らし、大きな岩塊が剛速球で迫るが、そこは流石に狼の姿を持つ牙族の戦士達だけあり、一斉にその場から散開して鎧騎士からのその攻撃を躱して見せた。
岩塊は後方に聳えていた巨木の幹にぶち当たり、木の幹が悲鳴を上げるような音が響く。
あの大きさの岩塊を余裕で振り投げ、さらにその威力を見ればかなりの剛力である事が分かる。
見掛け倒しという事ではないらしい──。
正体を隠す為に付けている仮面に砕けた岩塊の破片が当たり、パラパラと乾いた音が鳴る。
思わぬ強敵の出現に知らずの内に自身の口元が緩むのを自覚しながらも、シグル族長や周囲の牙族の戦士達は苦々しい表情でその巨人の鎧騎士を見上げていた。
「ちっ、鉄鎧兵か。以前のモノより数段力があるぞ……」
シグル族長のその反応に、彼らにとってあの存在が既知である事が窺えた。
そんな自分の視線に気付いたのか、ルーテシアが横から鉄鎧兵についての情報を語ってくれた。
「人間達がギルミの森に侵攻してきた際に、あれとよく似た全身鎧の兵士が多数投入されました。あそこまで大きくはありませんでしたが、それでもその力は鱗族の戦士に匹敵するものがあり、防御も見ての通りで、あれに森族の戦士達は随分と苦しめられました」
「あんなもんが他にもたくさんあるのかよ……」
彼女の語った説明に、自分は思わず砦から出てきた鉄鎧兵へと視線を戻す。
すると哲鎧兵の中の男がこちらに向かって大音声を発した。
「既に満足な数すら集められずにいる魔族など恐れる程の事もない! 貴様らなど、帝国貴族である私が自ら操る魔導甲冑の試動の的にしてくれるわ!! ハッハッハ!」
そう言って男は鎧の中からくぐもった嗤い声を上げると、砦の城壁の上にいた兵士達から既に勝利を確信したかのような歓声が上がった。
どうやらあの巨人の鎧騎士は「魔導甲冑」という代物らしい。
その魔導甲冑の中の貴族を自称する男の言葉から、あの全身甲冑どういった代物であるか、ある程度の推測ができた。
あのドルムント族長のような巨躯を誇る鱗族に匹敵する膂力を見せたという、かつてギルミの森侵攻の際に投入された複数の魔導甲冑の軍勢。
恐らく中身の人間が人間離れした膂力を発揮している訳ではなく、SFなどに登場するようなパワードスーツのような代物なのかも知れない。
ただその外観はSFのようなロボットのような雰囲気はなく、巨人の騎士といった感じだ。
果たして、どういった仕組みなのか。
とりあえず今言える事は、目の前にいる鎧騎士は三メートル近い人間が鎧を纏っているのではなく、魔導甲冑と呼ばれる鎧騎士の中に普通の人間が乗って操縦しているのだろうという事だ。
これは自分が思った以上に人間側の技術水準が高い事を表してもいた。
あのような戦力を持つ人間の軍を退け、森族達の暮らす森を取り戻すのはかなり骨が折れる。
やはり森族単独で帝国と戦うには戦力差が乏しい。
これは是が非でも反帝国勢力との接触を試みる他、森族に未来はないだろう。
だが、差し当たってはまず目の前の巨大な魔導甲冑を何とかする必要がある。
幸いな事に、砦から出てきた魔導甲冑は巨大なあの一騎のみのようだ。
砦の兵達もあの魔導甲冑があるからこそ、今回の籠城戦にも悲観した様子を見せていないのだとしたら、あれを倒しさえすればこの砦は陥落したも同然だろう。
「さて、一丁やるか……」
自分はそう言って、自身の拳をもう片方の手の平で受けて立ち上がった。
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