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第二話 『月明かり』

 あれから二年たったある日の夜の事だった。


 俺は満月が真上に上ったころにベッドから起き上がり、初級魔法の使い方、という本を手に取る。

 あれから、俺はというと二年間アマンダに内緒で魔法についての研究を続けていたのだ。そのおかげか、ある程度の文字ならば解読することが出来るようになった。


 その本が教えてくれたのは、魔法とは自らのイメージを『魔力』という力で具現化させる方法らしい。

 その魔力には人それぞれ個性があって、『炎』や『雷』を作り出すものや、『氷』を生み出すものの三種類の属性があるということだ。

 ちなみに、もし『炎』に適性のあるものはそれ以外の属性は全く使えないらしい。他の属性についても同様だ。


 俺は右手に力を籠め、頭の中でイメージを固める。

 すると、そこから小さなかけらの様な氷がいくつか出来上がる。


「一年でやっとこれか……」


 俺はため息をついて氷を放り投げる。

 この属性は、上達すると氷の温度も自由に調整することが出来るらしいが、今の俺にはまず無理な話だろう。


 俺は本を閉じて体を休ませる。

 魔力という力は制限があるらしく、一日に何度も使っていると物凄い吐き気に襲われ、最悪倒れて三日は動けなくなるらしい。流石にそれは困る。


 俺は窓から入る月明かりに照らされながら寝転んでいると、あることにふと気が付く。


「……そういえば、俺はまだ一度も外に出たことが無いのか」


 俺はこの三年間アマンダに大事に育てられてきた。

 何一つ不自由なく……ではないが、溺愛という言葉がふさわしいほどに愛されてきた。

 それこそ、本当の孫のような関係だったと思う。

 だが、一度この世界を見てみたい。その時の俺はそのことで頭がいっぱいだった。


 その思いに背くようで気は引けるのだが、俺は玄関の扉を開け、スリッパのまま外に出た。

 扉を開けると、草原を駆け抜ける夜風が体を突き抜け、心地良い感覚に襲われる。


 果てしなく続く草原に、遠くで生い茂っている木々。そして、空には大きな満月が浮かんでいて、明かりと言えばそれだけだった。

 その風景は、絶対に日本では決して味わえるものではないだろう。


 俺はこの人生で初めての外の空気を胸いっぱいに吸い込み、深呼吸をする。

 そして、家が見える範囲で歩き回ったあとに地に寝転がり空を見る。

 空には、たくさんの星が浮かんでいて、一等星から六等星と、大きさは違うが何個もの星がそれぞれの光を発していた。


「いつ以来だろう。こうして星を眺めるのは……」


 俺は自然に口からそんな言葉が出てくる。

 小さい頃は飽きるほど見ていたはずなのに、気が付くと俺は灰色の地面ばかり見ていた記憶しかなくなっていたのだ。


 しばらくこうして空を眺めていると、遠くから透き通った歌声が聞こえてくる。

 最初は空耳かと思ったが、耳を凝らさなくても聞こえてくるため、俺はこの歌は空耳ではないと確信を得た。


 俺は起き上がってその歌声をたどって歩いていくと、家の裏にある小さな湖にたどり着いた。

 木々に隠されて窓からは見えなかったため、俺はその湖の存在を初めて知ったことになる。


 俺はその湖が映し出す月に見とれていると、不意に後ろから少年の声に話しかけられる。


「……どうかしたのかい? こんな遅くに」

「え?」


 俺は一瞬アマンダに見つかったのかと思って驚いて振り向くが、そこには帽子をかぶった銀髪の一人の少年が立っていた。


「もしかして迷子かな?」

「え? いや……あなたこそなんでこんな遅くに?」


 口調からして大人びているが、確実にこの少年の年は今の俺より二つ三つ上くらいだろう。

 子供扱いされるのは少し納得いかない。俺は通算33歳だぞ。


「……ちょっと歌ってただけだよ。ほら、自分のことはいいから早く家に戻ったほうがいいよ」

「あの歌声、お兄さんのだったんですか?」


 俺がそう聞き返すと、少年は心外そうに頬を膨らませ、帽子をとる。


「……自分は女なんだけどな」

「え?」


 ……中性的過ぎてわからなかった。

 言い訳をさせてもらうと、よく見ると確かに骨格は女のソレだが、いかんせん夜なせいで良く見えないのだ。

 それに、この少女の一人称が『自分』のため、間違えても仕方がないだろう。


「それよりも、キミはどこの子供なんだい? なんなら、一緒についていこうか?」

「いえ、そこにあるので大丈夫です。お姉さんは、大丈夫なんですか?」

「そうだね。あまり心配されることはないかな」


 ……この少女、俺よりもはるかに大人びていないか?

 しゃべり方も五歳か六歳の少女のソレじゃない。それに、雰囲気やしぐさもどちらかというともう成人している人の様だ。

 このような少女を、『気品がある』というのだろうか?


「そうだ、キミはまだ帰るつもりはないんだろう?」

「……何故そう思ったのですか?」

「ウチがそこにあるのに出歩いてる子供なんて、探検や家出意外に考えられるかい?」


 それでいて頭も切れる。

 もしかして、この少女も転生してきたのだろうか? そうじゃないと俺のアイデンティティーにひびが入るどころの騒ぎじゃない。


「少しだけ話していかないかい?」

「わかりました。……でも、ちゃんと帰らないとだめですよ」

「ふふ、それはお互い様だろう?」


 俺は湖の近くの草むらに腰を下ろし、少女もその隣に座る。

 気が付くと月は少しだけ西に傾いていた。


「キミは、お父さんやお母さんは大切にしてるかい?」

「……そうですね。大切にしてますよ」

「そっか。それはいい事だね」


 ……何故そんなことを聞くんだ?

 少女の顔は月明かりに照らされ、寂しそうな表情をしていた。


「キミは両親から大切にされているかい?」

「はい、ですが何故そんなことを?」

「……いや、単純に気になっただけだよ。ほら、キミがこんな遅くに家出してるからさ」


 ……それを言われると弱い。

 家出しているわけではないのだが、何故かそう思われているようだ。


「……さてと、そろそろ戻ったほうがいいよ。お母さんやお父さんも心配してるだろうし」

「そちらも心配しているのでは?」

「……そうかな? それより、良かったらまた明日の夜話さないかい?」


 ……何故、夜なのだろうか?

 俺がそのことを聞き返そうとすると、少女はすでにどこかへ行ってしまっていた。


 一体彼女は何だったのだろうか?

 その思いに満たされながら、俺は家路につくことにした。

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