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【42話】舞踏会当日/side:ツェル



蛇口から出た冷たい水で、顔を洗った後に鏡を見る。


鼻と口。1番目立つ部分に、目はやっぱり無い。


パッとしない色をした髪の毛を、今日だけは夜の内に三つ編みにしておいて、緩くパーマが掛かっているようにした。


私の始まりはこの姿。


街を見渡して、同じ姿の女の子が沢山居たことで現実を知った。


モブにも人生はあるものだけれど、人生史まで用意してくれるほど簡単な世界じゃなくて、姑息な手を使ってどうにかここまで這い上がってきた。


あの時と違うのは、身に付けている衣服。


細かい刺繍が施されて、見るだけで値の張る布だと分かる水色のドレス。


これ1着だけで、私の1年分のお給金を軽く超えてしまえるくらいの物だ。


前日にこのドレスが入った箱が部屋に届けられた時、私よりも同室のマリーナがはしゃいで、宥めるのが少し大変だった。


「ナイ!舞踏会に参加するのね!」


と言われたから、


「少しだけね」


と返したけれど、きっとマリーナが想像しているようなことは起こらない。


ドレスのお陰で、なんとか見た目だけは下級貴族のような風貌になったのを確認したところで、私は"自動お着替え機能"を使った。


淡い光に包まれた後に、再び鏡を見ると、私の姿は使用人の着るメイド服に変わっている。


"自動お着替え機能"はその時着ていた姿が保存されるから、さっきのドレスは今、職業【国民】こと【女A】のところに居るのだろう。


目を閉じて、ひと息だけ吐く。


準備らしい準備も出来なかった。


作戦もほとんどあるようで無いようなもので、一欠片でも崩れてしまったらその時点で終わりだろう。


それでも出来ることはやる。


私はモブなんだから、モブの役目は他のキャラクターの背景になることだ。


どこにでも居るモブでも、その時モブがいなければ成り立たないシナリオもあるのだ。


閉じた見えない目を開いて、


「よしっ!」


私は自分の頬を軽く叩く。


「舞踏会の始まりだ」


そう声に出して。







朝から使用人達は、それはもう大忙しだった。


普段は持ち場を決められていなくて、溢れている私でも、山のように仕事を任せられる。


今日ばっかりは、流石にいつも通りの行動を繰り返すモブもいなくて、代わりに見たことの無いモブ達が、わんさか王宮内を出入りしていた。


王宮主催の舞踏会は、許可さえ得れば一般国民も参加可能である。


その証拠に、いつもは閉め切っている王宮の正門も、開いたまま固定されていて、その先に続く城下町では、屋台がいくつも列を作って並んでいた。


舞踏会は夜からだけれど、昼に行われるお茶会に参加する為に、既に何人かの人は庭園に集まっている。


いつもは騒がしくないお城のどこもみんな、お祭り騒ぎのように賑わっていて、これが国民にとっても重要なイベントだと身に染みて感じた。


人の波を上手く潜って、早足で廊下を進む。


少し大きな扉の前で足を止めた私は、その部屋の中に居る人に向けて小さくノックをした。


「はい」


返事をしたのは1人だけれど、中には数人いるのか話し声が聞こえる。


「シャッテン第2王子殿下の装飾品をお持ち致しました」


「入れ」


許可の言葉を受けてから、私は「失礼します」と言って室内に入った。


派手では無いが、贅を尽くした調度品や家具で埋まる部屋には、私以外の使用人も何人か居て、みんなソファーに座ったり窓の所に立ったり、思い思いに過ごしている身分の高い人達のお世話をしている。


一応たぶん、応接間だとは思うんだけれど。


窓の所に立って外を眺めているレイと、その隣に立ったヴァルデ。


モブメイドにネクタイを調整してもらっているツェルに、入口付近で他の騎士と隣り合わせで立っているアストリット。


そして、ソファーに座って紅茶を飲んでいるエリー。傍にあの執事は居ない。


今のところ私が知っている全重要キャラクター様達が、この場に集結しているのは何故なのか。


考えたところで分からないから、ご都合主義ってことにしておく。


私に気が付いたアストリットが、小さく手を振ってまた前を見た。恐らく、護衛としてここに居るのだと思う。


エリーは軽く俯きながら、机をじっと見ている。あのミトラーだとか言う執事は、今日は何故だか居ない。


レイは私を見付けて声を掛けようとして、隣のヴァルデに止められていた。


この空間で、第1王子に馴れ馴れしく話かけられたら、私の立場が危うくなるから、ヴァルデさまさまである。


装飾品を持ってツェルの傍に寄ると、無表情に横目だけ向けられた。


初めて見た、ツェルの猫かぶりモード。


流石にいつものような、誰でも話しかけやすい雰囲気を出さない辺り、2番手でも王子だ。


「そこに置いてくれ」


「畏まりました」


ツェルが示した小さい机の上に、装飾品の入った箱を置く。


もう一度一瞬だけツェルと目が合って、私はバレないように小さく首を縦に下ろした。


そうして私は恭しく頭を下げて、その部屋を後にする。


重要キャラクター達が揃った空間で、いったいどんな会話が展開されるのか。それはモブの私には関係の無い話だ。


先程通って来た廊下を進みながら、人の目の届かない場所で、私はそっと"自動お着替え機能"を使用した。








前夜祭と称して、昼に行われるお茶会に俺は参加している。


普段は傍若無人な態度を取るアシュレイも、今日ばかりは第1王子として、自分を囲むご令嬢達の相手をしていた。


参加人数が多いからか、丁寧に座りながら談笑をする従来のお茶会の形式とは違い、立食形式だったのは、動きやすくて助かる。


俺も身分上王子の為か、何人かのご令嬢が声を掛けてくれたが、やんわりと断り続けていた。


身分が高め、或いは今のところ王太子婚約者候補内に居るご令嬢達とその取り巻き達は、1箇所に集まって話に花を咲かせている。


仲間内の中でも下の方に居る娘達は、貼り付けた笑みを浮かべて、1歩離れた所で必死に相槌を打っていた。


そのご令嬢達の中でも、やはり一際目に止まったのはエリーで、目を伏せながら時折首を上下させて小さく頷いている。


これでも幼い頃からの縁故か、エリーがどこか上の空であることに俺は気が付いていたが、周りの者達は気に止めていないようだった。


居心地が悪そうな雰囲気が、少しだけエリーから漏れ始めた頃、1人のご令嬢がエリーに何かしら耳打ちをする。


珍しく目を丸くしたエリーは、それから断りを入れて、その取り巻きの内の1人であろうご令嬢の後に付いてその場を離れた。


首尾は上々.......だと思う。


ナイが言っていたことが本当に実現可能ならの話だが。


しばらく挨拶に挨拶を返したり、表面上ばかりの雑談を繰り返していれば、ふと、


「これはこれはシャッテン第2王子殿下。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ない」


「嗚呼、ルヴァッケーダ侯爵。どうも」


陽の光の下で、それなりに輝く頭を持ったルヴァッケーダ侯爵が話しかけてきた。


「毎年参加しておりますが、いやはや、いつでもこの時期は国中が大騒ぎですなぁ」


「そうですね。通常の夜会とは違い大々的に行う分、民達の目にも入りやすいですから」


なんてことの無い話をしても、心の内では腹の探り合い。


いつもナイやエリー等、いい意味でも悪い意味でも、権力にまとわりつかない者達と接触していた分、こういった機会に陥ると如実に痛感する。


「(嗚呼、苦手だ)」


と。


時には必要なのだろうが、俺には向いていない。


心底疲れるからこそ、兄であるアシュレイに全てを押し付けているとも言えるが。


割かしアシュレイ本人は、この腹の探り合いが得意ではあるようで、よそよそしさを微塵も出さないで、のらりくらり躱してしまうところがあったから、押し付けている罪悪感も少しで済んでいた。


アシュレイがどう思っているのかは知らないが。


ルヴァッケーダ侯爵の話を、右から左へ受け流していれば、やがて「そういえば」と思い出したようなわざとらしい仕草をする。


俺に近付いたルヴァッケーダ侯爵は、自分の口元に手の甲を軽く押し付けて、


「内密に、話したいことがあるのですが」


と言った。


「なんでしょう?」


「ここでは、少しばかり人目が有りすぎるので」


ちらっと周りを見たルヴァッケーダ侯爵に、俺は目を細める。


「嗚呼、では場所を移動しましょうか」


次には口角をあげて、ルヴァッケーダ侯爵を連れて俺は人気の無い場所へと動いていた。

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