【15話】意図しない発動
魔法陣なんか、この世界に転生してきてから、ほとんど見たこと無い。
精々調理室で料理人さんが、お鍋の下に展開していたちっこい魔法陣くらい。
ガス代の節約になんじゃんって、お気楽なこと考えてるくらいには身近に魔法がなかった。
レイがパン屋を潰した時は、一応目の前で見たけど無詠唱だったから分からなかったし。
もしかしたら一瞬出てたのかもしれないけど。
だから、どれが普通サイズなのか分からないんだけど……。
いまレイが展開しているあの大きさが、普通じゃないことくらいは流石に分かる。
色で魔法を判断するのなら、赤だから火?
たぶんレイは今から、火属性の大きい魔法を、こう、一発ドカンってやるつもりなのかもしれない。
ファイヤーボールってか。
……………………………………………………。
「王宮内でファイヤーボールってまずくないですか?!」
「ファイヤーボール?」
未だお隣にいらっしゃるヴァルデに聞けば、語尾に何故か疑問符を付けられた。
もしかしてファイヤーボールとか言わない?
いやいやどうでもいいんだよそんなこと。
問題は至近距離でファイヤーボール(疑惑)を打ち込まれて、あの目の前の男性使用人が無事でいられるかどうかだ。
「あの使用人さん、実は莫大な魔力持ってましたとか無いですか?」
主要キャラにしか見えない魔力とか。
微かな期待を抱いて質問すれば、
「無いですねぇ。殿下以上に魔力高い方はこの国にはそうそう居ないですし」
あっさり玉砕される。
「まずいじゃないですか!」
知らないけど!あの人のことちっとも知らないけど!知らないモブのピンチ。
これは、同じモブとしては見過ごせない事案だ。
例え毎日同じことを言って、毎日同じ行動しかしないモブでも、生きてるんです。
無闇なモブの殺生反対!
モブにも人権を!
焦らしているのか、無駄に長い詠唱もそろそろ終わりそうで、そもそも魔法を止める方法なんか私は分からない。
ずっと魔法なんて縁がない、現代日本に住んでたんだ。知る訳がない。
例えば、そう。
あの魔法陣の1部分でも壊すことが出来たのなら。
1箇所だけでも崩せたなら、止められるかもしれないんだけど……。
水性の絵の具で書いた文字の上から、水を掛けてぐしゃぐしゃにするみたいに。
そうできたのなら。
「(なーがーれーろー)」
その時無意識に私は、魔法陣の文字が溶けていく様を想像していた。
妙にリアルに。
はっきり脳内に映し出せるくらいに。
さしずめ、怨念振り撒いてるみたいな形相になってたかもしれないけど。
とにかく、魔法陣が溶けて崩壊する様子が、簡単に想像出来たんだ。
そしたら、
『えっ?!』
レイのギョッとした声が聞こえた瞬間に、パチンって、シャボン玉が割れるみたいに。
展開されていた魔法陣が弾け飛んで、瞬く間に消えた。
「え…………?」
あまりにも呆気なく、私が想像した通りに影も形もなくなった魔法陣。
意味が分からない。
困惑した表情で自分の手を見つめてるレイから察するに、レイはあの魔法陣を消していないだろうし。
それならヴァルデかもしれない。
きっとヴァルデが何かしたんだ。
パン屋の時も、即座に店主さんのことを助けてたし。
そうに違いないって、ヴァルデの方を見れば、
「いま、何をしました」
酷く驚いた顔をして、私を凝視していた。
え、ヴァルデじゃないの?魔法陣消したの。
ヴァルデじゃないなら誰がやったの?
「何もしてない……です」
何をやったって、何もしてない。
想像しただけ。それ以外はしてない。
そもそも私モブだし、魔力の類なんか持ってる筈が無いじゃない。
それなのにヴァルデは。
「そんなはずはないです。いま確かに貴方から見たことも無い魔法式が……」
「魔法式?」
魔法式ってなに?
私何もしてないよ。
ヴァルデの中では、あの魔法陣を消したのは私になってるらしいけど、私には身に覚えがなさ過ぎる。
魔法なんか使えないよ。
やり方も知らないのに。
訳が分からなくて後ずさったら、背中に何かが当たった。
そのまま肩を、いきなり後ろから掴まれる。
「ねぇ!いまのやったの君?!
君が僕の魔法陣消したの?!」
一瞬で私の背後まで移動してきたのか、どことなく嬉しそうに、さっきまで光が無かった動向に一筋の光を取り戻した目が私を覗き込んだ。
「レイ」
「ねぇ、どうやったのいま?!僕、人に魔法止められるなんて!ううん!人の魔法陣崩す魔法なんて、初めて見た!!
どうやったの?!」
もう目の前いっぱいにレイの顔が広がる。
この状況再び。
違うのは前か後ろかってだけ。
後ろから両肩を掴まれたまま、思いっきり至近距離で見られてる。
レイの方が背が高いから、こうやって抱え込むみたいに私のことを覗き込めるみたいなんだけど……。
近い近い近い近い近い!
私、この人に近寄られてばかりなんだけど。
前もだけど、距離感ないの?
いくら恨みがましい綺麗な顔だったとしても、こう近付いて来られて平気でなんていられない。
私だって一応、女の子なのだ。
しかも生前ほとんど、異性との接点のない。
だからきっと私の顔はいま、最大級に赤いけど、それは仕方ないと思うんだ。
何かが彼のセンサーに反応したのか、だいぶ興奮気味なレイは、
「すごいね!!君変わってる!!すごく変わってる!!あの子みたいだ!!」
と捲し立てる。
またレイに"変わってる"って言われた。
モブなのに……。
あと"あの子"って誰だ。
他にも変人認定された子が居るのか。
可哀想に。
次から次へ言葉を言われても分からないし、と言うかちょっと離れてほしいしで、
「何もしてないし、何もできないです!人違いです!私じゃない!」
一息にそう言えば、
「ううん、君だよ。消された僕が言ってるんだ。
間違いなく僕の魔法は、いま君に消されたよ」
とんでもなく心から嬉しそうな満面の笑みで、そう返ってきた。
前途多難…………。




