第八話 『商会』
俺は温かい日差しを肌に感じ、ふと目を覚ます。
俺達はあの日から『オックスフォード商会』に引き取られ、そこで下働きをさせてもらってから数年が経ち、俺は十歳になっていた。
俺も最初は不安だったが、ここにいる人たちはみんないい人だった。
ルークもそれは同じだったらしく、怯えていた昔と違って今はみんなと楽しく笑っている。
それも、彼らの人の好さのおかげだろう。
ルークは、最初はここに来た時はアマンダが死んだショックからか、俺でさえも話すことはかなわなかった。
だが、そんな彼女に対して彼らは不平不満を口にせず、ただただ彼女に優しく話しかけ続けたのだった。
そして、そのうち彼女は昔の大人びてはいるが少女らしいルークに戻っていった。
俺は……というと、あの日から明らかに魔力の量が増大している。
昔は氷柱十個が限界だったが、今となってはやろうと思えば無数に作り出すことも可能だ。しかも、手を使わずに。
つまり、俺は守るべきものを奪ったものから、さらに力を得ることになってしまった。
「……顔、洗うか」
俺はベッドから立ち上がり、一階へ向かい顔を洗いに行くことにした。
俺は顔を洗った後、掃除をするために客室の扉を開けると、そこには一人先客がいた。
「お、やっと起きたか犬コロ」
「おはようございます、ダリウスさん。今日は早いですね」
「ダリウス『会長』だ。いつになったら覚えるんだ?」
一階の客室には、この商会の会長……つまり、ダリウスがソファに横たわっていた。
この人が、以前俺たちを助けてくれた人物に他ならない。
「……というか、何で俺の呼び名が『犬コロ』なんですか。ルークの方はちゃんと名前で呼ぶのに」
「知らねえよ。なんか犬っぽいからじゃねえの? 名付けたの俺じゃねえし」
「っぽくないですよ。何言ってるんですか……」
……っぽくないよな?
俺はそのことを不安に思いつつもモップを取り出し掃除をすることにした。
「そういえば、なんで今日はこんなに朝早いんですか?」
「馬鹿野郎、朝帰りだから早いも糞もあるか」
「……そっすか」
この人の性格は、どちらかというと『会長』ぽくはない。
ずさんで、威厳もなく、女癖が悪く、口も悪い。
それでも、俺はあの日の事はずっと彼に感謝していた。心の中で。
俺はさっさと掃除を終わらせるためにモップで床を掃除していると、静かに客室の扉が開く。
そしてフィオナが欠伸をしながら入ってくる。
「おはようございます。……あれ? 犬コロ君はともかく、会長早いですねぇ?」
「おう、フィオナも起きたか。つーか、俺ってそんなに朝弱いイメージあるか?」
「……何を言ってるんですか」
あるに決まってるだろ。
この人は以前、予定が立てこもっている日にお昼過ぎまで寝るという大寝坊をかましたことがある。
それ以来、この人の朝は信用していない。
「そういえば犬コロ君、注射。あの日から変わったことはありませんか?」
「……以前と比べて、明らかに魔力が増大しました。多分、一日の魔力でいえば、数十倍くらいには」
「そうですかぁ。うーん、やっぱりその薬には聞き覚えがありませんね……」
フィオナは、昔薬師を目指していたこともあったらしい。
だから、薬の知識は一般人以上は遥かにあるのだが、それ以上にこの薬は世間には知られていないということだ。
「まああれだろ。気が付いたら魔力なんてのは収まってるもんだろ」
「驚きましたねぇ。あの魔法も使えない会長から、魔力なんて言葉が出てくるとは……」
「うるせえな! 俺には拳があるからいいんだよ! それに、ガキの頃少しだけ勉強してたの知ってるだろ!」
「ふふ、忘れましたねぇ。そんなこと、ありましたっけ?」
……そう、会長は魔法を使えないのだ。
なんでも、小さい頃は勉強していたらしいが、フィオナとの差に嫌気がさして気が付いたら勉強をやめていたらしい。
本人曰く、確か雷属性だったそうな。
「まあそれはともかく、会長。今日は仕事はないんですかぁ?」
「無いわけないだろ……と言い切れないのが悔しいが、とにかく今日はある! ……割とまともな仕事がな!」
この『オックスフォード商会』は、商会と名前に着いてはいるがやっていることはまさに『何でも屋』だ。
だから、基本的には迷子の猫を探す仕事や、便所掃除。はては、小さい子の家庭教師なんてものもやっている。
「そうですか。それじゃ、みんなを起こしてきた方がいいですか?」
「おう、頼むぞ犬コロ。俺はその間……胡坐をかいて待っててやる!」
「あ、お手伝いしますよぉ? 犬コロ君」
「助かります。それじゃ、団長はそこで座って大人しく待っててください」
「……あれ? お前ら行っちゃうの?」
俺はまず最初に、階段から一番手前の扉をノックする。
「おはようございます。センリです」
「……ああ、センリ君か。ちょっと待ってくれ」
扉の向こうからは寝間着から着換えている音と、やさしそうな男の声が響く。
セシルは、出会った当初と変わらない優しさで俺と会話をしてくれる。それに、犬呼ばわりもしない。
しばらく待っていると、扉の向こうから青髪の長髪をひもで束ね、眼鏡をかけた大柄な男が現れる。
「おはよう、今日はキミに起こされちゃったね」
「いえ、大丈夫ですセシルさん! それじゃ、ほかの人も起こしてきますね」
「わかった。いつもありがとね」
そう言って男は深々とお辞儀をした後、一階へ降りていく。
そして、その姿を見届けた後、俺はその扉の右隣にある扉をたたく。
「……ライオットさん。朝ですよ」
「……そうか。目覚めの……時か……」
扉の向こうから、とてつもなく大きなため息が聞こえてくる。
……まあ、この人のこれは日常茶飯だから、気にすることはない。
「待ってろ、狗。今、……俺が行く」
「はい。では、支度をしたらすぐに一階にに向かってくださいね」
「……了承した。今参る」
「……はあ」
この人の対応は妙に疲れる。
最初の頃は嫌われていると思っていたが、どうも昔からこういった感じらしい。
ここまでアレだと、いっそすがすがしいものを感じる。
しばらく待っていると、眼帯をつけて黒いマントを羽織った、会長よりも少し背が低いくらいの黒髪の男が出てくる。
「さて……参るとするか」
「……あ、俺はまだ仕事がありますので」
「……そうか」
ライオットは寂しそうにこちらを見て返事をすると、ゆらゆらと階段を下りていく。
……落ちたりしないよな?
俺はその姿を見届けると、後ろからフィオナに話しかけられる。
「犬コロ君! こっちはルークちゃんを起こし終えましたぁ」
「あ、待ってください。こっちは後はティナちゃんが……」
「あの子は寝かせておきましょう? 四歳の子に早起きさせるなんて酷ですよぉ」
「……そうですね。それじゃ、向かいましょうか」
俺は全員……ティナちゃんを除いた三人が客室に向かった後、俺達は急いで客室へと向かっていった。