【23話】寝具店員の本領発揮
舞踏会の準備で、昼夜城内はバタバタしていた。
そんな中、私はと言えば、
「臭い硬い薄い重い!!」
この国の第1王子の部屋で、絶叫していた。
有り得ない。
なんだこの寝具有り得ない。
清潔感のある白いシーツ、絢爛豪華な装飾品。
明らかに高そうな家具。
そこまではいい。
「何?!この匂い!!」
「香水です、かね」
監視目的で同行したヴァルデですら、私の気迫に押されている始末。
鼻を抑えた私がレイの部屋に来てまずしたことは、窓と言う窓を開ける作業、つまり換気だった。
密閉した部屋に充満する香水の香り。
地獄だ。
「なんでこんな香水振り掛けて平気なの?」
匂い酔いしたせいで気持ち悪くなってるくらいなのに、レイもヴァルデもけろっとしている。
「臭いからー」
「香水もここまで充満してたら同じくらい臭いよ!」
むしろこれより臭いものって、生ごみくらいしか無いんじゃないかって思う。
私がレイを眠らせる為に出した条件は、
・とりあえず無闇な殺生は止めること。
・睡眠環境が知りたいから室内を見せること。
・私について詮索しないこと。
この3点だった。
他に場合によっては部屋を荒らすけど文句は言わないことって条件も出したけど、部屋に来るまでは特に何も弄らなくても大丈夫だと思っていた。
この状態を見るまでは。
「殿下、このような見習いを入れて大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。僕にこうやって言いたい放題言ってくる子も珍しいし」
何かあれば始末すればいいしねって、そこ2人聞こえてるよ。
ジロっと睨めば、ヴァルデは苦笑いしてレイは何かとても嬉しそうにしていた。
なんで、こわっっ。
「とにかく香水止めること!この中に居るだけで具合悪くなる!」
「んーでも他の部屋よりすぐだるくなるからいいと思ったんだけどなぁ」
体調悪くなってたんかい!
力が抜ける。
「殿下の好みですし、そこまで悪くないと思いますが」
さっきからレイに対して傍若無人な態度を取っているせいか、ヴァルデがプチブリザードを出してきたけど、
「じゃあご自分の部屋で香水瓶叩き割って放置しても文句無いですかねヴァルデ様」
「うっ」
黙った。嫌だったんだ。
レイの部屋は王族だからか、普通の部屋と寝室が分かれていた。
普通に使われてる部屋は特に問題無かったんだけど、寝室が最悪だった。
充満する香水、締め切った部屋。
光属性なのに光が嫌いなレイらしい、昼間なのに真っ暗な室内。
籠る空気。
明らかに見た目だけで硬そうな寝具。
現代で言うところの、引きこもりの部屋だここ。
むしろ、ポテチの残骸と付けっぱなしのゲームが無い方がおかしいくらいだ。
カーテンを開けて、徹底的に換気をすれば、多少残ってはいるものの、体調が悪くなるくらい充満していた香水の匂いはかなり激減する。
レイはそこまで嫌なのか、フードを被って部屋の影になる所に移動していた。
「寝具触ってもいい?」
「いいよー」
レイに許可を取ってから、パッと見高そうなベッドに触れる。
脱力。
「これ干したりしたことは?」
「干す?シーツは毎日メイドが変えてるけど?」
なんてこったい、布団を干すって文化が無いだと。
触れた寝具は明らかに、湿気を含んで重くなっていた。
「あのねぇ……毎日寝てるんだから、それこそ湿気とか寝汗とか蓄積されてくの!1週間に1回は陰干しするとか、掛け布団日光に当てるとかしなきゃ衛生的にも悪いでしょ」
ダニが湧くぞダニが。
「日光ってさ、結局太陽じゃない」
「別に自分に当たらないんだからいいでしょ!」
干したてのお布団の気持ち良さとか、さては知らないなこの人。
この寝具環境で寝れるのが理解できない。
ああ、寝れなかったんだっけ当たり前だよ。
ヴァルデに手伝ってもらって、レイのベッドマットを引き剥がす。
ちょっと埃が舞ったけど、下手に叩いで埃を出すと繊維を痛めかねないから止めた。
この辺は後々、他の使用人さん達にでも頼むことにする。
そのまま臨時で陰干ししようと思ったけれど、いい場所がレイが陣取ってる場所しかなかったから、そこに強制的に立て掛ける。
そのせいで隅の方に逃げた、物凄い抗議の視線がレイから飛んできたけど無視した。
「と言うか仕事は?」
王子なんだから色々執務とかあるでしょうに。
へらへら室内に居るレイに問いかける。
監視役ならヴァルデが居るし、特にレイが居る意味なんて無いのに。
「もう終わらせてるよ」
「ほんとに?」
「うん、ねぇバル」
「はい。本日の分は全て明け方に」
驚いた。
仕事は出来る人だったんだ。
レイもツェルもふらふらしてるから、てっきり執務なんて物はやっていないと思っていた。
シナリオ中にヴァルデが何か書類の整理をしてることはあっても、レイとツェルが何か仕事めいたことをしている描写はなかった。
まぁ書類整理よりも戦闘しなくちゃいけなかったから、仕方ないと言えばそうなっちゃうのだけども。
色々とゲームに書かれていないことも、知る必要があるのかもしれない。
「それで、いつまでこの状態にしてるのさ?」
「夕方までだね」
邪魔をするつもりは無いのか、影の所で大人しくしているレイがそう質問してきたから答える。
今あからさまにうわって顔した。
そんなに光が嫌か。
「夜中に寝苦しいことは?」
「毎日だよ」
「寝てて身体が痛くなることは?」
「それも毎日」
気になることをいくつか聞いてみる。
精神的なもので不眠なら私にはどうすることも出来ないけど、物理的な関係で不眠ならば対処はいくらでもあったから。
ただ、やることは山積み。
ここで諦めてちゃいけない。
意を決して私は、レイの掛け布団に顔を埋めた。
「何やってんのー」
半分笑いながら聞いてくるレイ。
分からないだろう。
私だって、他の人がいきなりこんな行動に出たらびっくりする。
私は埋もれたまま、頭の中で勉強したことを呼び起こす。
「………………ダック。そしてこの感触はフェザー」
「は?」
ぼそっと呟くと、レイから間の抜けた声が返ってきた。
「ヴァルデさん。掛け布団はどこから仕入れてるか分かります?」
「王家専用の業者からですが」
「じゃあその業者食用アヒル……いやガチョウの方がいいか。ガチョウの農場と提携してたりします?」
「ガチョウ?」
「水鳥」
「ああ!いえ特に提携などは」
突然お鉢を投げられたヴァルデは、一瞬だけ慌てたもののすぐに冷静さを取り戻した。
流石、プロだ。
そっかアヒルもガチョウもそう言わないのね。
説明めんどくさいな、致し方ないか。
詳しいことを伝える為、掛け布団をベッドの枠組みに広げてヴァルデを呼ぶ。
レイは.......来ないか光当たってるから。
「えっと、まずこのレ……殿下の掛け布団なんですけど、ほぼ間違いなくダック…………安い水鳥の羽根がそのまま使われています」
「何故分かるんですか?」
「匂いです。羽毛によって匂いって違うんですよ」
羽毛布団の勉強をしていた時に、羽毛によって匂いが違うことを知った私は、店中の羽毛布団を引っ張り出してきて、匂いの嗅ぎ比べをしたことがあった。
だからその辺の違いはよく知っていた。
高い羽毛には高いだけの理由がある。
質もそうだけど作業工程なんかも、高い方がそれだけ細かく行われている。
「殿下が香水振り撒いてまで気になった匂いの原因はこれですね」
水鳥の羽を、ただ毟り取って詰めただけで羽毛布団は出来ない。
きちんと何回も洗浄して消毒して、そうしなければ特有の獣臭さが残る。
現代の羽毛布団はそこまででもなかったけれど、やっぱり安い羽毛には獣臭がしたから、だから気になる人は何十万もする高い羽毛の方を選ぶのだ。
現代ですらそれなのだ。
「これ確実に洗浄されてないので、そりゃ匂いが気になって寝れないですよ……」
そこまでレイが繊細なのか疑問に思うところがあるけれど、これでもレイはこの国の第1王子。
普通の庶民に比べたら、遥かに五感が敏感なのだろう。
「羽根を、洗う……と?」
「はい。雑菌取れるし匂いも取れる。汚れも取れるしいい事づくめです」
「はぁ……。それで農場との関係は?」
「単純に効率が悪いんですよ。ただ王家の布団作る為だけに水鳥殺すより、元々食用として飼育されている水鳥の羽根を使った方が、何倍も手間がかからないし、今の倍は羽根が手に入る筈ですよ」
ついでに言えば農場の利益も上がる。
見知らぬモブをちょっと助けてあげよう。
「あと、殿下のお布団には出来れば胸元の羽根を使ってください。いま使ってる羽根は枕かクッションに」
「何が違うんですか?」
「形です。いまこれに入ってるのはただの羽根。フェザーって言うものです。対して胸元の羽根はダウン。綿毛みたいな形をしてます。ダウンはフェザーよりも何倍も保湿性防寒性、それから除湿力も勝ってます」
さっきレイに確認したら寝苦しいと言っていたから、恐らく寝苦しい原因の1つはこれだと思った。
毎日汗や皮脂を吸収していたら、それだけ布団は重くなる。
まだ干せばマシになるけれど、光の嫌いなレイは嫌がってやらない。
だったら布団本体の除湿力を上げてしまえばいいと言う、安直な考えだった。
「まぁ他にも色々やることありますけど、これでだいぶマシになるんじゃないですかね」
手を叩いて体勢を直す。
律儀に私が言ったことを全てメモに書き写していたヴァルデは、色々思うことがあるようで何かを悩んでいた。
「(そのメモ帳どこから出したんだろう)」
ヴァルデと話し込んでいたせいで、ほとんど空気と化していた、ベッドと共に部屋の隅に追いやられていたレイは、
「あ、ちょっと寝ないでよ!」
折角陰干ししていたベッドを倒して、その上でごろごろくつろいでいたから、私の怒鳴り声が部屋中に響いてしまったのだった。




