【46話】穴あきだらけの欠陥作戦 その2
気が付けばいつも、あの腕の中に居る。
まるでそれが当たり前かのように。
天敵とまではいかなくても、私が最も警戒しなくちゃいけない人。
それが、アシュレイ・スティロアビーユと言う名の人間なのだ。
けれど、自分ではどうしようも出来ない感情に飲まれそうになった時、傍に居たり迎えに来てくれるのもまた、この第1王子様なのだ。
「まだ平気……まだ大丈夫」
そっと口に出した言葉を使って、私は自分自身に暗示を掛けている。
私はまだ無関心で鈍感なままで居られる筈だ。
どれだけこの世界が色恋沙汰中心に動いている乙女ゲームだとしても、たかがモブの恋愛模様にまで、運命は手を出して来たりなんてしないのだから。
「私はヒロインじゃない」
間違っても勘違いを起こして、自分があたかも主人公であると錯覚しないように。
私は今日も言い聞かせるのだ。
所詮私は、背景の一部に過ぎないのだと。
レイだけじゃない。
この世界を生きるキャラクター達は、どいつもこいつも心臓に悪すぎる行動を取ってくる。
ツェルだってそうだ。
たかが使用人の言うことを、ちっとも疑おうとしないんだから。
それがツェルの本来の素質である、優しさから来るものだってのは知っている。
その優しさに、私は漬け込んで甘えようとしてるのも自覚済みだ。
こうやって1つ1つ、箱に入れて鍵を掛けて厳重に閉じ込めておかなきゃ、私だって時々、モブにしては有るまじき考えを起こしてしまいそうになるじゃないか。
「分かってる。だってここは乙女ゲームの世界。大好きでなかなか手放せなかったゲームの世界なんだもの」
今考えなきゃいけないのは、"私"のことじゃなくて、どうしたらエリーを助けてあげられるのか。
私はもう一度ステータス画面を開く。
レイに慰められる前に、新しく見付けた私の切り札。
何回確認しても、相変わらず"それ"はそこにあって、何がきっかけなのか分かりもしなかったけれど。
「いける……これがあれば、エリーの力になれる」
そうして私はまた、あの優しい黒の王子様に、新しい作戦を伝えに走ったのだ。
◆
舞踏会の準備の合間にしか、私は動くことが出来ない。
日に日に自我のあるモブが王宮に増えていってる気がするから、その分自由度も低くなるのもモブならではだ。
毎日どんどん仕事量が増えていく中で、私はやっと取れたお昼休憩を、やっぱり例の庭園に行くことに使っていた。
「あ、居た!殿下ー」
「ナイ?」
私が駆け足気味で近寄ると、今日は四阿に座って本を読んでいたらしいツェルが顔を上げる。
初接触が薔薇の木の下に頭突っ込んで寝ていると言う、モンスターもどきのインパクトが未だに強いツェルだったけれど、あー言う風に変な場所で寝ていること自体がどうも稀だったらしく、通常運転はただ普通に寝ているか、どっかで日向ぼっこしているか、今みたいに本を読んでるかのどれかだ。
まぁ庭園で、ひたすらだらだらしてるって点だけはずっと一緒なんだけど。
「いつからここに居たんですか?」
「え?嗚呼、たぶん3時間前くらいからだと思う」
「3時間?!飲み物持って来ましょうか?!」
「いい、喉乾いてないから」
「でも流石にこの気温ですよ?熱中症になっちゃいますって」
「まぁその時はその時でしょ」
へらっと笑ってそう言うツェルに、私は大袈裟なまでに溜め息を吐いた。
季節は夏では無いにしろ、気温は充分に高い。
こんな暑さの中、いくら屋根がある場所に居るとは言え、水分補給のひとつもしないのは危険極まりないだろう。
「ちょっと待っててください。飲み物持ってきます」
「いらないって」
「殿下はいらなくても私はいるんです。なんせ私は今やっと休憩に入ったばかりですし、それに」
「それに?」
「それに……ちょっと長い話がしたいので」
「長い話?」
「エリーのことです」
「嗚呼!分かった」
一言で察してくれたツェルに軽く会釈をして、私は飲み物を取りに走った。
◆
「あれから俺も色々考えてはみたんだけどさ」
「はい」
明らかに安っぽい、木で出来たコップを口元に運んだツェル。
職業王子様のツェルには物凄く似合わない食器だけど、王族が使う食器が置いてある場所なんて知らないし、もしも知っていたとしても、持って行く時に色々説明しなきゃいけないだろうから、私は使用人用の手軽に持ち出せるこれにしたのだ。
どう見ても使用人専用なのに、ツェルは文句のひとつも言わなかったから、私は素知らぬ振りをしている。
きっと他の自我のあるモブにでも見られてしまったら、大目玉だと思う。たぶん。
「やっぱりエリーとあの執事、2人纏めてなんとかするには手札が少ないんだ」
「1人ならいけます?」
「執事の方ならね。エリーは無理。公爵令嬢だから、黙って外に出すことも困難だと思う。それにこの時期だ。エリーは舞踏会の準備とかで当日までは王宮に来ないだろう」
「例えばですよ、殿下」
「うん?」
「仮にエリーの身代わりが居たとしたらどうなりますか?」
「エリーの身代わり?」
務めて平常心を装って言ったつもりだけれど、内心はビクビクしている。
普通に考えて有り得ない手札を、私は今から提示しようとしているのだから。
「身代わり……身代わりねぇ」
「はい」
「そりゃあエリーの身代わりが居れば、かなり作戦は実行しやすくなるだろうけどさ」
「はい」
「用意するのなら、エリーそっくりそのままの人を連れて来なきゃ無理だ」
「近くで見てもバレないくらいのですかね」
「うん、そのくらいのそっくりさんが居るのならって話だけど」
至近距離で対峙しても、分からないくらいエリーとそっくりな人物。
そんな人が居たとしたら、きっとすぐに噂になっていただろう。
現段階、ヴァーレン公爵令嬢と見た目が瓜二つの人間の噂は届いていない。
王宮は噂の出回りが比較的早い。
今の時点でその話が出てこないのだから、エリーに似た人を探して身代わりを立てる。
そんな作戦は不毛にも程があるのだろう。
それを察してかツェルは、非常に困った顔をしながら、私にどう伝えるか考えあぐねているようだった。
私は事なかれ主義だ。
細かいスケジュールだって立てない。
人生のほとんどを成り行きに身を任せて生きてきた。
その結果が、トラックに突っ込まれて死ぬ。ベタな死に方だったけれど。
そんな人生でも、勝算の全くない勝負に賭けようとしたことは無い。
まぁ裏を返せば少しでも勝ち目がある勝負は、誰も手を出さなくても挑みがちなんだけども。
今回のことだって、エリーを助けられる可能性が全く存在しなかったから、私は一度諦めた。
勝てない物事に挑んだところで、あらゆる方面に迷惑を掛けてしまうだけだからだ。
けれども、だ。
けれども私の元に、なんとかなる確率を数パーセントだけ蓄えた手札がやってきた。
それを見逃してあっさり捨ててしまう程、私は世界を真面目に歩いてなんかいない。
だから。
「もし、連れて来れたらどうしますか?」
「エリーの身代わりを?」
「はい。もし、誰がどう見てもエリーと思うくらい似ているのに、エリーと全く違う人間を、連れて来られたらどうしますか?」
「そんなことが可能なのか?」
「殿下」
ゆっくりとツェルを見れば、同じように視線を合わせてくれる。
深呼吸をしたことで、私の中の決意がしっかりした。
「この世界には魔法があるんですよ。なんにも無いところから、なんでも生み出せる。そんな奇跡みたいな力が」
そう言った私の目の前には、ステータス画面の職業欄が現れていた。
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【職業】王宮使用人▲
【所持職業】
・国民
∟この職業に変更可能です。
[変更する/変更しない]
・パン屋の店員
∟この職業に変更可能です。
[変更する/変更しない]
・王宮使用人
∟現在この職業に設定中です。
・下級貴族令嬢
︎︎ ∟この職業に変更可能です。
[変更する/変更しない]
︎︎ ⚠︎特殊スキル[名称讓渡権]所有者に
︎︎ 接触しています。
︎︎ 讓渡された場合、上位職業、
︎︎ [光の令嬢:エヴェリーチェ]
︎︎ に変換出来ます。
︎︎ 上位職業に変換しますか?
︎︎ [はい/いいえ](※讓渡後から
︎︎ ︎︎ ︎︎ 選択可能です)
︎︎ ︎︎ ※注意事項※
︎︎ 名称讓渡後の所有者は、
︎︎ 職業が[下級貴族令嬢]に交換されます。
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