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【狂犬騎士団・番外小話集】 リーゼロッテ女王陛下と犬たちは今日も仲良し  作者: 帰初心
リーゼロッテ一年目の冬(本篇完結あたり)
8/25

わんわんそり犬レース in 新大陸(後編)



 レースの中盤。

 なぜかチーム・サンタの一人がリーダーの立ち止まり、リーダーのアカハナ様を角でどつき始めました。


『何をするの、アオハナ!』

『ごめんなさいリーダー! でも私は女としての人生を大切にしたいの!』


 動揺するアカハナ様。

 すると他の女性たちも競ってアカハナを攻撃し始めました。


『キハナ! 私たちの友情は一生だって約束したじゃない!』

『ごめんなさいリーダー! 私も好きな男に愛されたいの! 子供だって同世代より早く欲しいし!』

『リーダーみたいに強い女じゃないから、本当は守られて生きたいの! 出来れば素敵な男性に選ばれて! ……できれば美しいボルゾイ様に一生見つめられていたいの!』


 女の欲望に彩られた、悲惨な事件が起きています。


 突然のもめ事。

 友情の破綻。


 どう見てもこれは人間関係を壊すのが得意な、事件現場の横をしれっと走り抜けていく、優雅な犬の仕業です。


(どうせ「このレースで勝てなければ、もうここには居られない。見つけることも叶わない」と思わせぶりな態度をとって、女性たちを勘違いさせたに違いありません!)




 その一方で、ラスカル様率いるそり犬組は、ぐんぐんとスピードを増していきます。

 氷を蹴る力強い四肢。

 その動きは実にスムーズで、年中開発室にこもっている犬とはとても思えません。


 その後ろを、長毛を冷たい風に揺らして走る、アフガンハウンド卿とマゾ様が続いています。

 チャーリーはお父さんの頭から落とされないように、必死にしがみついていました。


 長毛犬は、上にいる息子に語り掛けます。


『チャーリーはそろそろ自分でも走りたいよね』

「きゅん!」

『そうだよね。せっかくのそり犬なんだし。

 ―———でもどうせ走るなら先頭を走らせたいのが、親心ってやつなんだよ』


 そう不穏なことを言う、赤茶色の長毛犬。

 不自然に減速をしてそりに近づき、中においてあったスイッチをくわえ――――ボタンを押しました。



 ドン。


 地下深くで何かが爆発し、地面が揺れました。



 思わず転びそうになり、レオンハルト様と人の姿になったマルス様に支えられます。

 尻餅をついた義兄は「痛ったいわー!」と抗議を上げています。


 周囲の人たちも転んだり、飲食物をこぼしたりと大混乱です。

 ホットプリンが手足に掛かってやけどをしてしまった人には、第八部隊のジョゼ様が救護犬たちと対応しています。


「何が起きたのですか?」

「……やっぱりあの人、何かが欠けているよ」


 抱きかけててくださるマルス様が、漆黒の瞳を細めてつぶやきました。


 白い布に移った、そこはズタズタに分断されたレース場。

 巨大な穴や、地下から盛り上がった岩があちらこちらに出現しています。


 そして参加者の多くが被害を受けました。

 あちらこちらで転がって、引き紐が互いに絡まっています。


 特に子犬隊。

 彼らは引き紐で体中が結ばれてしまった上に、氷山のように出現した岩に乗り上げ、SOS(そんな、おいぬさま、しんじゃう)の救助旗を振っておりました。




『アフガンハウンド隊長! これは神聖な戦いですよ!?』


 ラスカル様が立ち上がって抗議をあげます。


 仲間のサモエド隊員が転がってキース様の引き紐と絡まり、身動きが取れなくなってしまったのです。

 人の姿になるのは反則行為なるので、必死に紐をくわえてこんがらがった固まりを取ろうと必死です。


 大きな長毛犬はその場に立ち止まり、前足で銀の入った赤い首輪を触りました。


『神聖かどうかなんて個人の問題だからね。僕にとっては神聖なことはチャーリーの笑顔。可愛いチャーリーが嬉しそうに先頭を走る姿を拝みたいだけさ。

 それにもう僕は陛下の犬だし。穏便な手段を選んだつもりだよ』


 ラスカル様は、相変わらずのアフガンハウンド節に怒りが増します。


『隊長のバカー!』

『そもそもさ、競争したいのはあくまでカイトナとでしょ? あえて大きなレースにすることもなかったじゃない。ま、陛下や周囲にそり犬の凄さを知らしめたいってのも分かるけどさ』

『だとしても! 敢えて邪魔することはないじゃないですか!』

 

 アフガンハウンド卿はまったく悪いと思っていないと、目を細めます。


『いいんだよ。手段なんてどうでも。確実にチャーリーが勝つことが大切だからね』

「きゅん!」


 言い放った父親に対し、白黒犬が前足で頭を叩いて抗議をします。

 不本意そうなアフガンハウンド卿。


『えー。なんでチャーリーが怒るのさ。嬉しくない? え、人に迷惑をかけちゃだめ? えー』


 頭の上の白黒犬に怒られて、だんだんとしょぼくていく、美しい赤茶色の毛皮の長毛犬。

 その後ろでは、『プリン』とつぶやく優雅な大型犬がいました。




 眉間にしわを寄せた私は、レオンハルト様に毅然と指示を出しました。


「あの二人は失格です! 特にアカハナ様には謝りたいので、私の天幕で休ませてください」


 調子に乗った犬は即「めっ」です。

 特にアフガンハウンド卿は手強いので、罰は愛し子との隔離にいたします。当分白黒犬は私が預かります。


 白黒犬だけは失格ではありませんが、あの子一人だけでは、とてもそりは引けません。

 結果として、月の精のような美青年と、妖精のような美青年(外見のみ)は、ダリウス様に引っ立てられていきました。

 チャーリーは涙目で、遠く彼らを見送ったのです。


「つまんない」

「いい加減、父親になったのなら大人にもなってくれませんかね、アフガンハウンド卿」

「プリンは」

「いい加減、お前は自分のことしか考えない人生を反省しろ。ボルゾイ」






 会場はシンと静まり返っております。


 ボロボロになって荒れた雪道。

 そして殆どのそりに置かれたリーゼロッテ人形が破壊、もしくは紐が絡まって、自力では取れなくなってしまったのです。


 無事に残されたそりは、白黒犬のものだけ。

 

「これでそり犬レースは、終わってしまいましたね……」


(せっかくサンタの服装をして、皆さんに盛り上がってもらおうとしましたのに)


 救助、またはとぼとぼと帰ってくる選手の皆さんを慰めながら、心底がっかりしていた私。


 マルス様が、大喜びする義兄の横で、「他にも機会があるよ」とおっしゃっていると。

 レオンハルト様がふっと笑ってレース場を見ておりました。




 そして、思わぬ展開が起きました。


「まだ一台そりが生きているぞ!」


 聴衆の一人が叫んだのです。





「きゅーん……」


 ダリウス様たちに連行されるお父さんと、お父さんの知り合い。

 白黒犬は一人、雪の上に座り込んで意気消沈しておりました。


 そこにやってきたのは二人の子犬。

 彼らは真新しい赤いひき紐を体に結んで白黒犬の側に寄ってきました。


『おまえチャーリーっていうんだろ! 一人でひっぱれないなんて弱いなあ』

『なら、おれたちといっしょに行こうぜ』


 二人はそっくりな顔を見合わせてにやりと笑います。


『おれたち「リーゼ様のそり隊」にな!』


 ピットブル家の暴れん坊、タイランド君とディクテイタ君です!

 二人は座り込んでいたチャーリーをくわえて引っ張り、そりに乗せました。


 そしてリーゼロッテ人形の首に抱き着かせ、

『頼むぞチャーリー。リーゼロッテ様の首をちゃんと押さえて、吹っ飛ばすなよ!』

 そういって、勢いよく走り出したのです。


「あの二人はいつの間に参加されていたのですか!?」


 割烹着を着た美貌の宰相様が、お玉で温かいスウィートワンシュをよそりながら、にっこり笑って教えてくださいます。


「元々参加登録をしていたのが寝坊してスタートに間に合わなかったのですよ。しかしまあ、かの天才犬がやらかした時点で、特例として出走許可を出しました」


 バカ親のせいで一人になった、力のない白黒犬も助けてあげろという条件付きでね。

 そう付け加えてくださいました。






 マゾ様による人間関係の破壊と、アフガンハウンド卿による物理的な破壊。

 それらによって魔境のような大地になった道を、三人のそりは突き進みます。


 二人の子ピットブルがそりをぐいぐいと引っ張り、揺れるそりの上で、白黒犬が私の(人形の)首を抱きついて必死に押さえます。


 ミモの木を周り、穴をよけ、突き出た氷塊を飛び越えようとしたところをで――――。

「きゅん!」

 と、白黒犬の警告でゆっくりと回り道をしました。


 ぼこぼこになった道を踏みしめ、第八部隊が回収していない何かを避け、こけたらすぐに立ち上がって歩んでくる小さな犬たちの勇姿に、思わず沿道から拍手が上がります。


(頑張って……!)


 私も思わず手を握って見つめてしまいます。

 しかし……。


「きゃん!」


 いくら元気にあふれるピットブルとはいえ子犬。

 重い大人用のそりは、二人にとって重荷でした。


 ディクテイタ君が、とがった氷につまずき、転んでしまいます。


 思わず体を乗り出しますが、レオンハルト様に「見守ってさしあげてください」と窘められます。


 白い息を大量に吐き、汗を流して氷と雪の大地を踏みしめる二人。

 道が整地されたものになり、ようやく庁舎が見えてきたところで白黒犬も引き紐を体に巻いて引っ張り始めました。


 そして庁舎の手前までやってきたとき――――。

 いままでガタガタの道で揺すられてきたリーゼロッテがぼろり、ともげてしまいました。


「「きゃん!」」

「きゅん!?」


 チャーリーが慌てて頭に飛びつきますが、いっしょに落ちてしまいます!

 そもまま氷の地面に激突してしまう!


「きゃあ!」


 私が叫んだその時です。



 ふわり。



 風のような何かが首を持ち上げ、そっと戻したのです。

 うっすらと見えて、消えていった赤い手袋。


『サンタ……!?』


 私の隣で横たわっていた、アカハナ様が驚愕します。




 チャーリーは目をぱちくりさせながらも、首が再びくっついているのを前足で確認しました。

 そして「きゅん!」と喜び鳴いて、二人といっしょにそりを引き始めたのです。


 ————サンタは、確かに子供たちの味方でした――――。




 そうしてたどり着いたゴール。

 私は両手を広げて、汗と湯気に覆われた三人を抱きしめました。


「よく頑張りましたね! 本当によく頑張りました!」

『へへへ』

『おれたちすごいでしょ』

「きゅん!!」

「三人は私の誇りです!」


 そしてお風呂でしっかり洗ってあげて、三人がお昼寝するまでしっかりブラシを掛けてあげました。

 

 ピットブルの子犬たちお母さんである、グレース・コリー様は涙目になりながらも喜んで、ルマニア大陸に連れて帰りました。

 ヒグマーのボスに喧嘩を売って大けがをして、治りかけたら脱走しそうだった彼らのお父さんも拘束して引きずっていきました。


 白黒犬は、しばらく私とテレサさんの元に留め置かれました。

 反省なさい、長毛犬。




 そしてレースの発端であったラスカル様は、後日チーム・サンタと一対一で競争をし、堂々と破れました。

 そして素直に謝り、互いのそり引き技術を教えあうことで仲良くなったのです。


 ちゃんと謝れたことを私に褒められ、手編みの靴下を下賜されたラスカル様はこう言いました。


「普段は他人種のことなど考えないのですが、そりについては『犬でない』やつらが優れている、と認めなくなかったのかもしれません。だから、あえて衆人環視のなかで、勝ちたかったのだと思います」


 自分の中にあった小さな偏見が分かって良かったです。

 そういってラスカル様は素直に反省をされました。


 そして私の靴下を、「素敵な雑巾ですね」とおっしゃり、ライバルのアカハナ様に「素敵な角を磨くのにぴったりだから」と差し上げたのです。


 仲間と女の友情を取り戻していたアカハナ様は、思わぬ男性からプレゼントに、顔を真っ赤にされて受け取っておりました。


 ちなみにレースの発端の発端を作ったという子犬隊の三人は、反省として、ルマニア大陸にいる間はダシバのダイエットを手伝うことになりました。

 大きな体育館でひたすらランニングです。

 産休中のエリザベスちゃんも手伝ってくださり、歩くのをさぼろうとすると後ろで唸って、脅してくださいます。





 ―———結局アフガンハウンド卿への躾はどうなったか、ですか?

 それは後日に成功いたしました。


 白黒犬のチャーリーは、今回の成功で新しい友達とも友情を築き、更に達成感も味わいました。

 そして、自分が何も言わなくても勝手に叶えてくれてしまうお父さんに、「たまには自分で頑張るから余計なことはしないで」と言えるようになったのです。


 それに何よりもショックを受けたアフガンハウンド卿。

 彼は、時たま領地からふらりと王宮の売店にやってきて、子犬隊に混じって、やけガチャをするようになったそうです。


 ————マゾ様?

 彼は私の元に『これから「ワナナむいちゃいました」をする時は全てこれで』とプリン味の袋を口にくわえてやってきましたよ。

 とてもご機嫌でした。


 ……このレースで一番得をしたのは、彼かもしれません。






 そして暦の一年が終わり、新しい年を新大陸で迎えることになりました。

 たまたま早く目が覚めると、窓の隙間から差し込んでくる朝焼け。


 寝ぼけ眼のマルスがやってきて、重い窓を開けてくださいます。

 白い地平線を、グラデーションのような朱色の朝焼けが、世界を照らしています。


 キラキラ、キラキラと、世界が明るく輝いております!


「新しい年です……!」


 今日は新年。

 始まりの朝なのです!


 私も犬たちも、また一年、一生懸命生きてまいります。

 心新たに、誓わせていただきます。


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