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魔王オレ、只今異世界で奮闘中!  作者: 秤 猿鬼
第一部 異世界で魔王
2/24

2話 その名は龍道寺慎

 閑静な住宅街の上に広がる空は既に夕暮れ色に染まりつつある。


 学校からのいつもの帰り道──自分を避けて通る人々の流れを目の端に流しながらも、いつもより軽い足どりである事を自覚する。明日の卒業式以後の事に考えを巡らせていると自然と気分が上がり、つい鼻歌が漏れ出てしまう程だ。


「ようやく卒業か……」


 海外へと渡る為に必要なパスポート、それを取得するには最低でも高校を卒業してからと、きつく母親に言われてから、とにかく卒業する為にそれなりに勉学も頑張ったのだ。


 自分が海外へと渡る理由を知っている母親は、この話を持ち出せばあまりいい顔をしないだろう事は分かっているが、だからと言って今更止めるつもりもない。


 どうしてもやり遂げたい事があるのだ──この平和すぎる日本でいつまでも燻っている気は毛頭ないし、それでは何時まで経っても目標とする者に近づく事さえできないのは明白だ。


「ひっ」


 思わず口の端が歪んだ自分の顔を見た通りすがりの女性が、喉奥から漏らした小さな悲鳴と共に足早に去って行く姿を横目に、自身の顔を撫でつけて表情を抑えるように息を吐いた。


 そうしてチラリと横目に入った喫茶店の大きなガラス窓に映り込んだ自身の姿を見やる。


 恰好で言えばごく普通の学生──動きにくい上着を鞄に突っ込んで肩に担ぎ、何処にでも売ってそうな白シャツに濃紺のズボンと特に変わり映えのしない姿だ。


 身長は百九十四センチ、体重百二十三キロ。

 別に太った巨漢──という訳でもなく、学生服の下から覗く全身を鍛え上げた肉体は少々日本の平均的な高校生男児の範疇から外れている、と言うべきだろうか。


 それに加えて、日本人の父親とポーランド人の母親を持つ自分の髪は赤毛で、瞳の色は灰色、少し堀の深い顔立ちなども相まって、高校では浮いた存在である事は否定しない。


 あとはこの側頭部を剃りこんだ特徴的な髪形であるドレッドモヒカンと、左耳に開いた二つのピアスが迫力のある外観に拍車をかけているのかも知れない。


 要は少々人から見た自分の姿が、威嚇的だと言う事だ。


 ただこれに関して教師陣から何かを言われた事はないので、それ程女性から怯えられるような凶悪な見た目ではないと思うのだが──。


「んぅ、やはり釣り目が原因か?」


 喫茶店のガラス窓に映り込んだ自身の顔を撫でつけながら、少し首を捻って眉間の皺を指で伸ばすなどして、表情を少し柔らかくしてみる。


 すると店内でガラスが割れる音と女性の悲鳴が微かに聞こえて来たが、生憎と喫茶店のガラス窓は濃色で少々近寄っただけでは店内の様子を窺う事はできない。


 母親譲りの大きな灰色の瞳は自身でも悪くないと思っているのだが、多少釣り目気味なのが女性を怯えさせる主原因ではないだろうか。


 海外の厳しい環境へと赴くつもりでも、人との関りは常にある。

 もう少しフレンドリーな関係も構築できるようになっておくべきかも知れないなと、独りごちてその場を離れると、笑顔の練習をしながら再び家までの帰路へと着いた。


 帰宅後にいつも行っている祖父との手合わせ──(ジジイ)の発する殺気やら覇氣に耐えようと、自然とこちらの顔が強張っているのがこの釣り目の主原因な気もするが。


 爺の発するそれらを笑って耐えられるようになるには、まだまだ先は長そうだ。


 そんな事を思って道を歩いていると、目の前の道路を一匹の黒猫が横切っていくのが見えた。

 しかしすぐに、その猫が横切ろうとしている道を一台の車が真っ直ぐに突っ込んでくる場面が目に飛び込んできて、担いでいた鞄を放り出して自分の身体は反射的に走り出していた。


 車の運転手は片手ハンドルで携帯を持って会話中のようで、目の前の道を横切る猫になどまったく気づいていない様子だ。その運転者の態度に眉間に皺が寄り、駆け出す足に力が入る。


「きゃーーー!!」


 走る車の前に飛び出した自分の姿を見てか、それとも轢かれそうになっている猫を見てか──女性の悲鳴が自分の耳に届くと、それが車の運転手の男にも届いたようで、こちらを見るや焦った表情と、男が慌てて踏んだであろう急ブレーキによって生じるタイヤの悲鳴が重なった。


 だが時は既に遅く、その車体は目の前の猫と自分自身に向かって滑るようにして突っ込んでくる。


 自分はその場で勢いよく踏み込んだ右足から氣を練り込むようにして全身を巡らせると、アスファルトを砕いて踏み込んだ軸足を起点に、全身を振り被り、突っ込んで来る車体に向かって気合いと共に掌底を繰り出していた。


 低く鈍い、しかし腹に響くような衝突音共に、繰り出した自身の掌底の前で車のボンネットの真ん中がひしゃげ、フロントガラスは木端微塵に砕け散る。


 衝突の勢いで車の後輪は跳ね上がって空中で止まるが、そのまま重力に従って再び地面に向かって落下し、派手な音を周囲に撒き散らしながら着地した。


 辺りには砕け散ったフロンガラスが散らばり、車は自分が放った掌底を中心に車体の前部がくの字に曲がって、運転手の男はエアバックの衝撃もあって車内で白目姿でのびている。

 先程の衝撃で壊れたせいだろうか、車のクラクションが鳴りっぱなしで、静かだった住宅街が何やら急に騒がしくなり始めていた。


「くそ、力加減を誤ったか……」


 そう言って自分の手首を少し揉みながら軽く(かぶり)を振る。


 咄嗟の事で氣の練りと制御がおざなりになった感が否めない。

 こんな事ではとてもではないが爺を超える事はできないと軽い溜め息を漏らすと、先程轢かれそうになっていた黒猫の姿を求めて周囲の様子に目をやる。


 やはり大きな音にビックリしたのだろう──先程の黒猫が慌てて反対側の道へと走り、その先の家屋の壁に飛び乗って逃げて行く後ろ姿が目に入って、安堵の息を漏らした。


 贅沢を言えば助けた御礼に少し背中を撫でたり、顎をくすぐったりさせて貰えれば最高だったのだが、野良猫ではそうそう人には懐かないだろう。


 残念に思いながらも、騒がしく人が集まり始めた気配を感じて、放り出した鞄を拾って足早にその場を離れる事にした。


 見た所、運転手は気絶しているだけのようだし、ここに何時までも留まっていると誰かが通報し、やって来た警察に色々と事情を聴かれる事になる──またそんな事になれば(ジジイ)から余計なお小言を貰う羽目になるのは目に見えている。


 騒ぎを聞きつけて集まって来た人々の流れに逆らって歩き、人の流れからようやく逃れると、小さく息を吐き出してそのまま振り返らずに足を進めた。


 歩きながら先程の運動で少し小腹が空いたかと、自身の腹を撫でながら、いつもの帰り道にある家の近くのコンビニで新作のスイーツでも物色しようと思考を切り替える。


 オレンジとグリーンの二色を基調にしたコンビニの見慣れた看板が通りの先に見え、横断歩道を渡ってそちらへと足を向けた。

 コンビニ前の駐車場ではここらでは見かけないような柄の悪い男達が数人屯してバカ騒ぎをしていたが、それらを無視して店内へと入ると、聞き慣れた来店ベルの音が迎えてくれる。


 入れ替わりにコンビニから外へと出ようとしていた女子高生がこちらの姿を見上げて、驚いた顔と共に自分の脇をすり抜けるようにして外へと出て行く。


 そんな様子を見ていたレジ内の店員が苦笑している姿を認めると、こちらに頭を下げてくる。


 このコンビニには家の近くという事もあって時折こうしてスイーツを買いに訪れる自分の事を店員は見知っているようで、自分もその店員の顔は覚えていた。

 特に知り合いという訳ではないが、コンビニの店員と客の距離はどこも似たようなものだろう。


 自分はいつもの事だと言うように小さく肩を竦めて見せて、そのままいつも向かう生菓子などが並ぶ冷蔵のスイーツコーナーへと向かう。

 並べられた色鮮やかな数々のスイーツ商品に目を走らせながら、新作がないかをチェックするが、どうやら今回は特に新しい物は入荷していないようだ。


 それならば致し方ない。


 思考を切り替えて、今日買う物をどれにするかを脳内で検討を始める。

 明日は卒業という事で少し奮発して高めのスイーツを買うか、それとも内容量の多いお得感のあるスイーツを買うか──目に留まった二種類のプリンを手に取ってそれぞれを見比べる。


 一方はオーソドックスな焼きプリン、もう一方は季節のフルーツと生クリームがのったプリンだ。


「よし」


 最近は内容量の多い物を手に取る事が多かったので、今回は少し高めの方を選ぶ事にした。

 プリンの上に二個のサクランボがのった春物らしいプリンだ。


 レジで会計を済ませて店を出ると、先程見かけた女子高生が柄の悪い連中に絡まれている姿が目に入り、大きな溜め息が知らずの内に出ていた。


「そう言わずに俺らとちょっち遊んで行こうぜ、なぁ?」


「や、やめて下さい!」


 女子高生の手を引いて下卑た笑い声を漏らす男の顔は、やはり先程の印象同様に見覚えがない。

 それはそうだろう、この辺りは(ジジイ)──龍道寺(りゅうどうじ)の縄張りなのだ。


 地元の人間ならここらで馬鹿な真似をしようとは考える者はいないだろうし、ヤクザですら避けて通る区域なのだ。それを知っていての振る舞いなら命知らずもいい所だ。


 恐らく何処からか来た余所者なのだろう。

 だが柄の悪い連中の中に一人だけ、地元の事情を知っている者がいたようだ。


「ヒデさん、ここらでそういうのはマジやばいっスから──マジっすよ、ヤメましょうよ、ね?」


 女子高生の手を引いていた男を宥めるような口調で話し掛けている男は明らかにここらの事情を理解しているようで、少々怯えた声を出しながら辺りを見回している。


「あぁ? テメェ、なにビビッてんだよっ!? ちょっち声かけて誘ってるだけだろうがよぉ!?」


 しかし相手の男の方が宥めに入っている男よりも立場が上なのか、諫言に耳を傾ける様子は一切なく、大声の迫力に驚いて涙ぐむ女子高生を見ていやらしい笑みを浮かべるばかりだ。

 面倒な事だが、これを放って置く訳にもいかない──。


「おい、その辺にしとけ。ここらは龍道寺の島だぞ、それを分かってやってんだろぉなぁ?」


 自分はそんな柄の悪い連中に近づきながら語気を強めた口調で話し掛けると、連中はこちらの声に反応して一斉に振り向いた。


「っ!?」「なっ!?」「!?」


 そんな連中を仁王立ちで見据えるこちらの姿を見て、今までヘラヘラと笑っていた連中の大半が引き攣った声を喉奥から漏らして後ろへと一歩下がる。

 先程まで“ヒデさん”なる連中の中心人物の男を宥めていた男は、顔が半ばまで青褪めて飛び退くような恰好で男達の背中へと隠れるように逃れた。


「りゅ、龍道寺、(しん)──っ!?」


 男はこちらの予想通り、自分の事を把握していたようだ。

 他の連中も自分のこの体格と睨みを利かせると、首筋に冷や汗を流しながらジリジリと後ろへ下がっていく──この手の威勢だけの連中は聞き分けはいい。


 しかし、最後の一人──ヒデとか呼ばれていた男はあからさまに此方に因縁を付ける恰好でこちらに向かって歩いて来る。

 その隙を突いて、絡まれていた女子高生が荷物を抱えて一目散に逃げ去っていく。


 彼女のそんな後ろ姿を横目にした男は、舌打ちをして片眉を跳ね上げて此方を睨み付ける。

 背格好で言えばどう見てもこちらの方が上だが、相手はそんな事には頓着しないようだ。


「テメェ、龍道寺だが、吉祥寺だか知らねぇけどよぉ──、人がせっかく気分良くお話してる所に、シャシャって出て来てんじゃねぇぞぉ、コラァぁぁ!!」


 男は何度も小首を傾げるような仕草で、下からねじり込むような視線をこちらに向けて睨み付け、しきりに身体を揺さぶるように近づいて来た。

 髪形は先端部が金髪、根元が黒のリーゼント、眉は剃り落としているのだろうか。服装は見事なまでに全体がだるっとしたラフな恰好で、あちこちに派手な文句を謡った刺繍が施されている。


 昔、古本屋で読んだ事のある漫画──なんとかハイスクールの不良(ヤンキー)よろしく、そこから抜け出して来たような男の格好に、こちらの口の端が僅かに持ち上がる。

 そんなこちらの態度に、ヒデという男の蟀谷(こめかみ)が引き攣ると、有無を言わさずに男がこちらの顔面を殴り掛かってきた。


 相手が一般人という事で多少抑えてはいたものの、こちらが放つ氣迫に負けずに喧嘩を仕掛けてくるような奴は久しぶりだ。

 思わず零れる口元の歪みをそのままに、相手の拳を避ける事はせずに一歩踏み出して敢えて当たりに出ると、相手の男は僅かに驚きの顔をする。


 その場で鈍い音がするが、こちらが負傷した訳ではない。

 男が放った拳──恐らく顎を狙ったのだろうが、こちらが合わせて動いた事で、それは自分の額へと当たり、さらには相手の男の指が僅かに変な角度に曲がっていた。


「ぐあっ、痛ってぇ!?」


 男が苦痛に顔を歪めて、曲がった指を抱え込むようにして後ろへと下がろうとした所に、今度はお返しとばかりにさらに一歩踏み込む。


 振り被った上半身のバネで相手の顔面に自らの額をぶつけにいくと、男は鼻血を撒き散らしながら後ろへと吹き飛んで、コンビニの外に並べてあったゴミ箱に突っ込んでゴミを散乱させる。


「ここらで好き勝手をすれば、どうなるか──その身体によぉく叩き込んでやらないとなぁ」


 ゴミの中から這い出て来た男にゆっくりと近づきながら声を掛けると、男は前歯の何本かを欠いた口で何事かを呻き、喚くが呂律が回らずに何を言っているのか聞き取れない。

 こういう類の奴は徹底して教育しておかないと、また面倒事を持ち込んで来るのが常だ。


 暴れる男の胸倉を掴み持ち上げると、相手は一層抵抗する様子を見せる。

 もう一度頭突きでも入れてやろうかとしていると、不意に後ろからの気配に男を放り出して振り返ると、その気配の主から怒気の籠った声が発せられた。


(しん)──」


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