【45話】穴あきだらけの欠陥作戦
発端は、数日前に遡る。
私がエリーを泣かせてしまった、あの雨の日だ。
◆
「殿下、ご相談事があるのですが……」
「なに?」
自己嫌悪で泣きそうになるのを堪えながら、未だに私の頭を撫で続けるツェルを見る。
「殿下はエリーが好きですか?」
「それはどう言う意味で聞いている?」
「恋愛として、です」
そう私が聞けば、ツェルは少しだけ困っているような顔をした。
雨は止まない。
ひたすらに降り続く水滴達は、私達の体温を徐々に奪っていった。
「やっぱり答えにくいですか?」
「いや?別にその質問に答えても構わないんだが……」
「はい」
「先に屋根のある所に行かないか?」
そう言われて私はハッとする。
馬鹿正直に雨に濡れたところで、なんの解決もしないどころか、むしろ巻き込んだに近いツェルに風邪を引かせてしまうじゃないか、と。
「ごごごごめんなさい!寒いですよね!」
慌てて謝れば、首を傾げた後に、
「それは気にしていない。ただナイは女の子だから、体を冷やすのは良くないと思ってな」
と、言ってきた。
流石メインヒーロー様様である。
ただのモブですら気遣ってくれる紳士だなんて。
「殿下、絶対幸せになってくださいね」
「急になんだ?」
「なんとなくです」
「そうか」
私はあなたのエンディングを全て見た。
ハッピーもノーマルも。勿論、バッドエンドも。
そもそも【フォーチュンラブ♥アドベンチャー】は、ダサすぎるタイトルに見合わないくらいに内容が重いところがある。
ハッピーエンドに行く過程も重すぎるくらい重いのに、バッドエンドと来たらもう……。
プレイし終わった後数日は、気分がそれはもう落ちに落ちまくった。
それぐらい重い。
辛すぎる結末になる。
だからこの一介のモブの私を邪険にしないで、普通に接してくれる優しいメインヒーロー様に、あんな苦しい思いをして欲しくなんかない。
この世界に転生してから、私の行動理念は常に目とCv.の取得だったけれど、もう1つやろうとしていることがあった。
それは、ツェルやヴァルデにアストリット。
まだ遭遇していない後輩執事くんに、それから私が唯一ルート内容のほとんどを忘れてしまっている……レイ。
攻略対象キャラクター達に、悲惨なバッドエンドを迎えさせないこと。
レイのルートは未だに全く思い出していないけれど、レイは隠れキャラクターだ。隠れキャラクターなのだ。
主要攻略対象キャラクター達全員に、辛すぎるバッドエンドが用意されているシナリオの中で、隠れキャラクターのレイのルートだけ、それが存在しないとは到底思えない。
むしろ隠れキャラクターだからこそ、更に酷いことになりそうですらあるのだ。
現状、私はまだこのゲームの主人公にも出会えていないし、時間軸もゲームの中よりもかなり前。
だから主人公が今後いったい誰のルートに進むのか、把握することすら出来ないのだけれど。
段々と朧気になりつつある記憶の中で、今の内に対策出来ることと言えば。
ツェルにレイの封印をさせない。
その為に、レイを止める。
それだけだ。
見方によっては、ゲームのシナリオを進めさせないようにしようとしていると、そう思われてもあながち間違いにはならない。
シナリオ強制力と言うものが存在してしまうのならば、どれだけモブの私が奮闘したところで、ゲームの時間に追い付いた瞬間に全てが台無しになってしまうだろう。
それくらいに強力らしいのだ、シナリオ強制力と言うものは。
せめてモブでも対抗出来るのか否か、それが分かるまでは、私は足掻けるだけ足掻きたいのだ。
大好きなゲームの、大好きなキャラクター達の為に。
例え、私自身はただのモブであろうとも。
◆
屋根のある所まで移動した私達は、それからまた話を再開した。
「で、エリーが好きかどうかについてだけど」
「はい」
「恋愛と言う意味では、恐らくそう言った感情は無い」
「はい」
「と言うか俺は、人を好きになったことが無いから分からないんだ」
「あ、同じです」
「ナイもなのか?」
「はい」
「じゃあなんで聞いた?」を、目だけで器用に表現しないで欲しい。
いっそ聞いてくれた方がまだ答えやすい。
だから聞いて!と言う私の願望が混じった視線は、どうやら表現力が足りなかったらしく、ツェルに伝わることは無かった。
「いや、あの、その、なんて言うんですかね?」
「あぁ」
「仮に殿下がエリーを恋愛として好きだった場合、私が殿下に相談したいことがそもそも言えなくなる……と言うか」
「その相談内容が分からない内は、俺は何も言えないんだが……」
「ですよね」
「とりあえず言うだけ言ってみたらいいんじゃないか?」
「ですよねー」
そうなりますよねーは飲み込んだ。
私ツェルと話す時に、高確率で「ですよね」を多用してる気がする。
変な口癖が付いてしまった。
「まぁその、ご相談事と言うか、」
「あぁ」
「協力要請に近い話なんですが……」
「前置きはいいから話して」
「はぁい」
コホンと1つ息をついてから、私は頭の中に巡るある作戦と言えるかも分からないような策を提案することにした。
「名付けて、エリーの恋路を応援しようキャンペーンですね」
「…………はぁ?」
「あ、待って待って一気に聞く気無くさないでくださいよ!」
散々ゲームタイトルがダサいだなんだと文句を言ってきたが、私にネーミングセンスがあるかと言ったらそんなものは無い。
さっきまで割と優しげな目を向けてくれていたツェルが、瞬く間に可哀想なものを見る目に変わるくらいには無い。
「手頃な棒がないので口頭で説明しますがいいですか?」
「アンタはなんでそう地面に何かを書きたがるんだ……」
「説明が苦手だからです」
「そう……」
なるべく簡単に、出来れば分かりやすく。
作戦の説明を私は頑張ってツェルに伝えた。
◆
【エリーの恋路を応援しようキャンペーン】とは。
主な内容はタイトルの通り、執事のミトラーに恋をするエリーを応援しよう!である。
別名、天使な主要キャラクターをモブが泣かしてしまった罪滅ぼし、とも言う。
作戦は言葉にだけするのなら簡単だ。
その1、ミトラーの本心&第2王子派の密会にわざわざ参加していた理由を確かめる。
その2、ミトラーの本心によっては、エリーに伝えて誤解を解く。
その3、どうにか頑張ってエリーの正式婚約を阻止したい。そしてあわよくば逃がしてあげたい。
その4、その為にミトラーに協力を頼む。
その5、どうにか頑張ってPart2をして周りを誤魔化す。
その6、ついでに第2王子派の1人か2人潰せたら万々歳だよね☆
で、ある。
これを身振り手振りも使ってツェルに一生懸命伝えてみたところ、
「ナイ、それは作戦なんかじゃない。行き当たりばったりって言うんだ」
と言われてぐうの音も出なかった。
「アンタがエリーの為に何かしたいってのはよく分かったよ」
「……はい」
「だけどそれを実行するには色々無理があり過ぎる」
「ですよね……」
これが現実的な話ではないのは勿論分かっている。
それでも何かをしてあげたかったけれど、特別頭が良くなければ、転生者特典サービスのチート能力も持っていない私には、願望を実現するだけの力が無いのもまた事実だった。
せめてサポート的な神様の声もやっぱり欲しい。
1年に1回だけしか助言してくれない神様でもいいから。
再び落ち込んでしまった私に気を使ってかツェルは、
「まぁ、俺の方でも何か考えてみるよ。舞踏会まではまだ数日残されてるから」
と言ってくれた。
「ありがとうございます殿下……」
私は深々とお辞儀をして……。
ここまでが、あの雨の日の前半の話だ。
これだけだったのならば、私は無謀な穴あき作戦を実行しようとなんてしなかっただろう。
けれど、私はあることに気が付いてしまったのだ。
その後レイと遭遇することになる、あの洗濯場近くの倉庫の中で。




