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王と犬・前編 (女王専属護衛マルチーズ 視点 )

 ねえねえリーゼ様。

 僕は結構大人になったと思うんだよね。


 昔から強いし、頭は良いし、可愛いし。

 本当に愛らしくて素敵な犬だったんだけど。


 ただちょっと短気だったから、密偵をすぐに殺したりしたしさ。

 コーギーとか年上の犬をしばいたり、ムカつく大型犬を虐めたりしたし。

 

 でも今は、結構大人になったからさ。

 「待て」も出来るようになったんだよ? 

 これってすごくない?


 ――――だから立派な犬じゃなくてさ。

 立派な男性だって、いつか見てもらえるかな?






 ケンネルの北方にある有名な湖畔の周囲には、観光用の小屋が点在している。

 暖かな春風が水面みなもを揺らし、僕のさらふわな毛並みも揺らす。


 僕は小さな赤いそりの真ん中に座り、目の前の中型犬を睨んでいた。

 そりの引き紐を垂らして、奴は飄々と寝ころんでいる。


『ねえ、ピットブル卿。どうやったらリーゼ様の一番になれるかな』

『私に訊ねても意味はないと思うがな』

『リーゼ様が、卿を犬あこがれの専属そり犬に指名したんだよ? 今めちゃくちゃ幸せじゃないか。幸せついでに僕の悩みにも乗ってよ』

『仲の良いゴールデンレトリバーやウルフハウンドに相談しろ』


 無理だよ。

 あの二人はああ見えて、めちゃくちゃ恋愛に疎いんだよ!

 マスティフ卿は「あいつらは王族探しに青春と精神を費やしすぎて、恋愛脳が育たなかった」とか言っているけどね。


 指折りの色男たちが、朴念仁のマラミュート卿と同じレベルだなんて……誰も気が付かないよね……。




 僕はふかふかの赤いクッションが敷かれたそりの中で転がって、ゴロゴロと暴れる。

 白い毛がたくさんつくからってテレサさんに怒られるけど……いいや。


『あの二人は僕の訴えを「努力不足だ」「何とかしろ」としか言わないんだよ! 結局何も考えていないんだ! だから教えてよ。昔のアイドル犬と結婚した実力があるんでしょ』

『あまり私を参考にしてもしょうがないと思うがな』

『あの二人よりはまし!』


 実はピットブル卿はとても頭が良い。

 そしていつも何かを知っていて、犬の真実に近いところにいる。

 そんな気がする。


 リーゼ様を前にすると、犬は可愛がってほしくてしょうがなくなる。

 あの魂を包み込むような素晴らしい香りに犬の魂が震えだし、寂しさを思い出し、愛を求めてしまうのだ。


 そして彼女は小さな両手を精一杯広げて、全てを受け入れてくださった。



 ――――だけど、一人だけ。

 ピットブル卿だけはいざとなれば彼女を突き放せる。

 彼は犬らしい嫉妬なんてしまい。


 ――――ただ唯一の女王に、己の魂を捧げるだけ。





 以前リーゼ様が、非常時に副官として添えたのは彼。

 彼女は本能で分かっているんだ。


 彼は暴力的で衝動的。どこまでも狂犬で、野犬に近い魂を持っている。

 そしていつでもあっさりと死んでしまうだろう。


 ――――だけど。

 犬の中で一番冷静で、大人であるのも彼だ。


(羨ましい。でも、羨ましくない)


 僕は犬だ。

 でもどこまでも男だ。

 そして、リーゼ様は可愛い女の子だ。いいな、ってすごく思ってる。

 次代の問題は置いておいても、男がとても可愛くて頑張る女の子と一緒に居たいのは当たり前でしょ?


 一緒にイチャイチャしたいんだ!


 ふてぶてしい顔をした彼は、くわっあくびをして顔を前足に埋める。

 そして僕を片目で見ながら教えてくれた。


 王家の真実。

 そのほんの断片を。


『王族の家系図を思い出せ。誰と結婚したかをな。そこで王族の本音が分かる』

『家系図なんて物心付いた頃から教わることじゃないか』

『よく見直して見ろ。まあ、ただの犬じゃ無理だってことだ』


 言われたままにごろりと転がり、透き通った青空を眺める。

 雲がぽつぽつと流れていく。


 そうして僕は目を閉じた。






 この国の王たち。

 まず初代アイアル様は、ポチ様と結婚した。

 愛犬育成書バイブルでは愛犬かつ正妃であるポチ様と幸せになったと書かれているが、当然側室もたくさんいた。

 

 実はアイアル様が最初に結婚したのは、ポチ様じゃない。

 ルマニア大陸に住んでいた先住民の長の娘だ。


 たくさん連れてきた犬たちの居場所を得るための、契約婚のようなものだったらしい。

 それ以外にも、幾人の変身人種の女性と結婚した。


 ―――――なのに、ポチ様以外の犬人とは結婚していない。





 僕は目を開く。


 白い体を乗り出し、湖畔で第三部隊のウォーター・ドッグに湖に生息する魚の生態を教わっている銀髪の少女を見た。

 ジャージを着て髪を高く結い上げて、真剣にぴちぴち跳ねる魚を睨んでいる。

 

 彼女の周りにはたくさんの兵士に研究員。

 その菫色の瞳に映るのは、皆もふもふとした犬たちだ。

 そう、人じゃない。




 犬だ。






 犬だけど、異性。

 異性だけど、犬。


 果たしてそこに愛は可能か。


(というか、僕の状況が完全に後者だからまずいんだけどさ)

 僕が赤そりからのっそりと出て、研究班と一緒にいるシュナウザー博士にアイアル様とポチの話を聞きに行く。


 丁度カウチで魚の生態についての書類を読んでいた初老の学者が、僕の依頼に眉を上げた。

 彼が運んでいた荷物の中から、そっと出してくれたのは一冊の本。

 いつもの手作り怪しげな教科書ではなく、古びた古書だ。


 『アイアル様とポチのわんわんラブストーリー』 


 馬鹿っぽい題名だが、かなりの真実を記しているらしい。

 ちなみに大昔の発禁本だ。


 回収された理由が、出来る美犬の代表格であるポチ様が実に馬鹿っぽく描写されているのが、当時の国定教科書委員会で批判されたからとか。

 これだから「出来る犬」に固執する古い連中は。

 人の出来る出来ないに執着する前に、自分が出来る犬であればいいのに。


(まあ努力をする気がないからこそ、余計に他人のことが気になるのだろうな)


 なぜそんなものを博士は持ち歩いていたのか尋ねたいが、今はそれどころじゃない。

 僕は人に姿を変え、本を借りる。


 リーゼ様の護衛は、ピットブル卿に任せることにして、机に向かうことにした。

 本日の責任者であるグレートデン卿は頷いて許してくれた。


『まあ、頑張れ。色々とな』


 専属そり犬は、昼寝をするらしい。


 引き紐をそのままに人の姿になって、湖畔で転がっていた。

 護衛用の軍服に巻き付いた、赤いハーネス。

 その姿……リーゼ様がまた引くぞ。




 窓を覗くと、リーゼ様は相変わらずぴちぴち跳ねる魚について真面目に講義を受けていた。

 そこまで頑張らなくてもいいのに。


 僕は机に頬杖を突く。

 

(でも、そんなバカ真面目な所も可愛いんだよな)


 ふと、彼女が顔を上げて目が合った。


 『笑うと皆さん怖がるから』とちょっと引き攣った小さな笑みを作る。

 精一杯の頑張った微笑みだ。


 きゅん。

 胸が高鳴る。  


 ―――――ああもう、可愛いな! 

 

  





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