第9話
夜、部屋で一人パスポートセンターについて調べている勲。まだ三が日のためお役所は仕事始めに至っていない。大学は休みに入っているためあまり問題はないが、なるべく早めに取らねばと、手続きに必要なものを含め下調べ中である。
「んー、10年でいいかな。卒業旅行とかもしかしたら行くかもしれないし、30歳近くまでにまだ行く機会ありそうな気がなんかするし」
5年か10年で悩む勲。海外経験ゼロの勲にとってはその辺りも悩むところ。今回の渡米で何か価値観が変わり、もしかしたら頻繁に行くかもしれない。なんてことを考える。「新婚旅行も海外かな」なんて、随分先のことも考える。取り越し苦労なのに。
ピンポーン
突然チャイムが鳴る。こんな時間に訪ねてくる人も予定もないのに、誰だろう。コタツから出てインターホンの受話器を上げようとする前に、扉の向こうから声がする。
「おーい、ダーリーン」
「え、真白さん?」
数時間前に別れたばかりの真白だった。多分別人ではないはず。勲を「ダーリン」と呼ぶ人間は他にいない。
「入れておくれー、さむいー」
「ちょっと待ってください」急ぎ玄関に駆け寄り扉の鍵を開ける。
「ふぅ、寒かった」
「いらっしゃい。って、帰ったんじゃないんですか?」
「うん、佑奈の家からは帰ったよ」
「言い方だなぁ」
「まぁ気にしなさんな。コタツコタツっと」
勲の横をすり抜け、奥の部屋に進みコートも脱がずにコタツへ足を滑り込ませる真白。手には途中買ってきたであろう夜食の入ったコンビニの袋が下げられていた。それをコタツの上に広げている。
「さぁ、食べない?」
「今からですか? もう食べる時間じゃないですけどね」勲もコタツへと戻り真白横、元いた場所に座る。
「いいじゃん、正月なんだし」
「そういって年末から食べ続けて、太ったって言ってたじゃないですか」
「言うなー!!」見慣れたストレートが勲の頬めがけて飛ぶ。しかし、さすがになれた勲、上半身だけバックスウェーでかわす。
「ちぃ、腕を上げたな」
「さすがに出会って随分経ちますからね。侮ってもらっては困ります」
「で、何しに来たんです?」
「ひどいなぁ。彼女がせっかく寒い中訪ねてきてやったのに」
「数時間前まで一緒だったじゃないですか、数日間も」
「いいじゃん、毎日でも一緒にいてもいいくらいなんだから」
プリンの蓋を開けながら、恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言い放つ真白。目が合っていないのが幸い、勲はこればかりは慣れずに照れている。
「まったく…。この時間ってことは、帰らないですよね?」
「ご明察。でも、明日の夕方には帰るよ。バイトがあるのは事実だし」
「わかりました。じゃあお風呂どうします? 布団準備しなきゃ」
「まぁそれは後でいいから。ほら」
そう言うと真白はコタツに入ったままの状態で上半身だけ勲の方に向いて両腕を開く。胸の中に勲を招き入れようという体制、バッチコイ状態。
「…もう」苦笑いの勲。
いつも甘えてばかりの真白だが、割と包容力もある。その開いた両腕の間、胸に顔を押し付けて埋もれる勲。そして両腕で勲を包み込む。
「はぁ、落ち着く」
「…僕も」暫く黙って抱かれる勲。
「今年もよろしくね」
「なんです、改まって」
「みんながいる前じゃ、なかなかちゃんと言えないし。それに…」
「それに?」
こういう時は大体相場が決まっている。埋もれている顔を上げ真白の顔の前に自分の顔を持っていく勲。既に真白の目は閉じられている。
「スプーン、取らないと」
「取って」
真白がくわえたままのプリンのスプーンを口から取る勲。そしてそのままキスをする。
「…プリン味」
「いわんでよろしい」
頬をつねられ怒られる。




