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【20話】貴族様の考えることは分からない


「ツェル」


そう呼んで口に手をやった。


またやらかしてしまった。


ツェルはまだ"ツェル"ではないのに。


だけど焦ったものの大丈夫だったようで、


「エリーがここに居るのはいいとして、またアンタか」


一瞬だけ眉を顰めたツェルは、呼び方については特に触れることもなく話しかけてきた。


「あらシャッテン殿下。ナイをご存知だったんですか?」


「いつも言ってるけどシャルでいいよエリー。堅苦しいのは性にあわないから」


「では、シャル」


「うん」


立ち上がってツェルと目線を合わせたエリーと違い、私は未だしゃがんだままツェルを見上げている。


足元の図とか文字は、慌ててかき消したからたぶん大丈夫。


ツェルが私の事を知っている風だったのが気になったのか、エリーは私とツェルを交互に見ていた。


「この子、前にもここで話しかけてきたから顔見知り程度には知ってんの」


「あらまぁ」


「それで、アシュレイとなんか……うーん色々あったみたいで相談してきたんだよ」


「アシュレイ殿下と?珍しいこともあるのね。あの方滅多に使用人とは話さないのに」


がっつり話しかけてきましたし、なんなら捕まえてこようとしましたけど……。


ツェルにレイのことを相談した時も、一瞬驚かれたのはそのせいか。


どうも2人の話を聞いていると、レイはあまり使用人や下層の身分の者には話しかけないらしい。


それどころか、貴族と話す時も大概嫌そうな雰囲気を出すどころか、ツェルやエリーが話しかけても同じように不機嫌なオーラを隠しもしないのだと。


唯一マトモに相手をしてるように見えるのが、あの冷血漢ヴァルデ・ベルクのみで、ヴァルデの時も話はするものの、触れられたりすると怒り狂うのだそう。


そのレイに話しかけられたからって理由で、ツェルはどうもそれとなく私の事を気にはしてくれていたようだった。


ちょびっとだけ上がっていた好感度の理由が分かった。


「俺としてはアシュレイがこの子に興味持ったのも気になるけど、エリーとこの子がなんで一緒に居るのかの方がもっと気になる」


「嗚呼それは」


ツェルの疑問にエリーは満面の笑みで答える。


「お友達になったからですわ」


「「お友達?!」」


私とツェルの声が被った。


いやいやいやいや、エリーと友達とか身分が違いすぎる。


そもそもいつ友達認定されたの?

数分話しただけの仲なのに。


「私はナイをナイと呼びました」


「あ、嗚呼」


「それで、ナイは私をエリーと呼びます」


「そう呼べって言われましたからね」


「ほら、お友達でしょう?」


何その理論分かんない!


名前を呼びあったらお友達になるのなら、世界が友達で溢れかえってしまう。


さっぱり理解出来なくてツェルに助け舟要請の視線を向けたら、そこには妙に納得した顔のツェルが居た。


「エリー愛称教えたの」


「ええ」


「それなら仕方ないね」


何が仕方ないんですかっっ!


2人で勝手に完結しないでほしい。


あまりにも私がはてなマークを浮かべ過ぎたのか、苦笑いをしたツェルが説明してくれた。


「エリーと言うかヴァーレン公爵家……エリーの家ね。そのエリーの家は、代々家族以外の人には極力自分の愛称えー……あだ名?を呼ばせないって決まりがある」


「そうなんです?」


「うん。家族以外のあだ名を知る人は、独身の異性なら婚約者えー未来で結婚する人ね。同性なら友人にならなくちゃいけない。ここまで分かる?」


「はい分かります」


ツェルがやたら子供に話しかけるみたいな話し方してくるのは気になるけど、説明自体は分かりやすいから不問にする。


「それで、俺とアシュレイは一応エリーの婚約者なんだ。だからエリーのことをエリーって呼んでる」


「まぁアシュレイ殿下は、"ヴァーレン公爵令嬢"って呼びますけどね」


「あ、あとエリーのとこの執事もエリーのことエリー様って呼ぶけど……」


ツェルがはっとしてエリーを見た。

不味いこと言っちゃったって雰囲気を出す。


エリーはにっこり笑みを浮かべて、


「執事は家族も同然ですから」


ブリザード。

一瞬、ほんとに一瞬エリーの空気が黒くなった。


某冷血漢男を思い出す。


そう言えばさっきも気配消して隣に立ったり、隠密めいたことを涼しい顔でやってのけてたから、案外エリーとヴァルデには何か関係性があるのかもしれない。


ちょっと怯んだツェルは、さり気なく私の背後に移動した。あ、ずるい!攻略対象キャラでしょ一応!


エリー、執事さんの話そんなに突っ込んでほしくなかったのかな。


「まぁ、そんな感じでアンタ……ええっと」


「その子はナイですわ殿下」


「ナイね。ナイはエリーのあだ名を呼んだから、友人扱いになったってこと」


「ほー」


なるほど、貴族様の考えることはよく分からない。


とりあえず知らぬ間に、規格外のお友達が増えたって認識でいいのかな。


エリーは再びしゃがみ込んで、私と目線が合うようにしてくれる。


そのエリーの行動に、若干ツェルがぎょっとしてたけど、貴方普段地面に寝そべってるから人の事言えないよ。


「ナイ、別に身分なんて関係ないのよ。生まれ持って得たものだとしても、それは私のほんの一部にもならないんだから」


エリーは少しだけ、寂しそうな顔をした。


「勿論シャルもアシュレイ殿下もそうよ?身分が違うから話しかけちゃいけないとか、そんな決まりは本来無い筈なのよ」


すっと、私の頬に触れたエリー。


毎日手入れされたきめ細やかな肌は、こんなにも心地いい感触なのだろうか。


「私達、きっといいお友達になれると思うわ」


私を見る瞳は宝石みたいにキラキラ輝いていて、少しだけほんの少しだけ、こんな目が私も欲しかったと思ってしまった。


こんな声がこんな人を作る家が、家族が私も欲しかった、と。


決して口には出さなかったけれど、もっと立場が違ったら。


目と声を手に入れる為にずっと走り回っていなければ、この人をこんな風に羨むことも無かったんじゃないかって、そう、思ってしまった。


不意に、


『変われるなら変わってよ!』


泣き叫ぶエリーの声が聞こえる。


空耳かと思ったけど、もう一度。


『ナイ.......……助けて…………』


はっきり、エリーの声が聞こえた。


はっと落ちた目線を上げても、エリーが何かを叫んだ風には見えなかったし、ツェルも何かが聞こえた様子は無かった。


私がこの声をちゃんと聞くのは、それからしばらく経ってのことだった。

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