【32話】お使いイベントとお忍び散策 その4
足がガクガクする。
前世も含めてここまで走ったこと無いくらいの距離を、全力疾走したから当たり前だろう。
今のところ把握している限りの転生特典と言えば、"自動お着替え機能"と"モブフィルター"。そして"自動通訳"、以上!
使いにくいったらありゃしない。
転生者スペシャルで、体力値上昇とか疲労を感じないとか、そんな素敵な能力皆無だし。
一瞬だけでもいいからチート能力が欲しい。特に今。
お仕事をボイコットしてでも、アストリットに魔法の訓練をしてもらわなかったことを、今更ながらに後悔している。
その内使えればいっか!とか思ってた過去の私、今目の前に来てくれたらぶん殴るから。
「うぃぃぃぃぃぃ」
人間って、いっぱいいっぱいになると奇声を発するよね。鳴き声なのだろうかってくらいの。
その奇声を上げながら、1秒だけでも撒きたくてなんとか頑張っていた。
すぐに"自動お着替え機能"を使えばいいじゃんとも思うのだけど。
ゴロツキ達の前で発動するのは、なんか駄目な気がするのだ本能的に。根拠は無いけど。
なんとなくいつも、影でこっそり使っていたからか、このピンチの状況でも、瞬時に使おうとは思えない。
半泣きになりながら走っていれば、丁度いい路地を発見する。
急いでステータス画面の表示。
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【名前】ナイ/女A ⚠︎
【年齢】13
【職業】王宮使用人▼
【■■■】
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【好感度パラメーター】
・シャッテン・スティロアビーユ▼
032/100 ︎ ⤴︎⤴︎
・ヴァルデ・ベルク▼
005/100
・アストリット・フォンハルデン▼
025/100 ⤴︎⤴︎⤴︎
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■■■/■■■
・アシュレイ・スティロアビーユ▼
075/100 ⤴︎⤴︎⤴︎
【■■】
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うわぁーちょっと増えてるーじゃなくて、違う違うここじゃない!
走ってるせいでブレにブレるまま、頑張って職業欄を開く。
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【職業】王宮使用人▲
【所持職業】
・国民
∟この職業に変更可能です。
[変更する/変更しない]
・パン屋の店員
∟職業制限が解除されました。
この職業に変更可能です。
[変更する/変更しない]
・王宮使用人
∟現在この職業に設定中です。
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「女A!女A!」
と呟きながら、町娘こと国民の変更する項目を見ようとして、後ろからの罵声が近くなったことに焦った私は、確かめもせずに職業変更をしてしまった。
そのまま申し訳程度の光に包まれて、"自動お着替え機能"を発動させながら路地へと滑り込む。
「行き止まり!」
そりゃ無いよ神様。
やっとの思いで辿り着いた路地の先に、道は無かった。
到底私では上れそうも無い壁が立ち塞がっていて、逃げ場は無い。
それでもしょげてたまるもんか、と。
これまで色々乗り越えたんだから、これくらいどうにかなると覚悟を決めて、壁のぎりぎりまで近寄ったところで、
「追い詰めたぜ!」
ゴロツキが典型的な台詞を吐いて到着。
落ち着け。"自動お着替え機能"は成功した。
私は今、王宮使用人ではなくただの町娘だ。
つまり路地に居たら突然変な人達に絡まれただけの、どこにでも居る普通のモブだ。
職業ごとに別人として認識されることを信じて、ごくりと唾を飲めば、
「あの小娘どこ行った?!」
ゴロツキが仲間へ向けた言葉に、ほっと息をつく。
上手くいった。
そう安心したのも束の間。
「おい、お嬢ちゃん」
「へぇ?」
ゴロツキの1人に話しかけられたから、びっくりして変な声が出た。
「ここにお嬢ちゃんくらいの女の子は来なかったか?」
「知りません」
ぶんぶん首を振る。
前にレイに同じことをして、これで誤魔化せたんだ。この人達を誤魔化せない筈がない。
もう走ってはいないのに心拍数は上がったままで、焦っているのがゴロツキ達にバレないように呼吸を整える。
「そうか。ところでお嬢ちゃん、こんな所で何してたんだ?」
「ね、猫を」
「猫ぉ?」
頼むこの世界、猫よ居てくれ!と祈りながら、我ながら苦しい言い訳をゴロツキに言う。
「猫を追い掛けてて」
猫を追い掛けて路地に迷い込んだ女の子。と言う無理矢理な設定を作り出せば、
「そうか、猫か」
ゴロツキは納得してくれた。
良かった通じた。
胸を撫で下ろそうとしたけれど、ゴロツキから思わぬことを言われる。
「じゃあ仕事サボってきたのか」
「はい?」
「おかしいねぇお嬢ちゃん。なんで向こうのパン屋の店員がこんな所に居るのかねぇ。あの店、随分離れた所にある筈だが?」
慌てて下を向いて、自分の姿を確認する。
茶色いワンピースに黄色のエプロン。
見慣れたこの格好は、この世界に来て一生懸命探して、やっと初めてなれた職業の服。
お店が魔法で破壊されて、二度と戻れなくなった職業。
「なん、で」
私の姿は、パン屋の店員に変わっていた。
◆
いや、なんで?あれだけ何度も確認しても、いつだって「変更出来ません」の文字しか無かったのに。
お陰でレイには別人と思われて、名前を変えるって些細なことすら苦労しているのに。
なんでこのタイミングで職業変更出来たのか。
慌てていたせいで、ろくにステータス画面を確認していなかったから、出来れば詳しく見たいけれど、今そんな状況じゃない。
町娘として振舞った言葉も、見た目がパン屋の店員ならおかしいだろう。
ここから離れた所のパン屋の店員が、猫を追い掛けて路地に居ましたとか、無理があり過ぎる。
現にゴロツキ達は、私への不信感を露わにしていた。
「お嬢ちゃん、もう1度聞こう。ここに女は来なかったか?」
「知り、ません」
恐らく、私の言葉をゴロツキ達は信じてはくれない。
この緊迫した状態で、いい言い訳なんて思い付かなくて、どうにかしらばっくれてぎこちなく首を振ると、
「ちょっと痛い目みてぇようだなぁ!」
そんな私の態度にゴロツキの1人が激昂して、中くらいの緑色の魔法陣が出現した。
緑?なに?風?
魔力持ちなのになんでゴロツキなんかやってるの?と言いたくなったが、
「なーに、切れるだけで死にはしねぇから。痛ぇ思いをしたら言いたくなるだろうよ」
物騒なことを言われて、私はそれが風魔法だと知る。
かまいたちの大きいのを、出すつもりなのだろう。たぶん。
私、これでも13歳なんですが。明らかに弱そうな相手から、情報を吐かせる方法が武力行使って。
大人気ないにも程が無いだろうか。と言ったら最後、もっと酷いことになるだろう。
私の中に、半信半疑だけれど魔力があるとしても、今はまだ使い方を知らない。
どのくらいの大きさの物を出すのかは分からないけれど、防ぐ魔法も無く直撃すれば、擦り傷程度では済まないだろう。
魔法陣を出したゴロツキの周りの仲間達がざわざわしているし、「それはやり過ぎだぜ兄貴」とか、止めてくれようとする人も居たけれど、もう遅い。
ファンタジー要素の強い世界で、頭に血が上ったゴロツキを大人しくさせる方法なんか、力で制する以外知らないし、わざわざ転生して特別な力を持っているのに、懇々と説得するだけで物語が進む勇者なんかも居ないだろう。
特別な力なんて無いのだけれど。
身を隠せる物も無い。詰んだ。
流石に、恐怖とかやるせなさとか色々混ざった涙が出てくる。
この世界に来てから散々だ。
モブに転生して身寄りもなくて。住む場所も無ければお金も無くて。やっと見付けた仕事も潰されて。
名前も勝手に決められるわ、突飛出た能力も無い。サポート的なシステムも、勿論存在しないから、手探りで見付けていくしかない。
今、強制的に付けられた名前の通り、私には何もない。衣食住のどれも揃わないまま、画面上でしか知らない世界でスタートさせられた。
私がずっと望んでた転生は、こんなんじゃなかった。もっと沢山、夢みたいなことが溢れていた。
その妄想した世界が尽く不発に終わっただけでも痛かったのに、挙げ句よく分からない内にレイに付き纏われて。
それでも、それでも耐えてきたのに。
馬鹿だけど馬鹿なりに考えて、頑張ったのに。
今度は無防備な状態で、攻撃魔法を受けなさいとか。
神様なんて大嫌いだ。どうして私ばかりが、こんな思いをしなくちゃいけない。
魔法陣が光る。
溢れた涙を拭う。
全て理想を裏切られたから、私は知っている。
このまま立ち向かっても意味が無いことを。堂々と攻撃を受けたところで、何も変わらないことを。
だから身体に掛かる衝撃を、少しでも抑えようとして蹲って、私はぎゅっと固く目を瞑った。
10秒。
20秒。
沈黙が続く。
いつになったら、発動するのか。
衝撃の類も、切り裂かれた感覚も無い。
まさか痛みを感じ無い身体になっていたのかと、状況を確かめる為に恐る恐る目を開けると、
「女の子1人に寄って集って。何やってるの君達」
光に反射して、積もったばかりの雪みたいに真っ白な髪がキラキラと揺らめいた。
いつも汚れが目立ちそうだなぁって、悪態ついてしまうくらいに白い服を好んでて。
我儘で自分本位で、人のことを振り回すだけ振り回す。
夜が好きで朝が嫌い。デリカシーと、それから距離感も無い。
毎日防御魔法を駆使して生活していることは、最近まで知らなかったこと。
太陽が大嫌いだから、日中の外に好き好んで出てくる筈も無いのに。
どうしてここに居るの?
まるで庇うように、蹲った私に背中を向けて、立ち塞がったその人は、
「..............レイ」
この国の第1王子、アシュレイ・スティロ・ア・ビーユだった。




