19話 カドナ砦攻略2
自らの正体を隠す為に自ら“魔王”と称した自身の発言に思わず笑いが漏れ出た。
しかし、そんなこちらの冗談めいた言葉に、目の前のアルク他、兵士達の顔が険しいものになる。
アルクが左手を大きく上へと掲げ、それを合図とするように周囲の兵士達が一斉に退く。
それと同時に周囲の城壁の上から、笛のような音が尾を引くように響き渡ると、こちらに向かって幾つもの球体が煙の尾を宙に描きながら迫ってきた。
その音の発射元である城壁上に兵士が構えていた物は長い柄の付いた筒状の代物で、それは見た目的には長い筒状のラッパのような形をしていた。
それがどういった代物なのか──この世界へと来てから日の浅い自分には正確に知るものではないが、直感的に頭の中に結び付いた武器が一つあった。
──榴弾砲か!?
果たして威力の程は分からないが、直撃を喰らう事は避けた方がいいのは分かり切っている。
考えるより先に身体が動き、飛来した球体が着弾と同時に轟音を放つ。
予想通り、着弾した球体は周囲の地面を轟音と爆風と共に吹き飛ばし──そんな結構な威力のモノが幾つも降り注ぎ、砦内が凄まじい音に包まれ地面が揺れる。
向こうの世界で軍が使うような高威力ではないものの、それでもそのなかなかの威力がある。
選定の神殿に襲撃をしかけた人間達の装備からして、それ程高度な文明、武器はないのかと判断していたのだが、どうやら当てが外れたようだ。
しかし、榴弾を撃った際の反動が制御されていない様子などから見て命中率はお察しだ。
だが頑丈な城壁と複数の榴弾砲で面制圧などに限って運用すれば、流石の森族の戦士達でも対抗するのは難しいだろう事は容易に想像ができた。
集団に向けての攻撃ならば効果的な武器ではあるが、今この砦内にいるのは自分一人。
さらには【龍翠氣鱗】のおかげで多少の爆風など屁でもない上、避けるのも意外と簡単だ。
武器の性質上、砦内の広場にいる味方を巻き込まずに榴弾を撃ちこむには場所が限られている。
ならば退いた兵士らのいる場まで間合いを詰めれば、榴弾の攻撃範囲からは外れる筈だ。
一発目の榴弾が着弾する瞬間、既に自分は砦の広場の中央から一気に駆け、端の方で武器を構えてキョロキョロとしていた──恐らく帝国兵であろう一人に肉薄していた。
「っ!?」
巻き起こる土煙の中から突如として現れた自分の姿に、帝国兵の男が恐怖に顔を歪める。
自分はそんな男の顔に向かって躊躇うことなく拳を振り抜き、男を地面に叩き伏せた。
そうして兵士の手から剣を取り上げると、城壁の上にいる榴弾兵に向かって投擲する。
砦内の広場はもうもうと立ち込める土煙で視界を遮られているが、気配を読む事のできる自分にはこの距離であれば目を瞑っていても相手の位置を把握する事ができた。
「ぐはっ!?」
狙い通り、投擲した剣が向かい側の城壁の上に立っていた榴弾兵の頭蓋に突き刺さり倒れる。
厄介な敵は最初に排除するのが定石だ。
さらに手近な兵士の下へと駆け、同様に叩き伏せて武器を奪う。
そうして得た武器を次々と城壁の上にいる榴弾兵へと投擲し、その数を着実に減らしていく。
武器をかっぱらうのに都合のいいカモとなる兵士は皆、拵えのいい軽鎧を身に纏った帝国兵のようで、ばらばらと動く様はまるで統率のされていない素人のような動きだ。
それに反して四、五人の集団で固まって動く様子を見せる兵士達には油断の気配がない。
恐らく彼らはあのアルク元大尉と同じく、元王国の軍人なのだろう。
まるで烏合の衆のような帝国兵と、訓練され統率された元王国兵を見れば、普通に考えれば戦争に勝つのは王国側にも思えるが、それを覆したのは数か、技術か、それとも両方か──。
それかドルムント族長が話していた四英雄という存在の力が抜きんでているのか。
そうこうしている内に六人程榴弾兵を減らした所で、最初の榴弾攻撃で舞い上がった土煙が晴れ、相手がこちらの姿が健在である事を把握して、兵士の間に動揺が広がる。
そして城壁の上の榴弾兵達の方はと言えば、傍に立っていた筈の同胞が次々と下から飛んで来る武器によって致命傷を負わされていく姿を見て、悲鳴を上げて城壁の影へと姿を隠していた。
今まで安全な場所から攻撃をする事に慣れていた者が、自身の立つ場所が危険と知った途端に戦意を失うというのはままある事だ。
連中はこれで不用意に頭を上げようなどとは考えないだろう。
こちらとしてはもう少し数を減らせると思ったが、まぁ許容範囲だろうか。
あとは帝国と王国の事情についてはもう少し把握しておきたいので、アルク指揮官補佐とここらで少し話をしたいが──。
そう思ってできるだけ帝国側の兵士と思しき相手を選んで排除していたのだが、土煙がやんで砦内を見回した時には先程までより砦内の兵士の数が減っていた。
混乱に乗じてあのバッカ中尉同様に逃げたか、それとも隠れているのか──。
そんな周囲の気配を探っていると、大槍を構えたアルクがさらなる指示を下した。
「一班は私と魔族の相手だ! 二班、三班は指示の通りに動け!」
アルクのその命に従い、彼に付き従う兵士達が一斉に動き出す。
こちらに波状攻撃でも仕掛けてくるのかと一瞬構えるが、大半の兵士達はこちらに背中を見せる形で砦内へと姿を消し、広場に残ったのは僅かアルクを含めた十名弱程だった。
恐らく残った者が殿となり、他の者達はその隙に砦から逃れる作戦なのだろう。
こちらとしては砦を落とせるなら特に追撃戦を仕掛けるつもりもないのだが。
そう思って自分は目の前の男にある提案をしてみた。
「アルク下士官殿──だったか? オレとしては砦を明け渡しさえしてくれるなら、今この時の追撃はしないと約束する事ができるが、どうする? 指揮官が部下を捨て、放り出した砦を命を懸けて守る必要もないだろ?」
自分はそう言って口の端を持ち上げて笑う。
そんなこちらの様子を見て、周囲の部下の兵士達が口々に声を上げる。
「アルク様、魔族の虚言です!」
「おのれ、我らを謀る気だな!」
武器を構えた兵士達が上げるそんな声を、アルクは手で制するようにして黙らせた。
「無論、条件はそれだけではないのだろ?」
大槍を担いでこちらをじっと見据えるアルクのその言葉に、自分は肯定するように両手の手甲を打ち鳴らし、その場で相手に向かって拳を突き出す。
「あんたがオレとここで少しばかり遊んで、会話の相手をしてくれさえすればいい。あんたらには悪くない話の筈だ、どうだ? 乗るか?」
目の前の大槍を携えた男の気配──それは一介の兵や、まして下士官程度で収まっていられるような者の気配ではない。ならばその腕、技を見てみたいと、戦ってみたいと思うのは性だろうか。
自分もアルク下士官の精悍な顔つきを見返し、そうして相手の答えを待つ。
ややあって、少しばかり逡巡した様子を見せていたアルク下士官は、意を決したかのように振り返り、己の部下である兵達に新たな命を下した。
「この場は私が受け持つ。お前たちはすぐに砦を出ろ、これは命令だ」
部下の兵達が明らかな拒否の姿勢を見せ、それを言葉にしようと口を開きかけるが、アルク下士官は有無を言わさぬ口調で、これが命令である事を強調して再びこちらに向き直った。
「砦を出てロアンへ向かうか、バララントへ向かうかはお前達の判断に任せる……」
アルク下士官はそう言って大槍を構えると、その感触を確かめるように大きく一回転させて空を切り裂く音を鳴らして、そのまま黙したままこちらに目で合図を送ってくる。
用意をできたという事だろう。
自分とアルクの間にある空間が闘気で満ち、ひりひりとした空気が肌に纏わりつく。
この鳥肌の立つ感覚は大好きだ。
思わず口元がニヤリと歪むのを自覚する。
そんなこちらの様子を受け、アルクの部下である兵士達はただ黙したまま彼に向かって頭を下げると、何かに必死で堪えるような悲壮な顔で砦の広場を後にした。
どうも自分の先程の言葉は、あまりいい意味で捉えていない様子だ。
「真っ先に逃げ出したマヌケそうな指揮官とは違って、部下に慕われてるなぁ? オレはさっきの言葉通り、少し遊びに付き合って貰いたいだけなんだけどよぉ」
自分はそう言って小さく肩を竦めると、アルクは短く息を吐き出し後、一気にこちらとの間合いを詰めて、その手に持った大槍を突き出してきた。
瞬きする間もない一瞬の突き。
傍目には一突きにしか見えないそれは、高速で繰り出された三連突きだった。
躊躇いなく、こちらの命を刈り取るようなその突きはまるで槍の先が伸びるように迫る。
砦内の広場に甲高い金属の衝突音が響き渡り、緊迫したような静寂が訪れた。
「ハハっ、すげー一撃だったぜ。危うく胴から首が離れるかと思ったぞ」
一撃目の突きを手甲で防ぎ、二撃目を捌き、三撃目を受け流す。その間はほんの刹那。
その一瞬の攻防で、やや痺れた自身の腕を振りながら、相手のアルクを見やる。
これ程の一撃を放てる武芸者は、あちらの世界では今やなかなかいない。
あの無暗やたらに力で剣を振り回す事しかできない凶暴な変異者と違い、理性で制御され研鑽し、磨き上げられた技の力に自身の声が思わず弾む。
対して相手のアルクはと言えば、その表情を大きく動かす事無く、ただ僅かに眉根に皺を寄せてこちらとの間合いを開ける。
「それにしては随分と冷静に対処されたように見えるが?」
アルクはそう言うやいなや、今度は滑るようにして間合いを詰めて一気に横薙ぎに大槍を振るい、こちらがそれを察知して後ろへと躱すと、さらに引き戻した槍を瞬時に突きに変えて前へと出る。
そんな彼の攻撃の返礼として、今度は自分が相手の懐深くに潜り込み大振りの一撃を放つが、アルクは寸での所で身を躱し、引き戻した槍の柄を振って牽制の一撃を放ってきた。
お互いの短く、小さく吐く息と、次の瞬間に打ち合う槍と手甲の交差が砦内の広場に響く。
アルクの槍の技量は申し分ない。
膂力は森族に比して見劣りするものの、技の完成度には彼の方に軍配が上がる。
実力に関してはシグル族長やドルムント族長あたりなどは別格ではあるが、森族の戦士に引けをとらない彼のような実力者を、たとえ帝国の出身でないとしても下士官で留めておける程度には帝国が強大と見るべきか。
となれば、不謹慎ではあるが帝国との喧嘩は随分と楽しいものになりそうだ。
何度目かの攻防を繰り返し、アルクの呼吸、間合いを把握して既に危なげなく回避する事できるようなった頃、相手は既に肩で息をする程に消耗していた。
こちらの攻撃を躱すのに神経を擦り減らしたのだろう。
「……はぁ、はぁ。まさか素手の相手にこれ程追い詰められる日が来るとはな……」
アルクは顎先から滴る汗を拭う事無く、大槍を構えてこちらを見据えてそんな言葉を口にする。
そろそろ頃合いかと、自分は全身に纏っていた【龍翠氣鱗】を解除した。
こちらのそんな動きに訝しげな表情を向けるアルクだったが、生憎と武装を解除した訳ではない。
【龍氣道・瞬虚歩】
大地を踏みしめた足先に氣を集中し、爆発的な加速で以て相手のとの間合いを瞬時に詰める。
呆気に取られていたアルクは、先程からの疲労もあって反応が鈍い。
「っ!?」
こちらが無造作に振り抜いた拳がアルクの使い込まれた軽鎧を大きく凹ませ、拳の衝撃が腹から背中へと突き抜けると、彼は全身の力が弛緩したように両膝を突いてその場に倒れ伏した。
「なかなか楽しかったが、余興は終わりだ。そろそろ本題に入らせて貰うぜ」
そう言って自分は倒れ、咳き込むアルクの傍に寄って片膝を突き、相手の顔を覗き込む。
彼は苦悶の表情をしながらも、何とか意識を保とうと歯を食いしばっていた。
苦しみもがく人間の傍で、それを眺め下ろす凶悪な仮面を被った男というのは、傍目から見ればそれはそれは魔王的な所業に他ならないなと、内心ごちながらも人間側の事情に詳しいだろうその男に話し掛ける。
「そろそろあんたの部下達も砦から幾らか離れただろう。あんたに聞きたい事は色々あるが、まずは一つ、帝国とやらがこの森へと侵攻を始めた理由を知っていたら教えて貰おうか?」
自分のそんな問いに、アルクは自身の上半身を何とか起こそうともがき、荒い息を吐きながらこちらの顔を見上げてくる。
「ゲホッ、ゲホッ。はぁ、はぁ、知らん……さっきも言ったが、私は帝国に攻められ、占領されたストラミス王国の出身だ……。帝国が、何を目的としてこの森に入ったかは、前線の砦に配された一下士官風情の私が知る所ではない……悪いがな」
彼の言い分はもっともな話だ。
少々アテが外れたなと、他に何を聞くべきか考えていると、砦の外で大きな気配が動き出し、こちらに近づいてくるのを察知してそちらに意識を向けた。
恐らく気配の主はドルムント族長だろう。
既に大きな戦闘音も止み、業を煮やした彼が様子を探りに来た──といった所か。
意識を再びアルクの方へと戻すと、彼はいつの間にか両膝を突いたまま、自身の腰に下げていた小刀を抜き、その刃先を自らの喉にあてがいながらこちらを見据えていた。
「早まるんじゃねぇよ。オレとお喋りしてくれるなら、命の保証ぐらいは取り付ける。物騒な物はしまって、大人しく捕まってくれねぇか?」
自分がそう言って捕虜になる事を勧めると、彼は薄く自嘲じみた笑いを口許に浮かべて、僅かに首を左右へと振ってから、その視線を自分の後ろ──破壊した跳ね橋のあった入り口あたりへと向けて、こちらを促がすように小さく顎でそれを指す。
こちらの意識を後ろへと向けて、背後から襲い掛かる──というそんな古典的な奇襲が通じるとは相手も思っていないだろうからと、彼に指し示した場所に視線を向けた。
そこには門の入り口の両脇に無造作に突き立てられた長槍があり、その刃先には鱗族であろう者の首がまるで掲げられるように突き刺さっていた。
それが門の両脇に一本ずつ──見せしめ、というよりも晒し者といった所だろう。
「……あんたがやったのか?」
自分のその平坦な口調の問いに、アルクは再び自嘲めいた笑みで口元を歪めた。
「私ではないという弁明に、何の意味があるというんだ?」
この言動、態度から見て、あの所業が彼でない事は察せられるが、あれを見て他の森族の戦士達やあのドルムント族長が許すわけがないのは、まだ浅い付き合いでしかない自分にも分かる。
彼らにとっては誰がやったかではなく、この砦の人間がやった事には変わらない。
そして彼はこの砦の人間、そして丸投げされたとはいえ、この砦の責任者でもある。
「……それにバッカ中尉に指揮を委任された立場の私が逃亡や捕虜などになれば、私や部下の家族にどんな咎がいくか分からない。私は魔族と──魔王と戦い、討たれる必要がある。帝国に占領されるというのは、そういう事だ……」
そこまで言ってからアルクはニヤリと口元を歪め、こちらを睨むように視線を上げる。
「約束は果たして貰うぞ、魔王シン。違えれば黄泉より這い出て、貴様の喉笛に喰らいつく!」
アルクはそう言うやいなや、手に持っていた小刀を自身の喉に突き立て僅かに苦悶の声を漏らす。
自分はその光景に思わず眉を顰め、顔を歪める。
彼が身に纏っていた軽鎧が赤く鮮血に染まり、周囲の地面に赤い血溜まりができていく。
そうして物言わぬ姿になったアルクは、まるでお辞儀するようにその場で蹲るように伏せる。
止めようと思えば止められた筈だ──だが、止められなかった。
命を賭して部下達を見逃す事を約束させようとする彼の決意を、自分が止められるのかという思い──否、迷いが脳裏を過り、一瞬の判断が遅れた。
彼は人間の中でも話が通じる部類の人間だった事を思うと、惜しい事をしたと思う。
何故なら、魔族と蔑み野蛮な種族という認識の人間であれば、魔族側の自分に対して自らの命を以て配下の追撃を免除する確約を得ようなどと考える筈が無いからだ。
少なくとも自分に対して、約束を果たす程度には信頼を寄せた事の証左でもある。
この約束を反故にしようものなら、本当にあの世から這い出て来て、こちらの喉笛に喰らいつきかねないなと内心でごちりながら、近づいて来るドルムント族長にどういって説得を飲ませようかと頭を巡らせるのだった。
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