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魔王オレ、只今異世界で奮闘中!  作者: 秤 猿鬼
第一部 異世界で魔王
18/24

18話 カドナ砦攻略1

「あの砦を本当に一人で落とす気なのか?」


 担いでいた手荷物をルーテシアに預かって貰う為に手渡ししていると、そこにシグル族長が鋭い視線のままこちらに念押しするような問い掛けをしてきた。


 確かにあの立地の砦を攻めるには身体能力に秀でている森族と言っても難しいだろう。

 だがこちらには森族の至宝である“王の器”と、この濃い氣に覆われた環境がある。


 懸念は幾つかあるが、それでも勝算は高い。

 だがそんな事を今更ここで口に出して説明するまでもない事だ。


「人間のオレの事を心配してくれるとは、ありがたいね」


 自分はそう言ってシグル族長に笑みを向けると、彼はその狼の眉根に皺を深く刻んでこちらを一睨みしてから、小さく鼻を鳴らして視線を逸らす。


 ドルムント族長は自身の獲物である斧槍を抱えるようにして腕を組み、ただ無言のままでこちらをじっと見据えている。


 その姿勢からは一部の隙も無く、こちらが約定を果たすか、それとも違えるかを冷静に見極めようとする様子が窺えた。


「それじゃ、ちょっくら砦を落としに行ってきますか」


 自分はそんな彼らの視線を背中に受けながら、ローブと仮面をきっちりと被り直し、両手に装備した王の器の調子を確かめるようにして砦へと足を向ける。

 身体全体の筋肉を解すように大きく伸びをしながら、標的の砦に視線を向けた。


 砦の上部には見張り台のようなものが備わっており、小さく兵士の姿がここからでも見える。


 今はまだこちらが森の茂みの中に紛れて見つけられていないようだが、森の境界線となっている死者の谷の傍には木々が疎らになっているので、すぐに見張りに発見されるだろう。


 だがここは敢えて真正面から乗り込む。

 それがもっとも効果的な奇襲となる筈だ。


 砦の正面門にあたる入り口は跳ね橋が上がっており、砦への侵入を防いでいる。

 だが跳ね橋は谷の際に造られている訳ではない為、跳ね橋の下に若干の幅が空いていた。


 その幅は目測で一メートルもないだろう。


 普通ならばあの場所に飛び移ったとしても、何ができる訳でもない。

 城壁上から弓を射かけられるなりして、即お陀仏だ。


 そう、普通ならば──だ。


 砦へと近づいて行くと、見張り台の兵士の一人がこちらの姿に気付き、近くにあった警鐘を鳴らそうと木槌を手に取るが、砦の前に姿を現したのが自分一人なのを見て首を傾げた。


 それはそうだろう──砦に一人で攻めて来るような者など今までいなかっただろうし、潜入して破壊工作などするならば見つからずに近づくのが定石だ。


 こちらの意図が読めない兵士は近くにいた別の兵士に声を掛けて、こちらを指差して何やら相談するような姿を見せている。

 それを受けて、一人の兵士が見張り台から姿を消して、残されたもう一人の兵士が一応の警戒としてか、肩に担いでいた弓を構えて臨戦態勢をとった。


 見張り台の高さは城壁と同じくらい、二十メートル弱程だろうか。

 あの高さからならば弓の射程は結構伸びるだろうが、まだ射かけてくる様子はない。


 自分は森の中を散歩するような気楽さで鼻歌混じりに砦へと近づいて行く。


 やがて見張り台の兵士の顔をしっかりと認識できる距離まで近づくと、見張り台の上に先程姿を消したもう一人の兵士と共に、やや身形の整った者が姿を見せた。


 撫でつけた七三の髪形に長いもみあげ、やや肥満気味な体形はあまり前線で戦う軍人といった雰囲気ではない。砦の上級士官か、指揮官か──そんな類の人間だろう。


 その七三のもみあげ男が兵士の指摘にこちらの姿を認めると、眉を顰めるようにしてから兵士の一人に苛立った様子で怒鳴り声を上げた。


「バカか、貴様ら! 傭兵の連中は既に後方のバララントに引き上げている! あれは、一人のこのことそれを追って来たマヌケな魔族だ! さっさと射殺してしまえ!!」


 そう言って声を荒げるもみあげ男の言葉が、砦から離れた位置にいる自分の耳にまで届く。


 彼の会話の内容から推測するに、傭兵というのは先頃、森族の里を襲った武装した人間の集団の事だろうと考えると、こちらがその傭兵の生き残りかも知れないとあの兵士は判断したのだろう。


 こちらは怪しい仮面と外套を被ってはいても、森族のような顕著な身体的特徴などが無い為、見張りの兵士がそのような判断を下し、上官である男に相談した事は妥当だと言える。


 しかし、当の相談を持ち掛けられた上官の男は、こちらの素性の確認を取るような事など一切考慮に入れず、問答無用で攻撃するようにと兵士らに命令を下した。


 兵士らは若干の戸惑いの様子を見せるが、すぐに命令を実行するべく弓に矢を番えて、その狙いをこちらへと向けて矢を放ってきた。


 短く、空を切る音共に、矢が放物線を描いてこちらに目掛けて飛んでくる。

 だが飛んで来た矢の数は数える程──狙いの筋はなかなかのものだが、それが却って矢の軌道を読み易くしているとも言えた。


 射かけられた数本の矢を僅かな身の捻りで避け、矢が背後の地面に突き立つ。

 兵士らに一瞬のどよめきのような声が上がるも、もみあげ男がすぐに声を荒げて二射目を射るようにと命令を発すると、先程よりも見張りの兵士達の数が増し、飛んで来る矢の数も増えた。


 それでも銃弾を避けるよりも容易なのは変わらない。

 二射目も危なげなく避け、相手が三射目の矢を番えようとするタイミングで砦に向けて駆ける。


 こちらが明らかな動きを見せた事によって相手側の兵士達に少なくない動揺が生まれるが、それは願っても無い好機でもあった。


 駆ける速度を上げると三射目の矢が飛んで来るが、それはこちらの速度を考慮せずに放たれた為に遥か後方の地面に突き刺さる。


 兵士達は慌てて四射目の矢を矢筒から取り出そうとするがもう遅い。


 既に砦前の死者の谷まで迫っていた自分は思い切り地面を蹴り、谷の上を飛んでいた。

 谷の深さは想像していたよりも深く、高さは五、六十メートルもある。


 谷底には水が溜まっており、その上をキラキラと虹色の光を反射させている半透明の空怪魚(サリアティラーズ)の魚群が回遊している景色が見えた。


 極度に濃い魂源(マナ)がたちこめているという点を除いても、この谷を底まで下りて再び地上まで上って来るのは至難である事が容易に窺える。


 谷幅もこの砦の建っている場所以外は優に十メートル以上も開いており、今のように簡単に飛び移る事はできないだろう。


「砦に魔族が取りつきました!」


 こちらが谷を飛び越えて跳ね橋の下に空いた僅かな隙間に着地した姿を見て、見張りの兵士の一人がそんな報告の声を上げるが、同じくこちらの様子を見ていた上官のもみあげ男が声を荒げた。


「見れば分かる! さっさとあの魔族を射殺せ!」


 もみあげ男がそう言って命令を下すが、見張りの兵士達は一斉に困惑した表情になる。


 それもそうだろう、この砦は谷の両岸がもっとも接近している場所を出入り口として跳ね橋を置き、他は壁を築くように谷の際にまで城壁が迫っている。


 砦の入り口である跳ね橋──その両脇にあたる見張りの兵士達が建つ城壁は入り口部分よりも凹んでいる為、こちらが立っている場所は角度的に弓で狙えない位置なのだ。


 そこへ別の指示を出す声が砦の中より聞こえてきた。


「慌てるな、魔族は一人! 真上から石を落として谷へと落とせば問題ない!」


 その声を聞いた兵士が慌てた様子で見張り台から顔を引っ込める。

 おそらく落石を用意しようというのだろう。


 だが、それも遅い。


 跳ね橋の下、谷と門を塞ぐ太い鎖で繋がれた重厚な木と鉄でできた壁の隙間はおおよそ一メートル程だが、これだけのスペースがあれば何の問題もない。


 僅かに足を開いて構えを取り、右手を握り込み、息を整えるように長く息を吐き出しながら拳を後ろへと引いて身体を捻る。

 右手に装備した“王の器”を介して周辺の氣──魂源(マナ)を引き込み練り上げていく。


 その際に自身の身体の内外を強大な氣脈が渦巻き、踏みしめた足先の地面が漏れ出た氣によって細かく砕け始める。

 目の前に立ち塞がる頑丈そうな跳ね橋の構造体に狙いを定め、思い切り拳を突き出した。


【龍氣道・崩山点衝】


 練り上げた膨大な氣は、内氣で賄えば今の自分では一撃で力尽きてしまう程の氣力だ。


 その強大な氣が放たれた右の拳に乗って跳ね橋に激突──解放された爆発的な氣の膨張が見上げるような大きさの跳ね橋を文字通り吹き飛ばし、木端微塵となった残骸が砦内へ爆風と共に叩き付けられて、辺りに腹に響くような激突音が生じる。


 その砦攻略の狼煙となった爆音は、森閑だった森の木々をも騒めかせた。


「はっ、分厚い壁がまるで障子のように穴が開きやがる。景気づけに派手にぶちかましたが、調子に乗ってると砦が一瞬で瓦礫の山になりそうだな、くく」


 自分が先程放った一撃の威力が未だに信じられずに、自身の気が昂っているのを自覚する。

 自らの右拳を開き、また握り込んで調子を確かめ、異常がない事を確認してから正面を見据えた。


「さて、森族の反撃だ」


 自分は小さくそう呟き乾いた下唇を舐め、今や壁の無くなった砦の正面門を悠々と歩いて潜る。

 砦内は既に恐慌状態にあった。


 先程の一撃で吹き飛んだ跳ね橋の残骸が直撃した者達に駆け寄る者や、腰を抜かして逃げ出そうとする者に何が起こったのか呆然自失となっている者、轟音に慌てふためいて屋内から飛び出て来た者などが口々に何事かを叫び、騒然となった砦内は混乱の極みにあった。


 既に状況を正確に判断できる者が殆どいない状況になっているようだ。


「誰か来てくれ! 瓦礫に挟まれた奴らを助け出せない!!」


「魔族だ! 魔族の襲撃だ!!」


 そんな混乱の状況を眺め渡し、自分は僅かに眉間に皺を寄せる。

 どうやら先程の一撃は少々威力が出過ぎたようだ。


 向こうから先制攻撃を仕掛けてきたとは言え、計画としては派手に力を見せつけて登場し、士気の低下した兵士らを砦から追い出すのが狙いだったのだが、開幕早々に大きな損害を与えてしまった事で少し状況が流動的になりそうだ。


 否、ここで言い訳をするのは止めるべきだな──。


 自分は既にあの選定の神殿で自分の意思で人間側に弓を引いたのだ。

 人間の敵としてここに立っている以上、彼らに同情など示している状況ではないだろう。


 小さく息を吐き出し、意を決して正面を睨み据えると、頭上から男の金切り声が響き渡る。


「何をしている! 早く侵入してきた魔族を殺せ! たったの一匹、さっさと取り囲んで殺せ!! 一匹の魔族風情に砦の侵入を許すなど、皇帝の御名を汚す行為だぞ!! 万死に値する!!」


 耳の奥にギャンギャンと響く声の主──不快な声の主が居る方角を振り返れば、砦の城壁からこちらを見下ろし、指差すようにして命令をする男が一人。

 先程、見張りの兵士に命令を下していたあのもみあげ男だ。


 どうやら砦の指揮官で間違いないようだな。

 あれを黙らせてしまえば兵士達の統率も乱れ、壊走するに違いない。

 正直、あの男に砦の統率に寄与できるとも思えないが──。


 そんな考えを巡らせて、相手のもみあげ男を見上げるように睨み据える。

 するとこちらの気配を察したのか、男はひっと短い悲鳴を漏らして城壁から顔を引っ込めた。


「死ねぇぇぇ!!」


 そんな男の様子に気を取られていた事を好機と捉えたのか、背後から二人の兵士が槍を突き出して襲い掛かってくる。

 しかしこちらに向けられたあからさまに発露された殺気でそちらを見ずとも動きは見えていた。


 瞬時に反転し突き出された槍の一本を受け流し、もう一本を肘で砕き折る。


「なっ!?」「なんなんだ、コイツ!?」


 兵士の驚愕する表情を余所に、そのまま滑るように身体を回転させながら間合いを詰め、一人の顔面を打ち据え、もう一人を回転の遠心力を乗せた蹴りで反対側の城壁へと叩き付けた。


 二人に兵士はそのままピクリとも動く事無く、その場に崩れ落ちる。


「悪いがこの砦は今日限りで明け渡して貰うぜ」


 そう言って自分はこちらを遠巻きにしながら武器を構える兵士達を見回す。

 こちらを警戒してなのか、互いに顔を見合わせる様子を見せて攻撃を仕掛けるかどうかを躊躇っているように見える。


 そんな兵士達の態度に業を煮やしたのか、もみあげ男が城壁から顔を半分だけ覗かせながらいきり立つような声を上げてさらなる命令を下す。


「たった一匹に何を手こずっている!? アルク、さっさとその魔族を殺せ!! 貴様の仕事だ!」


 命令するだけで自身は隠れて姿を見せない指揮官、こんな奴が守る砦に今まで手も足も出なかった事をドルムント族長あたりが知れば、激高しそうだなと件の男を睨む。


 指揮官の男はそんなこちらの動きよりも先に再び頭を城壁の影へと引っ込めていた。

 そうこうしている内に再び背後で複数の殺気が生じてそちらに意識を向ける。


「放て!!」


 誰かのそんな指示の声と共に、今度は周囲から幾つもの矢が狙いを定めて飛んできた。

 飛来する矢は等間隔でこちらを確実に仕留めようとする統率された意思を感じる。


 弓矢程度ならば【龍翠氣鱗】で全身を硬化させれば避ける必要もないが、せっかくの包囲戦なので、王の器で以て他の技を試すのも悪くはないだろう。


 両手の“王の器”に意識を集中し、一気に周囲の氣を吸い上げて体内で圧縮する。

 そうして矢がこちらに突き刺さる寸前に、圧縮した氣を全身から解き放つ。


【龍氣道・龍咆天震】


 砦内の大気が自分を中心に一気に膨張し、爆風にも似た衝撃波が四方から飛来した矢を全て弾き返し、その余波で周囲に居た兵士の悉くを吹き飛ばした。


 今の技は飛来した矢を弾き返す事を目的として放ったつもりだったのだが、またもや威力が少々強かったようで、やはり実践で感を掴んでいくしかないだろう。


 この技は氣を全方位に向けて放つという膨大な外氣を取り込めて、はじめて生きる技だ。

 本来は多数と戦う際に周囲の相手に向けて衝撃を当て、その生まれた隙を突いて次の攻撃に繋げるのが本来の技の用途なのだが、この威力ならば乱戦を一気に制圧する事も可能だろう。


 ただ四方への無差別攻撃になるので、使える場所は限られてくる。


 砦内部にある広場の中で立っているのは中心に立つ自分と、盾を構えていた少数の兵士らだけだ。

 残った兵士達も、自身が目にしている光景を信じられないといった様子で驚きを隠せないでいた。

 そんな中、一人の兵士の報告が砦内の空気をさらに緊張させる。


「バッカ中尉! 破壊された門の向こう側の森にも複数の魔族の姿が見えます!!」


「な、なんだと!? ひぃぃいぃぃぃ!!」


 頭上の方であのもみあげ指揮官──バッカ中尉の引き攣ったような声が響く。


 先程の【龍咆天震】で生じた際の轟音で、森に潜んでいた森族の戦士達が様子を覗きに来たのかも知れない。もう少しこの砦で遊びたかったが、城門をぶち破られ、こちらに後続がいる事を知った彼ら人間の士気がもつかは怪しい。


「ア、アルク! 貴様はそこで魔族共の侵攻を全力で阻止しろっ!! これは帝国皇帝の命と同義である事を忘れるなよっ!!」


「お、お待ち下さい、バッカ中尉!」


 砦の指揮官と思われるバッカ中尉と呼ばれた件のもみあげ男は、周りの取り巻き連中と共にそんな命令を下した後、自分達はバタバタと煩く足音を立てながら一目散にその場を離れて行く。

 十中八九、逃げたのだろうという事は、この場の誰もが感じた事だろう。


「今日は厄日だな。これ程の魔族がまだ存在するとは……」


 そんな中で、砂埃の舞う奥から姿を現したのはがっしりとした体躯にやや薄汚れた軽鎧を纏い、少々年季の籠った大槍を携えた、どこか歴戦の傭兵を思わせる男だった。


 金髪の癖毛に精悍な顔つき、頬には大きな刀傷の痕があるが、その男の魅力が損なわれた様子は一切なく、泰然自若とした様は動揺する兵士達とは一線を画する。


 兵士の多くもそんな彼を信頼してか、浮足立った雰囲気が収束する気配を見せた。


「アルク大尉!」「大尉!」


 現れた男──アルクにそんな視線と声を掛けるのはいずれも彼同様に薄汚れた軽鎧を身に纏った者達が中心で、むしろしっかりとした装備を身に纏った兵士達から向けられている視線はどこかやっかみのような感情が覗いている。


 あのもみげ指揮官が命令を行ったアルクというのは目の前の彼の事のようだ。

 どうやら砦内にも派閥のようなものがあるのだろう。


 当のもみあげ指揮官の方はと言えば、先程の命令以降、城壁からも気配が消えている。

 目の前のアルク大尉とやらを殿に、先に砦から脱出する腹積もりだな……。


 どちらにしても、目の前の男を下せば実質この砦は落ちるだろう。


「私はこのカドナ砦の指揮官補佐を務めるアルク・ソーン。しがない下士官風情ではあるが、上官の命令により、あんたをここで殺さないといけなくなっちまった」


 そう言って彼──アルクは携えていた大槍を手慣れた様子で振って構える。

 その動きから、随分と手練れの槍使いである事が窺えた。

 こそこそ逃げ出すような奴を追いかけても何の面白みも無い──それよりも目の前の男と戦り合う方が何倍も楽しめそうな雰囲気だ。


「下士官? 大尉ではないのか?」


 自分はそんな彼に対して構えを取りながら、疑問に思った事を口にする。

 それを受けて、アルクはやや自嘲めいた笑みを浮かべて小さく肩を竦めて見せた。


「元大尉だ。帝国に占領された元王国の、な。まぁ、あんたら魔族には興味のない話だろ?」


「……いや、大いに興味をそそられる話だな」


 アルクの話題を聞き、自分は僅かに構えを落として相手の顔を見据える。

 彼は今、帝国に占領されたと言った。


 つまりこの砦はその帝国の所有という事だ。

 そして目の前の男はその帝国に占領された元王国の軍人──彼を大尉と呼んで信頼を示す者達も同様に同じ王国の出身者なのだろう。


 ではこの砦内の派閥は、帝国兵と元王国兵といった所か。


 やはり人間側の支配体制が大きく変動し、結果として森族の治める森へと侵攻する勢力が出てきたとみるべきだろう。これは思った以上に彼から色々と聞き出せそうだ。


 そんな思考を巡らせていたこちらの様子に、アルクは意外そうな顔を向けてきた。


「あんた、本当に魔族なのか? 外套に仮面とえらく奇抜な格好だが、身体は人間のようにしか見えないが……何者か聞いて答えて貰えるものかな?」


 彼のその問い掛けに、自分がまだ名乗っていない事に気付く。

 何者か──森族の中でもまだ特にこれといった役割もない自分ではあるが、そんな事を人間側の彼らに説明する事情もない──となれば分かり易い認識でいいだろう。


 自身の両手に嵌まった“王の器”に視線を落とし、僅かに逡巡してから口を開いた。

 森族の“王の器”の担い手──それを人間側の表現で言うのならば──、


 そう考えを纏めると、“王の器”から周囲の氣を取り込み、全身に練り上げた氣を纏い【龍翠氣鱗】を発動させ肉体を硬化──その肉体の見た目はみるみると硬質な龍紋の浮き出た翠色へと変化する。


「人間側の表現で言えば、魔族の王──魔王シンとでも名乗っておくかな。ハハっ」


誤字、脱字などありましたら、感想欄までご報告頂ければ幸いです。

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