第三話 『家族』
あの日から数カ月の月日が流れた。
俺はあの少女に毎日ではないが深夜に会う約束をし、次第に打ち解けていった。
彼女は雷属性の魔法を使えるということや、将来は子供たちの面倒を見る仕事に就きたいこと。そして、名前は『ルーク・ガレシア』ということも教えてもらった。
ルークと出会ってから毎日のスピードが目まぐるしいほど速くなっていった。
そして、彼女の教えもあってか俺は以前よりも数倍早く魔法についての研究が進んでいった。
以前は氷の破片を一日に一個作ることが限界だったが、今は握りこぶしほどの氷を一日に二個まで作れるほどに上達した。
その事もあってか、俺は自然と彼女のことが気になるようになっていた。
……気になるといっても恋心ではなく、友達としてだが。
以前俺は彼女に「なぜ夜しか会えないのか?」と尋ねたことがあった。
だが、答えははぐらかすばかりでちゃんとした答えまでは至らなかった。
しかし、そんなことは俺には些末な事だった。
次第に俺は彼女と会うことを心待ちにしていて、何もない日が煩わしいとさえ思うほどだった。
そんなある日、ふと食事中にアマンダが話しかけてきた。
「センリ。この頃夜遅くに外に出てるけど一体何をしてるんだい?」
「え? いや、その……。外に、出てみたいなあって」
「センリ」
俺がはぐらかそうとすると、アマンダの目がするどくこちらを見る。
俺は見慣れないその目にすくんでしまい、小さく声を上げる。
「ごめんなさいおばあちゃん。隠れて魔法の練習してたんだ……」
「いつからだい?」
「数カ月、前から……」
「属性は?」
「……氷」
俺がそう答えると、アマンダはそれきり黙ってしまう。
よほど、魔法を勝手に勉強したのがまずかったのだろうか?
確かに、あれは使いすぎると自分の身に危険が及ぶが、そんなことはとうの昔から承知している。
俺がその事を説明するために口を開けると、それを遮るようにアマンダが口を開ける。
「そうかい。氷とはねえ……。まったく、これも因果ってやつかねえ……」
「おばあ、ちゃん?」
「……なんでもないよ。それよりセンリ、パン早くたべちゃいなさい。そのあとは……そうさねえ、孫の成長でも見せてもらおうかねえ」
「……わかった」
俺はパンを食べ終え食器を片付けると、アマンダに外へと連れてかれる。
その時の景色は、夜の幻想的なそれではなく、昼の活発的で壮大な草原が広がっていた。
「無理はしなくていいからね。出来る事だけでいいんだ」
「……わかった。それじゃあやるよ、おばあちゃん」
俺は両手をかざして魔力をその先に集中し、握りこぶしくらいの氷をイメージする。
その時の空気は嫌に張りつめていて、まさに氷のような冷たさが身に染みていた。
俺はその空気を手の先に集めるように集中し、氷の形を作り上げていく。
しばらくそれを続けていると、不意に集中が途切れ魔力が込められなくなり握りこぶし大の氷が地面に落ちた。
俺はあまりの負荷に体が耐え切れず、自分の体重を支え切れずに膝から崩れ落ちてしまう。
それを見ていたアマンダが慌てて抱き留め、やさしく話しかけてくれる。
「凄いねえ。独学で、そこまで出来るようになったのかい?」
「……ううん。教えてくれた人がいたんだ」
「……その人の名前は?」
「『ルーク・ガレシア』」
俺が彼女の名前を口にすると、はっと何かに気付いたように顔を上げる。
「……ガレシア、といったかい?」
「……? うん……」
「まさか、ダーラに養子が来たって本当だったのかい……?」
アマンダは信じられないといった様子ぶつぶつ呟いている。
……『ガレシア』とは、そんなに変な苗字なのだろうか?
「センリ。一人で歩けるかい?」
「うん。もう大丈夫だよ」
「今から、そのガレシアって人の家に行くけど、ついてくるかい?」
「……うん。ついてく」
「そうかい。でも、危なくなったらすぐにおばあちゃんの後ろに隠れるんだよ。約束だからね」
「うん。わかった」
俺はアマンダに手を引かれ、少し離れたところの森の中を歩いていた。
その森の中は薄暗く、足元も安定しない。それに、気のせいか動物たちがこちらをにらんでいる。そんな気さえするような不気味な森だった。
俺はアマンダの手を少し握ると、アマンダも軽く握り返してくれる。それだけで、俺は少しだけ安堵感に包まれた。
しばらく歩き続けていると、ボロボロなログハウスにたどり着く。
アマンダはその家の玄関に立つと、軽くドアをノックする。
「ダーラ! 居るんだろう? 話したいことがあるから開けなさいな」
「……うっせえクソババアだな。叫ぶと頭に響くだろうが」
ダーラと呼ばれた男が扉から出てくる。
その服装はお世辞にも高貴とは言えず、古いマントにツギハギのズボン。体からは何日も風呂に入っていないような匂いがした。
「そんな汚い言葉この子の前で話さないでおくれ! それより、アンタ。養子をまた引き取ったんだってね」
「……ああ、その話か。とことん情報が遅いババアだな? もう何カ月も前から引き取ってんだよ」
「なんだって!? その子はどこにいるんだい!?」
「ああ、そこらへんで寝てるよ。だけど、こいつはダメだな。大人びてて殴ってもちっとも面白くねえ」
ダーラはそう言うと少し体を動かして親指を後ろに向ける。
薄暗くてよく見えないが、そこには一人の子供が奥で横たわっていた。
……いや、俺はこの子を見たことがある。
「ルーク!」
「……ああ、なるほど。テメエがこいつがぶつぶつ名前で呼んでたセンリってガキか」
ダーラは俺を見てニヤニヤしながら、膝を曲げて俺と目線を合わせてくる。
そして、申し訳なさそうに片手をあげて、肩目を瞑って話しかけてくる。
「悪いな。おもちゃ、壊しちまった」
「な……!」
「……ダーラ。この子は引き取っていく。あんたはこんなことしてないで働き口でも探すんだね」
「いいぜ? こいつはもういらねえし、それに人を殴れる仕事だったら大歓迎だ。そんな仕事あったら紹介してくれや」
「そうかい、今度良い医者紹介してやるよ」
アマンダはダーラの言葉を軽く受け流しながらログハウスの中に入っていき、寝転んでいるルークを抱きかかえ来た道へ戻っていく。
「帰るよ、センリ。こんな奴の近くにいたら頭が悪くなっちゃうからね」
「おばあちゃん、ルークは……?」
「大丈夫、今はちょっと眠ってるだけさね。家に戻ったら、お薬を塗ってあげないとねえ」
アマンダは心配するようにルークをのぞき込む。
「……ダーラって、どんな人なの?」
「ろくでもない奴さ。身寄りのない子供を受け入れてはいじめて楽しんでる。センリ、頼むからあんな大人にだけはならないでおくれよ」
「うん……」
俺はルークの顔色をうかがいながら森を歩き続けた。
ただ、その時の俺はルークが助かった喜びよりも、気付いてやれなかった無力感に苛まれ、帰り道のことは何も覚えてはいなかった。