【27話】真夜中の散歩 side:レイ
王宮支給のメイド服を着た、名前の分からない使用人が隣で肩を震わせる。
寒いのだろう。
日中の格好であれば、上着の1つでも貸してあげられたんだけど、残念ながら僕は寝巻きに着替えちゃった後だった。
「ごめんね、何か羽織れる物があったら良かったんだけど」
僕がそう言うと、使用人は奇妙な物を見る目を向けてきた。
前から思ってたけどこの子、僕を非人道的な人間か何かだと思ってない?
「なーにその目?」
「いや、別に」
それとなく問いかければ、使用人は僕から目を逸らした。
名前を聞いても教えてくれないし、"彼女について何も詮索しない"って約束をしたから、呼び名に困って「メイドちゃん」と呼んだら、初めの方はあからさまに嫌な顔をされてた。
それでも慣れたのか、最近は特になんの仕草もしない。
この子は多分、僕とは関わり合いたくないのだろう。
だいたい僕を見付けるか、僕に見付かるかすると奇声をあげるし。
関わってほしくないなら、恭しい態度を取ればすぐに飽きるのに。
出来ない訳では無いのだろう。バルのことは「ヴァルデ様」と呼ぶし敬語も使ってる。
でも僕に対しては、バルが睨みつけようとやんわり注意されようと、それはそれはもう無礼な態度を取ってくるから、だから面白くなっちゃうんだと、教えてあげるつもりは無いんだけどね。
恐らく僕を敬わらないことが、彼女の作戦なんだと思う。失敗してるけど。
手持ち無沙汰なのか、両手を閉じたり開いたりしているメイドちゃんは、僕が隣に座った瞬間に一定の距離を開けた。
笑いそうになる。
一使用人でしかないのに、どうして媚びないのか。どうして僕を、畏れないのか。
色んな意味で僕は、簡単に君の首を飛ばしちゃえるのに。
「ねぇレイ」
月明かりに照らされた広い庭園の花々が風に揺れる音。
太陽が昇っている間は色とりどりの花弁が景色を飾るけど、夜の中ではほとんど同じ色になる。
この異質さは、きっと眠れない者しか知らない。
そんな月光に晒されて影を持った顔のまま、僕を見たメイドちゃんが口を開く。
「なんで、私なの?」
聞かれたことが分からなくて首を傾げれば、彼女は言葉足らずだったことに気が付いたのか、もう少しだけ長い内容を付け足した。
「なんでただの使用人の、それも礼儀がなってない私に興味を持つの?だって貴方、自分以外の人は玩具かゴミの類だって思ってるじゃない」
「待ってメイドちゃん。流石に僕もそこまで非道じゃないよ」
発せられたのは、随分ひん曲がった勘違い。思わず間を置かずに否定をしてしまった。
確かに僕に比べれば、みんな弱くて頼りないけど、ゴミとまでは思ったこと無いし、玩具にする程興味も無い。
と言うか僕に対する態度があんまりだって、この子ちゃんと自覚は持ってたんだ。
「そりゃね、基本的に僕は僕以外の人間は弱い雑魚だと思ってはいるよ。それは嘘じゃない。だけどゴミとは思わないよ」
「でも色々やらかしてるじゃない。知ってるよ、レイが使用人さんとかにしてきたこととか態度とか」
「それはまぁ、なんて言おう。ぐぅのねも出ないね」
「でしょ?」
メイドちゃんの言う通り、使用人達については確かに色々やった。
僕が原因で辞めた使用人なんて数えきれないくらいだし、苛立っている時にミスされると怒って脅したりもしたし。
「うーん……」
どう説明をしようか、言葉に詰まっていると彼女は再び口を開いた。
「でかい魔法陣出してるのも見たし。まぁそれ私が消しちゃったみたいなんだけどさ」
「あーあれね」
あの時発動しようとしたのはなんの魔法だったか。
それすら忘れるくらいには、僕は魔法を乱用している。
それを横から邪魔されたのは、あれが初めてだったけど。
「メイドちゃんは魔法は知らないんだっけ?」
そう言えばと、1つ気になっていたことを聞いてみた。
魔法式の話をした時に、きょとんとされたのを覚えているし、当初はバルがやったのだと思っていたらしいから。
この子はきっと魔法に関して無知なんだろう。
平民にはよくある事だ。
魔法教育なんて適性がない限りやらないし、通常、魔力検査も必須事項では無いからやらない平民の方がほとんど。
と言うか魔力持ちは産まれた時に何かしらの変化が起きるから、それがない場合お金の掛かる検査を好き好んではしない。
魔法学校もあるけど生徒のだいたいが貴族の出で、平民は魔法について勉強する機会もほとんど無いし。
知らないのが普通。だから聞いてみたら、
「知らなかったけど、今日騎士の人に教えてもらったよ」
と、返ってきた。
「騎士?」
「アストリット・フォンハルデンって人」
「あー最年少騎士くんか」
「知ってるの?」
「そりゃ知ってるさ。歴代最年少で騎士入りした子がいるって王宮内が煩かったからね」
あの騎士に関しては、魔力もそこそこあるみたいで、珍しく官僚達が騒いでた。
どこの騎士団に入れるか揉めに揉めて、結局今は第二騎士団の方に所属してるそうだけど。
ただ一使用人の彼女が、何故騎士と関わりがあるの?とも思ったけど、仕事の合間か何かに接触する機会があったのだろう。
騎士団はだいたいが王宮務めだから、訓練場も勿論王宮内にある。
住み込みの騎士用の寮もあるし、通いの騎士は裏門をよく使うから、完全に会う機会が無いとは言い切れない。
「まぁいーや。じゃあ上級魔法程、魔法式と魔法陣が難しくなって、詠唱もいるってことは知ってるね」
「うん」
どこまで教わっているかまでは把握していないけど、講師が騎士ってことは、恐らく基礎くらいはきちんと教わっているのだろう。
だから聞いてみたら答えはYES。ちゃんと知っていたらしい。
基礎知識が大前提。その上で、僕は彼女にこう言った。
「僕はね、魔法を使う時に魔法陣も詠唱もいらないんだ。それがどれだけ上級でも」
僕がそう言うと、今度はメイドちゃんが不思議そうな顔をする。
「嘘だ。だってこの間のは大きい魔法陣出てたもの」
「うん、それわざと。はったり。あーやって目で見える形の方が怖いでしょ」
「どう言うこと?」
「大きい魔法陣出して長い詠唱していれば、勝手に想像して勝手に怯えるから」
本気でやるつもりなら、始めから無詠唱でやる。
よくよく考えれば、突然攻撃される方が何倍も恐ろしいものだけど視覚の力は強い。
「いちいち何かやられる度に注意したり傷付けたり殺すのなんて無駄でしょ。分かりやすく大袈裟にやれば、それだけ噂になるから気を付ける人も増えるし」
ちょっとやり過ぎなところもあると思うけど、この先の面倒事が減るならいい。
それにちょっと憂さ晴らし出来てるのも事実だから。
「メイドちゃん、僕が王宮で暴れてるって聞いたことはあっても、それで誰かが死んだって聞いたことある?」
最近は苛立ってむしゃくしゃしてて暴れたせいで、王宮内で僕についてあれこれ噂が立っているのは知っている。
大方は間違ってないから、「黙らせますか?」と言ってきたバルの提案を僕は断った。
噂が広がって貴族連中にまで届けば、鬱陶しい縁談の申し込みも少しは減るだろうと予想して。
「言われてみれば無い」
「でしょ?信じてくれないかもしれないけどさ、」
隣のメイドちゃんの手を掴めば、驚いたのか警戒してるのか、力が入るのが分かった。
つくづく信用されていない。
でも無条件に信じられるより何倍もいい。
「僕は誓って、自分の都合だけで誰かを殺したことは無いよ。それにこの先も、理不尽に誰かを殺すことは無い。君と約束したからね」
僕に協力する上での交換条件だったとしても、約束は約束だ。
あまり誰かと約束事を交わすことは無いけど、1度した約束はちゃんと守る。そのくらいの"人らしさ"くらいは、僕にだってあるから。
「それでね、さっきの質問の答え。なんで君に興味を持ってるか」
「うん」
見たことも無い魔法式を使っていたからって言うのもある。
僕と同じように無詠唱だったってことも。
だけど、
「君はきっと、僕じゃ適わないから」
これが理由。
「いやいや私モブだから?!」
告げられた言葉に対して彼女は、酷く驚いた様子だった。
「もぶ?」
「えっと、その他大勢?背景?」
「んーそのもぶって言うのは分からないけど、適わないのは適わないよ。魔力の高さって言うのもあるけど、なんだろうな……君の傍は退屈しない」
過去に面白いと感じたのは1人だけ。"ナイ"。あの子だけ。
残念だけど、今も探している割には目撃情報の1つも無い。
そしてその代わりかそれ以上の存在が、僕の中で彼女になりつつあった。
「そのままで居てね」
じっと目を見てそう言えば、見つめられるのに慣れてないのかちょっとだけ赤くなった後に俯いた。こういう所は普通の女の子なんだけどな。
君が僕を全く信用してないのなら、反対に僕はなんであろうと君を信じてみても面白いんじゃないかとか、考えてるとか知られたらたぶん怒られる。
やがて、
「距離感が無いのか!!」
痺れを切らした彼女がそう叫ぶまで、しばらく僕はそのままで居た。




