【40話】お嬢様の秘密 その2
押し殺していても、私の方にまで嗚咽が聞こえてくる。
周りが見えていないのか、彼女にしてはらしくない。地面に直接膝をついて座るなんて。
「エリー」
長いブロンドの髪の毛が、絨毯みたいに草の上で広がっていた。
「エリー、雨が降るよ。中に入ろう?」
「.......ナイ?」
空は雨雲が集まって、薄暗い天気に急になる。ゲリラ豪雨だろうか。どっちにしろ、しばらくすれば雨が降るのは間違いなかった。
涙でぐしゃぐしゃになっていても、エリーはとても綺麗で、天使みたいで。
こんな状況なのに、やっぱり酷く羨ましくなった。
「ナイ、どうして?」
エリーが聞いてきたけれど、まさかツェルと盗み聞きしていましたとも言えなくて、
「声が聞こえたから」
急過ぎて剥がれ落ちてしまった敬語も、今のエリーは気にならないよう。
「エリー行こう?ね?」
とにかくこのままエリーを外に居させたくなくて、多少強引にエリーの左腕を掴めば、
「ナイっっ」
エリーに抱きしめられた。
「うぇっっ、エリー?」
ぐすぐす泣いている声が聞こえてきて、左肩がどんどん湿っていく。
背中をそっと撫でると、嗚咽の音が大きくなった。
「エリー?」
「ナイが、」
私が呼びかけると、エリーが口を開く。
「ナイが羨ましいわ」
そう、確かに私はそう言われた。
天使のような人に。
「羨ましいのなんて、」
むしろエリーじゃなくて私の方だよ。
身分もあって家もあって、家族も居て人生もしっかりしていて。それに目が合ってCvもある。見た目も凡庸なんかじゃ決してなくて。
誰かと話したい時に、話しかけてくれる人が居る。
私が欲しくて得ようともがいてる物を、全部エリーは持っているのに、私みたいなただのモブの何が羨ましいのだろう。
「ナイは恋をしたことがある?」
「無いよ」
転生してから1度もどころか、私は前世でも恋をしたことは無かった。
一目惚れに近い感情はよく持っていたけれど、いざ付き合うとなると、どうしてもその先が気持ち悪くて。
あれだけ振り向かせたいと頑張った人も、付き合った瞬間に、まるで任務完了のように興味が無くなってしまう。
告白をされたとしたらその瞬間、自分を恋愛対象に見られたことに、酷い嫌悪感を覚えて逃げ出していた。
誰かの"彼女"って言う称号が欲しくなくて、いつも自由で居たかった。
唯一、平気だったのが乙女ゲームで。まるで分からない感情を埋めるように、どんどんのめり込んでいって。
そうやって生きていたから、やることがゲーム以外なくなって、あとは仕事と寝るだけの生活を繰り返していた。
恋愛で泣く人の気持ちが分からない。
恋をすると幸せになれるの法則も。
レイの好感度はかなり高くて、問答無用でぶつけられる好意に、いつか吐き気を覚えてしまうかと思っていたけれど、不思議とそれはまだ無かった。
だからたぶんレイも、興味本位なだけで私のことは好きでは無いんだろう。
恋愛対象に見られた瞬間に気持ち悪くなる私が、乙女ゲームの世界に紛れ込むなんて、これ以上の皮肉があるのだろうか。
だからモブにしか転生出来なかったのだろう。
恋をする世界で恋が出来ない私は相応しくないから。
「私はね、ナイ。ミトラー.......私の執事が好きなの。あの人は幼い頃に私が拾ってね、それからずっと忠誠を尽くしてくれたわ」
「うん」
「だけどね、その頃には私はもう王太子の婚約者候補になってて、公爵家だから断ることも、嫌だと言うことも出来なかったのよ」
王家の次に偉い公爵家。そこから王太子妃候補が選ばれたとなれば、周りはきっと当たり前だと思うだろうし、断るとも思われない。
英才教育を受けてきた筈だ。未来の王太子妃の為に。
「私来年社交界入りするのよ。だから言われたのよさっき、婚約者候補を私1人にして、アシュレイ殿下の婚約者にするって。その発表を舞踏会で行うと」
王太子妃候補者はエリー以外も居るけれど、初めから選択はエリー1本だったのだ。
今まではあくまで候補だったから、抜け道はいくつかあったけれど、確定されてしまえばもう逃げ場は無い。
エリーはそれを知って、だから執事に詰め寄った。
「私自分の立場はよく分かっているから、甘んじて受けるつもりでいたわ。でもね、ミトラーが少しでも「逃げよう」って言ってくれたのなら、全部捨てるつもりだったのよ」
結果は、
「でも「おめでとうございますお嬢様」って言われてしまったわ」
エリーの執事は、地位を捨ててまでエリーを選ぶつもりは無かったようで。
本気なのは自分だけだったと知るのは、恋じゃなくても辛いものだ。
ただ引っかかるのは、第2王子派の密会にエリーの執事が居たこと。
内容はツェルを使ったレイの暗殺で、下手したら王国の反逆者にでもなりそうな場所に居た人が、果たして権力に靡くのだろうか。
何か裏があるのかもしれない。それを調べる以外に、私がエリーにしてあげられることは無い。
「好きでもなくて、好かれてもいない人に嫁ぐなんて嫌よ」
相手があのレイなら嫌だろう。性格に難があり過ぎるし、結婚生活が破綻しそうだ。
エリーがレイの婚約者になると言うことは、次期国王はレイで確定だろうし。
レイかツェルなら、まだツェルの方が幸せになれるのに、エリーはその選択すら奪われてしまったのだ。
「ナイが羨ましい。私がナイだったら、何も気にしないで自由に恋が出来たのに」
そんなことないけどね。意外とキツいよモブは。生命維持も底辺で、ちょっとのことで死んじゃうかもしれないんだもの。
その日生きることすら精一杯なのに、何もかも持っている世界を知った上で、モブ落ちしたらきっと生きてはいけないと思う。
だけどそれを言っても悲しいことに伝わらないから、だから慰めのつもりで私がエリーへ言った言葉がまずかった。
「エリーは私のこと羨ましいって言うけど、私からしたらエリーの方が羨ましいよ?どうせならエリーになりたかった」
「.......って」
「なに?」
「変われるなら変わってよ!」
エリーがそう叫んで私を見る。
驚いて私の肩がビクリと揺れた。
エリーも自分がそう言うとは思わなかったらしく、口元を手で抑えて小さく首を振っている。
「ちが、違うのナイ.......」
「分かってる」
今のは私が悪い。完全に言っちゃいけないことを言った。
自分に自信が無くて、自分の持ってるもので苦しんでいる人に「なりたい」は、禁句中の禁句だ。
そりゃ「変われるなら変われ」と言いたくもなる。
私が悪い。
「分かってるから大丈夫だから」と伝えても、エリーは目に涙をいっぱい浮かべて「違うの」と繰り返した後、「ごめんなさい」と謝って足早にその場を去って行った。
謝るのは私の方だよ!と言いたい私を残して。
墓穴を掘ってしまって、自己嫌悪に項垂れているとふいに肩を叩かれた。
「殿下ぁ」
「行くぞ」
今の光景をずっと見ていたのか、ツェルが私に近付いて見下ろす。
「やっちゃいました.......」
「そうだな、あれは無いな」
いい子いい子と頭を撫でられて、泣きそうになったのを堪えた。
泣きたいのは私じゃなくてエリーなんだからと。
慰めるつもりで泣かせてしまった私に、泣く資格は無いのだから。
たかがモブ1人がくよくよしていたところで、重要キャラクターの物語は進まない。
それにどう転ぶのか分からないけれど、エリーにはまだレイに殺される道が残っている。
失恋した挙句に殺されるなんてあんまりだ。
エリーは私と同じ、モブを認識出来る人なんだから。
そうなるとやれることは、怪しい箇所を徹底的に潰すことで、私はツェルにそっと、さっき思い付いたことの協力を得る為に耳打ちした。




