【44話】舞踏会当日 その3
何が起きたのか。それを一瞬で判断出来る者は、その場に誰も居なかった。
静まり返った会場内。
けれど音が無くなったのもまた一瞬だけで、その内すぐにまたざわつき始める。
いつもあちらこちらで、魔法をこれでもかと発動しまくっているアシュレイ(と言っても最近は気持ち少し程度大人しくはなっていたが)。
そのアシュレイが攻撃手に回らず、むしろ不意打ちで巻き込まれたように見える。
そして両手を前に出して浅い呼吸を繰り返しながら、じっと目の前の第1王子を凝視するヴァーレン公爵令嬢。
誰がどう見ても状況が正確に伝わってきた。
ヴァーレン公爵令嬢が、アシュレイ第1王子を攻撃したのだと。
アシュレイが希少属性の内の一つである、光属性なのは誰でも知っている事実ではあるが、婚約者候補のヴァーレン公爵令嬢もまた、光属性であることはだいたいの人間が知っていた。
希少な光属性同士。
それでもあまり話題に上らなかったのは、単にヴァーレン公爵令嬢が魔法を使用するところを誰も見たことが無かったからだ。
性格だけで言えばまさに生粋のご令嬢。どことなく抜けているところもあるにはあったが、ふわふわした雰囲気は、突然人に魔法をぶつけるようなものでは無い。
それだけに無意識にこう思っていたのだ。
「ヴァーレン公爵令嬢はどんなことがあっても人に魔法で攻撃はしない」と。
それが僅か数秒で覆されたものだから、会場の参加者達の口が再び開くまでにも時間が掛かった。
「取り抑えろ!!!!」
惚けていた騎士の1人がそう声を掛けて、すぐにスイッチが入ったようにわらわらとご令嬢の周りに騎士達が集まる。
「貴女のような方が何故ですかヴァーレン公爵令嬢?!」
光で会場が埋まる寸前、唯一状況に気付き第1王子の名を呼んだヴァルデがそう問いかけるも、ご令嬢は力が抜けたようにその場に座り込んでから一言も発しなくなった。
聞こえているのかいないのか。
下がった頭は、床の一部をぼーっと眺めているように見えた。
数秒待った後に、質問の答えが返ってこないことに気が付いたヴァルデは小さく息を零す。
「あまり貴女にこのような処置はしたくないのですが、状況が状況です。詳しくは牢の中で聞くことにしましょう」
ヴァルデがそう言って目をやると、視線の指示に気が付いた騎士が頷いてヴァーレン公爵令嬢を捕らえようとする。
やり切ったとでも言いたいのか、全くと言っていい程抵抗の意を示さないご令嬢の腕を掴もうとした騎士は、
「待って」
背後から聞こえた、底冷えするような声に身体を硬直させた。
「殿下?」
言わずとも「何故止めるのですか?」の意味を持った目でヴァルデに見られたアシュレイは、1回だけ大きく溜め息を吐く。
「その子に乱暴なことしないで」
「ですが殿下」
「いいから。僕の命令聞けないの?」
「いえ……」
ヴァルデが食い下がる意味も分かる。
何故なら普段がどれだけ傍若無人だろうと、アシュレイはこの国の第1王子。
王国で2番目に地位の高い王子に攻撃をしたとなれば、例え無傷だろうと国家反逆罪に値する。
ましてや舞踏会会場と言うこともあり、目撃者と言う名の証人が数え切れない程居るので、言い逃れすらすることが出来ない。
どうこの王子様を説得して、ご令嬢を一時的にでも捕縛しようか。
そう考えていたヴァルデの目の前で、アシュレイは自分に攻撃した張本人に躊躇いもなく近寄った。
「殿下っっ?!」
これにはヴァルデも再び驚いた声を出してしまう。
「ちょっと休憩してくるよ」
「公爵令嬢と2人で、ですか?」
「うん」
「それはなりません!」
「はぁ……シャル!ちょっと来て」
うんざりしたような、その場で最も似合わない表情をして会場を見渡したアシュレイは、弟のシャッテンを見付けて大声で呼ぶ。
呼ばれた弟の方ことシャッテン第2王子は、嫌そうな顔を隠しもしないでノロノロとアシュレイの傍に来た。
「なに?」
「ここ任せていい?」
「後始末しろと?」
「うん」
「分かった」
実に簡単に、とてもじゃないが兄弟とは思えないやり取りをした2人。
「だそうだ、バル。とりあえずアシュレイに任せろ」
「ですが、」
「相手はあのアシュレイだ。万が一にもご令嬢1人に負ける訳が無いだろう?現にあれだけ至近距離だったのに、擦り傷1つ無くピンピンしてやがる。化け物だな、うちの兄は」
「化け物って、流石にあんまりな言われようじゃない?」
「事実だろ」
「まぁいーや。ほら、立てる?」
未だ座り込んだままのヴァーレン公爵令嬢に、そっと手を差し出したアシュレイは、ほんの少しだけご令嬢の耳に口元を近付けた。
たった一言だけ小さく呟かれた言葉は、近くに居たシャッテンにすら届かなかったが、耳の真横で言われたヴァーレン公爵令嬢は、驚いたように目を見開いてからアシュレイを見る。
ご令嬢のその反応が面白かったのかなんなのか、アシュレイは自分を攻撃した相手に微笑んだ。
「行くよ」
最早同意の音すら出せないのか、無言で頷いたご令嬢は、それからゆっくり立ち上がって前を行くアシュレイの後をついて行く。
後に残されたシャッテン第2王子は、会場の様子をぐるりと1回見回してから、さてどうしたものかと頭を抱えるのだった。
◆
鳴り響く鼓動を抑えるように、胸の前に手を置く。
さっきから心拍数が上がって仕方がないのは、歩いているからでも、魔法を使った訳でもない。
私の前をなんだか楽しそうに歩く全身真っ白な王子様に、言われた一言があまりにも衝撃過ぎたからだ。
正直に言えば、後先のことは何一つ考えていなかった。
思い付きだけで行動するからだ。そんなことは分かっている。
今日の私の行動の全ては、ほぼほぼ博打に近いと言っても過言ではない。
当たるも八卦当たらぬも八卦。そんな運任せでいたことについても。
だから確率的には成功よりも、むしろ失敗する可能性の方が大きかったこと。
それは否定しないで認める。
それでもまさか、まさかなのだ。
欠陥だらけな作戦とも呼べるか微妙な方法だったとしても、内容の大半を伝えて協力を仰いだツェルですら、"この私"に気付いた節は無かったのに。
過去に1回、それもつい最近に。
確かにこの手はこの目の前の人に通用しにくくなっていると、知ったばかりだったとしてもだ。
まさか流石に分かるはずは無いと高を括っていたのに。
「はい、着いたよ。中に入って」
促されて私は室内に入り込む。
客間だろうか?
机とソファーが2つしか無い部屋で、私は白い王子様と対峙した。
心臓の鼓動はピークをとっくに超えていた。
頭の中はパニック1色で塗り潰されている。
「そこ、座って」
言われるがまま、私は指定されたソファーの位置に座って、対面する形で反対側のソファーに座ったその人を見て、私はそれはもう嫌な予感がしていた。
顔を見て分かった。
物凄く、それはもう物凄く。
嬉しそうな顔をしている第1王子様。
この表情をこの人が浮かべる時、めんどくさくないことなんて無かった。
「で、どうしてこうなったのか、説明してくれる?」
「えーっと……」
泳がせに泳がせてから、右の方にある扉に目線を固定させた私の頭の中に浮かんでいたのは、ここに来る直前に言われた言葉。
行き当たりばったりでやり過ぎて、へたりこんでこの後どうしようか、それだけをグルグル考えていた私の耳に、至近距離で届いた言葉。
『何してるの、ナイ』
きっとあの場所で、シャッテン第2王子にエスコートされた名も知らぬ下級貴族のご令嬢が、煙のように姿を消していたことに気付いた者は、誰一人として居ないのだろう。




