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魔王オレ、只今異世界で奮闘中!  作者: 秤 猿鬼
第一部 異世界で魔王
21/24

21話 ロアン砦内紛

 カドナ砦より死者の谷に沿って北へ徒歩で半日の距離。


 死者の谷が大きく二つに裂け、大地がまるで岬のような形状をしたその突端部から谷を越えた先には、メルトアの森を根城とする魔族とは別の魔族の集団が住みつくギルミの森が広がっている


 ロアン砦はそんなアルドの森の魔族を監視、侵入を阻止する為に帝国に依って築かれた。

 ギルミの森とアルドの森を行き来するには、この二つの森を隔てる死者の谷が最も狭くなる場所を越えるしかない。


 そんな辺境の森の中の砦を任されているのは、僅か数年前に帝国によって攻め滅ぼされその統治下に入る事を余儀なくされたストラミス王国にて少佐を務めていた男だ。


 グレアム・キルヒ、帝国での現在の地位は少尉。

 年齢は三十一歳だが、その容姿を見れば実年齢よりやや老けて見える。


 ボサボサの黒髪に無精髭を生やし、戦時で負った傷の為に左目には眼帯をしている。身長は百九十センチ近くで、体重も百キロ程と大柄なその体格や風貌から歴戦の兵である事を窺わせた。


 そんな巨漢のグレアム少尉の前にはカドナ砦より敗走してきた兵士達十数人が疲労の為に息を乱しながらも、跪いた姿でカドナ砦陥落の報告をしていた。


「何!? カドナ砦がたった一人の魔族の手に因って落とされたというのか!?」


 一通りの報告を聞き終えたグレアム少尉は、そのあまりの内容に驚愕して思わず座っていた椅子から立ち上がり大きな声を上げていた。

 報告を上げていた兵士達はそんなグレアム少尉に項垂れるように頭を下げ、それを肯定する。


「はい……。その者はとてつもない力を持っており、砦の大門を素手で木端微塵に破壊し、応戦に出た兵の悉くが奴の手に因って討ち倒され、最後には自ら殿(しんがり)として残る決意をなされたアルク下士官殿が、我々をここまで逃がす時を下さいました」


 一人の兵士のその報告に、他の兵士達からは押し殺したような嗚咽が混じる。

 報告を受けたグレアム少尉は眉間に皺を寄せ、唸るような声を上げて再び椅子へと着く。


 急速に領土を拡大し、新たに加えられた領地において確固とした支配体制が築けていない現状、帝国は今以上の領土拡大を一時抑え、領内の安定化に舵を切っている。


 魔族側は先の帝国による瘴気の森大侵攻の際に大きな被害を出し、それ以降は前線に築かれた帝国の砦を散発的に攻撃する程度までに抵抗が無くなっており、侵攻の為の大量の兵士の多くは今は後方の領地の治安維持に回されていた。


 それによって旧ストラミス王国領での反帝国勢力の動きは随分と抑えられているが、今再び瘴気の森での対魔族との前線が揺らぐような事態になれば、帝国は前線を下げるか、前線維持の為に兵士を前線へと送るしかなくなる。


 恐らく帝国はその威信に掛けて前線を維持しようと兵力を投入するだろう。


 そうなれば今まで押さえつけられていた反帝国勢力の抑えが緩むきっかけにもなる──それは彼自身にとっても願ってもない話ではあったが、かつての部下であったアルク・ソーン大尉を失ったという報告はなかなかに堪えるものだった。


 ──実に惜しい奴を失くしてしまったな……。


 魔族との前線に築かれた砦。今回の一報は十分に予測されうるべき事態ではあったが、いざそれが現実となると、やはり顔を顰めるしかなかった。


 しかし、事はそれだけでは済まない。果たして帝国の増援が投入されるまでにこの砦は持ち堪えられるかという切羽詰まった状況に現在は置かれているのだ。


 グレアム少尉は自身が魔族であった場合、カドナ砦を落とした次は何処を攻めるかといえば、瘴気の森と人間の領土の境であるバララント要塞を攻める戦力の増強を図る為に、アルドの森の魔族と接触する事を考えるだろう。


 アルドの森の出入り口を守護するロアン砦だが、死者の谷を挟んだカドナ砦の大門を正面からぶち破る程の力を持った魔族がいるのだ。

足場のある地続きとなっているロアン砦の裏側の城門を破壊するなど容易い。


 そしてこのロアン砦には戦力が百名もいないのが現状だ。

 勝てる要素などどこにもありはしない。


「魔族がこちらのロアン砦攻略に戦力を出してくればこの砦も早々に陥落する。幸いアルドの森の魔族達はカドナ砦が落ちた事をまだ知らないだろうから、挟撃される前に森の中を迂回してバララント要塞まで後退しなければ孤立する事になる。今すぐにでも撤退の準備に入るべきだな……」


 グレアム少尉は考えをまとめてそう結論を口にして、砦の兵士達のその準備を始めるように指示する為に席を立とうとした時、突然部屋の正面の扉が勢いよく開かれた。


「今の言葉、私の耳がしっかりと聞いていたぞ! グレアム少尉!」


 いきなりの大音声に、カドナ砦の兵士達の視線がそちらに集まる。

 大きな足音を響かせて部屋に入って来たのは、グレアム少尉と同じく士官服を着こんだ若者だ。


 灰色の髪にやや細面のその男は、その顔に勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 そんな彼の顔を認めたグレアム少尉は何やら苦い物を見るような目を向ける。


「何の用だ、マルデ少尉? 今は面会中だ」


「何の用だと!? 皇帝よりお預かりしているこの砦を捨て、敵前逃亡を企てようとしている貴様に何の用向きだと問われるとは不快でしかない! 所詮は二等国民、帝国の威信を平気で踏みにじろうなどと、許される訳がない! そうだな!?」


 そのマルデ少尉の言葉に、彼の後ろから付いて部屋に入って来た取り巻き達が同意の声を上げる。


「マルデ少尉殿の仰る通りです!」


「グレアム少尉にはこのロアン砦を預かる資格なしと判断致します!」


 以前より帝国出身の貴族でもあるマルデ少尉や、その配下の兵士達は支配国であるストラミス王国出身の上官の存在を快く思っておらず、事ある毎に反発してきた経緯があった。

 彼らは今回の一件でグレアム少尉を排除する絶好の機会だと判断したのだろう。


 ここぞとばかりに口々に上げられるグレアム少尉への非難に、彼は苛立たし気に頭を掻いてマルデ少尉とその取り巻きである帝国兵らを睨み付け、拳で強く机を叩いた。


「貴様ら、状況を分かって言っているのか!? これは逃亡ではなく、撤退だ! 今ここで後方のバララント要塞まで下がらなければ、このロアン砦は孤立。今ある砦の戦力ではカドナ砦を落とした魔族の戦力には籠城戦でも太刀打ちができんぞ!?」


 彼のその一喝に、先程まで饒舌に避難の声を上げていた兵達の声が詰まる。

 帝国の出身である彼らにとってグレアム少尉は疎ましい存在ではあるが、彼のその軍人としての資質や戦闘に於ける武力は誰もが知るところでもあったのも事実だ。


 そんな彼が砦の危機だと言って憚らない剣幕を前に不安が過ったのか、帝国兵らの視線が彼らの首魁でもあるマルデ少尉に一斉に注がれる。


 しかしそんな彼らの不安などどこ吹く風と言わんばかりに、マルデ少尉は不敵な笑みを浮かべ、やや気取った風に自身の灰色の髪を掻き上げて見せた。


「ふん! 碌な戦力が駐留していなかったカドナ砦を落としたからと言って何だと言うんだ。魔族の侵攻を恐れて逃げるなど帝国貴族であるザッコ子爵家の男子たる私の名に傷がつくわ!」


 彼のそんな言葉にグレアム少尉は信じられない気持ちで相手を見上げる。

 しかし、マルデ少尉にはそんな彼の反応など気にした様子はない。


 それどころか、腰に帯びた剣を鞘から抜き放ち、その切っ先をカドナ砦からの敗走兵へと向け、次いでそれをグレアム少尉へと向けた。


「本来ならば砦を放棄して敗走して来た連中を受け入れるなど言語道断。そしてそんな連中を受け入れただけでなく、その者らが齎した妄言を根拠にこのロアン砦をも放棄するなど、貴様は帝国軍人としての仕事すらまっとうする気がないと見た! この憂慮すべき事態に緊急措置として貴様からロアン砦の全権限を剥奪し、私がその任に就く! 魔族共はここで私が全て打ち破ってくれる!」


 マルデ少尉のそんな弁舌に、グレアム少尉は本気で頭痛を覚え、それに耐えるように眉間に皺を寄せるようにして相手を怒りの感情のままに睨み付けた。


 状況を正しく理解せず、敵を過小評価して帝国兵やその貴族らが自滅するだけならばいい。

 しかし、この砦には兵士らが日々の活動していく上で様々な雑務をこなす非戦闘員や、自身と同じくストラミス王国出身の兵なども含まれている。


 ここでマルデ少尉が魔族との戦端を開けば、この砦は間違いなく壊滅するだろう。

 そんな事をさせる訳にはいかないと彼を取り押さえようとグレアム少尉が腰を浮かすが、それはマルデ少尉の取り巻きである帝国兵達が一斉に抜剣した事で阻止された。


「おっと妙な動きはしない事だ。あんたとそこの敗残兵共は今すぐにでも敵前逃亡の罪で処分してやりたいところだが、魔族連中を出迎える準備をしないとならないからな。こいつらを地下の牢に放り込んでおけ!」


 マルデ少尉のその命令に、周囲の取り巻きの帝国兵が油断なく動く。


 カドナ砦から逃れて来た兵士達はグレアム少尉の方に視線を向けてくるが、彼はそれに首を横に振って大人しくするように促し、自らも抵抗せず腰の武器を机の上に放り出した。


「カドナ砦の一報がバララント要塞に届き、こちらへの救援を出すとしても、こちらに到着するのにどんなに急いでも十日は掛かるぞ? その間、魔族の侵攻を阻止できる算段があるのだろうな?」


 グレアム少尉は帝国兵に後ろ手に拘束されながらも、睨み付けるような視線をマルデ少尉に向けてそう問い掛けると、周囲の帝国兵も漠然とした不安の色を顔に上らせ、上官であるマルデ少尉の顔を窺うように見る。


 どうやら彼らも帝国貴族の出であるマルデ少尉の権威に従ってはいるが、今の状況がそれ程楽観視できるものでもないという事も薄々気づいてはいるのだろう。


 ここである程度の根拠を示す事ができなければ兵士達の間にマルデ少尉に対し不信感が生まれる。

 そうなればその不和を利用して、マルデ少尉側の統率を切り崩す事もできる筈だ。


 しかし、そんなグレアム少尉の思惑とは裏腹にマルデ少尉の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。


「私は貴様と違い帝国貴族の出だぞ? 中央への伝手も力もある。魔族共を一掃する切り札は既にこの砦に運び入れてある。まぁ少々予定は狂ったが、私が砦の指揮を執りその戦果を示す事ができれば、この辺境の砦でから中央へ返り咲ける道筋もできるだろ。そうなれば私に忠実であった者も呼び寄せる事も吝かではない」


 彼のその発言に、周囲の帝国兵達から小さなどよめきが起こり、皆が襟を正すようにしてマルデ少尉に熱い視線を送る。

 どうやら餌に釣られたようだ。帝国兵らの士気が上がり、付け入る隙が無くなった。


 マルデ少尉の言う切り札がこの状況を覆しうる代物かは甚だ疑問だが、平民にとって貴族の持つ力、そこから発せられる言葉というのは存外に強い。


 どんなに頭の足らない貴族であってもそれなりの説得力を持ちうる存在としてしまう地位と権力というものは実に度し難い──グレアム少尉は勝ち誇ったような笑みを浮かべるマルデ少尉を憤慨した様子で睨み付け、口の端を引き結ぶようにする。


 このロアン砦の運命は天に委ねられる事になったようだ。


 グレアム少尉とカドナ砦の兵士達は帝国兵らの手によって地下の牢へと追い立てられるように部屋から追い出される。


 そんな彼らの様子を実に愉快そうに眺めていたマルデ少尉は、ロアン砦の指揮官が座る椅子にどっかりと腰を掛け、満足そうな笑みを口許に浮かべた。


「言われた事をただ忠実に守るだけ、砦が一つ落とされれば慌てて逃げ出す算段とは実に嘆かわしい。あんな無能を今まで上官と仰がなければならなったなど屈辱の極み。それもこれも私をこんな辺境の砦へと追いやった連中のせいだ。今に見ていろ、戦果を上げて中央へと返り咲いた際には目に物を見せてくれる……ククク」


 そんな独り言を呟き悦に入っていたマルデ少尉の元に、一人の帝国兵が小走りでやってきた。

 姿勢を正し、敬礼をしてからマルデ少尉の促しに応えて用向きを口にする。


「マルデ少尉、失礼致します。技師の男が準備を終えたとの事で、試動の為に少尉のお時間を頂きたいと申しております、如何致しましょうか?」


 その兵士の報告にマルデ少尉の顔が歓喜に染まる。


「おぉ、存外に早かったな。すぐに行く。フフフ、魔族共を殲滅した後はグレアム少尉殿の裁判も行わなければならないからな……忙しくなるぞ。ククク」


 そう言って一頻り嘲笑を零すと、椅子から立ち上がり急ぎ足で部屋を後にした。


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