第8話
「そもそもアルカトラズはカリフォルニアなので無理です。それ以外のところ考えてください」
「ぐにゅう…。ニコラス・ケイジごっこしたかったのにぃ」
「渋いな…」
「ミュージカルってやってるんですかね。演目とかわかるかなぁ」
「サイト見てみましょうよ。タイミングが良ければ何か知ってるのやってるかもしれませんし」
会話はまだまだ旅行の予定、とはいえない想像レベルの工程表作り。未開の地、未踏の地、海の向こうの国。勲に至っては海外未経験。テレビで見ただけの世界一の大都会。ネットで世界が狭くなったとはいえ、実際に足を踏み入れないことには正直何もわからない。落ち着いて話してはいるが、内心一番興奮しているのは勲だったりする。
「パスポートの写真、男の娘の格好で撮ったら?」
明後日の方向から急に男の娘の話題が飛んでくる。あぁそうだ、彼の本質はそこにあるんだ。と、真白がふと思いついた様子で切り出す。
「出国はまだしも入管でなんて答えるんですか」
「そこはSightseeing、で」
「まぁ寛容な国だからなんとかなりそうですけど」
「出国の方が、できないかもしれないですねぇ」
「そんときゃ私ら二人、じゃなくてミランダねえさんと三人で行ってくるよ」毎度彼氏の扱い雑な真白さん。
「兄貴も出れるか怪しいですけど」
「お姉さんは大丈夫ですよ。顔売れてますから」
「あぁ、それならこれの弟ですっていえば説得力マッハだよね。いけるいける」
「そもそもなんで女装してパスポート取る話になってるんですか」
「いやぁ、せっかくだから向こうでも君の女装が通用するか、見たくてね」
「国に降りてすぐに貞操さようならって可能性もありますからね」
なぜか二人の頭の中では、男の娘化した勲がアメリカに降り立ち、そこであらぬことをされている光景が映し出されている。日本だけでは飽き足らず、グローバルにデビューさせる計画がズイズイ進行中のようである。
「…行くのやめよっかな」蕎麦をすする手が止まる。
「さて、これ食べたら僕一旦家に戻りますね。休みとはいえ入りびたりも申し訳ないので」
「私も明後日からバイトあるし。今晩帰るわ」
「はい。私も明日から2~3日実家に戻りますので。また後程ということで」
正月の集いは本日で解散。またどうせすぐに集まるのだろが、それぞれの日常に戻ることとなる。
「ミランダねえさんに連絡忘れないでよ」
「大丈夫ですよ。でも、ダメだったら諦めてくださいね。別の人探しましょう」
一足先に食べ終わった勲が、こたつから抜け出し食器を流し台に持っていく。そして、程なく食べ終わりおかわりの要望もない二人の食器も下げ洗い出す。佑奈と真白は即座に手までこたつの中に納め背中を丸め猫のようにゴロゴロしだす。それを見る勲は「そこまで寒くないけどな」と思いつつ、冷水で食器を洗っている。
「それじゃ、終わったので。失礼しますね、また数日後にでも。兄貴のことはわかったらすぐに連絡しますね」
「ふわーい」二人からくぐもった感じの声で返事がある。見ると顔まで人をダメにするソファーに埋もれていた。
エントランスを出て空を見上げる勲。
「あ、雪か」
積もることは無いであろう、細かな細かな雪が降るではなく舞っている。そりゃあの二人も寒いかなんて思いながら、結局自分も寒いのか足早に駅を目指す。