【49話】欠陥作戦、本番。 その2
お茶会は立食形式だから、比較的自由に動けると踏んでいたのに。
まさか、王子の婚約者候補令嬢&その取り巻きゾーンがあるとか聞いてない。
目の前の光景に絶句してから、溜め息を周りにバレないように吐いた。
現在私が居る場所は王宮敷地内、大庭園。
お城へと続く最初の門を潜った先にある場所だ。
分かりやすく言えば来客とか催しごと専用の場所で、この庭園を通った先に次の門があって、その先に王宮があると言う2段構えになっている。
ツェルがいつも居るのは第2門を通った王宮内の方で、私達使用人も普段は裏門を使うから、通常はこっちの大庭園は勿論、大門にも来ない。
あくまで王宮の外から来る人に向けたスペースだからこそ、中の庭園よりも絢爛豪華だし、庭師も頻繁に手をかけている。
ただ珍しい植物だとか、王族の人達の誕生花とかは全部中の庭園にあるみたいで、こちらには一般的に見栄えのいい花しか咲いていないのが少し残念ではあるのだけれども。
お茶会の会場は、大庭園の中でも特に開けた場所に用意された。
昼なだけあって人混みってほど人は居ないし、この時間の客人の対応とかは、レイとツェルの王子2人に任せているのか、王様らしき姿も見えないし、年配の王族なんかも居ない。
恐らく別の場所で、着席形式のお茶会をやっているのだろう。
その証拠に、警備に当たっているのはアストリットが所属している王衛第二騎士団の人達で、第一騎士団の制服を着ている人達は見掛けていない。
だからだろうか。割と空気に緩さが混じっていた。
そんな私の視線の先には、エリーをぐるっと囲むように、明らかに身分が高そうなお嬢様達で出来た円。
エリーが庭園に来た瞬間に、練習でもしていたのかってくらい瞬時にこの円が誕生したから、あれを目撃した時は度肝を抜かれた。
ちょっとした軍隊だと思った。それぐらいに一瞬だった。
ちなみに、ちょっと離れた所にも別の円が出来ている。
この円の形成材料も勿論、どこかの貴族の娘さん達だ。
この貴族の娘さん達は大変だと思う。
夜の舞踏会が本命とは言え、昼のお茶会にも気合いを詰め込みすぎて、いっそ強者が醸し出すオーラが見えそうなくらいに、豪華なドレス、髪型、化粧etc.
そんなお嬢さん達で形成された円は、それはもう目立つ目立つ。
さっきと違うのは、中心がエリーじゃなくてレイだってことくらい。
ちゃんと第1王子として、次から次へと話しかけてくるご令嬢達を、にこやかな笑顔で対応しているあたりやはりレイは腐っても王子で、その辺は素直に関心した。
じゃあもう1人の王子様はどうかって言うと、
「シャッテン様、ご機嫌麗しゅう」
「え?!あ、嗚呼」
ご令嬢に話しかけられる度に、毎度毎度「え?俺?俺に話しかけてるの?」みたいな、若干挙動不審な反応をした後に、会話が続かなくなったのか気まずそうな沈黙をひたすら繰り返しています。
「(このコミュ障さんめ!)」
しかもレイと自分を比較した時に、勝手に自己評価を落としがちなネガティブくんでもあるから大変だ。
その反応に困ったのかご令嬢は、愛想良く会釈をしてツェルの元をそそくさと去っていく。
そんな光景を、僅か数分で両手の指が足りないくらいには見た。
そろそろ苦笑いのしすぎで、表情筋が吊りそうですらある。
どうか勘違いしないでくださいご令嬢方。
これでも彼は乙女ゲームのメインヒーローなんです。
つまり、ときめかせる時はときめかせる(やる時はやる)男なんです。
但し、自分が心を開いて好いた人-主にヒロインとかヒロインとかヒロインとかヒロインとかに対して限定ですが……。
居心地悪そうな雰囲気を作り出してしまった人は、恐ろしく空気が読めない限り、同等かそれ以上に気まずくなるもの。
ツェルはきっちり空気が読めるタイプではあるので、不自然にならない程度に視線をさ迷わせて何かを探し始めた。
背中は完全に「困ったなぁ……」と言っている。
そんな状態のツェルがどうにも可哀想になったので、私は第2王子見守り隊を早々に脱退して、それとなくツェルに近付いた。
「殿下」
「え?……俺?」
「この距離に居て殿下じゃなく、レイを呼んでいると思えるのは逆に凄いんですけど……」
「えっと、君は……」
後ろからツェルに話しかけると、自分のことを指差して、自分に話しかけているのか律儀に確認する頭が振り向く。
その顔は疑問の色に埋め尽くされていた。
何故?
まるで初対面の時に向けられたあの呆れた目を、外面用に修正し直した視線を向けられ、私もツェルと同じように困惑する。
「……ごめん失礼だとは思うんだけど、」
「はい」
「親しげに話しかけてきてくれたところ悪いんだけど、その……君どの家の子?」
「はい?」
遠回しに「初対面なのにグイグイ来すぎじゃない?」と言われ、思わず返答が疑問符になってしまった。
庭園で初接触した時には、そんなこと全く言われなかったのに。
今が初めましてどころか、さっき会ってアイコンタクトを交わしすらしたのに、何故か知られてるけど知らない人の反応をされるじゃないか。
「いや、殿下私ですよ私」
「えっと……」
ほんのちょっと前まで認識してくれてたのに、応接間からここに移動するまでに世界線変わったのか?ってくらい、ツェルが私のことを把握出来ていない。
「(もしかして急にシナリオ強制力働いた?)」
シナリオの時間軸じゃないけれど、流石にきっかけになりそうな事件の妨害しようとしてるのが運命とやらにバレた?
そこまで思ったところで、
「あ、」
私は気が付いた。気が付いてしまった。
「(自動お着替え機能のせいか!!)」
応接間からお茶会会場に移動するまでに、私は確かに自動お着替え機能を使って、使用人から下級貴族令嬢に変更した。
まさかのあれが、何故か今回は正常に働いている。
いや、これが正常なのか分からないんだけども。
感覚的には着替えてるだけだし、見た目がガラッと変わったと言っても服くらいだし。
そもそも下級貴族令嬢くらいじゃ、相変わらず目もCv.も無いし。
と言うかレイには、初手のパン屋の店員から量産型モブに変えて逃げた時以降。
もしくは成り行きと偶然で「ナイ」だと白状してから、どの職業になっても「ナイ」だとバレている。
だから着替えるだけで別人認定される、この謎の付属効果をすっかり忘れていた。
「どうしよう……ナイですナイ。って言えば分かります?」
「ナイ?!」
「わ、ちょっ、声が大きいです!」
「あ、ごめん」
私はナイですよーっと。
いや、名前ナイってまだ受け入れていないんだけども。
こんな人の目の多い場所で、堂々と自動お着替え機能を発動する訳にもいかず、殿下の知っている使用人のナイですアピールをひたすらしたら、分かってくれた変わりにそれはもう驚かれて危うく不必要に目立つところだった。
肝が冷えるじゃないか。
「本当にナイなのか?」
「嘘ついてどうするんですか」
声のトーンを小声に切り替えてくれたツェルに合わせて、私もひそひそ話に変える。
これで周りから見れば恐らく、下級貴族令嬢と雑談を交わす第2王子になっている筈だ。
「と言うか自分が贈ったドレスくらい覚えててくださいよ殿下」
そう言って私は、自分の今着ている水色のドレスを指差す。
細かい刺繍が散りばめられた、見るからに高そうなドレス。
事前にこれを用意して私の部屋に送り付けたのは、何を隠そうシャッテン・スティロアビーユ第2王子殿下その人だ。
まぁドレスをわざわざ用意して貰ったのにも理由がある。
「エスコートする時すぐに分かるようにって話でしたよね?」
「他の令嬢に協力してもらったのかと思って」
「そんな協力者が居るなら、殿下の「面白いから今年のエスコート相手婚約者候補以外から選ぶよー」って冗談に頭下げてお願いしたりしてないです」
「待った、俺そんなアシュレイみたいな言い方してないぞ」
「脳内補正です」
「直ちに修正してくれ……」
ツェルがげっそりしながらそう言って、私は半分にやけたまま頷いた。
毎年ツェルはエスコート相手を変えているけれど、今年は婚約者候補外から選んでもいいかもしれない。
そんなツェルの冗談をその時は断ったと言うか、エリーとあの執事の修羅場に遭遇して、結局なあなあになってしまったままでいた。
その提案を後日「やっぱりお願いします」と私から頼んだ時、ツェルは特に何も言わずにすんなりOKしてくれた。
これがレイだったら、
『な〜に〜?やっぱナイも舞踏会に興味あったんだ〜』
とかなんとか、からかいの言葉をひとしきり浴びせられたのだろう。
「あ、そうだ殿下。このドレス用意してくださってありがとうございました」
お礼を言って私が頭を下げると、
「ん?嗚呼、どう致しまして。よく似合ってるよ」
と、幾分か優しい視線が返ってきた。
正直に言ってしまえば、突貫工事でなんとかそれらしい形にまで持ってこれただけであって、似合っているかの話で言えばそうでもない。
そもそも貧乏パーマだし。
辛うじて下級貴族のご令嬢に見えそうにまでなれたのは、それはもうツェルが用意してくれたドレス効果である。
「ほぼドレスに着せられてますけど、ありがとうございます」
「そんなことは無いと思うが……まぁいい。それで、この後本当に作戦通りになるのか?」
ツェルが気持ち近付いて聞いてきたそれに、私は躊躇わずに頷いた。
「その確信も、悪役は〜って言うあれ?」
「そうです。信じにくいとは思いますけど……」
「自分の目で見ない限りは、俺はどんな事でも半信半疑だ。例えそれが証拠の全部揃った完璧な物だとしてもね」
「そうですけど」
「ルヴァッゲーダ侯爵もあの執事もちゃんとここに来た。今はとりあえずそれでいい。ナイが優先したいのは、俺に信じられる事よりもエリーを助ける事。だろう?」
「はい」
舞踏会の準備が始まってる最中に秘密の会合を開く。
それだけで私は舞踏会当日に絶対仕掛けてくると確証したけれど、この世界で生きているツェルにそれを伝えることは出来なかった。
それはまだ、私がゲームとして世界を見ているから。
言葉を交わしても肌で触れても、ここはゲームの中だと言う意識が消えないのは、要所要所で突き付けられるモブとしての自覚だ。
「私は予定通りこれからエリーの所に行ってきます。殿下はあの人達のどちらかが接触してきたら、そちらをよろしくお願いします。囮みたいと言うか囮なんですが、あの二人が私の方に来ることは絶対無いので」
「その辺は大丈夫だ。上手く話だけで纏まるといいけど」
「流石に王宮の敷地内で大暴れはしないかと思います。エリーの選択が分かり次第、私もすぐにそちらに向かいますが、危なかったら作戦放棄してすぐに逃げてくださいね」
「分かった」
「それでは、また後で」
ツェルと話し合って決めておいた、これからの動きを再確認してから、私は軽くお辞儀をしてツェルの傍から離れる。
沢山のご令嬢達に囲まれたエリーは、哀しそうな目を隠して笑っていた。




