第二十五話 『心』
「うああああぁっ!」
フィオナが彼の最期を見届けると、感極まったのか叫びだしてしまう。
そしてそのまま俺につかみかかり、責めるように罵倒する。
「どうして、どうしてですか……!」
「……すいません」
「まだ何とかなったのに、まだ……!」
「フィオナ。やめるんだ」
セシルが俺の体からそっと彼女を引き離し、諭すように話しかける。
「……これはダリウスの決めたことだ。センリ君を責めるのはお門違いだ」
「そうだとしても……そうだとしてもっ!」
「辛いのはキミだけじゃない。それはセンリ君だって同じなんだ」
フィオナはセシルの言葉に泣き崩れ、セシルはそれを受け止めるように抱きかかえる。
俺は本当に正しかったのだろうか。
血に濡れた氷に手を触れ、聞こえるはずのない答えを求める。
「……さて、我々の準備は整いました。センリ君、お父上に会いたいのなら……」
「……黙れよ」
「おや、どうしたと……」
「黙れッ!」
俺は公王の顔に全力の魔力で作り出した氷柱を放つ。
だが、それは彼の目前で切り落とされ、届くことはなかった。
「……危ないよ? こんなもの、人に向けちゃダメだよ」
「……お前は、ジャーマン・ヘルシュタネード」
「そ。名乗ってはないんだけど……そこの二人が教えてくれたのかな?」
ジャーマンはそう言ってうすら笑いを浮かべると、短剣をこちらに向ける。
「そういえばさ、『花』にはそれぞれ弱点があるって、知ってる?」
「……なんだ、それは」
「このアホ……もといダーラの花は、太陽が出てるところじゃないと意味がない。そこの双子の花は、月が見えないと意味がない」
「それがどうした」
「だーかーら……」
彼は話を途中でやめたと思うと、俺の目の前に立っていた。
「もうあんたらに、僕を止めることはできないって事」
「……そうか」
俺はその言葉に反応した後、ジャーマンの体を片手で弾き飛ばす。
この体になってからは、何故だか体が今までよりも格段に軽いのだ。
「……痛いなぁ。なにも殴ることはないじゃないか」
「黙れ。死にたくなければ失せろ」
「まあまあ。その前に君のお父さんに会ってからでもいいだろう?」
ジャーマンがそう言うと、公王はその言葉に深くうなずく。
「その通り。彼に会うまでは我々は休戦と行きましょう」
「……ふざけるなよ、道化共が」
「道化で結構。それでは、参りましょうか」
公王はそう言うと身をひるがえし、近くの壁を押す。
すると、その壁をまるでなかったかのようにすり抜け、奥へと入っていく。
俺達もその姿を追うように壁の中へ入り、奥へ歩いて行った。
「……なんなのよ、コレ」
シャルルはその『何か』を指さし、絶句する。
『何か』とは、大きな台座で丸くなって寝ている、ピンク色の巨体の事だ。
その巨体は寝ている状態でほとんど天井に届きそうで、常識はずれの大きさだった。
ルークはその常識から逸脱した光景を見て、吐きそうになっているところを何とかこらえている。
「『これ』とは失礼かと。彼はセンリ君の父、アルフレッド君なのですよ?」
「……これが、俺の父だと?」
「そうです。素晴らしいではありませんか。長きにわたる時を経て、感動の親子の再開! ああ、ここまでの喜劇は私でなければ書けなかった!」
「ふざけるなぁっ!」
俺は片手で公王を弾き飛ばし、その何かに向かって打ち出す氷柱を作り出す。
「こんなもの、こんなもののために……『慈愛の会』は作られたというのか!?」
「そうですが、何かご不明な点が?」
「何故だ……! 何故、こんな事を……!」
「こんな事、とは異なことを申されるな」
「すべては、魔王である貴方様のため」
……俺の、ため?
俺が、慈愛の会を作った原因という事か?
「私達は待っていたのです。魔王としてのブリュンスタッド家が生まれることを」
「私達は待っていたのです。魔族としての力を手に入れ、魔王様と共に世界を掌握するその日を!」
「さあ、魔王様! これは貴方様への供物にございます! 思う存分、憂さ晴らしを……!」
公王はそれだけ言うと、急に黙り込んでしまう。
見ると、公王にはジャーマンの持っていた短剣が、腹を貫いていた。
「……こんな時に、僕と公王様の意見の違いが出て来ちゃうなんてね」
「……何を、するのですか?」
「何も糞も、僕たちが必死に作った彼を、ぼんくらな魔王に差し上げるだって? 笑わせないでくれ。僕はね、彼こそが魔王にふさわしいと思っていたのさ」
「ふざけないでください。これは『慈愛の会』の決定」
「決定だとしても、それは僕が覆した」
「それじゃあみなさん! 邪魔者は居なくなりました! これから目覚めるは魔王を名乗る不埒者を倒す魔王!」
ジャーマンはそう言って両手を大きく広げ、アルフレッドの目覚めを促す。
「さぁ、壊しつくしなさい。魔王様! さぁ、壊れなさい。不完全な世界、そして魔王!」
「……やめ、なさい! それでは、この世界が……!」
「ヒャアハハハ! 知った事かよ! お前みたいなゴミムシには、小便漏らして僕の魔王様の凱旋を見るくらいが丁度いいのさァ!」
ジャーマンは壊れたおもちゃのように笑いだす。
その笑い声が聞こえたのか、奥に眠っていたピンク色の巨体が目を覚まし、立ち上がる。
それと同時に彼の頭は天井を突き抜け、頑丈な石造りのルシフール城は、みるみる壊されていく。
「さあ、まずはあの目障りなゴブリンどもを一蹴しろ! クロフォード城へ向かえ!」
ジャーマンはそう言ってクロフォードの方向を指さすと、シャルルが慌てて彼を止める。
「やめて! あの城には、まだ……!」
「もしかして、まだ人間が残ってるのかい!? そりゃあいい事聞いちゃったなぁ! ねぇ、魔王様ァ!」
だが、ジャーマンは止まる気配はなく、魔王と共にクロフォードへ歩き出す。
……多分、もうこれしかないのだろう。
「……ああ、そうだ。今じゃないと言えないから、言っておくよ?」
「……え? どうしたんだい、センリ」
「……みんな、大好きだ」
俺は彼らに別れの言葉を継げると、決死の覚悟で魔力を籠める。
空中には、ルシフール城の数倍の氷柱が出来上がり、それが魔王の体に突き刺さる。
「……猪口才な! 人間風情がァ!」
「俺は魔王だァ!」
俺は間髪入れずにもう一発、もう二発その体に打ち込む。
魔王は、数発打ち込むと、そこで倒れてしまう。
「やめて……センリ……お願い……」
「俺は! お前を殺し! この世界を守る!」
「……ちょっと、待ちなさいよ……」
「何故なら、俺はみんなに愛された魔王だからだ! 守る理由なら、それで十分なんだよ!」
俺は薄れゆく意識の中で魔王に氷柱を突き刺す。
それと同時にその近くを歩いていたジャーマンにも突き刺さる。
「やめ、ろォッ!」
「まだだ! まだ足りない! こんなものかよ、魔王ってのは!」
「やめろおおおおっ!」
ジャーマンが叫ぶ。
だが、もう、その姿を見ることはできない。
もう、視力もなくなってきているのだ。
視力の次は、聴力が無くなった。
そして、嗅覚。
多分、今の俺には五感がすべて崩れ落ちているのだろう。
きっと、こうするしかないのだ。
誰かが犠牲になって。この世界を守って。
元々俺はイレギュラーな存在。だから、これでいいんだ。
俺は薄れゆく意識の中で、自分の魔力が尽きたことに気付く。
……無尽蔵。そう思ってたはずなのにな。
だが。きっとこれで良かったのだ。
そうだろう? 会長。アマンダ。