【41話】雨と倉庫と自己嫌悪
降り出した雨は思いの外強くなって、木造の壁を外から叩く。
外には出られないわ、洗濯も出来ないわで、なんとなく足が向かったのは、洗濯場近くの倉庫。
中に潜り込んで隅の方に座って、頭を壁に傾けてぼーっとしていた。
エリーはちゃんと帰れただろうか。
いらないことを言ってしまったせいで、余分に泣かせてしまったけれど。それでも私に謝ってくれて、対する本当に謝らなくちゃいけなかった私は、何も謝罪していないから頂けない。
前世で恋愛経験皆無だったことが、ここに来て仇となってしまった。
暖房器具の1つも無いから、雨のせいで下がった気温は、直接倉庫の温度も下げる。
寒いけど何もしたくなくて、倉庫の扉をただ凝視していたら、
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【名前】ナイ/女A ⚠︎
【年齢】13
【職業】王宮使用人▼
【属性】水▼
【好感度パラメーター】
・シャッテン・スティロアビーユ▼
045/100 ︎ ⤴︎
・ヴァルデ・ベルク▼
010/100 ⤴︎
・アストリット・フォンハルデン▼
030/100 ⤴︎
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■■■/■■■
・アシュレイ・スティロアビーユ▼
080/100 ⤴︎
【■■】
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ステータス画面が開いた。
違う、今は確認したいことなんてないから。
間違えて開いてしまったけれど、項目が新たに増えていることに気が付いた。
【属性】。
あれだけ大きく陣取っていたのに、いざお目見えしたらこれだ。
ステータス画面だけは、私をがっかりさせないと思っていたのに。
兎にも角にも、今私は何もしたくない。
ステータス画面を消すことすら億劫で、持続時間5分が経過するまでひたすら待っていた。
そうすると、別のところを凝視してしまうことになって。
開いてしまったのは【職業】のところ。
その結果を見て、私は酷く驚いた。
信じられないものがそこには書いてあって、目を擦って何度も確かめる。
「間違いない」
何度見ても文字の羅列が変わることはなくて、これでいいのか異世界と思った。
そう言う時に限って、だいたい第三者が入り込んでくるもので。
その第三者ってのも、だいたい同じ人で。
「こんな所で何してるの?」
ステータス越しに見ていた扉が開いて、そこには居るのが当たり前のように、レイが立っていた。
「暇つぶし」
「ここ何も無いのに?」
「なんだっていいじゃない」
目の前に未だ出続けるステータスを消して、私は再び壁に寄り掛かる。
そんな私の様子を見たレイは、何も言わずに倉庫の中へと入ってきた。
来ると思った。
「そうなんだ、じゃーね」とはならないのがレイ。
今の私はどう見ても、ほっといてほしい人なのに、そんな空気などまるで読んでくれないから。
相手にするのも面倒で、レイから視線を外したら、急に両頬を手で包まれて強制的にレイの方を向かされる。
「.......なーに?」
突拍子もないレイの行動にはもう慣れた。
なんでここに居るのかとか言う質問も、聞いたところではぐらかされるだけだろうし。
「どうしたの?何かあった?」
「何が」
無理矢理見させられたレイの顔は、なんだか心配しているようだった。
心配する要素なんてあっただろうか?
まぁ雨が降ってる中で、倉庫に1人座り込んでいる使用人を見れば、心配したくもなるものか。
そう予想立てたけれど、答えは全然違った。
「なんでそんな顔してるのナイ?」
「元からですが」
まさか急に、レイもモブを認識出来るようになったとか?
どうして目が無いのかとか、そんなところだろうか。
知らないよモブだもん。初めからこうだったんだから。
そのモブは今日、重要キャラクターを泣かせましたけどね。
エリーが意外と嫌なご令嬢だったら、私は今頃罰せられているんだけど。そんなことは無いと思いたい。
「そうじゃなくて。なんで泣きそうなの?」
レイにそう言われて、身体が一瞬固まった。
泣く資格なんて無いから、泣きそうな顔なんてしている筈も無いし。
それにエリーを泣かせてしまってから、かれこれ1時間以上は経っている。
その間にツェルにも慰められたし、顔に出る程引き摺っている訳では無さそうなのに。
「誰に傷付けられたの?教えて、ナイ」
「傷付いてない」
むしろ傷付けた側です。加害者です私は。
誰かを泣かせて自分が傷付くなんて、そんな都合のいいことあってはいけない。
それじゃあまるで、被害妄想の激しい悲劇のヒロインじゃないか。
つくづく自分に嫌悪感が湧いてきて、溜め息を吐きたくなる。
そうしたら、
「ナイ。何があったか分かんないけど、1人でこんな淋しいことしないで」
またレイの腕の中に居た。
私、最近この人に抱き締められる率高くない?
隙あらば抱き締めてこようとする。
そう言う馴れ馴れしいところが物凄く嫌だけれど、もっと嫌なのは、レイに抱き締められてほっとしている自分が居たことだ。
この人相手に安堵するなんて、有り得ないことなのに。
「だから別に泣きそうになんてなってないって」
「じゃあなんでこんな所に居るの?なんでこんなに身体が冷えてるの?」
レイにそう聞かれて、
「ま.......魔力切れ」
我ながら苦しい言い訳を吐けば、
「嘘。悪いけどナイの魔力くらい分かるから」
あっさり見破られた。
「分かんなかったくせに」
「そりゃ、あの時と今じゃ状況が違うからね」
微かにレイが笑う。
状況って何よ。何も変わらないよ。
相変わらず私はモブのままで、名前の1つすら変えられていない。
数多く居るモブの中の1人だと言うのに。
「まぁなんでもいいけどさ、何かある時は僕を呼びなよ。ナイに呼ばれたらいつでも来てあげるから」
「呼ばなくても来るじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ。私レイのこと呼んだことないもん」
ゴロツキ相手に路地裏に追い込まれた時も、私はレイを呼ばなかった。
あの背中に不覚にも安心したのは事実だけれど、呼んで来てもらったんじゃない。勝手に来たのだ。
ピンチの時に誰かを呼んで助けてもらう。そんな主人公みたいなことは出来ないし、やろうと思ってもやれない。
モブはいつでも自力でなんとかしなくちゃいけないのに、レイは何故か来てくれるのだ。今みたいに。
「じゃあ次からは呼んで。こうやって一人ぼっちになる前に。話し相手が欲しいとか、そう言う些細な理由でいいから」
「レイのくせに優しいこと言わないでよー」
「僕のくせにってなにさ」
「そのまんまの意味だもん」
落ち込んでいるところに、優しい言葉を言われたら泣きたくなってしまう。それが自業自得な理由だとしても。
痛くない絶妙な力加減で抱き締められているとか、時々背中を撫でられるとか。
私の顔が丁度レイの肩に乗って、レイから私の表情が見えないのもいけなかった。
「友達のこと傷付けて勝手に落ち込んでるだけなの。被害者扱いしないで、悪いのは私なんだから」
「あーあー泣いちゃった。よしよし、そっかそっか」
「撫でるなぁ、余計泣く」
「うんうん、ごめんね」
レイの背中にしがみついて肩に目を押さえ付けて、ぐずる私はどこまでも子供みたいなのに、レイはひたすら私の頭を撫でるだけで、咎めることもしないでそのままにしてくれる。
それが余計に私を調子に乗らせて、
「初めから人生ハードモードなのもおかしいしさ。お家見付けるまで私何食べてたと思う?草だよ草!あと枝」
「えーお腹痛くならなかったのそれ?」
「なったよ!でもいくら姑息なことしてても、泥棒にだけはなりたくなかったんだもん!」
「そうだねー偉いねーナイは」
「偉くない!偉かったら友達泣かせてない!」
主要キャラのレイじゃ分からないことまで、ぶっ込んで話してしまったけれど、レイは深く掘り下げずに言わせるだけ言わせてきた。
こんな慰めスキルを持っていたのに、どうしてレイはエリーを殺すのだろうか。
とてもじゃ無いけれど、レイにエリーを殺す理由が付けられなくて。
思い出すのは、レイと結婚したくないと泣いていたエリー。
「.......婚約者1人になるんだって?」
「誰から聞いたのそれ」
「誰でもいいじゃん。こんなどこにでも居るメイド相手にしてるより、婚約者との仲深めた方がいいよ?」
きっとエリーも今頃泣いているから。
私じゃなくてエリーを慰めれば、エリーの中のレイへの評価も少しは変わって、お互いに受け入れられるかもしれないのに。
「それは別に気にしないで。あの子もその気は無いだろうし」
「エリーに酷いことしたら怒るからね」
「分かってるよ。.......今のままじゃ、僕にとってもあの子にとっても、不本意な結果になりそうだしね」
「どう言うこと?」
「まだ内緒」
肝心なことを全く教えてくれないレイは笑う。
レイはエリーが何を考えているのか分からないと言ったけれど、私にはレイが何を考えているのかが分からない。
ゲームの中のレイも。今、ここに居るレイも。
少しだけ言えるのは、悪王の噂で言われていた冷酷非情な人では無いと言うこと。
理不尽ではあるけれど、単にマイペースなだけで残虐非道では無い。
悪魔みたいって言うのだけは分かるけど、それも我儘で振り回してくるからってだけで。
いずれ国の脅威になる程、恐ろしい人では無いのだ。
私が知った、限りでは。
落ち着くまでレイが私の頭を撫でる手は止まらなくて、言いたいことをめちゃくちゃに言いまくって落ち着いた後も、ずっとそのまま私はレイに撫でられていた。




