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【28話】おはよう乙女心



鳥の囀りの声で、重い瞼を開けた。


薄暗い室内に、窓から差し込んだ少しの光で朝が来たことを知る。


私の部屋こんなに暗かったっけ?と思いながらも、微睡みから抜け出せずに居たのは、身体に掛かっている寝具のせいだろう。


沢山掛ければ掛けるほど、暖かくなると認識されがちだが実は違う。


良い羽毛布団とは、びっくりするくらい軽いのに暖かい、そんな矛盾を制している物だ。


だからランクの高い羽毛布団は、物凄く軽いのに暖かい。


もっとも、人によってはある程度の重さが無いと寝られない人も居るから、一概にそれが全てとは言えないけれど。


そんな布団の中に居たから、ついつい起きるのが勿体なくなってて。


「(私こんな布団持ってたっけ?)」


そう物思いに耽りながらゴロンと反対側に寝返りを打って、固まる。


目を閉じていると本当に人形みたいな顔。薄暗いからこそ、僅かな光が存分に効果を出して、尚生き人形みがあった。


見比べたことは無いけど、こうしていると恐ろしく似ていて、やっぱり兄弟なんだと納得する。


違うのは毛髪の色。外じゃないこと。


そして何より、近い。


隣に横たわるその人を認識して、


「うわああああああああ」


思いっ切り渾身の力でベッドから蹴落とせば、背中から床に落っこちたその人--レイが、


「いっったぁ〜もうちょっと優しくしてよ」


頭を掻きながらひょっこり顔を出した。


「なん、え、は?」


私は瞬時に自分の身体を確認する。


衣服の乱れ無し。服装もメイド服。髪も解かれてはいるが特に乱れてはいない。勿論、倦怠感も無し。


対するレイも、「痛い痛い」喚いているが特に変わった様子は無し。


何も無い……と思うが。


「なんで一緒に寝てるの?!」


「なんでって、メイドちゃん寝ちゃったから連れてきちゃった」


悪びれもなく笑う。


絶句。


あの状況で、ましてやこの人の傍で、うっかり寝てしまう自分も自分だし、しかも朝までぐっすり熟睡までするとか。


図太いにも程があるだろうよ私。


と、悲しくなる一方。レイもレイで、外に置きっぱなしにしないで室内に連れて来てくれたところは評価しよう。そう言うところはちゃんと紳士だね、と。


問題は。何故、一緒に寝た。


百歩譲ってベッドじゃなきゃレイが嫌だったとしよう。


何故、共に寝る。


隣の部屋に、寝っ転がれるくらい大きいソファーがあるのを私は知っている。


何故、私をそこに置かなかった。


謎過ぎて混乱する。


と言うか。


「寝れないんじゃなかったの?!」


眠れないだなんだで真夜中の庭を徘徊してた割には、見た限りぐっすり寝ていましたけどこの人。


嘘だったの寝れないの?


そう聞くと、


「もしかして僕寝てた?」


と、的外れな回答が返ってきた。


「え、寝てないの?」


「いや、たぶん寝た……と思う。僕いつ寝た?」


「知らないよ!」


「そうだよねぇ」と笑って、何やら自分の手元をまじまじと見たレイ。


自分が寝たことに驚いているようだ。


「って、そんなことどうでもいいんだよ!今何時?!」


「うわっっ待って待って防御魔法掛けるから!」


後ろで悲鳴をあげるレイを無視してカーテンを開けると、眩いばかりのお日様の光に部屋の中が埋め尽くされた。


朝だ、完全なる朝だ。どこからどう見ても朝だ。


「遅刻っっ!」


慌ててベッドから降りると、欠伸を噛み殺したレイがぽつりと言葉を零す。


「そんなに慌てなくても、バルが来るまであと1時間はあるから」


「だから何時?!」


「6時」


置時計を持って私に見せてきたレイに、再び叫びそうになった。


「あと30分も無いじゃないの!」


2日連続サボるとか有り得ない。


王子のレイにはまだ余裕があるとしても、私には違う。


いくらモブばかりだって、自我がある使用人も居るのだ。


使用人頭とか。目を付けられたらたまったもんじゃない。


忙しなくレイの寝室から出ると、後ろから付いてきたレイに、


「どうせなら朝ご飯一緒に食べようよ」


と言われたが、


「ぜっっったい嫌だ!!」


断固拒否する。


朝ご飯を優雅に食べている余裕も無ければ、レイと朝からにこやかに会話をする気分にもなれない。


いつの間にか一緒に寝てしまったことよりも、仕事に遅れることの方が気にかかって、この無駄に広い第1王子の部屋がとにかく恨めしくなりながら、私は外に出ようとするのだった。







「で、何してるの?」


しゃがみこんで扉をうすーく開けて、廊下の様子を探る私にレイが声を掛ける。


「人が通らないタイミングを見てるの」


「普通に出ればいいじゃん」


出来るか!能天気さにはっ倒したくなる。


仮にも王子様の自室から、ただの一メイド風情が朝帰りとか笑えない。


「バレたら最悪処刑ものだよこれ」


「そうなったら止めてあげるから大丈夫」


「大丈夫じゃない」


レイが言えば何とも無いだろうけど、変な噂を流されでもしたら、自由に動けなくなるじゃないか。


とにかくこのレイに、パン屋のナイと私は同一なんだと認識させなければいけないのに、変に注目されて自由行動が出来なくなったら、名前変更と目の獲得の道がますます遠ざかる。


これが量産型モブばかりだったらそこまで気にしないけど、流石シナリオの大部分が繰り広げられる王宮内は、自我があるモブが沢山居るから話がどんどん広がってしまう。


人が居ないタイミングで外に出て、後はちょっと早めに出勤していますの体で使用人宿舎まで戻る。


これが私が瞬時に立てた今後に当たり障りのない作戦で、その為に廊下の様子を伺っていたのだ。


「今かな?」


「あ、そうだメイドちゃん」


「なに?」


いい感じに人が居なくなって、外に出ようと膝を立てた瞬間にレイから話しかけられ、苛立ちながら後ろを振り返る。


その僅かな一瞬で、前髪を上げられた。


そのまま額に、柔らかいものが押し付けられる。


再び、固まる。


第二ボタンまで開けられた寝巻きの隙間から、レイの鎖骨が見えた。


視界がそれでいっぱいになる。


ふわっと香ったのは、朝起きた時に包まれていた匂いと同じもの。


それがレイの匂いだと気付いた時に、


「うん、これでよし!」


満足気な顔をしたレイが離れて、私の前髪を抑えていた手を離して整えた。


頭の中に、凄い量のはてなマークが出現する。


何をされたのか理解が追い付かなくて、微動だにしない私を笑ってか、


「行かなくていいの?今がチャンスだと思うんだけど」


口角を上げたレイ。


その言葉に、ばっと扉を見て廊下に人が居ないのを確認して、立ち上がり扉を開けた。


忙しなく早足で駆けた私の背中に、


「またね、メイドちゃん」


とレイが投げかけたのが分かったけど、それどころじゃない私は反応もせずに廊下を進んだ。


遅刻するだとか早く行かなきゃだとか、考えなきゃいけないのはそれなのに、


「(ちゅーされた!)」


ぐるぐる脳内を回るのはそればかりで。


額にキスとか乙女ゲームではド定番なことをされて、心拍数が急速に上がっている。


「(ちゅーされた!)」


扉を背もたれに、お互いしゃがみこんだまま額にキス。スチルとしては完璧だろう。


第三者目線で見る分には、きゃーきゃーはしゃぐばかりだったけど、現実でやられたら言葉も出ない。


頭の中が真っ白になるなんて、生きていて起こるとは思わなかった。


触れられた額に手を当てながら、たぶん真っ赤になって早足で歩く私は、きっと他のモブから見たのなら、それはもう挙動不審に見えただろう。

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