【34話】王子様と帰り道
間抜けなことに、腰が抜けて立てなくなったと訴えると、レイの笑い袋にまたスイッチが入った。
ひとしきり腹を抱えて笑われて、不愉快極まりなくて膨れっ面になった私に、「ごめんね」と謝ったレイは、それからご丁寧にも背負ってくれる。
確かいまレイは17歳だ。身体はまだ成長期真っ最中だろう。
レイの方がかなり高いから身長差はあったけれど、見た目はひょろっとしているモヤシ体型のせいで、大丈夫だろうかと変に不安になる。
その私の不安なんてものともせずに、案外レイは軽々私を持ち上げてしまったから驚いた。
男の人特有の筋肉質な作りのせいで、実際にちゃんと触れるとゴツゴツしていて硬い。
興味本位で私にぺたぺた肩を触られていたからか、
「なーに?」
レイが首を少しだけこちらに向けた。
「硬いなぁって」
「鍛えてるからねぇ」
「鍛えてるの?」
引きこもりみたいな部屋に住んでいたから、生活も引きこもりみたいなんだろうと勝手に決め付けていたけれど、
「筋肉なきゃ剣振れないし」
「剣使うんだ」
「魔法ばっかりやっててもねぇ。別に僕魔法使いになりたい訳じゃないし。身体は魔法じゃどうとも出来ないから」
「そっか」
努力はしているんだな。ちょっとだけ見直す。
王国一魔力があって、何でもかんでも魔法で解決していたし、ゲームでレイと戦った時もえげつない魔法攻撃を沢山してきたから(尤もそれは全部文章だけだったけれど)、レイは魔法しか使わないんだと思い込んでいた。
遠距離型のリスキーなところ。詠唱中のタイムラグも、無詠唱専門のレイは関係無いみたいだし。
そんなレイの唯一の弱点が太陽の光だった。
ツェルルートの終盤で、最終的に光関連の魔法を駆使して倒した覚えがある。主人公が手伝ってたから光魔法じゃないのかもしれないけれど。
「光に弱いんだもんねレイは。光属性なのに」
「あ、今馬鹿にしたでしょ。これでも剣の練習するようになってから、子供の時よりかはかなり楽になったんだよ?」
「魔力切れで倒れたくせに」
「それはまぁ、そうだけど」
「あんまり調子に乗っちゃ駄目だよー」
そう言って私は、レイの右肩に頭を置く。
街は目のあるモブが多くて賑わっていて、一瞬普通に転生したんじゃないかって錯覚しそうになるけれど、結局どの人もモブだから、明らかに王族の風貌のレイが、みすぼらしい平民の女を背負っていようが誰も気に留めない。
レイの目には、この世界はどう映っているのだろうか。
「目立ってる?」
「僕達?」
「うん」
「さぁ、どうだろう。みんな結構気にしないけどね。僕公の場に出たこと無いし、僕を知っているのって貴族か王宮関係者だから。たぶん偉い人が居るなぁってくらいにしか思われてないんじゃない?」
「そっかぁ」
地位も名誉も気にするのはお貴族様だけか。
見ている景色が違うからな。同じ風景もレイと私とじゃ天と地くらいに差がある。
「メイドちゃんがナイだったなんて、気付かなかったよー」
「まだそれ言う?」
「うん」
これで何回目だろう。余程驚いたのか、さっきからレイは同じことを何度も言ってきた。
黙っていたのは悪かったけれど、別人って認識する方も悪いじゃん。
1番魔力持ってるのなら、たかがモブの"自動お着替え機能"くらい気付けよなー。とか、言ったところできっと、分かっては貰えないのだけれど。
「数分話しただけの、ただの普通の平民にそんなに執着するもの?」
私なら確実に次の日には忘れちゃう。
もっとあくが強い人が多いだろう。だってレイはメインキャラクターだから、周りにはモブ以外も大勢居る筈だし。
「ナイは普通じゃないよ」
「は?」
なんとなく疑問を投げてみたら、あっさりレイに否定をされた。
なんの個性も無い量産型モブ女Aからスタートして、未だに目もCv.もGETしていない私が普通じゃないって?
何かの間違いだろう。
だって私が普通のモブと違うところと言えば、自我があって自由行動が出来て、それから転生者なことくらいで。
それも、私がモブだからこそ分かることであって、レイにはみんな同じに見える筈だ。
「普通じゃないって言っても、悪い意味じゃないからね」
「うん」
「どう言えばいいのかな。なんか.......ちぐはぐ?最近はそうでも無いんだけど、最初に会った時のナイは、見た目と中身が全然合ってなかったんだよ」
そりゃ転生したから、前世の記憶そのまま引き継いで来てるし。中身と見た目は合っていないだろう。
最近はってことは、今は違うのだろうか。過ごしていく内に、身体に性格が馴染んだのかもしれない。
実際ここ最近の私は、前世で成人済みだったのに行動がちょっとはっちゃけている気もしていた。
元々子供っぽいって、よく言われてしまう種の人間ではあったんだけれど。
「まさかそれだけで?」
「うんーまぁきっかけは?僕もちぐはぐだからさ。なんか初めて同志を見付けた気がして」
「レイの、」
どこがちぐはぐなんだと返そうとしたが、
「僕光属性なのに光嫌いでしょ。それに身体に対しての魔力量もおかしいんだよ。普通僕の年齢でここまで魔力持ってたら、壊れるか死ぬかの2択なんだって」
レイが続けて言ったことに私は黙る。
「つまんないしね。僕はなんでも出来る。僕が望めばなーんでも叶う。みんな従ってばかりで、ナイよりももっと小さい子ですら、僕に色目使ってくるからぞっとするよ」
一国の王子で魔力も高い人が言うことには、それはみんな黙って従うだろう。
既に我が物顔だけれど、レイがいずれ就く地位を考えれば、今の内に取り巻いておこうと考えるのもおかしくはない。
「ナイだけだよ、僕の顔色を伺わないのは。平気でずけずけ何かを言ってくるのも、逆らったり怒ったり、あと逃げるのも。.......これを言っちゃったら、ナイも周りと同じになっちゃうと思って言いたくなかったんだけどさ」
無礼な態度を取っていれば、呆れられて離れると思っていたのに、どうも真逆だったらしい。
従順になればレイが離れるのを、もっと早い段階で知っていれば、私はレイの言う通りそれに倣っていただろう。
「でも今更僕に従えないでしょ?」
「頑張れば.......」
「頑張んなくていいよ。言ったでしょ、そのままで居てって」
それは昨夜レイに言われたことだ。
急に「そのままで居てね」とか言われて、意味が分からなかったけれど、理由を知って納得した。
あれは"周りみたいになんでも言うこと聞く人にはならないでね"と言う意味だったのだ。
言葉が足りなさ過ぎる。
「まぁ無理かなぁ。私レイ嫌いだしなー」
「うっわ酷い!!薄々分かってたけどそれ僕本人に言っちゃ駄目でしょ。傷付いたー。ナイが虐めるー。悲しいよーナイ慰めてー」
「慰めて」って傷付けた本人に要求するのも変な話だ。
器用に片手で私を支えて、もう片方の手を顔にやって、分かりやすい泣き真似の演技をし始めたレイが鬱陶しいから、仕方なく頭を撫でてあげる。軽く叩いたとも言う。
「はいはい、嫌いって言ってごめんなさい。心の内に留めておきます」
「そこは「本当は嫌いじゃないよ」だよー」
「ごめんね、私嘘つけない人なんだ」
「僕のこと1年間騙したくせに」
「それは不可抗力だもん」
ぶつぶつ文句を言う割には、どことなく嬉しそうなレイに溜め息が出たけれど、同時にちょっとおかしくなって笑ってしまう。
随分長く外に居てしまったようで、日が暮れかけてオレンジ色の光が街を照らし始める。
もうあと数分もすれば夜が来るだろう。レイの好きな夜が。
「レイさんレイさん」
「なーに?」
「私これ、今日のお仕事ほぼ全部サボっちゃったみたいなんだけども」
王子権限で「どうにかなりませんか?」と頼んでみたところ、レイは快く、
「しょうがないなー。なんとかしてあげるよ」
と笑った。




