第零話 『転生』
俺は昔から『努力』という言葉が嫌いだった。
だが、勘違いしないでほしいのは、俺は最初から『努力』が嫌いだったわけじゃない。
俺は昔、好きだった女の子がいじめられていたのだ。
だから、俺は彼女を守るために筋トレもしたし、ずっと彼女をいじめている人たちに『やめろ』と言い続けた。
だが、それで変わったことは何一つなく、中学を卒業するころには、彼女はこの世の存在ではなくなっていた。
俺は、自分の無力さと一緒に、報われない『努力』の儚さを知ったのだ。
それ以来、俺は努力した記憶は一切ない。唯一『努力』によって得たものは、誰かを守れなかったという、喪失感だけであった。
おかげで俺は今、三十歳の無職デブだ。
親からは、『少しは苦労を知りなさい!』と多くの罵詈雑言を吐き捨てられ、家から追い出された。
俺はその言葉を無言で受け止め、荷物……といっても、スマートフォンだけだが、それを持って家を出ていくことにした。
だから、無職の前に『住所不定』が付くことになる。
本当は、こんな事望んじゃなかった。
普通に働いて、親を安心させたかった。守ってあげたかった。
小さいころの夢と今の俺とでは、きっと物凄い離れているのだろうか。
俺は手切れ金である三万円が入った封筒を見て、ため息をこぼす。
もう一度、やり直すことが出来たら何をしようか?
親孝行。人助け。金儲け。パッと思いつくだけでこれだけあったが……やはり一番は、『努力』だった。
本当は、俺は『努力』の大切さは知っている。だが、今の俺はまた報われない『努力』をするのが怖いだけなのだ。
また、誰かを守れず喪失感に苛まれる日々は、もう二度と送りたくない。
だからこそ、今度こそ本当に誰かを守るため、『努力』したいのだ。
それより、俺はこれからどうしようかと公園のベンチでずっと悩んでいた。
ハロワに行こうにも携帯しか持っていない三十歳が就職するなど無理な話だ。
どこか適当なバイトを探そうとしても、住所不定の時点で受かるわけがない。
ため息をこぼして頭を抱えていると、急に空から雨が降ってくる。
子供たちもそれに気付いたのか、サッカーボールを拾い上げ、次々に家へと帰っていく。
俺も……と思ったが、今の俺は実家から勘当された身だ。
しょうがなく周りを探してみると公園の隅に便所が置いてあるのが分かった。
俺は雨で湿っているベンチから立ち上がり、雨宿りのため便所へ行こうとすると、何人かの男に囲まれた、一人の老爺が見えた。
その何人かの男の中に、鉄製のバットを片手に担いでいる奴もいた。
「おいおい、金持ってんじゃねえのかよ!」
「いいよいいよ、こんな奴。どうせ生きてても得しねえし」
『生きていても得しない』。その言葉が俺の胸に突き刺さる。
よく見ると、老爺は地に額をつけ、必死に謝っている。
彼が悪いわけじゃないのに、それでも必死に謝っている。
男たちはその様子が面白いのか、下卑た笑みを浮かべて見下していた。
俺はそんな彼らを横目に、どこか遠くの便所で用を足そうとしていたが、ふと思ってしまったのだ。
『ここで頑張れば、俺はまだ変われる―――』と。
俺は男たちの集団に歩み寄ると、老爺を庇うように仁王立ちをする。
男たちはそんな俺が面白かったのか、今度は大きく笑いだす。
「て、テメエら! やめろ!」
「うるせえな! 引っ込んでろ!」
俺は後ろに立っている男に気付かずに羽交い絞めにされ、そのまま鉄製のバットが俺の頭に打ち付けられ、つぶれたトマトのように血を吐き出しながら床に倒れこんだ。
―――また、誰も守れないままなのか。
目が覚めると、俺はどこかやわらかいベッドで眠っていた。
ここは病院だろうか? それにしては騒がしくない。
横を向くと、木でできた壁が俺の目に入る。
しばらくすると、俺は立ち上がれないことに気付く。
よほどひどい後遺症だったのだろう。多分、俺はこのまま立ち上がれないのだろうか。
そうなると、俺は一生『努力』が出来ないことになる。
ハロワに行って人生をやり直すことも、ホームレスとして精いっぱい生きることも。
そう思うと、俺はやるせなくなる。
俺人生最後の『努力』によって得たものが、もう二度と『努力』出来なくなった体だったのだ。
これほどあさましい人生は、そうそう歩めるものではないだろう。
俺は自然と流れ出る涙を抑えるように、腕で目を覆うように隠す。
そこで俺は気付いてしまったのだ。
俺の腕が、小さくなっていることに。
いや、小さくなっているどころじゃない。まるでこれじゃあ赤ん坊の手だ。
手だけじゃない。足も、体も、何もかもが赤ん坊のようになっている。
俺がクネクネしながら体の状態を確認していると、不意に俺の視界に現れた老婆が話しかけてくる。
「……――――――?」
……何を、言っているんだ?
俺は聞き返そうとしても、声が出なかった。
ただただ、「あーうー」など、意味の分からない言葉を繰り返すことしかできない。
「――――――?」
老婆はそう言って意味の分からない言葉を話すと、俺を抱きかかえて、赤ん坊をなだめるように体をゆする。
俺はこの老婆の態度で確信する。
間違いない。俺は生まれ変わったんだ。
夢じゃない……という確証はまだないが、それでも別にかまわない。
俺は、もう一度この地でやり直すことが出来るんだ。
そこで、俺は一つだけ決意した。
今度こそ、誰かを守ることが出来るような、強い力を手に入れたい。
だからこそ、俺はこの世界で『努力』することを決めたのだった。