【26話】真夜中の散歩
夜空にぽつんと浮かぶ月。
色は目の色素によって変わるらしいと聞いたことがある。
この世界に来てから、仕事が終わればすぐ寝ていたから、じっくり夜空を見るのは久しぶりだった。
たぶん、元の世界でも大人になってからは、空なんてよく見たことない。
いつも疲れてたし、早く帰りたいの方が勝ってて、道の先を何も考えずに歩いていただけで。
自動車も電化製品も無いから、空気が澄んでいるのだろう。
見上げる月は、恐らく現代社会よりもかなり大きい。
無駄に多い休憩を取ってしまってビクビクしてた私へのペナルティーは、特に何も無かった。
無かったけど、現在私は、閉め出されている真っ最中である。
どう言うことかって言うと。
◆
とりあえず、休憩余分に取っちゃった分のお仕事を終わらせようとしたら、当たり前だが残業になった。
だからいつもより、自室に帰るのが大幅に遅くなったんだ。
疲れてへろへろになって、やっと着いた使用人部屋。
夜遅くにその自室の扉を開けようとしたら、ちっとも動かなかった。ピクリともしなかった。鍵なんてついてないのに。
マリーナが閉めちゃったのかなって可能性も考えたんだけど、多分違う。
だって、ドアノブ自体が動かないから。
扉が扉としての用途を超えて、もはや壁と化している。
私はこう言う状況を、それはもうよく知っていた。
「ここまでゲーム仕様だったの?!」
項垂れる。
ゲームでよく室内エリアを探索してる時とかに、扉はあるけどどのボタンを押しても決して開かない開かずの間。
或いは、昼は入れる教会とかお店が、夜は全く反応しなくなる。
優しいゲームだと、丁寧に「今は営業時間外です」だとか「ここには入れない」とか言ってくれるけど、だいたいは無言。
そう、あれだ。
仕事に夢中で今まで規則正しく生活してたから気付かなかったし、町娘の時もパン屋の時も他の店とか建物に入ってしまおうって考えは無かった。
他のモブの家を乗っ取るみたいな姑息なことはしたけれど、不法侵入がいけないことって意識はちょっとは残っている。
だからこの仕様には全く気付かなかった。
この国は日本みたいに四季があまり無いのか、一貫してだいたい同じ気候だけど、それでも夜は肌寒い。
大人しく扉の前で朝を待つか。
それとも別の動く扉がある場所に避難するか。
その2択のどちらにするか悩んでて、私はとある可能性があると予想した。
行けるエリア限られてるんじゃないか説。
ゲームでよくある、「このエリアにはまだ行けない」とかシステムに言われて、見えない壁に押し戻されるやつ。
一応見習いの立ち入り禁止エリアには、この間迷い込んで行けたから入れるのは知ってるけれど、"許可されていない"だけで"絶対に禁止"って訳では無いから、だから行けたのかもしれない。
それか時間制限があるのかも。
とにかく、外でぼーっとしてても埒があかないし、実際に確かめる以外方法は無いから、王宮内を徘徊することに決めた。
◆
私が真夜中に外に居た理由はこれだ。
結論から言えば、行けるエリアは限られていた。
但しそれは間に開かずの扉を挟んでいた場合で、廊下とかは、扉から扉までの区間は行き来出来る。
どこまでも期待を裏切らないゲーム仕様のこの世界でも、見えない空間みたいな物は流石に無くてほっとした。
開く扉も幾つかあって、行ける道をふらふら散策していれば、いつの間にか私は、ツェル出没イベントがよく勃発する、例の庭園にまで来ていた。
薔薇の木の下に、冬虫夏草モンスター基ツェルはいない。
とっくに寝ているのだろう。今はもうそんな時間だから。
私も寝たいけど、お部屋に入れないからなぁ……。
良い機会だしと無理矢理自分を励まして、いつもはお仕事で行けないその庭をゆっくり巡ることにしたら。
「うぇ…………」
なんか庭園の奥に、幽霊っぽいのが居る。
それは月の光に照らされて、さっきまでの私みたいに首を上げて空をじっと見つめていて。
辺りは真っ暗だから、より一層くっきりシルエットを浮かび上がらせていた。
米粒程度だったその姿が、近付くに連れて大きくなる。
そして私は、
「あれ?メイドちゃんだ」
歩みを進めたことを後悔した。
私を視界に入れた瞬間に、嬉しそうに駆け寄って来る白い人。
「こんばんは第1王子殿下」
「やだなぁその呼び方。この間は呼び捨てにしてたんだからそれにしてよ」
「えー」
「呼・ん・で」
「…………………レイ」
「よく出来ました」
そんなわざわざ区切って言わなくてもいいじゃないか。無駄に美形に笑顔で凄まれたらちょっと怖いってのを知らないのか。
渋々大人しく呼び捨てにすると、レイは満足そうに頷いた。
「まだ眠れないの?」
「うん。あ、でもメイドちゃんのお陰で随分居心地は良くなったよ」
そりゃそうだよ、徹底したもん。
なまじ王族だから予算気にせずに済んだし。やれることはとことんやり切ったつもり。
出来るなら私が住みたい程度には、良い寝具環境を揃えさせた。
それでも眠れないのなら、やっぱり精神的な不眠なのかな。
それだったら、私は医者じゃないから治せない。
顔色が曇ってしまったのか、レイは、
「僕が寝れないのは昔からだし、どんな名医も治せなかったからメイドちゃんは悪くないよ。どうにかしようとしてくれてありがとね」
「……うん」
珍しく、気を使ってくれた。
結果が出ないのはやるせない。
私が負のスパイラルに入りそうだと、気付いたのか気付いていないのか。
「ところでメイドちゃんはなんでこんな所に居るの?」
レイが違う話題に話を変えた。
「お部屋に入れなかったからお散歩してたの」
馬鹿正直に言わなくてもいいのだろうけど、他に理由も思い付かないからそう言う。
「入れない?」
「うん、なんか仕様で……私のことはいーよ。レイは?」
ゲームの世界の住人に、仕様のことを話したところで理解なんてされないじゃん。
私は転生者できっとモブだから、こう悲しいくらいにゲーム仕様なのかもしれないけれど、レイにとっては普通の世界なんだから。
それよりも私は、仮にも王子がどうして真夜中の庭園に居るのかの方が気になる。
疑問をそのまま口にすれば、レイは人差し指で空を指した。
「太陽、出てないでしょ」
「そんなにお日様嫌なの」
「うん、やだ。夜なら防御魔法使わなくても外に出れるし、僕にとっては唯一自由に動ける時間だから」
防御魔法使ってたのか。
もしかして朝と昼はフル稼働なのかな。
その状態で上級魔法ぽんぽん使ってたら、そりゃ魔力切れ起こして倒れるだろう。
魔法を常時使用したらどうなるのか、機会があったら今度アストリットに聞いてみよう。
お陰様で、ちょっとだけ魔法に詳しくなったから日中のレイが大変なのはよく分かった。
そう言えばレイルートのシナリオは、夜が多かったような気がする。
ただこの人の物語を思い出そうとすると、不思議といつも霞みがかって分からなくなるから、詳細なことまでは言えないのだけれど。
共通ルートとか、他のルートでのレイは覚えている。
レイのキャラ情報も全部。
でもレイの個人ルートだけ、どうしても思い出せない。
「メイドちゃん?」
考え事をしていたせいで黙り込んでしまった私を、レイが不思議そうな顔をして見ていた。
「なんでもない」
「そ?」
転生して、先のことはほとんどなんでも分かるのに、レイのことだけは予想することがほぼ出来ない。
もっとも今は、ゲームよりも数年早いから他のキャラでも初めて知ることの方が多いのだけれど。
「メイドちゃんいつまでここに居るの?」
「朝が来るまで?」
肌寒いし歩き回ったから結構疲れてはいるのだけど、だからって休める場所は無いし、そもそも仕事終わりだし。
そう答えたら、レイからとんでもない提案をされる。
「僕の部屋来る?」
「行かない」
「あはは、断られちゃった」
この男と1晩同じ部屋に居たら何が起こるか。
それぐらいなら外の方がいい。何回か野宿もしたし。
乙女ゲームの世界に転生して、野宿経験のある女子ってあんまり居ないと思う。
と言うか普通は居ない。女の子のドキドキを詰め込んだファンタジー系の乙女ゲームで、そこまで粗末な扱いされない筈だもの。
戦場とか歴史系とか、あと鬱ゲーとかなら分かるけど。
「じゃあ、しばらく僕に付き合ってよ」
「付き合うたって、何もすること無いじゃない」
「いいから。ほら、あっちの方に座れる所あるから行こう」
そう言ったレイの少し離れた所に、小さい建物があった。
あれなんて言うんだろう。四阿?
屋根と柱とベンチだけで、風は凌げそうには無いけれど、ずっと立ったり歩き回るのもしんどいから座れるのは魅力的な提案だ。
することもないし、1人よりかはそれが例えレイだろうと、話し相手が居た方が時間も早く過ぎるだろう。
私の返答は聞かずに、先に歩き出したレイの後を追い掛けた。




